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2016.10.14技術トレンド/展望

ブロックチェーンは社会基盤となるか

運営主体がない分散型ネットワークながら情報の変更履歴を公開検証することができ、 悪意ある改ざんを防げる技術のブロックチェーン。 金融の世界のみならず、新しい社会基盤となり得る大きな可能性を秘めています。 MITメディアラボの研究者、松尾真一郎さんに聞きました。

ビットコインから抽出された技術

情報の履歴が記録され続ける

松尾真一郎(まつお しんいちろう) MITメディアラボ研究員・所長リエゾン(金融暗号)。ブロックチェーンの学術研究用国際ネットワーク「BSafe.network」共同設立者。東京大学生産技術研究所・海外研究員および慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授を兼務。暗号プロトコル評価技術コンソーシアム(CELLOS)設立者兼技術WG主査。世界初のブロックチェーン専門学術誌 “LEDGER” エディター。大学院修了後、1996年にNTTデータ通信株式会社に入社、情報セキュリティと暗号の応用に関する研究に従事。2009年NICTに入所。2016年から現職。過去に暗号技術検討会(総務省・経済産業省)構成員、ISO/IEC JTC1 SC27/WG2日本Head of Delegateを歴任。米国在住。博士(工学)。

───ブロックチェーンとはどんな基盤技術で、社会や経済にどう適用が見込まれているのでしょうか。

ブロックチェーンの文脈で実現したいことは、大まかに次の3つです。

1、情報を、悪意ある改ざんのない状態で管理する
2、情報の修正・追加・削除などの変更履歴を、時間的に順序を追って記録する
3、情報を、誰もが公開検証できるようにする

これらは企業ないし組織が厳重に管理されたデータベースを持っていれば実現できることですが、そうした信頼のできる事業者を仮定せずに行える技術なのです。キーワードとなるのは「非中央集権的」という発想です。

ブロックチェーンを構成する数々の技術は今までにもあったものです。厳重に管理するデータベースをつくる技術、時間順に記録する技術、あるいは信頼できる第三者でなくてもあるサービスを構成できる技術です。これらを巧妙に組み合わせて、信頼できる事業者が不要な「お金」の形で紹介したのが、2008〜09年に生まれたビットコイン(※1)でした。

その後、ビットコインのプロトコルをよく見ると、中央で管理する人がいなくてもいろんなアプリケーションがつくれるのではないか、ということに2014年あたりから大勢の人が気付き出しました。ビットコインのコア技術がブロックチェーンという形で取り出されたのがその頃でした。

───そもそも従来の電子マネーなどの研究は、どれくらいの関連性があるのでしょうか。

1997年からから3年ほどのNTTと日本銀行で取り組んだ電子マネーや日立製作所が取り組んだ電子マネーのプロジェクトがあった頃が、最初の電子マネーブームと言っていい時期でした。「Financial Cryptography」という名前の、暗号技術を金融サービスに応用する技術に関する国際会議も、1997年からスタートしています。

こうした暗号技術の国際学会で議論された暗号技術が、ビットコイン登場の大きな背景になっています。金融における暗号技術の応用に関する研究は、Financial Cryptographyなどで盛んに行われましたし、NTTデータが電子情報の原本性保証を行うサービスとして提供している「SecureSeal」(※2)では、ブロックチェーンに近い技術である、ハッシュ値(※3)をリンクして非改ざんを証明する技術が使われています。

この方式は、今から26年前の1990年に学会で発表され、「ISO/IEC 18014-3(リンクトークン式タイムスタンプ)」としてちゃんと国際標準化されている技術です。ビットコインは、ISO/IEC 18014-3にある考え方を使い、あるドキュメントの前後関係をハッシュの署名を連鎖させて確認できるサービスです。トランザクションの開始から現在に至るまでのやり取りの一連を確認できるこの仕組みが、ブロックチェーンという技術の中核をなしています。

