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2020.7.10INSIGHT

データが導く「保険の未来」(前編)
~安心安全を届ける東京海上日動の挑戦~

不確実性の高まりに呼応する形で、データの重要性が叫ばれる時代。
東京海上日動は組織をまたいだ全社的なデータ活用を本格的に開始した。
彼らの目指す先はどこにあるのか。
同社が構築した「データ分析基盤(データレイク)」の全貌を、担当者の生の声から追う。そこから見えてきたのは、テクノロジーの発展がもたらす「保険の未来」と、2020年代の社会において企業が果たすべき役割だった。

データ活用が切り拓く、「保険の未来」

■保険会社の役割はどう変わっていくべきか。データを活用することで見てきたもの。

――保険業界が今当に直面している課題があれば教えてください。

新谷損害保険という業種から想起されるものの一つに、自動車保険があります。自動車保険はドライブレコーダーや自動運転など、さまざまな新しいテクノロジーが自動車に搭載されつつあり、まさに過渡期にあると言えます。もう一つ、社会全体へ大きな影響を与えた変化としては、目に見えて増加している自然災害があります。2018年には大型の台風によって関西を中心に大きな被害が発生しましたが、2019年も複数の台風によってもたらされた被害は甚大なものとなりました。近年発生する台風は、その数もさることながら、1つあたりの規模も大きく、大規模な自然災害の続発として社会に大きな影響を与えており、保険会社にも大きなインパクトをもたらしています。

新谷 玄

新谷 玄
東京海上ホールディングス 事業戦略部 企画グループ。データ戦略の策定・推進に加え、データ基盤の構築にも関与。「今日はグループ全体のデジタル戦略の企画やハイレベルな今後の構想もご紹介できればと思います」

従来の損害保険では、事故によって発生した経済的な損失に対して保険金をお支払いしてきました。一方で今後はそういった役割のみならず、最新のテクノロジーを駆使して「そもそも事故を起こさない為には、被害を軽減するには」といった、予防や被害軽減に向けたサービス提供が成長の1つのカギになっていくと思っています。

――今回構築した、データ分析基盤「データレイク」とはどういうものでしょうか。

松浦データ分析基盤は、社内や世の中に存在するあらゆるデータを一元的に取り扱え、なおかつ、分析に必要な最新のアルゴリズムが利用できる環境であるべきだと捉えています。

松浦 晋

松浦 晋
東京海上日動火災保険IT企画部 企画グループ。2017年に通信系企業から転職。保険事業を支えるコアシステム(基幹系、情報系、その他)の企画立案と合わせて、大規模案件のマネジメントにも携わる。「転職して最初の大きな仕事が、NTTデータさんと一緒に手がけた『データ分析基盤』の構築でした」

今までは、契約情報なら契約データ、保険金支払に関する情報なら保険金のデータという限られた範囲でデータを分析してきましたが、社内外にある様々なデータを集め、つなぎ合わせることで気づくポイントがあるということを実感しています。人間が分析して得えられる知見は人間が気づける範囲、つまり分析前に想像できている範囲に留まりますが、データの組み合わせによって機械的に結果を出す、あるいは新たな示唆を与えてもらうことで、「思いもよらないこんな要素が結果に関連しているんだ」ということを発見できるんです。

山川私は以前、東京海上グループのシステム開発や運用を担っている東京海上日動システムズで、まだPoC(概念実証)段階にあったデータ分析環境を使っていました。そこで様々な分析をしていく中で、保険会社のプレゼンスを発揮するのは、やはり「事故対応」なのだということを改めて確信しました。例えば、大きな地震や台風があった場合、少しでも早く保険金をお支払いすることが、お客さまの生活再建の力になると考えています。

山川 智史

山川 智史
東京海上日動火災保険 営業企画部 マーケティング室 グローバルマーケティンググループ。東京海上グループのIT戦略の中核を担う東京海上日動システムズからの出向で2019年度から現職。アーキテクトとしてデータ分析環境を使ったマーケティングに従事「一ユーザーとして、データ活用の成否を決める、データの可視化に関する感想をお伝えできれば」

具体的な例ですと、大きな災害が起きると、通常の損害サービスメンバーだけでは足りないので、日本全国から応援の社員が集まります。従来は「何人の人員をどこに集めて、ネットワークは、パソコンは、電話は、シフトは……」ということを経験則だけで対応していました。

今はどうか、すべての契約の詳細情報を持ち、それを分析する処理能力を「データ分析基盤」が持っています。つまり「被災地における契約は全体で何百万件で、どのエリアにはどの様な被害がどのような割合で起きているのかを瞬時に予測し、それに対して必要なリソースを充てる」といったことが技術的にできるようになりました。

■保険ビジネスは有史以来蓄積したデータの分析を続けているデータビジネス。新たなテクノロジーを切り口に、次のステージへ向かう。

――データ分析基盤を構築するという判断には、どのような背景があったのですか。

松浦もともと保険会社のビジネスでは、保険の料率を決めるために、様々なツールを活用しながらしっかりとデータを分析してきました。しかし、2010年代からビッグデータ分析の重要性が説かれるようになると、社内から「もっともっと大量のデータを取り扱いたい」という要望が出てくる様になりました。

