2030年には9兆円の経済損失が見込まれているビジネスケアラー問題
「社会課題の解決」を切り口に、公共、金融、法人といった事業セグメントにとらわれることなく、さまざまなパートナー企業とともに、生活者起点の新規ビジネス創出を行っているソーシャルデザイン推進室。2023年秋に同部署へ加わった湊は、現在「ビジネスケアラーサポート事業」のプロジェクト責任者を務めています。ビジネスケアラーとは、仕事を続けながら家族の介護をする人のこと。仕事と介護の両立には多くの困難が伴い、大きな社会課題になっていると湊は言います。
ビジネスケアラーの多くは勤務時間帯に家族のサポートをせざるを得ないため、ケアラーになる以前のような働き方が難しくなります。実際に、ビジネスケアラーのパフォーマンスはそうでない人と比べて3割低下するというデータもあり、企業側にとっても大きな課題になっています。
現在、国内の労働力人口は45歳以上が半数を上回り、定年延長等によりその割合はさらに増える見込みです。一般的に、40代後半になると親の多くが70代を迎えるため、ビジネスケアラーの割合が急増します。経済産業省は、団塊の世代が80代を迎える2030年には家族介護者の4割がビジネスケアラーとなり、その経済損失は9兆円にのぼると試算しています。
現在の介護は、地域単位で要介護者を支える仕組みとなっています。1~3割の自己負担で利用できる基本的なサポートを提供する保険適用サービスと、全額自己負担ではあるものの多様なニーズに応えられる保険適用外サービスを組み合わせて要介護者を支えています。ただし、要介護者からすると、全額自己負担の保険適用外サービスはハードルが高く、なかなか利用に至りません。結果、保険適用サービスでは対応しきれないサポートを家族介護者が行っているのが現状です。
保険適用外サービスの普及を阻む要因は、サービスの提供価値が「親(介護を受ける人)向かい」となっている点にあると、私たちは考えました。一方で、家族介護者からすると、保険適用外サービスは、「自分の代わりに親のサポートをしてくれる民間サービス」と捉えることができます。そこで既存の仕組みと共存する形で、職域にビジネスケアラーと保険適用外サービスをつなげる新たな仕組みを構築し、この社会課題を解決することとしました。複数のパートナー事業者とともに、これまで「親向かい」だったさまざまな保険適用外サービスの提供価値やデータをつなぎ・融合して、「ビジネスケアラー向かい」の新たなサービスに仕立て直し、企業の「仕事と介護の両立支援施策」に紐づけながらビジネスケアラーに届けることを構想しています。具体的には、多くの企業で導入されているベビーシッター費用補助のようなイメージで、企業経由でのサービス提供を目指しています。
「もう後回しにはできない」 パンドラの箱を開けた会社の決断
2023年12月、湊にとって大きな出来事がありました。広島に住む両親が相次いで病気にかかってしまい、手術が必要になったのです。プロジェクト始動直後というタイミングで、湊自身がビジネスケアラーになるという、予想だにしない事態が訪れました。
その年の年末年始は、仕事が終わった後、寝る間もなく介護について調べていたことを覚えています。両親には東京の病院で手術を受けてもらうことになったのですが、病院探しから仮住まいや保険のことなど、考えることは山ほどありました。日中の時間帯に通院付き添いや日常生活のサポートをせざるを得ず、仕事を中抜けしたりお休みを取ったりしながら対応し、夜間や週末に仕事の穴埋めをしていました。おかげさまで今は二人とも快方に向かっていますが、ビジネスケアラーの大変さを、身をもって実感しました。
ビジネスケアラーのことを話す時、湊はよく「自分ゴト」という言葉を使います。自らがビジネスケアラーであるだけでなく、NTTデータという会社自体も、ビジネスケアラーの問題に「自分ゴト」として向き合っているためです。
2024年6月、NTTデータは国内社員14000人に対し、介護に関するアンケート調査を実施し、回答率64%、9000件以上の回答を得ました。調査の結果、有効回答者の13%にあたる1000人以上の社員がビジネスケアラーであることが判明。NTTデータ社員の多くが、仕事と介護の両立という課題に直面しているという事実が明らかになったのです。NTTデータにとって、ビジネスケアラー問題が「自分ゴト」化した瞬間でした。この調査を実施するよう働きかけたのが、ソーシャルデザイン推進室でした。
ある程度の割合でビジネスケアラーの社員が存在することは、誰もが想像できることです。でも実際に調査をしてそれが明るみになれば、会社としては対策を取らざるを得ません。つまり会社にとってこの時の調査は、パンドラの箱を開けるようなものとも言えました。それでも実施に踏み切ったのは、これ以上この問題を後回しにできないという強い危機感があったからだと思います。
結果的にこのアンケート調査は、人的資本経営やDE&I推進などの観点から、NTTデータがビジネスケアラー問題に「自分ゴト」として向き合うターニングポイントになったと感じています。
大きな社会課題の解決に必要なのは、ムーブメントを起こすこと
社会課題を解決するための仕組みや世界観を創りあげるためには、生活者、企業、官公庁といったさまざまなステークホルダーの価値観を最大限に尊重しながら、地道に意識を合わせていくことが不可欠です。その中心的な役割を担うことは、デジタル・アナログの両面で「つなぐ力」を持っているNTTデータならではのやりがいだと湊は考えます。
1社だけで頑張っていても、その影響力には限界があります。さまざまなステークホルダーをつなぎ、ムーブメントを起こすことが、普及に向けてはとても重要です。国やさまざまな業界のリーディングカンパニーなどとともに、「仕事と介護が両立できる世の中をつくる」という大きな目標を目指すというのは、他ではなかなか経験できないことだと思います。
湊が「ムーブメントが重要」と考える背景には、かつて彼女が仕事と育児の両立に向き合った経験が関係しています。湊が第一子を産んだ頃の世の中は、仕事と育児の両立が今ほど一般的ではありませんでした。当時もNTTデータでは出産を機に退職する女性社員はほとんどいませんでしたが、育休復帰後の継続的なキャリア形成はなかなか難しい状況でした。そのような時代に、NTTデータをはじめとする先進的な企業で働く先輩女性たちが、自分たちが置かれている状況に異を唱えました。「せっかくここまで育成してきた優秀な社員たちを、出産によって失うのはあまりにもったいない。仕事と育児を両立できるよう、会社に支援してほしい――」
その声はやがてムーブメントとなり、NTTデータでは、テレワークなどの柔軟な働き方を促進する仕組みや育休復帰後も継続的にキャリアを形成できる制度などがつぎつぎと整えられていきました。今や男性社員も積極的に育休を取得するなど、仕事と育児の両立は当たり前と言われるほどになりました。
私が素晴らしいと感じるのは、育休取得や時短勤務をする社員に対し、周りのメンバーが「お互いさまだから気にしないで!」と声を掛けている光景を目にする時です。単に「出産・育児に関する制度がある」というだけではなく、仲間の育児をみんなで支えるということが、文化として定着している表れだと思うからです。育児と同じように、「仕事と介護の両立は当たり前」という文化を定着させることが、私たちの最終目標です。
当事者としてビジネスケアラーの問題に真正面から向き合う湊。彼女の目には、「仕事と介護の両立は当たり前」という文化が定着した未来が、はっきりと映っています。