SuperData via VRFocus(※2)によると、VRのハードウェア、ソフトウェアを合わせた市場規模は、2020年に2018年比3倍の400億ドル(約4兆円)に達すると予測されています。VRの適用分野を見ると、ゲームやライブ等のエンターテインメント分野が依然として大きな割合を占めるものの、近年では製造、流通、交通、建設、医療等の分野にも広がっており、一般の人々にとっても身近な技術になりつつあります。
仮想世界のUX(User Experience、ユーザ体験)の最大の特徴は、仮想世界に入り込み、自分がその世界の一部であると感じる「没入感」です。視覚、聴覚、触覚等、「没入感」を構成する要素は多岐にわたる一方、そのデザインの定石はまだ確立されていません。そのため、デザインを評価して改善する反復的なアプローチを取る必要があります。デザインを評価する最も効率的な方法は、デザインプロセスの早い段階で、ユーザテストを実施することです。VRアプリの利用中にユーザが何を感じ、どのように行動するかを観察して、ユーザを深く理解することによって、正しくデザインの判断を下すことができます。
仮想世界のUXを評価する5つの観点
ユーザテストとは、アプリケーション等の製品を評価するため、ユーザに実際に試してもらう手法です。評価対象のアプケーションを使ったタスク(作業課題)をユーザに与え、タスク実行中のユーザの行動観察や、タスク実行後のインタビュー等を通じて、ユーザ視点から問題点や改善点を抽出します。
実際にVRアプリのユーザテストを進める中で、仮想世界のユーザビリティの特徴を抽出し、VRアプリのUXを評価する5つの観点としてまとめました。また、Aarron Walterが提唱する「ユーザビリティの欲求階層」(※3)を拡張し、各観点を「Functional(プログラム通り動く)」から「Meaningful(有益な体験である)」までの6つの段階で評価することにしました。
それでは、VRアプリのユーザテストに特徴的な5つの観点について詳しく説明するとともに、そこから得られるVRアプリのUXデザインのポイントについて見ていくことにしましょう。
1.Effectivity(効果性):VRアプリの提供価値はユーザに届いたか?
「ストーリーは明確であったか?」「ユーザは前後、左右、上下等、仮想世界のあらゆる場所に配置されている全てのものに気がついたか?」「外科医はバーチャルトレーニングの後に手術をできるようになったか?」「ユーザはバーチャルツアーを本物の旅行のように感じたか?」
一般的に、VRアプリの中で進む経路を決めるのはユーザ自身です。ユーザテストの際、ファシリテータはユーザを誘導してしまわないように気をつけましょう。
VRアプリのタスク成否の評価において、最短経路でタスクを完了できたか、タスク完了にどのくらい時間を要したかはあまり重要ではありません。タスクを完了することと同様に、そこに至る経路が重要となります。ユーザテストを実施する際の仮説と、タスク成否の測定方法は、VRアプリのUXを構成する様々な要素を考慮して慎重に定義してください。
VRアプリの効果の評価には、テスト後のインタビューが有効です。インタビューでは、ユーザがVRアプリを通して学んだこと、見たもの、感じたこと、聞いたこと等について質問します。また、ユーザの行動の細部まで見逃さないよう、ユーザテストの映像や音声は記録した方が良いでしょう。
デザインのポイント:
VRのメリットは、現実世界では体験できないこと、あるいは、危険が伴う、コストがかかる等の理由により、体験することが難しいことを、仮想的に体験できることです。ユーザに届けるべき価値が何であるかを、常に念頭に置くようにしてください。たとえ大きく、ピカピカ光る看板が仮想世界にあったとしても、ユーザが向いている方向になければ見落とされてしまいます。
GoogleのインタラクションデザイナMike Algerが提唱するComfort Zone(※4)を踏まえると、VRアプリのUXの核となる要素はMain Content Zoneに配置するのが良いでしょう。そして、ユーザが意図しない方向を向いてしまった場合を考慮し、正しい方向を向いてもらうための仕掛けも必要です。美術館のバーチャルツアーを想像してみてください。例えば、背後から光や音等を出すことによって、振り返ってもらうことができるでしょう。
2.Interpretability(妥当性):ユーザにとって、仮想世界は妥当であるか?