───ブロックチェーンが「分散型元帳」技術とも呼ばれるのはそういうわけなのですね。

技術的な構造を考えるとビットコインはブロックチェーンの1つの応用形態であり、いわば銀行の残高元帳を分散させたものと考えれば良いわけですね。ブロックチェーンとは、簡単に言うと、公開検証できるオープンデータ(誰もが触れられる情報)に対して、誰もが新たにどんどん情報を登録して確認できる技術なのです。

信頼できる事業者がいなくてもいろんなサービスが実現できるので、スマートコントラクト(契約)分野でのユースケースが考えられています。

最終的には今あるいろんなアプリのみならず、物流のための情報をマッチングする中間業者や証券取引所といったシステムそのものまでを代替するイノベーティブな技術だと私は思っています。

安全性を向上させている段階

───社会へのブロックチェーンの普及が見込まれる中、安全性についてはどうでしょうか。

まだ未成熟な技術のため、セキュリティ要件やセキュリティを確認する手法は固まっていません。実際に2016年6月には、「The DAO」のハッキング(※4)という事件が起こりました。

The DAOはプログラム同士が取引をしたり、投資をしたり、自律的に経済活動をする世界観を実証しようとするプロジェクトですが、「Ethereum」というThe DAOが動作するプラットフォームの脆弱性(バグ)を突かれ、思ってもみないお金の流出が起きた事件です。スマートコントラクトは、まだまだ運営も実現も困難だ、と認識させられました。

ブロックチェーンではP2Pのネットワークで繋がったユーザーが、公開管理されたレッジャー(元帳)に変更を加えていく。それらの記録は逐次伝搬され、チェーンのように連鎖することと前後関係を証明する。その過程で電子署名が与えられ悪意ある改ざんを防ぎます。

松尾さん提供

ただ、私の考えとしては、分散システムの考え方を利用し、支配的な権限を持つ人が存在せず、集中管理システムが不要である点というのが、唯一最大のブロックチェーンの売りなので、普及に際してはそのような特性を生かしたユースケースを持ったものに注力することに意義があると考えています。そこを諦めたものには、それほど多くの意味がないと思うのが正直なところです。

すでに世の中で広く使われているビットコインにしても、発行体が存在しない通貨ながら、法定通貨との交換を行うための取引所というものができて、ここに利用者の秘密鍵が保存され、もともと想定していない支配的な権限を持つ人が生まれる可能性があるという意味では不完全です。

「Mt.Gox」の事件(※5)も、本来ビットコインが持つ非中央集権という性質を、悪意のある取引所が損なったことが大きなポイントです。だから非中央集権という本来の思想を保ちながら、アプリケーションを増やせるようにするための改良を加えなくてはいけないと思います。

───今後、どのような技術がブロックチェーンの安全性を具体的に向上するのに役立つとお考えですか。

スマートコントラクトでいうと、プログラム言語を堅牢なものにつくり直さなくてはいけないという議論は、まさにMITの中でもされているところです。さらに、まだまだ完全ではありませんが、プログラムのバグを減らすためのデバッガーやチェッカーといった安全性を検証していくツールが出始めています。

プロトコル自体の脆弱性を下げるために、フォーマル・ベリフィケーション(形式検証)、つまり形式的にその設計が安全かどうかを検証することが、まずは必要ではないかと思っています。

トレードオフを見定める

───松尾さんは、セキュリティと性能はトレードオフであるということも主張されていますね。

そもそもブロックチェーンに限らず、普段の情報システムの構築でもさまざまな要素はトレードオフの関係になっていて、適切なバランスを考慮して設計します。

松尾さん提供

セキュリティを強めすぎると運用コストやユーザビリティーのパフォーマンスが落ちるし、反対に「誰それは信用できるから、その部分だけはセキュリティ対策費を抑えてもいいだろう」ということも日常であります。

ブロックチェーンの場合、そのトレードオフの考える評価軸の中で「どれくらい非中央集権を高めるのか?」を考えることは、ブロックチェーンの良さを引き出しつつ、使い勝手がよいシステムをつくるための大きなポイントなのです。

