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2023.5.2業界トレンド/展望

量子コンピューティングによる事業変革~欧州イノベーションセンタにおける研究からビジネス実用化への取り組み~

NTT DATAは世界6カ国に、最先端技術を研究・開発するためのイノベーションセンタを設けている。各拠点がそれぞれ異なる分野の研究を行っており、昨今、実用化に向けて期待が高まっている「量子コンピューティング」もその1つだ。本稿では、イタリアにあるEMEALイノベーションセンタが取り組んでいる量子コンピューティングの研究について、BMW社と行ったハッカソンの取り組み、「量子機械学習」と「組合せの最適化」によるビジネスへの適用検討、量子強化学習によるロボットアームの制御の取り組みを紹介する。
目次

専門企業らとの“トライアングルアプローチ” 将来性を評価されハッカソン優勝

世界6カ国に設立されたイノベーションセンタのうち、量子コンピューティングの研究を行っているのは、日本とドイツ・イタリア(EMEAL)の3か所だ。EMEALイノベーションセンタで量子コンピューティング研究の共同リーダーを務めているDaniel Miner氏は、研究戦略においてはパートナーとの”コラボレーション”が重要なカギになると話す。

「NTT DATAは量子コンピューティングに特化した企業ではなく、ハードウェアとしての量子コンピュータも所有していないため、end-to-endでカバーするためには量子コンピューティングの研究・開発を行っているパートナーとの連携が不可欠です。ここでいうパートナーとは、スタートアップ企業やハードウェアを有するベンダー、世界中の研究機関や大学などを指します」(Miner氏)

その一例が、研究企業および量子コンピューティングの専門企業と連携した「トライアングルアプローチ」だ。

「上の図で示しているのが『トライアングルアプローチ』です。NTT DATAはシステムインテグレーターですので、量子ソリューションの設計や統合を行い、場合によってはアルゴリズムの開発も行っています。応用研究や技術戦略において重要なパートナーとなるのが、グループ会社のNTT Researchです。NTT Researchは量子適正化やイジングマシンなどに関する研究も行っています」(Miner氏)

もう一方のパートナーは、量子コンピューティングに特化した開発を行っている企業2社だ。そのひとつが、イスラエルの『Classiq(クラシック)』である。量子アプリの開発において専門性が必要となる量子回路の作成を自動で行う技術を保有しており、高度なローコードを用いた量子コンピューティングの開発を行っている。

「ユースケースを広げていくために重要となるのが高度なソフトウェアです。現在使われている量子アルゴリズムの多くが、量子ゲートごとやオペレーションごとに書かれたアルゴリズムの集合体です。これを拡張していきたいと考えた場合、より高度な手法が必要となりますが、それを可能にするのがClassiqの持つ技術なのです」(Miner氏)

NTT DATA DACH EMEALイノベーションセンタ 量子コンピューティング ドイツ共同リーダー Dr. Daniel Miner

NTT DATA DACH
EMEALイノベーションセンタ 量子コンピューティング ドイツ共同リーダー
Dr. Daniel Miner

もうひとつのパートナー企業は、量子コンピューティング事業のパイオニアであるカナダの『1QBit(ワンキュービット)』だ。量子コンピューティングのさまざまな領域を熟知するアルゴリズムの専門家集団で、NTT Researchともパートナーシップを結んでいる。Miner氏はこの「トライアングルアプローチ」により、end-to-endで量子エコシステムをカバーすることができると自信を覗かせる。

それを証明したのが、大手自動車メーカーBMWが2021年に開催したハッカソン「BMW量子コンピューティングチャレンジ」での優勝だ。BMWの実際のユースケースに基づいて設定された4部門のうち、NTT DATAチームは『テスト車両の構成最適化』部門で1位に輝いた。

新型車が市場に投入される際には、事前にさまざまな設定でのテストが行われる。想定されるユースケースの数はとても多く、且つ複雑であるため、さまざまなテストが必要となり、場合によっては車ごと破壊することもあるという。ハッカソンでは、メーカーにとって大きな負担となっているこのテストを、最小数の車両で最多数実行するための最適化ソリューションを競った。

NTT DATAチームは、Dürr–Høyerの最小発見量子アルゴリズムを組み合わせた「フォールトトレラント量子コンピューティング」と、高速量子アナログや量子SATを用いた「ネイティブハイブリッド局所最適化」という2つのソリューションを提案。その実現可能性と将来性が評価され優勝し、量子コンピューティング事業としての初の顧客獲得にも繋がった。