「本格的なデータ分析基盤をつくろう」と決まったのが2017年、私がプロジェクトに入ったのもちょうどその頃です。当時は、とにかく早く成果を出すということで、超短期間で構築しなくてはいけませんでした。一方で、大切な情報を扱うシステムですから、しっかりしたシステムをつくらなくてはいけません。実績がちゃんとあるかどうか、我々が求める要望をしっかり吸収してもらえるかという点がポイントとなり、NTTデータさんと進めることに決まりました。

新谷松浦君の言う通り、保険ビジネスとはデータビジネスそのものです。蓄積されたデータを分析することによって、どういった周期で災害・事故が起きるかという予測が可能となり、その結果として保険料率を決める事が出来ます。そのようなデータをより効果的に活かせるテクノロジーが生まれ、皆がやりたくてもできなかった様々な事が実現可能になったという外部環境の変化も大きいと感じます。

ただ、2017年当時では、「なぜデータの分析が今必要なのか」というところまで理解を得るのが難しく、プロジェクトの予算を配分する立場にあった自分としては、思い切った判断が中々できない心苦しさがありました。限られたリソースの中ではありましたが、松浦君が東京海上日動の仲間になってくれて、またNTTデータさんにかなり頑張って頂いた事で第一歩が踏み出せたというのが当時の経緯です。

その結果として、データを活用できる環境ができ上がり、東京海上日動の内部向けだけではなく、外部に対してもどうやってデータを活かしていくのかという点について深掘りする事が可能になりました。

――お客様にはデータ分析をすることにどういったメリットがあると説明していますか。

新谷データの分析・活用によって、商品やサービスのパーソナライズ化が進みました。その結果として、お客様にとって本当に必要な情報を取捨選択して提供する事が可能になりました。またパーソナライズ化は情報提供のみならずご契約いただく商品やサービスにも直接繋げていく事ができますので、「お客様にとって真に必要なモノ・コトをご提供することができる」といった点がメリットになってくるのではないかと考えます。

具体的な例を出すとすると、当社の商品を説明する動画サービスでは、(利用者である)お客様に向けに加入頂いている契約内容を基にして最適にカスタマイズされたパーソナライズド動画を提供しています。この動画は単なる契約の情報を提供するだけではなく、自然災害などで被害に遭った際の手続きなども案内しており、事故が起こる前の事前の安心を届ける事も可能になりました。

山川「DAP(ドライブエージェント パーソナル)」の安全運転診断もありますよね。これはオリジナルのドライブレコーダーをリースする自動車保険の特約で、一番のメリットは事故が起きたときに衝撃を感知して、事故映像を保険会社に自動で送ることができる仕組みです。事故が起きたときのデータをしっかり保管することができることももちろん大きなメリットではありますが、タイムリーに送られた映像を活用することで事故対応を手厚くすることができることも大切なポイントです。

新谷事故が起こったときは、お客さまもすぐに気持ちを落ち着かせるのは難しいですから、コールセンターへのスムーズな事故の連絡が困難なことももちろんあります。事故映像が自動的に送られる事でお客様に事故状況をわざわざご説明頂く必要は無くなりますし、その結果として、より迅速な事故サービスを提供する事に繋がるわけです。まさにデータを活用する事でお客様にもっとより添い、適切なサービスを提供する事が出来た事例だと思います。

■目指したのはデータ分析の民主化。組織内でナレッジを共有する仕掛けによって、データ検索のタイムスパンが短期化できた。

――ここからはNTTデータの担当者の二人にも入ってもらい、データ分析基盤の構築にあたってどのような段階を踏んだのかを振り返ります。まず、プロジェクトの狙いはどこにあったのでしょう。

立石私たちは「データ分析の民主化」という言い方をしていますが、これまでのデータ分析は、どうしても専門的な知識がある人に限られていた作業だったと思います。最近はそういう方でなくても、一般の業務ユーザーとか、市民データサイエンティストのような方が使える、身近な分析ツールが出てきています。つまり、世の中にデータ分析という発想がかなり浸透しやすい環境にあると考えています。

立石 良幾

立石 良幾
NTTデータ AI&IoT事業部 ソリューション統括部 ソリューション担当部長。データ分析基盤のシステム構築の事業を展開する。「入社して20年来、一貫してシステム開発を担ってきました。前半は業務システムの開発、後半はデータ分析周りの基盤構築の仕事をしてきました」

田井中専門ツールを駆使して、専門家たちが特別な環境でやっていたこれまでのデータ分析は、データを探す機能もなければ、ユーザーに優しいインターフェースもないという、専門家以外には難しい環境でした。今回構築したのは、専門家以外が使える環境、まさにデータ分析を民主化していく環境です。

田井中 智也

田井中 智也
NTTデータ AI&IoT事業部 ソリューション統括部 ソリューション担当課長。「東京海上日動様のデータ分析基盤は初期構築から担当しました。構築した基盤を利用して分析を活発化させるために、データを準備するデータエンジニアリングやデータをいかに管理するかのデータマネジメントの推進に松浦さんと一緒に取り組んでいます」

データ分析の敷居を下げたのに加え、さまざまなデータを集めて「社内にはこんなデータがある」と色々な人に見せることにより、新しいビジネスやサービスを想起させたいという狙いがありました。例えば、ドライブレコーダーから取得したセンサーデータから防災に役立つ地図データが整備されていることは社内でも知らない人が多いと思います。そういったデータを目に見える形で見せてあげる、そういった目的も果たせる環境を目指しました。

――データ分析環境としてデータ分析の専門家でない一般社員にも使える「データ分析ラボ」を使う事に、どのような感想を持ちましたか?