例えば、2015年あたりから、ビットコインのブロックサイズをどれくらいに変えるかという話は世界で大議論になっています。現在のビットコインの仕様では、 1つのブロックのデータサイズには現在1MBの上限があり、1つのブロックは10分に1回つくられています。そのサイズを例えば単純に1GBにすればスケーラビリティが劇的に向上して、1秒あたり7トランザクションしかない現在のブロックチェーンの処理速度を飛躍的に上げられます。

松尾さん提供

ただ、その場合に必要な1時間あたり6GBという大きなデータを保管できるようなノードを運営できるのはお金持ちだけですから、まるで非中央集権的でなくなってしまいます。トレードオフを考えて、どの辺りに落としどころを設けるかという議論が大事になってくるのはこのためです。

※1ビットコイン

2008年にナカモト・サトシと名乗る人物により発表された論文に基づき、09年に運用が開始された仮想通貨。P2Pネットワークにより運営されるため、トランザクション(所有権移転の取引)はユーザー間で行われる。トランザクションの履歴を記録するのが、公開分散元帳であるブロックチェーンである。

※2SecureSeal

アーカイビング方式を採用し、一度のタイムスタンプ付与で長期間証明できることが特徴。10年以上の長期に渡る保存が必要なドキュメントの証明に適している。

※3ハッシュ値

与えられた入力値から、ランダムな固定長の値を生成する演算手法をハッシュ関数と呼び、得られた値をハッシュ値と呼ぶ。ハッシュ値から元の入力値を計算することが難しく(一方向性)、同じハッシュ値になる別の入力値を探すことも難しい(衝突困難性)ことが技術的要件となる。ハッシュ値は同じ入力値からは必ず同じ値が得られるため、暗号化や誤り・改ざん検出などに使われる。

※4The DAOのハッキング

2016年6月に、自律分散型投資ファンド「the DAO」が取引の基盤とするEthereum(イーサリアム/ETH)ベースのブロックチェーンがハッキングを受けた事件。仮想通貨イーサリアムが流出し、被害額は当初60億円ほどとされたが、Ethereumのコミュニティはハードフォーク(過去のある時点までブロックを遡ってトランザクションを分離すること)を実行し、ハッキング自体を無効にした。

※5Mt.Goxの事件

東京都・渋谷に拠点を置いていた世界最大手のビットコイン取引所「Mt.Gox(マウントゴックス)」が2014年2月に取引を停止、巨額のビットコイン消失が明るみになった後に倒産した。不正なトランザクションを防止する技術的対策を怠っていたことが指摘されている。

イノベーションが末端から起こる未来

草創期のインターネットに近い

───オープンネスを保証するブロックチェーンは、クローズド型やコンソーシアム型といったブロックチェーンに比べると処理速度が遅いという問題があります。ブロックチェーンはどの程度パブリックであるべきだとお考えですか。

スケーラビリティが上がらない今は、確かに使い勝手がよくありません。速度が向上して利便性が上がると、パブリックブロックチェーンのようなものへ皆が自然に移行してくると思います。

インターネットの登場時を考えても、その前には「ニフティサーブ」や「PC-VAN」「コンピュサーブ」など、1つ1つで固まったサービスがあり、その中で電子メールなどがやりとりされていました。それがオープンなインターネットで繋がるようになって徐々にサービスが役割を終えていきました。

松尾さん提供

もともと中央集権的なネットワークサービスがあり、それらをつくれるのはサーバーを持つ事業者だけでした。インターネットが出てきて、電子メールができて、「World Wide Web」ができる。すると自宅でサーバーが建てられ、情報発信もできるようになりました。「Web2.0」(※1)の時代は、ブログやSNSからです。

誰もが情報の受け手でもあるけれども、発信元にもなれるのがインターネットの本質です。誰でも情報が発信できる特性を生かして、一歩一歩新たなユースケースを思いつき、徐々にエコシステムができてきたんですね。