NTT DATAが強みとする「量子機械学習」と「組合せ最適化」

ここからはChristian Nietner氏が、NTT DATAの量子コンピューティングがビジネスシーンでどういったアプローチをとっていくのかを解説する。

NTT DATA DACH EMEALイノベーションセンタ 量子コンピューティング ドイツ共同リーダー Dr. Christian Nietner

NTT DATA DACH
EMEALイノベーションセンタ 量子コンピューティング ドイツ共同リーダー
Dr. Christian Nietner

「量子コンピューティング技術をビジネスに応用する場合、『量子機械学習』と『組合せの最適化』の2つに焦点を当てています。これらは、わたしたちがいま最も得意としている領域です。NTTはCIM(Coherent Ising Machine)というイジングマシンを開発しましたが、わたしたちはあえてハードウェアを持たず、ユースケースに最も適した量子コンピューティングプラットフォームを利用します」(Nietner氏)

例えば、量子強化学習に関係するゲート型量子コンピュータであれば、IBMやGoogleなどのスーパーコンピューティングやIONQのイオントラップ、XANADUのフォトニクスを、組み合わせ最適化に関係する断熱量子計算であれば、NTTのコヒーレントイジングマシン(CIM)、富士通のデジタルアニーラ、D-Waveの量子アニーリングマシンなどを使うことが可能だという。

Nietner氏によると、量子技術がビジネスに与える影響を理解するためには以下の4つのプロセスが必要だという。

(1)トピックの特定

最先端のアルゴリズム、技術、アプローチに関する知識を駆使し、量子コンピューティングが従来のソリューションを改善、あるいはより良いものとして代用される可能性が最も高いトピックやアプリケーションを特定する。

(2)アドバンテージの分析

ユースケースに応じた量子アルゴリズムを実装し、新しいコンピューティングパラダイムから生まれる技術的な優位性を調査・分析する。

(3)ビジネスにおけるマッピング

技術的な優位性を確認した後、実装したソリューションをそれぞれのビジネス課題に対応させ、顧客にとって具体的なビジネス上の優位性と新サービスや製品の可能性を導き出す。ただし、現在はまだ中小規模のNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum device)の時代であり、完全に生産的な量子ソリューションの実現は困難である。

(4)ユーザビリティーの予測

開発した量子ソリューションがいつから使えるのか、どのようなハードウェアが必要なのかを分析・予測する。

では、量子コンピューティングは、ビジネスにどういった影響を与えるのか。Nietner氏は「それを展望することで、取り組みを広げられる」と話す。そこでまとめたのが、構造的に生成した「量子コンピューティング・リーダーシップ・プロセスモデル」だ。

「まず最初に、量子思考と呼ばれる量子技術の分析をします。これは能力の評価、教育、トレーニング、意識の改革で、プロパーだけでなくデベロッパーに対しても行っていきます。次は、探求サイクルです。さまざまなハードウェアプラットフォームやソフトウェアの技術を探求し、どういったメリットがあるのかを見極めます。そのうえで、技術評価やベンチマークを行い、それぞれのビジネスケースにあてはめていきます。その後、顧客が得られた知見やサービスを社内外に展開し、新しい製品やサービスを立ち上げることができるように支援していきます」(Nietner氏)

Nietner氏は、今後のビジネス展望として、ハイプリッド量子プラットフォームの構築支援や、従来のハードウェアから量子ハードウェアへの転換支援を挙げた。

NTT DATAは、量子コンピューティングのソフトウェア開発にも積極的に取り組んでいる。現在は、クラウドベースのオープンソース量子開発プラットフォーム「Alquemy」を開発中だ。Alquemyは、ハードウェアやフレームワークにとらわれず、さまざまな最先端プラットフォームを利用することができ、数十年にわたるソフトウェア開発・運用のノウハウが凝縮されている。Alquemyを使うことで、開発者やコミュニティはより簡単に量子技術が利用できるようになる。Nietner氏によると、2022年にアルファフェーズが終了し、現在リリースに向けた開発が進んでいるという。

量子強化学習によってさらに進化するロボットアーム

最後は、NTT DATA ItaliaのAlberto Acuto氏が、量子コンピューティングのアプリケーションについて解説する。紹介するのは、量子強化学習がスマートロボットの形状に適用されたユースケースだ。

「人工知能の進歩に伴い、ロボットアームの制御をソフトウェアで実現するソリューションが登場しています。ロボットアームの動きは、ソースコードに直接書き込む形でデータを挿入するハードコードではなく、制御ポリシーを学習によって習得します。この仕組みに対して、現状で最も見込みのあるアプローチが強化学習です」(Acuto氏)

