数理最適化によるプリント基板加工の生産効率改善の実現
~先進技術導入支援サービスの適用により加工時間の短縮に成功~
トピックス
2023年8月1日
株式会社NTTデータグループ
株式会社NTTデータグループ(以下、NTTデータグループ)は、電子機器に不可欠な基材であるプリント基板の製造効率改善のため、数理最適化技術を用いたコンサルティングサービスを実施、本技術を活用した独自アルゴリズムを開発しました。この取り組みは国立大学法人広島大学(以下、広島大学)、株式会社伸光製作所(以下、伸光製作所)と共同で実施しており、2023年4月より伸光製作所の製造ラインへ同アルゴリズムを適用し、プリント基板の量産を開始しています。4カ月間の検証を経て、当初想定通りの製造効率化および安定運用を確認しています。
今回、プリント基板の製造で用いる加工装置の作業工程に、開発した独自アルゴリズムを適用することで、動作時の往来による無駄な動線を省くことで移動に要する時間を約9.6%、総加工時間を約3.9%削減しています。
無駄の削減を目的とした本技術は、2024年問題に直面する物流業界のルートの最適化、省エネルギー化や温室効果ガス削減といった環境負荷の軽減、イベントなど人が密集する場所での混雑緩和など、多方面に応用できます。
背景
近年、さまざまな産業においてAI(機械学習)やデータ分析等の技術に基づくソフトウエアが導入されています。これらの技術の多くは、蓄積されたデータに基づいて、予測やオートメーションを提供し、業務の改善を担います。しかし、データの可視化やAIによる予測だけでは、「どのリソースをどこに割り当てるのか」、「どのプロセスをどの順序で行うのか」といった意思決定・選択を下すことは容易ではありません。こうした課題に対し、数理最適化は、メリットの最大化(コストの最小化)がなされるような選択を、コンピューターによって定量的に算出することができる技術として知られています。
さらに、人が意識している業務上の制約を適切に洗い出し、数理最適化のために業務要件を整理する際には、数学的な専門性と業務に関する綿密な理解を同時に求められます。数理最適化のための業務要件の定義が適切になされたとしても、コンピューターで処理するためのアルゴリズムを構築し、高速な計算基盤へ効率的に実装するといった、異なる専門性も同時に求められます。
NTTデータグループは2023年4月に発表したイノベーションセンタの先進技術導入支援サービス注1によるコンサルティングサービスを提供しており、今回の取り組みはその導入事例です。伸光製作所のプリント基板製造業務において、守るべき制約の洗い出しといった要件定義から、実際のマシンで動作可能な数理最適化プログラムの実装までワンストップで行い、業務の課題解決を行いました。
実施内容
プリント基板の製造では、板の上の決められた座標に対して、ドリルを移動させて穴を開けるための訪問順序が、効率化の観点から重要です。全ての座標へのドリルの移動時間を短くすることが求められますが注2、既存のソフトウエアではドリル移動距離を短くする効率性の高い訪問順序を、短時間で計算しきることができない課題がありました。さらに、伸光製作所の製造ラインに由来する、独自の制約(業務上の制約や機器の挙動の制約)の考慮が必要でした。今回、NTTデータグループと広島大学注3は、既存ソフトウエアよりも効率的な訪問順序を短時間で計算できるアルゴリズムを独自に開発しました。
実証結果
23,544点の穴あけについて検証を行いました。総加工時間は「ドリルを移動させる時間」と「ドリルによる穴あけ動作の時間」から成ります。本取り組みの「ドリルを移動させる時間」で約9.6%の加工時間が短縮され、固定値である「ドリルによる穴あけ動作の時間」による約6,000秒を加味しても、約3.9%を短縮しています。
観点 | 従来 | 最適化後 |
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ドリルを移動させる時間 | 3,142秒(約52分) | 2,830秒(約47分) |
数値実験結果のチェビシェフ距離 | 29,371,816(μm) | 14,717,600(μm) |
総加工時間 | 9,101秒(約152分) | 8,788秒(約146分) |
技術的な概要・特徴
穴あけ点数
