未知の疾病が引き起こす、医療崩壊の危機
世界中で感染が拡大し、多くの人々の暮らしに影響を与えた新型コロナウイルス。感染症が引き起こすのは、感染者本人の健康の侵害だけではありません。いまだ完全な収束が見えないこの状況を生き抜くためにも、日本で、世界で、大きく話題になった医療崩壊の危機について、考えてみる必要があります。
日本は医療崩壊を防ぐためにPCR検査の対象を制限することでリスクマネジメントを図りました。一方、近隣の韓国では検査数を増やし検査大国とまで呼ばれました。また、北欧では医療資源を守るために検査・治療の対象を選別する動きも見られました。何が正解だった、とは一概に言えませんが、医療資源の効率的な活用が今回の新型コロナウイルス対策のポイントとなったことは間違いありません。
普段先進国ではあまり意識されていない医療資源の問題は、さまざまな感染症が蔓延するアフリカでは日常的にさらされている身近な問題といえます。
感染症の脅威に日々立ち向かうアフリカの国々
アフリカでは、結核、マラリア、HIV/AIDSなどの感染症が世界分布の71%を占め、新型コロナウイルスのように治療薬やワクチンが存在しない感染症と日々戦っています。アウトブレイクが起こると、患者数の上昇、そして感染による医療従事者数の減少やベッドや医療資材などの不足が拍車をかけて、日本でも危惧された医療崩壊がおこります。特にアフリカでは、医師の数は1千人あたり0.2人(日本2.5人)、病床数も1千人あたり1.2床(日本13.4床)と医療資源も乏しい状況です。そんな彼らの感染症との戦いを支えるのは、患者数の上昇を防ぐ迅速な封じ込めと医療資源最適化のためのイノベーションです。
感染症におけるデジタルソリューション先進国
ITリテラシーが比較的高い若者が全体人口の半数以上を占めるアフリカでは、テクノロジー産業の成長が著しく、デジタルソリューションを活用した感染症の封じ込めに力をいれています。例えば、2014年に勃発したエボラ出血熱を経験したナイジェリアでは、疾病監視のためデジタルプラットフォーム「SORMAS」が導入されました。ナイジェリアのIT専門家とドイツの感染症研究所及びソフトウェアベンダー(symeda社)が共同開発したSORMASは、一次医療施設や空港、港等の担当官がモバイルアプリを通じて、今回の新型コロナウイルスも含めた12種類以上の流行しやすい優先度の高い疾患の兆候を即座に報告し、潜在的な大規模感染の早期警告を生成します。これによりリアルタイムデータを使用した大規模感染の封じ込めを実現しています。SORMASはドイツでの新型コロナウイルス対策にも活用されており、これまでドイツの9州23の医療施設に導入され、新型コロナウイルスに感染した人や感染者と接触した人の管理に役立っています。簡単にカスタマイズできることが特徴のSORMASは、ドイツの他、無償のコロナ対策ツールとしてネパールやフィジーなどにも広がっており、日本においても大いに活躍する可能性が考えられます。
図1:ナイジェリアにおける疾病監視システム(写真はEUROPEAN UNIONより引用※1)
図2:SORMASモバイルアプリ(SORMASより引用※2)
医療資源最適化のためのマインドセットチェンジ
アウトブレイク発生時は医療機関に患者が集まり感染が拡大することで、医療資源の集中的投入が起こり、その疾病以外の患者の治療を阻むうえ、医療従事者の感染による医療資源減少を引き起こします。医療資源の分配が特にシビアなアフリカでは、日々の診療からこれらのリスクを最小限にし、医療資源を最適化することに取り組んでいます。
病気かどうか、治療が必要な状態か、特に集中的に治療を施す必要があるのか。この判定が医療分配の最適化につながり、そして本当に必要な人が最適な医療を受けられることにつながります。これを実現するためには、「どのような症状でもまずは病院で診てもらう」というような従来の慣習からの行動変容、マインドセットチェンジが求められます。アフリカでは、一般に、「mHealth」と呼ばれるスマートフォンなどの携帯情報端末を積極的に医療に導入することで個人の健康を高める仕組みがこれに貢献しています。例えば、ウガンダにある「Matibabu」は、スマートフォンを使って血液サンプルなしでマラリアを診断できます。「matscope」と呼ばれるハードウェアを使用し、赤のLEDと光センサーを通じて赤血球の状態を測定することで、病院にいかなくてもできる手軽な診断を実現しています。アフリカ10カ国で展開している「Hello Doctor」は、24時間いつでもチャット形式で診療を受けられ、ビデオ診療のリクエストを送ると1時間以内に予約が設定されます。このようなICTソリューションが浸透することにより、人々は「病院は本当に必要な時だけいくものだ」というマインドセットを持ち始め、限られた医療資源分配の最適化につながっています。
図3:Matibabuによるマラリアの診断(マケレレ大学工学部より引用※3)
一方、農村部では脆弱なインフラや貧困により、都市部よりも「mHealth」の普及は遅れています。クニエでは、日本国際協力機構(JICA)と連携し、まず移動診療車の導入を通じてこの問題に取り組んでいます。タンザニア農村部では気管系疾患の罹患率が高いため、移動診療車にはX線検査装置を含めた診断機器や検査資材が搭載され、新型コロナウイルス患者を含む特に中・重症患者への診断・治療を実施することが計画されています。これにより患者がわざわざ病院にいかなくても必要な診断・治療を受けられるサービスを実現し、医療資源の最適化に貢献します。今後はテクノロジーを駆使したヘルスケア体制を農村部にも構築し、さらに強靭なアフリカの医療改革が未知の疾病に対するアフターコロナの世界に示唆を与えていくと考えられます。
アフリカの取り組みは、大きなヒントを秘めている
アフリカで行われている取り組みで鍵となっているのは、遠隔医療です。ICTソリューションがトリアージの役割を果たすことで、人々は不必要に病院へ行くことがなくなり、医療資源の枯渇を防いでいます。
遠隔医療は医療資源の活用という意味でも、さまざまな可能性を秘めています。たとえば、国をまたいだ医療資源のシェアが可能となります。これからは住んでいる場所や国にかかわらずに、必要な時に対応可能な世界の医療従事者やAIによりオンライン診療や画像診断などができるようになるかもしれません。またアフリカのある一国に外科医がいなくても、ロボットを用いて、地球の反対側から遠隔指示で高度な手術が行える日が来るかもしれません。このように、遠隔医療は余裕のある国の医療資源を、逼迫している国に分け与え、すべての人が健康に過ごせる世界に貢献します。
クニエでは、貢献心、現場主義を軸に日本の技術と経験を特にアフリカなどの途上国に提供することで、その国の社会課題の解決に取り組んでいます。またそれら国から得た学びを日本に持ち帰ることで、日本の社会課題に対してヒントを与えるような途上国と日本を“つなぐ”役割を担っています。この取り組みの背景には、利益だけを追い求めるコンサルティングファームになるのでなく、途上国含めたすべての持続的可能な社会のために、継続的な事業と雇用を生み出し、そして人々の生活を真に豊かなものにしていきたいと考えているためです。クニエの活動はすべてのSDGsを達成するために重要な、目標17グローバルパートナーシップの活性化に貢献し、これからもつなぐ役割として、グローバル社会が抱えている課題に対して新たなソリューションや知見を発信していきます。
図4:アクセスが悪く、数少ないタンザニア農村部の診療所で長時間診察を待つ患者たち 筆者撮影