インターネットのプロトコルは通信技術ということだけを考えれば、冗長、つまり少し無駄がある技術ですが、一方で、エンド・トゥー・エンドの原則で、末端同士が自由に情報を発信し、受信できるようになったことで発展しました。

ブロックチェーンも、情報を分散して保管するということだけを考えると、かなり冗長なプロトコルですが、全てのノードの末端に改ざんされていないことがわかっているデータが保管され、そのデータを用いて何かするのには適しているので、そういう場面で爆発的にイノベーションを誘発するのではないかと思います。

大きいデータセンターみたいなものに情報を囲い込んだ事業者だけがサービスを提供できる時代から、だんだんブロックチェーン上に情報が公開されていき、一般市民がそれを利用してマッシュアップのように新しいエコシステムをつくるようになってくるでしょう。

ブロックチェーン上に乗っている改ざんされない公開情報、オープンでかつ時系列的に変化するデータ、例えば気象情報のようなセンサーから上がってくるデータと何かの情報を掛け合わせ、新しい農業用のアプリをつくるといったケースは考えられます。

技術を育てていく必要がある

───情報を共有する際、皆で共有する必要のない情報までも共有するという危険もあるのではないでしょうか。

確かにプライバシーに関わる個人情報などのデータは、パブリックブロックチェーンに載せるのは抵抗があるかもしれません。それも同意の上で出すとメリットのあるアプリが出てくるとしたら違ってくるのでしょうが、そこは確実な線引きがされるでしょう。

今、経済産業省がブロックチェーンの旗振り役になっていますが、国としてやるべき仕事はベンチャー促進と同時に、「どの情報ならブロックチェーンに乗せても良く、どれは良くないか」ということを検討して指針を出すことだと思います。

───経済産業省の試算ではブロックチェーン技術が適用可能な全市場の規模が約67兆円とされています。最も社会にインパクトを及ぼすのはどのような市場だとお考えですか。

この数字はブロックチェーンが引っ掛けられる全産業を足したものでしょうが、どのマーケットが有望なユースケースになるかというのは正直分かりません。今のユースケースに単純に当てはめて、コスト削減ができるのは果たして本当なのか。ブロックチェーン自体が雇用を奪う種類の技術かもしれません。

経済産業省「平成27年度 我が国経済社会の 情報化・サービス化に係る基盤整備 (ブロックチェーン技術を利用したサービスに 関する国内外動向調査)」報告書概要資料より抜粋

既存の産業ではなく、イノベーションの起爆剤として新しいユースケースに使う方向に動いていくと私は思います。例えば1994年頃にインターネットが商用化されたとき、「Uber」(※2)のようなサービスは誰も思い描けませんでしたよね。

スマートフォンが出てきて、GPSからの情報が自動的にとれてアップロードされてから、初めてUberは登場しました。途中で何回かエコシステムが進化していかないと、新しいものは出てこないのです。

ブロックチェーンの場合は、改ざんされていない情報の発信主体が増えます。イノベーションを思いつく母集団の数が大きくなればなるほど、そういうサービスができやすくなるのがポイントです。 改ざんされていないことがわかっている情報の発信主体が大企業ではなく、エンドポイントになることも大きいです。

すでに、いろんな人がいろんな情報をブロックチェーンに記録するアイディアを出し始めているのですが、残念ながらまだそれを処理する性能がないので、実現のためには10年くらいかかるでしょう。

インターネットが世に出て商用化される前は、技術的に成熟させるまで10年以上、NSFNetというアメリカの政府が支援した実験用のネットワークで実験をやっていました。それが1995年に完全商用化されて一般に解放され、同時期にWWWも普及し始めました。その後、SNSといった次のイノベーションが世の中に普及したのは「LinkedIn」が2003年、「Facebook」が2004年の登場ですから、さらに8年ほどかかった計算です。

新しいインフラの技術がものになるのに、まず10年。その8年後に新しいものが出てくるというように段階が増していったのですね。ブロックチェーンが気軽にみんなで使えるまでにも時間がかかります。1980年代後半から90年代前半のインターネットと同じことをやり直さなくてはいけませんから。