「ユーザは音や光等の環境要素が、三次元空間の一部として妥当であると感じているか?」「ユーザの現実世界での動作と、仮想世界での動きにズレはないか?」「宇宙飛行士は、VRアプリの環境は宇宙空間として適切であると感じたか?」
ユーザが仮想世界をどう知覚しているかを把握するため、VRアプリを初めて使った時の反応は必ずチェックしましょう。タスクを始める前に、ユーザが仮想世界で自由に過ごせる時間を設けることをお勧めします。テストの最中はユーザの行動やコメントを細かく観察し、ユーザがその環境や配置されているものをどのように捉えているか理解に努めてください。あるテストでの出来事です。テスト対象のVRアプリは、机の上に並んでいる様々な形状の部品を手に取り、組み立てるというものでした。テスト中、ユーザは手に取った部品を偶然落としてしまいました。しかし、その部品は地面に落ちるのではなく、宙を漂ったのです。その時のユーザのコメントは、正にこの観点を表しています。「落とした部品が宙に浮かぶのは違和感があるな。月ならまだしも、作業場にいるのだから。」
デザインのポイント:
仮想世界では現実には不可能なことが可能になります。飛んだり、月の上を歩いたり、超能力を使えたり、なんだって可能です。しかし、ユーザの信頼を得るためには、仮想世界の中で理屈が通っている必要があります。その世界でできることと、できないことの明確な法則が必要です。現実世界の法則を完全に無視して、全く新しい仮想世界をゼロからデザインすることはかなり難しいことです。VRアプリはユーザが理解している現実世界の法則に基づいて、あるいは、その拡張としてデザインするのがよいでしょう。仮想世界と現実世界の間で一貫性を持たせることにより、ユーザはよりスムーズに仮想世界を理解することができるようになります。
3.Comprehension(習得性):ユーザは仮想世界の歩き方を理解できたか?
「ユーザは現実世界での動作がどのように仮想世界に反映されるか理解できたか?」「ユーザはコントローラを使って仮想空間に配置されているものを掴むことができたか?」「VRアプリの各機能の違いは明確か?」
過去に何らかのVRアプリに触れたことがある人と、触れたことがない人では、タスクの成功率に差があるという結果が得られました。VR初心者は経験者に比べ、仮想空間やコントローラの操作に慣れるのに時間を要するためです。一方、以下のグラフに示す通り、この成功率の差はテストの前半では顕著ですがが、後半にかけてその差は小さくなります。このことから、過去の経験の有無は、対象のVRアプリそのものの使い方の習得には大きな影響を与えない、ということが分かります。
よって、特にテスト前半のタスクの成功率を分析する際には、ユーザの過去の経験を考慮してください。VRアプリの中には音を使うものもあるため、デスクトップやモバイルアプリに比べて、テスト最中に思考発話(※5)してもらうことは難しいです。ユーザの一連の体験を遮らないよう、テスト最中の質問は最小限にとどめ、区切りがついたところでインタビュー等により確認するようにしましょう。
デザインのポイント:
使い方がよく分からないアプリを、ユーザが再び手に取る可能性は極めて低いです。VRアプリは、視覚、聴覚、触覚等、あらゆる感覚に働きかけることが特徴です。これらの感覚を通じ、要所要所でユーザに適切なフィードバックを与え、仮想世界の構成要素を段階的に示していくことにより、ユーザの習得度は飛躍的に上がります。作業員に車の組み立て方を教えるVRアプリを想像してみてください。視覚を作業台に集中させ、聴覚を使って順番に手順を説明しながら、コントローラの振動等によって間違いを訂正することにより、ユーザが使い方を習得する際の負荷を最小限にすることができます。
4.Satisfaction(満足度):ユーザは仮想世界での体験に満足したか?
