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カスタマーエクスペリエンスとバリューチェーン、組織・マネジメントを変革する
DXを進める上で、リーダーの役割とは何か。変革をリードする上での留意点とは――。多くの企業経営者、あるいは現場リーダーが日々考え、悩んでいるテーマだろう。ヤマトグループにおけるDXの取り組みは、実践的なヒントを与えてくれる。今回の対談に先立ち、まずNTTデータ 代表取締役副社長 山口重樹がデジタル変革のポイント、変革に求められるマネジメントなどについて語った。
いま、多くの企業がデジタル変革を加速しつつある。特に大企業において、デジタル変革のポイントは3つある。
第1に、カスタマーエクスペリエンスの変革。モノやサービスの個別提供から、顧客の課題を解決するアウトカムベースのサービスへの移行が求められている。第2に、バリューチェーンの変革。個別業務のデジタル化から、データを活用したダイナミックな最適化への変革を通じて、激しい環境変化に対応する必要がある。第3に、デジタル変革を実現するために必要な組織・マネジメントの確立。階層・報告型の従来型マネジメントからフラットかつ支援型のマネジメントへのシフトが求められる。
以上の3点について、詳しく見てみよう。第1点、カスタマーエスクペリエンス変革について、山口はこう説明する。
「スマホを活用すれば、企業は時間と場所にとらわれず顧客との接点を持つことができます。また、蓄積した顧客データに基づき、パーソナライズされたサービスを提供できます。顧客の真の課題解決に向け、こうしたデジタル技術を活用してカスタマージャーニーを再設計し、アウトカムベースのサービスへの変革を目指すのです」
顧客の真の課題とは何か。食品スーパーを例にとると、従来は来店する買物客の店内での購買体験の向上に目を向けがちであった。しかし、その顧客にとっての真の課題・ニーズを「自宅で家族とともにおいしい食事を楽しみたい」と仮定すれば、献立アイデアのレコメンド通知や配送など別のサービスを検討する余地がありそうだ。
第2点のバリューチェーン変革について。サービスのリアルタイム化やパーソナライズ化を進めていくと、同時に業務の複雑化が進む。需要や投入リソースの見誤りによる機会損失、在庫増などの余剰コストの発生リスクも高まる。デジタル変革によって、こうしたリスクを抑え、ダイナミックに需要に対応するバリューチェーンを構築する必要がある。
「IoTなどの技術とリアルタイムデータを用いて、正確な現状把握と高精度の予測ができれば、不確実性によるロスを削減することができる。また、プロセス分析やオペレーションの自動化により、業務の効率化やサービス品質の向上も実現できるでしょう」と山口は話す。
デジタル変革でマネジメントスタイルが変わる
そして、第3点のデジタル変革に求められるマネジメント。マネジメントスタイルの変化については、5つの観点がある。
デジタルビジネスのマネジメントには何が必要か。
従来型ビジネスのマネジメントで合理的だったことが、デジタルビジネスにおいては必ずしも当てはまらない場合がある。マネジメントをどのように変える必要があるだろうか。
(1)顧客にフォーカスする。
従来は製品・サービスをいかに効率よく生産・販売するかが重要だったが、これからは顧客接点をユビキタス化し、個客のライフスタイル全体を通じた体験価値を創造することが重要である。
(2)データに基づく打ち手・改善。
データ取得コストが低下する一方、データを蓄積するほど価値を創出しやすくなる。従来は現場経験に基づいて打ち手を考えていたが、いまでは客観的なデータに基づく最善の打ち手を考えられる。
(3)試行錯誤の許容。
製品の企画・開発においてクラウド等のデジタル環境を利用すれば実証実験にかかるコストを低減できる。市場における選択肢や複雑性は増大しているため、様々なチャレンジをしながら、フィードバックを得て修正・改善を繰り返すアプローチが求められる。
(4)活動と成功のKPI評価。