企業の役割も変わってくる

───教育機関における役割は、どうお考えですか。

ビットコインはお金が端的に絡むものなので、正しい技術の方向を探るためには大学の持つ中立性がとても大事です。このような場所に隔離して、技術を育てていく”サンドボックス(箱庭)”をつくる必要があります。そのときのために「Bsafe.network」(※3)を立ち上げたところもあるのです。

例えば、シリコンバレーにあるスタンフォード大学の学生たちは、基盤の技術をつくるよりも真っ先にアプリケーションを考えるベンチャーを目指す傾向があります。これはシリコンバレーのスタートアップ文化からすると自然なのですが、まだ基盤技術が未成熟な今の時点で全員が全員、アプリケーションに気を取られすぎるベンチャーに行くのは、良くないことです。

ステップとして基盤技術について学術的な検証を先にやって、成熟させたものをインターネット技術における「IETF」(※4)のようなガバナンスの標準化団体で順次標準化していく。大学がそういう活動を行う過程で、活動に取り組んでいた学生から、ブロックチェーンの基盤技術を熟知した優れたエンジニアが出てくる。彼らがその良さを生かしたエコシステムをつくる新しいベンチャーをつくって、今度はそこへ投資するといった流れができたらいいと思います。

ブロックチェーンに将来を託したい企業で共通の財団をつくり、アカデミアに投資するのも1つのアイディアです。アカデミアで技術を成熟させて、その過程で貢献した人がベンチャーや企業に入るという良い循環がつくれます。

大学という場所を、技術を成熟させたり人を育てたりする舞台として、うまく活用していくというのはあるのかなと思います。

経済産業省「平成27年度 我が国経済社会の 情報化・サービス化に係る基盤整備 (ブロックチェーン技術を利用したサービスに 関する国内外動向調査)」報告書概要資料より抜粋

───イノベーションが末端から起きる時代において、NTTデータの役割をどうお考えでしょうか。

おそらくSIer(システムインテグレーター)という存在が、その役割を変えていく必要があるのではないでしょうか。

シリコンバレーで起こったビジネスの流れは、「Fail fast」という文化で物事をつくっていきます。優先順位が高いと思う機能から、完成度は高くないけど1日、2日で実装して、失敗したものは捨てて、うまくいったものは残すという文化です。

ただ、ブロックチェーンのアプリケーションは、お金なり価値を扱うので、失敗ができない。だから、ブロックチェーンでは相当気を使ってプログラムを書いていく必要があります。The DAOの事件はそれがうまくいかなった象徴的な例です。

日本は外国から見るとPrecision Engineering(精密工学)に優れた国とみられていて、昔は時計などですが、物事を精密につくり上げることは、アメリカを含めた他の国よりも得意です。つまり、NTTデータのような日本の企業が海外に比べて得意とする仕事なんだと思います。イノベーションの種は末端にあるのだけど、社会基盤としてきっちり仕上げるのは、こうしたことが得意な企業が考えていったほうがいいのかなと思います。

末端からのイノベーションをSIerが支援して、彼らが安心できる基盤をつくることで、社会の新陳代謝みたいな動きが進めばいいと思います。

※1Web2.0

2000年代の中頃から数年にかけて唱えられた流行語で、ティム・オライリーによって提唱されたとされる概念。誰もが自由に情報を受発信できるようにWebの利用形態が変化した段階(Web2.0)になり、新たな技術、サービス、デザインパターン、ビジネスモデルが登場するとした。

※2Uber

米国のウーバー・テクノロジーズが運営する自動車配車サービス。2009年3月にトラビス・カラニックとギャレット・キャンプにより設立された。一般人が、自分の空き時間と車を使って他人を運ぶ仕組みを提供する。2016年にはフードデリバリーの「UberEATS」も開始。

※3Bsafe.network

松尾真一郎さんとピンダー・ウォンが2016年に共同設立したブロックチェーン技術に関する国際的なリサーチネットワーク。

※4IETF(Intrenet Engineering Task Force)

