個の影響力の拡大
テクノロジーにより「個」は大きな力を手にしました。例えば、SNSを通じた発信力やあらゆる情報へのアクセシビリティを手に入れ、低廉化されたデジタルサービスを用いて自らが置かれた社会に働きかけ、その在り方を変える力を持つようになっています。また、テクノロジーを手にした個による挑戦が大きなうねりを生み出し、一人の行動が連鎖的に広がることで、社会を変える力になりつつあります。
例えば、視線以外すべての随意運動が不可能になった患者のコミュニケーションツールを、一人の高校生が開発しています。これはアイトラッキング(視線検知)とBMI(※2)によって、絵文字が表示されている画面に向けた視線と脳波から患者の意図を汲み取り、テキストメッセージ化して介助者に送信するものです。ボランティア体験で気づいた課題を、最新のテクノロジーと若者文化との融合によって解決したこのツールは、世界中の声なき人々を救うかもしれません。
個を意識したビジネスデザイン
企業もこのような個の影響力を無視できなくなり、個を意識したビジネスへのシフトが鮮明になってきています。
ある映像配信サービス企業では、利用者の視聴傾向に合わせてコンテンツをレコメンドするパーソナライズサービスだけではなく、利用者の嗜好に合わせた作品を自らが制作、配信するといった新たな形のパーソナライズでビジネスを拡大させています。また、個に対して、個をぶつけることでマーケティングを強化しようという動きもあります。多数のフォロワーを持つバーチャルインフルエンサーを、高級ブランドが相次いで広告塔に起用しています。それ自体の存在感がブランドの革新性を引き立たせる一方で、長期にわたって一貫したブランドイメージを確立することができるこの手法は、個の志向や行動を起点にして個の存在感によって強く働きかけようとする新たなビジネスモデルと言えます。
個が持つ情報の価値
これまでになく一人ひとりの志向や選択が価値を持つようになる中、パーソナルデータ(※3)の取り扱いをめぐる動きが活発になりつつあります。情報銀行はその一つです。個人の同意に基づいてパーソナルデータを預かり、それを第三者に提供可能とすることをめざすこの仕組みは、パーソナルデータを安全に管理し、その価値を最大限に引き出しながらも過度の独占を防ごうとする試みです。この潮流は、個々人のパーソナルデータに大きな価値があり、その言葉・思考・行動そのものがさらに価値を生み出す源泉となることを意味しています。
優秀な個の獲得競争
個の能力や意志が価値を生む社会において、企業は単に労働力としての人間を集めるだけでは生き残れなくなっています。個を重視したビジネスを生み出すために求められるのは、社会や企業の課題をアイデアやテクノロジーで解決しようとする人材を獲得することです。米国のコンサルティング会社が2018年に発表したレポート(※4)では、2030年までに世界中で8,500万人以上の高度人材不足が起こり、それが引き起こす損失は8.5兆ドルにも及ぶと言及しています。既に、カナダや中国では、専門知識や高度な技能を持つ移民を優先的に受け入れ、家族も含めた生活面のサポートなどで優遇を行っています。
個を基点とする世界
社会の在り方が個重視の方向へと再編されつつあるこれからの時代において、企業や社会には、個の持つ能力、個の持つ情報を適切に捉え、それらに寄り添う形で自身のサービスをデザインすることが求められていくでしょう。なぜなら、個が持つアイデアこそが持続的発展を導くイノベーションの源泉となるからです。
http://www.nttdata.com/jp/ja/insights/foresight/sp/index.html
脳波等の検出・あるいは脳への刺激などといった手法により、脳とコンピュータとのインタフェースをとる機器の総称。
「パーソナルデータ」は、個人情報に加え、個人情報との境界が曖昧なものを含む、個人と関係性が見出される広範囲の情報(個人の属性情報、移動・行動・購買履歴、ウェアラブル機器から収集された個人情報を含む)を指す。
The $8.5 Trillion Talent Shortage, 2018.5, Korn Ferry,