「ユーザはアプリを気に入ったか?」「アプリの利用中、ユーザは自分が安全であると感じていたか?」「ユーザはその体験を楽しんでいたか?」「ユーザはそのアプリをまた使いたいと思っているか?」
VRグラスの装着中は、ユーザの顔の一部が覆われるため、表情を含めたユーザの直接的な反応を観察しにくくなります。前述の通り、テスト最中の質問を最小限に留めるため、VRアプリに対する満足度は、テスト後のインタビューで確認するようにしましょう。インタビューでは、例えばこのような質問を投げかけてみましょう。「あなたの体験を表す最も適切な形容詞は何ですか?」「(特定の瞬間を指して)あの時、あなたはどう感じましたか?」私たちはこれらの質問を、アンケートと組み合わせて実施しました。アンケートでは、行動の意図に関する私たちの仮説をいくつか示し、ユーザに0(全く同意しない)から5(完全に同意する)で回答してもらいました。
デザインのポイント:
VRアプリの核となる体験は、楽しく、興味を惹かれるものであり、何かしらの恩恵が得られるだけでなく、現実世界に適用可能であるものであるべきです。クールなデザインの月旅行のVRアプリを想像してみてください。物珍しさに初めは飛びつくでしょうが、核となる体験が、例えば月に棲むモンスターとの戦い等、ユーザが求めるものと合致していなければ、ユーザの満足は満たされないでしょう。
5.Comfort(快適性):仮想空間の体験は心地良いもので合ったか?
「左利きの人と右利きの人、メガネをかけている人とかけていない人の体験は同じであったか?」「ユーザは乗り物酔いにならなかったか?」「座っている時と立っている時、ユーザはどちらが快適に感じたか?」「BGMの音量は適切だったか?」
VRアプリの快適性を評価する際、肉体的な快適性と非肉体的な快適性を両方考慮する必要があります。
肉体的な快適性には、ユーザの身体の動きに関するすべてのものが含まれます。コントローラをどのように使っているか、頭を上下左右に動かしたり、歩き回ったりしているか、声や背景音のボリュームは適切か、ユーザが目で見ている仮想世界と、実際の身体の動きがリンクしているか等です。快適性を適切に評価するためには、テストのために作られた環境ではなく、普段の環境と同じ条件下でテストを実施することが重要です。VRグラスは付け心地が良く、テストを実施する部屋は障害物が取り除かれ、安全である必要があります。また、実際の環境下でVRグラスを装着すると想定される時間の長さを考慮し、テストの時間を設定してください。テストの被験者を選定する際には、ユーザになる可能性のある人の身体的な特徴(身体の高さ等)への考慮も必要です。
一方、非肉体的な快適性は仮想世界でユーザが快適かを指します。仮想世界に配置されているものの大きさ、距離、文字の可読性等が仮想世界の快適性を決定します。また、ユーザには、気分が悪くなった時には、テストの最中もいつでも止めることができることを伝えることを忘れないでください。
繰り返しになりますが、仮想世界では現実には不可能なことが可能になります。しかし、例えば倫理的、宗教的にユーザが現実世界で望まないこと、不快に感じることを、仮想世界でやらせるべきではありません。多くの人が自由に使えるVRアプリの場合には、特に注意が必要です。ユーザの安全は現実世界と仮想世界の双方で守られる必要があります。VRアプリは、ユーザの日常的な価値観に敬意を払ってデザインされるべきです。よって、ユーザテストでは、VRアプリがユーザの価値観に合致しているかを確認する項目も含めると良いでしょう。
デザインのポイント:
仮想世界では、ユーザはその一部になった感覚になるため、デスクトップやモバイルアプリ以上に、ユーザはVRアプリの影響を強く受けます。文化、経験、年齢、性別、アイデンティティ等、ユーザの価値観の理解に努め、肉体的にも非肉体的にもその価値観とデザインを合致させる必要があります。また、多くの人に理解可能なデザインのメタファーを探ることも重要です。
最後に
NTTデータは、2018年6月11日、六本木の泉ガーデンにデジタルビジネスのデザインスタジオ「Fluid Experience Design Studio “AQUAIR(アクエア)”?」をオープンしました。(※6)本スタジオは、NTTデータグループのデザインスタジオをつなぐNTT DATA Design Network(※7)を活用したグローバルの事例・ノウハウの共有、プロジェクトの組成が特徴の一つとなっています。
私たちeverisのDigital Experienceは約10年前に発足し、スペインをはじめヨーロッパのお客さまにUXデザインを提供しています。ぜひNTT DATA Design Networkを通じ、everisが蓄積したUXデザインのノウハウをご活用ください。