インターネットで利用される技術の標準化を行う組織。標準化はラフコンセンサスという形で行われ、標準化文書はRFC(Request For Comment)などの形で公開されて利用される。

かつて夢見た社会の実現へ

企業が担う役割は大きい

ここからは、NTTデータでブロックチェーンを始めとするFinTech領域の技術チームの担当者で、『ブロックチェーン 仕組みと理論 サンプルで学ぶFinTechのコア技術』(※1)の編著者でもある赤羽喜治と松尾さんの対談をお届けします。

(左)松尾真一郎さん(右)株式会社NTTデータ 金融事業推進部 技術戦略推進部 システム企画担当部長 赤羽喜治

松尾 ブロックチェーンに注目が集まる今、私が必要だと思っているのは、この技術で「ここまでができる」「ここからはできない」といった認識をしっかり共有することだと思っています。

赤羽 これまではバラ色の夢のような話ばかりでしたが、JPX(日本取引所グループ)から2016年8月末に出された報告書では「処理がシリアライズされるので、性能的には限界があった」など、実サービスを提供される立場から、地に足の着いたものを出していただけたと感じました。

我々も社会インフラを担うSIerとして、ブロックチェーン技術を因数分解して蓄積の少ない部分を掘り下げて検証していきますが、これは単独ではできません。Bsafe.networkのようなニュートラルな学術的立場でしっかりした基礎をつくり、論文も書くような団体とフォーメーションを組むことで、技術の成熟に寄与していければと思います。

松尾 そこに「Hyperledger」(※2)のような企業を中心としたコミュニティの成果との連携が、どれくらいできるのかにも興味があるところです。

Hyperledgerのメンバー一覧。(https://www.hyperledger.org/より)

赤羽 当社もブロックチェーン技術のエンタープライズ領域への導入を目指して、必要な機能や改善など積極的に提言を行っていきたいと考えています。

また、Hyperledgerだけでなく、Ethereumなど有力なプラットフォームについて、そこに盛り込まれているものを見定め、欠けているものがあれば我々自身の手で補完していく、あるいは補完したもののうち、オープンソースコミュニティに還元したほうがいいものは世の中に広めていくといったこともやらなければいけませんね。

松尾 もう1つの懸念は、まだブロックチェーンは中身が不完全な段階で標準化が起き始めていることにあります。

赤羽 未成熟なこの段階の標準化は意味がないだけでなく、成長を阻害しかねないというのは、心ある人は分かっているはずです。ただ、何らかの思惑でいったん不幸なものができあがってしまうと、ブロックチェーンの未来に対して良くないと思っているので、そのようなことが起きないよう、引き続き注視していきたいです。

社会の変化と符合する技術

赤羽 先日松尾さんが語られた、ブロックチェーンについて当面はコンソーシアム型が数多く立ち上がっても、将来的にはパブリックなものに集約されていくという見通しについては、若干疑問を感じました。

現状のインターネットを見ても、「パソコン通信のタコツボ的世界から、オープンな世界になった」という一言では語れない世界になった気がするのです。先ほどのUberの例とはまた違う意味で、僕らがインターネット創成期に思い描いていた“夢のネット社会”とは若干違った世界ができ上がっているのではないか。

今、「Google」や「Amazon」などのテックジャイアントがほとんどのサービスを寡占状態にしていて、膨大な量の個人情報や購買データを握っています。このように情報がどこかに集約されてしまう。もしくは同じIP技術を使うイントラネットとインターネットのように、ブロックチェーン上でも完全な棲み分けや使い分けが生じてしまうのでしょうか。

松尾 イントラネットとインターネットのアナロジーはその通りだと思います。慶應義塾大学の村井純先生は「インターネットをつくるときにクライアント・サーバーは仮のステップで、そのうちなくすつもりだった」と振り返っています。でも、クライアント・サーバーにしたからインターネットが早く普及した面も否定はできないとも言っています。もともと理想としていたネットワークをつくることはやり残した宿題だと言っていて、ブロックチェーンでそれを少しでもやりたいそうです。