山川「データ分析ラボ」にログインさえすれば、そこに契約データや保険金支払データなどの必要な情報が準備されているので、それをすぐに分析に回せます。マーケティングの現場でも「今話題に出た内容をちょっと手元のデータで見てみよう」といった感じですぐにアクセスできます。これまでは、ある程度データを精査した上でないと分析環境に回せなかったり、簡単な分析でも結果が出るまでに時間がかかっていたのですが、この分析ラボは、分析のサイクルがすごく短い時間で回せるので、現場は助かっています。

立石それはものすごく嬉しい感想ですね!

山川重厚長大な分析ではなく、例えば数千万を超えるご契約の中から、特定の顧客属性、契約内容、我々との接点記録などから対象を抽出して、有益と思われる情報の提供やプロモーションなどがすぐに実施できます。言葉にすると当たり前に聞こえますが、これまでは条件にマッチした対象を抽出するのに膨大な時間がかかり、さらに条件をちょっと変えたいとなるとまた最初からやり直しとなるため、いつまでたってもお客様にアプローチするに至りませんでした。

「BIツールの『Tableau』という可視化の仕組みがあるんですが、そこでつくったものをサーバー上にアップロードすることで、ある一人が分析したレポートを、部や課の全員が見られるようになりました」(山川)

「BIツールの『Tableau』という可視化の仕組みがあるんですが、そこでつくったものをサーバー上にアップロードすることで、ある一人が分析したレポートを、部や課の全員が見られるようになりました」(山川)

新谷2016年の熊本地震の際は、必要な対策を講じる為にお客さまのデータを引き出さなければならない局面があったのですが、当時はデータの抽出が容易ではありませんでした。システムの開発・運用を担う東京海上日動システムズに依頼を出し、データの所在や中身が分かる担当者に都度「こういう条件でデータを出してください」と伝える必要がありました。

さらには、そのデータ抽出に数日を要しました。その後、違う切り口でのデータ取得の必要性が出たため、再度条件の変更を伝え、またデータの抽出に数日、といったプロセスが要されました。当時要されたタイムスパンや取得に関与する人的リソースを今の状況に照らして考えると、このデータ基盤があることで飛躍的に効率が高まっていると言えます。

■社内のデータを掘り起こして、企業としてのデータ活用力を上げていく。保険のあり方自体が変わると言われる時代に新たな保険の在り方へ。

――これからの展望を教えてください。データ分析基盤の活用によって、損保会社のビジネスは変わりますか?

松浦今後はより多くのデータが活用できる状態、より多くの人が利用できる状態を目指したいですね。これまでは個別のプロジェクトごとに分析をやってきたので、ナレッジもそのプロジェクトの中にしか溜まりませんでした。分析するメンバーが縦横でつながり、会社全体で分析環境を使い倒していく状態になることで、データ活用のスコープの拡がりや分析の高度化が進み、結果として企業としての分析力が飛躍的に上がっていく。それによって、お客様に新たな付加価値を提供しつづけていくことを目指したいと思っています。

新谷保険のあり方自体がこれから変わってくるでしょう。データ分析によって保険の付随サービスが次々と創発されるでしょうし、そもそも「事故を回避する」といったこともデータ解析で可能になってきます。

また、我々には事業パートナーである代理店さんがいらっしゃいます。お客さまに対してデータを駆使してより良いサービスを展開するだけではなく、代理店さんがデータをどのように上手く活用していくか、会社としてそれをどう支援するかという点も大事なポイントだと捉えています。

田井中現在のデータ分析基盤では、これまで社内で利用されてきた多くのデータを集め、それらを使えるようにしてきました。ただ、東京海上日動様の社内には、まだまだ使える状態にはなっていない、重要なデータが残っていると考えています。今、まさに松浦さんとやらせていただいているのが、紙の状態で活用できていないデータを分析可能な情報とすることです。今後はそういったデータを掘り起こし、データ分析基盤に活用可能な形で入れていく取り組みを進めていきたいです。

山川帳票のような紙面上に残されたデータだけではなく、お客さまとのコンタクト履歴や対応履歴などが平文で記録されているようなデータもあるんです。そういったコンテキストのあるデータを分析することで、お客さまの新しいニーズを発見したり、よりお客さまのためになるサービスを考えられるきっかけになるのではないかと考え、分析に取り組み始めています。

データが導く「保険の未来」(後編)に続く

※本記事の取材は、2020年1月に行われたものです。

取材・構成/神吉 弘邦 撮影/奥田晃司

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