プラットフォームやソフトウェアの利用で一定の固定費が発生する一方で、新規ビジネスを成長軌道に乗せるには相応の時間が必要になる。成果が出るまでKPIをモニターしつつ、修正を繰り返して成功へと導く試行錯誤型のアプローチが適している。
(5)多様でフラットな自立型チーム。
デジタル技術の活用によって、統制や報告のコストは低下する。またリモートワークなどの普及を背景に、柔軟なチーム運営も求められる。そのような環境下では、計画遂行を重視する従来型の階層型のマネジメントよりも、自律を重視したフラットなマネジメントが適している。
デジタル変革を進める上で、リーダーの役割は大きい。「リーダーにはデジタルとビジネス、両面の知識だけでなく、変革を牽引するケイパビリティが必要です」と山口が掲げるケイパビリティの構成要素は6つだ。図に示したように、「自分ごと化」や「試行」、「好奇心」などが、新しいリーダー像のキーワードである。
山口のプレゼンテーションに引き続き、山口と山内雅喜氏の対談が始まる。ヤマトグループのデジタル変革を牽引した山内氏の経験と洞察から学ぶべきことは多い。
リアルとデジタル、両方の世界で勝つために
山口山内さんはヤマト運輸社長、そしてヤマトホールディングス(以下、ヤマトHD)社長、会長を経て、2022年6月からヤマトHD特別顧問をお務めになっています。まず、ヤマトグループの歴史を振り返っていただけますか。
山内当社の宅急便は47年の歴史を持ち、2021年度の取扱個数は22億個を超えました。宅急便はそのスタート時から、1つ1つの荷物を番号で管理しています。物流分野において、いち早くデジタル技術を導入したサービスといえるでしょう。
宅急便のサービス拡充の歴史
宅急便は1976年にスタートした。サービス拡充の歴史を見ると、「依頼主の利便性向上」から「受け取る側の利便性向上」に、サービスの重点が移ってきたことが分かる。
山内宅急便を開始した当初、当社はご依頼主の利便性向上に注力しましたが、ある時期から「受け取る側」の利便性向上を最重要視しています。料金を支払うのはご依頼主であっても、真のお客様は「受け取る側のお客様」ではないかと考えたからです。荷物を受け取るお客様に価値を感じていただければ、ご依頼主に次も選ばれるでしょう。そこで、私たちは戦略軸をシフトし、受け取る側に向けたサービス開発を中心にデジタル投資を実施してきました。
山口積極的なデジタル施策に取り組む背景、課題感などについて教えてください。
山内当社は2段階でDXに取り組んできました。私がヤマトHDの社長に就任したのは2015年。2017年にスタートしたヤマトグループの中期経営計画「KAIKAKU 2019 for NEXT100」が第一段階で、次のステップが現行の「Oneヤマト2023」です。
2017年というと、IoTやAI、データテクノロジーがビジネス現場で使われ始めた時期でした。そのような動きを見て、「明らかに、これまでとは違う世の中になるだろう」という感覚がありました。
経営課題としてのDX
デジタルイノベーションへの対応が「生死の別れ道」になる。そうした認識をもとに、2017年からDXへの取り組みが加速した。
山内KAIKAKU 2019 for NEXT100では「R&D“+D”」を掲げました。通常のR&Dに加えて、Disruptionの「D」です。脅威となる変化に対していかに向き合うか、新しい技術を活用していかにサービスやオペレーションを変えていくか、企業成長に結びつけるかという課題意識から生まれた言葉です。
ステップ2に当たるOneヤマト2023の主要テーマはデータ・ドリブン経営。物流分野の経営では長年、いわゆる「勘・経験・度胸」で動く部分が大きかったのですが、そこから脱却し経営スタイルのDX化を目指しています。
サイバー世界は急速に進化・拡大しており、従来はリアルの世界で動いていたものがサイバーに取り込まれる動きもあります。いわば、両方の世界がせめぎあうような状況。リアルとサイバーのどちらか一方だけでなく、両方を制した者が世界を制するのではないかと考えています。
EC特化型の新商品「EAZY」がスタート
山口2020年に提供を開始された、ECに特化した配送商品「EAZY」について新サービス開発の背景、考え方などについてお聞きかせ下さい。
