5つの革新
ITはあらゆる側面・切り口から「食」の革新を促しており、全体として「食」をひとつの方向へ進化させる潮流が起きつつあります。この革新を5つに整理し、見ていきます。
図1:ITが促す「食」の 5つの革新
1.生産効率向上
農作、養殖、畜産といった食料生産に関する分野では、AgTech(アグテック)という呼び名でIT技術の活用が急速に進んでいます。例えばセンサデータをビッグデータ処理することで、予測やノウハウ可視化を行い生産効率を高めたり、ロボット等で作業を自動化する話が多く見られます。人工知能の活用も始まっています。
画像認識と機械学習を組み合わせることで、作物が病気になっていないか判定したり、雑草だけを見分けて取り除く動作も高精度で可能になりました(※1)。殺虫機能を搭載したアグリドローンを用いて、農薬を使わず害虫駆除を行う実証実験なども行われています(※2)。生産効率向上に関する取り組みは企業にとって成果が見えやすいため、人工知能やセンサ、ロボットの活用は着実に進むと考えられます。
- ※1 人工知能とレタス:食糧危機から人類を救うのはAIかもしれない(WIRED)
http://wired.jp/2016/06/16/future-humanitys-food-supply/(外部リンク) - ※2 佐賀大学農学部、佐賀県農林水産部、オプティム、殺虫機能搭載ドローンを活用し、夜間での無農薬害虫駆除を目指した実証実験に世界で初めて成功
http://www.optim.co.jp/news-detail/19984(外部リンク)
2.機能的進化
新たな食べ物の開発が活発化しています。機能性食品を人工的に作る取り組みは以前から多々ありましたが、近年は食生活の在り方を変えるほど、スケールの大きな成果が登場するようになってきました。「人間の生存に必要な栄養をすべて取れる完全食」soylentが既に販売されている(※3)他、昆虫食も期待が高まっており、例えばコオロギを加工したフードは栄養価や生産効率が高く、実際に食用としての生産が始まっています(※4)。これらは栄養素を効率的に取ることに主眼を置き、食事の概念を栄養やエネルギー摂取の行為として再定義するインパクトがあります。soylentを生んだ起業家は、将来の食事は「効用や機能のための食事と、体験や社交のための食事のふたつに分かれていくだろう」と予想しています。
一方で、食事の楽しみや形式に意味を見出し、形式を維持しながら機能だけを取り込む動きも出てきました。パスタに栄養素を付与した完全栄養生パスタのプロジェクトがクラウドファンディングで目標金額をクリアした(※5)他、高齢者向けに料理の見た目を留めたまま柔らかくした「あいーと」(※6)にも注目です。食事の楽しみを忘れずに栄養もきちんと摂取する、そのような都合の良い未来も悪くないと思います。
- ※3 完全食ソイレントの夢(WIRED)
http://wired.jp/special/2016/soylent/(外部リンク) - ※4 「コオロギ粉」生産工場に行ってみた、食べてみた(WIRED)
http://wired.jp/2016/07/12/future-tastes-like-crickets/(外部リンク) - ※5 1食に必要な31種の栄養素を全て含んだ完全栄養食品"BASE PASTA"
https://www.makuake.com/project/base-pasta/(外部リンク) - ※6 摂食回復支援食「あいーと」
http://www.ieat.jp/about/point/softness.html(外部リンク)
3.最適化
生体情報を元に健康状況をモニタリングする技術やサービスが多々登場する中、それらのモニタリング結果を用いて、商品やサービスをパーソナライズ化する動きが今後高まってくると考えられます。食についても同様で、例えば自身のモニタリングデータをレストラン側に提供すれば、味付けや食事の順番など様々な面で一人一人にマッチした満足度の高い対応が可能になります。また、気分や体調に合わせて3Dプリンタが適切な形状・味の料理を出力することもやがて現実になる日が来るでしょう。
4.満足度向上
料理においても積極的にITが活用されています。人工知能やロボットが大きなインパクトを与えており、料理のメニューを考えるところから、調理し、盛り付け、届けるところまで、全過程で自動化(※7)が進みつつあります。人工知能が従来に無い発想でレシピを考え、味覚センサを使って味を視覚化する取り組みも進んでいます(※8)。やがて、予約が取れない三ツ星レストランの料理も自宅でロボットシェフが作ってくれるようになるでしょう。現在は、その前段階として「作った料理を食べる人の元へ届ける」料理デリバリー市場に大きな期待がかかっています。
実は大手企業が続々と料理デリバリー事業に参入しており、最近はドローンや自動運転車を活用するだけでなく、ピザを焼きながら配達するという驚きの方法まで登場しました(※9)。日本では、コンビニ弁当よりもレストランの料理に近い食事を求める層のニーズにどれだけ答えられるかが、デリバリー事業拡大の焦点になりそうです。こうした取り組みを通じて、出来立ての美味しい料理をベストなタイミングでストレス無く入手できる世界に変わっていくでしょう。
- ※7 全過程の自動化
- 料理ロボット moley robotics
http://www.moley.com/(外部リンク) - 唐揚げロボットサーバーをTensorFlow勉強会で展示
http://www.rt-net.jp/karaage1/(外部リンク)
- 料理ロボット moley robotics
- ※8 "味の見える化"は食品業界を根底から変える(東洋経済オンライン)
http://toyokeizai.net/articles/-/61244(外部リンク) - ※9 “ドローン宅配サービス”で話題の海外ピザ事情! 宅配なのに焼きたてのピザが食べられる驚きのデリバリー方法とは?(Infoseekニュース)
http://news.infoseek.co.jp/article/otapol_173611/(外部リンク)
5.楽しさ・コミュニケーション実現
食の楽しさを高め、食に関するコミュニケーションを実現する技術として、VR(Virtual Reality)/AR(Augmented Reality)が存在感を増しています。複数人数で同じVR空間に没入してコミュニケーションを取れる仕組み(※10)が登場しており、やがて遠隔地からでも超臨場感を伴いながら同じテーブルを囲み、楽しく食事が取れるようになるでしょう。脳を騙すことで満腹感や味の感触を操作する取り組みもあります(※11)。家に居ながら全国のご当地料理をバーチャル試食できるようなサービスも、将来登場するかもしれません。しかし、VR/ARの活用は夢や面白さがある一方で、人によっては無くても困らない場合もあり、一般の食生活シーンに浸透するには相当な時間を要するのではないかと考えています。
- ※10 複数人数で同じVR空間に没入できる「Linked-door loves Space Channel 5」
http://japanese.engadget.com/2016/09/16/1gbps-5g-vr-au-tgs-2016/(外部リンク) - ※11 食事にとっての視覚をVRで補完。様々な食物を表現するプロジェクト「Project Nourished」(VRMEDIA)
http://vr-vr.net/vr_projects/project-nourished.html(外部リンク)
まとめ
ITが促す「食」の革新について、5つの観点で、近年登場した技術やサービスを元に今後の示唆を述べましたが、全体として「食」をひとつの方向へ進化させる潮流に繋がります。すなわち、「食の楽しみ、嬉しさ、満足感を多くの人がより一層享受できるようになる(価値が高まり、広く普及し、多様なニーズに答えられる)」と考えています。結果的に健康増進や心の幸せにも繋がるでしょう。特に日本は、味覚や料理技術、養殖技術など、世界的にも食の分野で比較的優位性を持っているため、国として積極的にグローバルビジネスの開発に取り組むべき領域だと思っています。