プライベートとパブリックの棲み分けがそうなるのか分からないですが、中央集権的なものと非中央集権的なものの間には揺れがあります。「このブロックチェーンはちゃんと動きます」という3、4社がジャイアントになり、基盤を築く未来はあり得るかもしれません。

赤羽 なるほど。個人として今感じていることは、“ブロックチェーン技術という現象”は、伊藤穰一さんがWebサイト「富ヶ谷」を立ち上げた草創期のような、かつて僕らが夢見たインターネットの世界に向けた動きの一端であって、同様の動きが他にもいろいろと同時に起きているのではないかということです。

例えば、金融機関によるサービスのAPI化、公開化というのはFinTechの主要な動向の一つですが、それは中に閉じていたサービスを第三者に公開して利便性を上げる動きだけでなく、第三者がさらにサービス自体を開発して、マッシュアップでそれをいくつか組み合わせ、銀行そのものすらつくり上げることができる世界に向かう動きではないか、とする議論があります。

最近では機能のアンバンドリング化が進み、モノリシックな1つの形のシステムに機能を抱えるのではなく、さまざまなパーツに分解して、差し替えることが迅速にできるようにするパラダイムも語られ始めています。サービスすらも外から調達したり、逆に公開したりといったことができるようになっています。

金融機関に限らず、このような企業活動そのものがオープンになっていく流れの一端としてブロックチェーンが出てきたような気がします。うまくやると、20年前に僕らが思い描いていたインターネットの世界にかなり近づけるのではないでしょうか。

松尾 まさにその通りで、例えばデジタルファブリケーションの動きのように 3Dプリンターが出てきて製造のサプライチェーンが変わってきたり、シェアリングエコノミーのようにいろんな活動の主役が一市民のところに落ちてきたり、という全体的な流れのタイミングがあると感じています。

ビットコインのようなものが出てくると、中央銀行が発行するフィアット・マネー(法定紙幣)は、「食費を払う」といったどうしても生活に関わるところだけに使われるようになる。そうでないところはブロックチェーンで書かれていることだけでやり取りが成り立つので、いろんなものが中抜きされる。最近言われている「限界費用ゼロ社会(※3)」という流れにも符合している気がします。

松尾さん提供

コミュニティを成長させたい

赤羽 パブリック型とプライベート型(NTTデータではコンソーシアム型と呼んでいる)で、パブリックの側にブロックチェーンの軸足が移るという話が繰り返しありましたが、現状のスマートコントラクトの運営状況を見ていると、とてもあれが社会のインフラになるとは思えないのです。

商用化に至る前、長きにわたる分厚い技術検証を蓄積することができたインターネットでは、その運営においてもしっかりとしたルールと体制を議論の蓄積の中で生み出してきました。これと同じような取り組みを通じて、もっときちんとしたパブリックなブロックチェーンの運営コミュニティが生まれる可能性はないのでしょうか。

松尾 一昨年からそうした国際的なコミュニティをつくらなくてはいけない必要性を感じていたので、私たちはBsafe.network設立の準備をし始めて、徐々に膨らませていきました。大風呂敷を広げると、Bsafe.networkは将来、例えば3年や5年の間にはそういう存在に成長したいという意識があります。

赤羽 しっかりしたコミュニティができ上がってこそ、パブリックなブロックチェーンのインフラが生きると思うので、それを聞いて安心しました。微力ながら、我々も全面的に支援しますから、できれば遠い将来でなく、目に見える未来にパブリックなプラットフォームができ上がることを当社としては願っています。

※2Hyperledger

レッジャー(元帳)をリンクさせるというオープンソースのブロックチェーン推進コミュニティ。パーミッション付きのブロックチェーン技術を開発するプロジェクト名でもある。

※3限界費用ゼロ社会

ジェレミー・リフキンによる著書のタイトル。IoT時代の到来を背景に、共有型経済(シェアリングエコノミー)の台頭を予言している。

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