山内世界では大きな変革が起きており、個人のライフスタイルも変化しています。変化の最たるものはECです。EC市場、ECエコシテムが急成長する中で、当社はEAZYというECに特化した配送商品をスタートさせました。
宅急便は「個人から個人」を主軸とするサービスですが、ECの荷物は法人から出荷されるBtoCとなり、動きは全く異なります。宅急便は送り状を手書きするイメージがありますが、EAZYはデジタル伝票だけで完結するサービスとしました。また、リアルタイムコミュニケーションを実現し、受け取りの直前での時間変更、置き場所変更などが可能です。デジタルをフル活用し、お客様の満足や安心感を高めることを目指して開発されたのがEAZYです。
EC市場に特化した新たな配送商品「EAZY」
リアルタイムコミュニケーションや置き場所指定など、ECの特徴に合わせた効率的かつ利便性の高いサービスが実現した。
山内成果を上げることができた一番のポイントは、従来の宅急便の枠組みを用いるのではなく、新しい情報システムを構築したこと。「新しい器」をつくることで、思い切ったやり方ができたと感じています。
山口一方で、新しいやり方に現場がいかに馴染んで、動かすかという観点も重要だと思います。EAZYのオペレーションは、抵抗なくスムーズに受け入れられたのでしょうか。
山内非常にスムーズだったといえばウソになるでしょう。現場の意識改革に向けて、社内では変化の必要性を訴えました。リアルとサイバーが融合する世界を見据え、サービスも変化させなければいけない。そんなメッセージを伝えました。同時に、まず特定のお客様を対象にEAZYの提供を開始するスモールスタートのアプローチを採用しました。
これにより、現場の共感が醸成されました。お客様から評価されたり、「さすがヤマトだね」といった声をもらったりすると、現場に共感が広がっていきます。
3つのステップで進化したDX組織
山口既存組織の中で新サービスを展開するのか、それとも新組織を立ち上げるのか。そのあたりについては、どのように考えたのでしょうか。
山内組織については、ある意味では試行錯誤的なところがありました。私たちは大きく3つのステップを経て、DX組織を改革しました。
本格的なデジタル変革がスタートした2017年、先に触れたR&D“+D”に取り組むために、第1ステップとしてヤマトHDの社長直轄組織としてYDX(Yamato Digital Transformation Project)が発足。社内の人材を集める一方、外部からプロを招いて、将来を見据えたDXの研究を行いました。
こうした研究の中で生まれたアイデアの1つがEAZYです。第2ステップとして、EAZYのシステム開発のため、ヤマトHDの社長直轄組織としてデジタル戦略推進機能を立ち上げました。既存組織とは別に、社長のもとで「新たな器」をつくったほうが、トップの意志を直接反映させることができると考えました。
ヤマトグループにおけるDX組織の改革
ヤマトグループのDX組織は3つのステップを踏んで進化している。デジタル戦略を推進するチームの位置づけも変化した。
山内そして、第3ステップとして事業そのものにデータ・ドリブンの考え方を埋め込むために、ヤマトHDから事業会社であるヤマト運輸に、デジタル戦略機能を移行させました。
先に共感の醸成といいましたが、現場の理解と共感、納得感といったものを重視したことで、結果として3ステップのアプローチになったと思っています。
デジタル変革のリーダーをいかに育てるか
山口デジタル変革のための組織づくり、組織変革を引っ張るにはリーダーの存在が重要です。その点については、どのようにお考えですか。
山内YDXを立ち上げた当初、社内の人材だけで対応するのは難しいという実情もあり、外部企業の力を借りてプロジェクトを開始しました。そのうち、EAZYなど新サービスの具体像が見えるようになると、「面白そうだ」と思う人が増えてきました。優秀な人材が関心を持ってくれて、やがてYDXにはコア人材と呼べるような人たちが集まりました。
そこから一気にリーダーを育成できればよかったのですが、焦らずにステップ・バイ・ステップを心掛けました。いまでは、多くの優秀な人材がデジタル変革の現場でリーダーとして活躍しています。