数万点以上の穴あけに加え、それらに付随する制約が存在し、通常のコンピューターで動作する既存ソリューション(混合整数計画法などに基づく汎用的な最適化ソルバー)では膨大な計算時間が必要となります。さらに、量子コンピューティング(量子アニーリング・イジングマシン等)の計算基盤でも巡回セールスマン問題は苦手とされています。今回はヒューリスティック法を基にした独自手法を開発し、C++で実装しました。
製造上の制約を考慮した最適化
穴の移動順序を定める際に、伸光製作所ではゾーンと呼ばれる追加の制約が存在します。あるゾーンに属する穴を全て訪問しきった後に、次のゾーンへ移動しなければならない製造上の制約であり、単純な訪問順序探索よりも複雑になります。順序探索のアルゴリズム内に、この制約を守りつつ計算を行う工夫を施しています。
加工機の特性を考慮した最適化
加工機がドリルを移動させるときに基準とする距離を、加工装置の特性に合わせてチューニングしました。単純な平面上の距離(ユークリッド距離)は、加工機のモーターの特性を鑑みると、本来基準とするべき距離の指標と異なります。実業務の特性に合う距離の指標を明らかにし、それに合わせた距離(チェビシェフ距離)にて設計を行いました注4。
プリント基板について
プリント基板は、半導体や抵抗器、コンデンサーなどの電子部品を配置し相互に接続する重要な基材であり、ほぼすべての電子機器に搭載されています。昨今の自動車のEV化や自動運転の進歩、5G/6Gなどの次世代通信による高速化、IT社会を支えるデータセンターの増加など、先進的なIT技術を社会実装していく中で、プリント基板への需要は増加を続けています。
一方で、プリント基板自体の複雑度も高まり、加工に関わるコストや時間は大きくなります。こうした課題を解決するためには、加工装置の物理的な観点での高性能化だけではなく、その動作順序や作業工程といった、業務プロセス自体の最適化が重要です。
今後について
NTTデータグループでは、本手法に限らずさまざまな組合せ最適化問題に対する新たな手法の適用を進めていきます。グローバルに量子コンピューター/次世代アーキテクチャ・ラボのサービス展開を行い、新手法によるお客さまの業務改善案件で、2026年までに100件以上の受注を目指します。
注釈
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注1
NTTデータグループは、中期経営計画において掲げる技術戦略において、技術の成熟度に応じたEmerging、Growth、Mainstreamの3つの領域における活動を推進しています。2022年8月に設立したイノベーションセンタはEmerging領域の活動であり、量子コンピューター、メタバースなど5~10年先に主流となる先進技術を見極め、お客さまとの共創R&Dを通し新たなビジネス創出に取り組んでいます。大学やスタートアップとも連携することで、各国で先行する技術情報をいち早く収集し世界トップクラスの先進技術活用力の獲得をめざします。
参考:グローバル6カ国に「イノベーションセンタ」を設立
https://www.nttdata.com/global/ja/news/release/2022/081900/
参考:ブロックチェーン・デジタルツイン・量子アニーリングの導入支援サービスを提供開始 ~イノベーションセンタに事業規模拡大を担うグローバルラボを設置~
https://www.nttdata.com/global/ja/news/release/2023/042101/
- 注2 すべての座標を訪問する最短の移動距離の計算は、巡回セールスマン問題と呼ばれる組合せ最適化問題として知られている。しかし、【技術的な概要・特徴】に述べる追加の業務制約が存在するため、通常知られている巡回セールスマン問題よりも更に複雑であり、既存のアルゴリズムやソリューションを単純に導入したとしても解決できない。
- 注3 広島大学大学院先進理工系科学研究科コンピュータシステム研究室 中野浩嗣教授
- 注4 ユークリッド距離は、2点間を結ぶ直線の長さで定義される。一方で、チェビシェフ距離は2次元平面上の2点の、x軸y軸各々の成分差の絶対値を取り、そのうち大きいものの値を指す。ドリルはx軸・y軸方向に移動させるモーター2つを同時に足し合わせて動作する特性から、チェビシェフ距離が基準となる。
- 文章中の商品名、会社名、団体名は、各社の商標または登録商標です。
本件に関するお問い合わせ先
株式会社NTTデータグループ
技術開発本部
イノベーションセンタ
矢実、矢野、香月
E-mail:qcomputer@kits.nttdata.co.jp
TEL:050-5547-0568