この強化学習をさらに進化させたのが、深層学習と強化学習を組み合わせた『深層強化学習』だ。強化学習とは、望ましい行動には報酬を与え、そうでない行動には罰を与えるといった機械学習の手法だ。一般に、強化学習を行う当事者(エージェント)は、環境を認識・解釈して行動を起こし、試行錯誤しながら学習していく。そして、観察から行動までのポリシー(方針)において、そのリターンを最大化しようとする。深層強化学習は、この強化学習にデータの構造や因果関係を、学習によって非常に細かくモデル化する深層学習を組み合わせたものだ。

Acuto氏は、「深層強化学習では事前に定義された学習データセットが必要なく、複雑な振る舞いを自動的・自律的に取得するといった意味ではとても重要になってきます」としたうえで、その難しさにも言及した。

NTT DATA Italia EMEALイノベーションセンタ 量子コンピューティング イタリアリーダー Alberto Acuto 氏

NTT DATA Italia
EMEALイノベーションセンタ 量子コンピューティング イタリアリーダー
Alberto Acuto 氏

「深層強化学習は、低レベルのセンサーから複雑な行動を自律的に取得するための有望なアプローチとして登場しました。しかしながら、実際にはロボットの操作学習は、まだ、実際の問題を解決するところまで至っていません。これは深層強化学習によくある課題で、探査戦略や学習スピードが非常に遅い。特に複雑な問題では、学習速度が指数関数的に遅くなる”次元の呪い”が発生するのです」(Acuto氏)

深層強化学習では、「バリューベースアプローチ」と「ポリシーベースアプローチ」の2つの手法が一般的である。バリューベースアプローチはサンプル効率が良く、安定しているのが特長だ。一方のポリシーベースアプローチは、連続的かつ確率的な環境に最も適したアプリケーションであり、より速い収束が可能になる。Acuto氏のチームは両アプローチを融合させ、それぞれの長所を組み合わせた「アクター・クリティック・アプローチ」を、ロボットアームの制御に採用した。

上の図は、単純な2次元4関節のロボットアームを第1関節に取り付け、固定した状態の模式図だ。最後の関節はエンドエフェクターと呼ばれている。

「このロボットアームのタスクは、最小限の動作回数で目標地点に到達することです。ロボットアームは、リンクの位置や向きを変えるためのモーターを含む、関節によって動かされるリンクの鎖と表現することができます。このアームは、2次元平面上の関節を使ってリンクを動かすことができ、与えられた速度まで各リンクを独立して時計回りまたは反時計回りに動かすことができます」(Acuto氏)

Acuto氏らが考案した「アクター・クリティック・アプローチ」では、まずモデルを2つの構成要素に分割する。アクターは状態に基づいてアクションを定義し、クリティックは状態値を生成。アクターは最適な方針を学習することでエージェントの振る舞いを本質的に制御し、クリティックは価値関数を計算することでアクションを評価する。トレーニングが進むにつれて、アクターは目標に到達するためのより良い行動を学習し、クリティックはそれらの行動を評価することが上手くなるという。

アクター・クリティック・アプローチは、ハイパーパラメータの値に対して高い感度を持つという問題を抱えている。この問題に対処し、性能や安定性、習熟度を向上させるために“ソフト”アクター・クリティック・アプローチも考案された。このアプローチでは、大容量のバッファメモリにより、過去の履歴を利用して効率的に重みを更新し、学習の安定性を向上させることが可能だ。また、クリティックのターゲットとなるニューラルネットワークを導入することで、値状態の近似学習の安定性と効率性をさらに向上させることができるという。

「量子強化学習」は、量子コンピューティングと強化学習を統合したものだ。このアプローチには、「量子—古典」のハイブリッドアルゴリズムである「変分量子回路(VQC)」技術を用いる。VQCは、近未来の量子コンピューティングを用いた量子的な優位性を実現するための有力な提案だという。

「VQCは、様々な量子ゲートと量子配線から構成され、これらのゲートを調整するパラメータは学習が可能です。ゲートを調整するための学習可能なパラメータがあり、これは、古典的なニューラルネットワークのパラメータと同様です。VQCの学習可能なパラメータを最適化することにより、複雑な連続関数を近似することが可能となります」(Acuto氏)

Acuto氏によると、強化学習タスクのための量子コンピューティングのシミュレーションでは、量子的な優位性を観測することができたという。気になる今後の展望については次のように話す。

「最終的には、実際の量子プロセッサーでテストすることが必要です。学習アルゴリズムを実際のロボットアームに適用し、デジタルツインでトレーニングを実施。その上で、実際のロボットアームに改めてアルゴリズムを適用していく。これが次のステップとなります」(Acuto氏)

本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。

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