山口それぞれのリーダーが活躍するためには、経営層によるバックアップも欠かせません。
山内経営のサポートは絶対に必要です。「新しい器」も、プロジェクトのリーダーをサポートするための仕掛けです。既存事業側に新サービスを任せると、リーダーは単年度の予算目標などの制約を受けながら、新しい取り組みに向き合うことになります。こうした制約から解放する必要があると考え、社長直轄の組織として「新しい器」を立ち上げました。また、プロジェクトの意図や必要性について、社内に発信して広く理解を得ることも経営者の役割だと思います。
山口先ほどスモールスタートの話がありました。小さな成功をつくって、その成功をみんなが認識した上で広げるという手法は非常に効果的だと思います。ただ、どのような分野からデジタル変革を実行するか、テーマの選び方などには工夫が必要ではないかとも感じます。
山内様々な分野のデジタル変革を考えるとき、実現スピードと効果の2軸で整理しています。効果が小さくてもいいから短期間で実現可能な施策に取り組み、これを確実に成功させることに注力するのです。
多くの社員が「変革によってお客様が喜んでくれた」、「業務が便利になった」という実感を持つことが重要です。小さな成功を積み重ねることで社内の共感が広がり、変革への前向きな機運が高まります。どんなに良いデジタルの仕組みでも、現場で運用されなければ効果を発揮しません。もちろん、高く旗を掲げることは大事ですが、問題は現場がそれについて来られるかどうか。業種業態によっては一気に変革を進められる場合もあると思いますが、ヤマトグループのビジネスはそうではないということです。個々の企業によって、デジタル変革の進め方は異なると思います。
DXに向けた経営者の役割とDX人材育成
山口山内さんはデジタル変革をリードし、大きな組織を変えてこられました。そのような経験を踏まえて、大企業の変革における経営者の役割をお聞きしたいと思います。
山内進むべき方向性を明確に示すことは当然ですが、人材という観点も重要です。世の中でDXが叫ばれているいま、どの企業もDX人材の不足に悩んでいます。DX人材が成長し、活躍できるような環境づくりは経営者の仕事でしょう。
DX人材の「あるべき姿」
従来は現場とITの視点が求められたが、これからは経営視点も必要。3つの視点をバランスよく備えたDX人材の育成は、経営の重要テーマだ。
山内ヤマトグループのDX人材を考えるとき、現場、IT、経営という3つの視点があります。これまでは、現場とITの視点に重きが置かれていました。その中でもサービスや業務効率を向上させるために、ITをどのように活用するかが主要なテーマでした。
これからは、経営視点の比重を高める必要があります。現場とIT、経営という3つの視点をバランスよく備えたDX人材をいかに育てるか。それが将来の企業競争力を左右するように思います。
こうした認識をもとに、2021年にスタートした社内の教育研修制度がYDA(Yamato Digital Academy)です。社員のデジタル教育やリスキリングを行う場であり、その対象は経営層、DXを直接的に担うデジタル機能本部所属社員、そして現場を含む全社員。それぞれにプログラムを用意して、必要な知識・スキルの獲得を支援しています。
山口経営層も対象というのが非常に興味深いですね。
山内経営層こそ、必須だと思います。デジタルに対する理解や認識は、経営層の中でも濃淡があります。デジタル変革を目指して現場から経営層までが一枚岩になるためには、YDAのような機会は欠かせないと思います。
山口非常に素晴らしい取り組みだと思います。今回、多くの貴重な示唆をいただきました。経営層の役割をはじめ、小さな成功を積み重ねること、そして社内の共感を醸成することの重要性など。デジタル変革を実行してきた経営者ならではの実体験に基づく有益なアドバイスを頂きました。本日は、どうもありがとうございました。
本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。記載の組織名等は講演時のものです。