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図書館にあるすべての資料と、利用者の好奇心をマッチングしたい
2022年7月、金沢駅からバスで30分ほどの立地に移転オープンした石川県立図書館。田村俊作館長はリニューアルにあたり“これまでとは違う存在となる図書館”を目指したと言う。
石川県立図書館
館長
田村 俊作 氏
「例えば料理や裁縫の本を開く目的は読むことではなく、料理や裁縫という行動にあります。ひとりで静かに本を読むという従来の図書館のあり方にとどまらず、本を中心に知の領域でアクティブに幅広い経験ができる図書館にしたいと考えました。施設内には料理やモノづくりができるスペースも用意していますし、おしゃべりも自由です」。
本を中心に利用者の好奇心を広げ、新たな経験を生み出す。図書館としての新たなコンセプトを設定したことで、それを実現するために備えるべき機能など、設備ひとつひとつのあるべき姿が具体像として浮かび上がっていった。中でも、利用者と本の出会いをマッチングする検索システムは重要な役割を果たしたと、田村館長は強調する。
「新たな検索システムの開発にあたっては、タイトルや著者名といった本の情報からの検索だけではなく、興味の対象から本や記事にたどりつける細やかかつ多様なアクセス性にこだわりました。例えばひとつの食材(キーワード)をフックに料理本や雑誌記事にアクセスできれば、利用者の興味と図書館所蔵の知的財産がもっと直接的につながることができます。今の時代、インターネットの検索エンジンでは誰もが経験している検索方法ですが、それを図書館の資料で実現することに価値があると考えています」。
混在する多種多様なデータベースをひとつに
本の情報が分からなくても、興味のあるキーワードから本や記事にアクセスできる検索システム。これによって、利用者の興味と資料のマッチングはよりスムーズになるが、今回のプロジェクトにはもうひとつ、多くの歴史的な文献を所蔵する石川県立図書館ならではの難しさがあった。本、雑誌、視聴覚資料といったいわゆる図書資料の他に、古文書、公文書、新聞記事、雑誌記事、石川県ゆかりの人物に関する文献、大型絵図、石川県史など、多様な資料が混在し、個別にデータベース化されていたり、紙のリストで保管されていたりした。それらをひとつに統合し、さらに興味のフックとなるキーワードから細やかに一元的に検索ができるシステムを目指したのが今回のプロジェクト。実現のポイントについて、NTTデータ北陸の中村哲士は次のように語る。
NTTデータ北陸
中村 哲士
「本だけでなく、歴史的な文献も画像としてデジタルアーカイブ化し、検索できるようにしたいということで、バチカン教皇庁図書館でも実績のあるNTTデータのAMLADというソリューションを活用しました。加えて、このデジタルアーカイブと、既に図書館にあった複数の検索データベースを統合し、図書館が所蔵するすべての資料を一括で検索できる機能性やユーザインターフェースの柔軟さも求められていました。単純にAMLADを提供するのではなく、これまでにないシステムの実現を目指すわけですから、NTTデータ北陸としては、図書館と一緒に理想形をつくりあげていくパートナーというスタンスで向き合うことが大きなポイントだったと考えています」。
実際、システム構築には膨大な作業が必要になったと、石川県立図書館 利用推進課の池畑木綿子氏は言う。
石川県立図書館
利用推進課
池畑 木綿子 氏
「検索キーワードと資料の紐付け整理、長期的に資料が増えていった後にも変更が必要とならない計画的なネーミングのルールづくり、県庁が持っているサーバーの適切な運用方法、司書がシステムを使いこなすためのアフターケアなど、検討事項は山のようにありましたが、NTTデータ北陸の中村さんはいつも図書館にいてくださって、タスク整理やスケジュール設定も含めて相談すると、いつも現実的なフォローをしてくださいました」。
興味のある資料へ直感的にたどり着くデザイン設計
また、知的財産との思いがけない出会いの創出という意味で、「図書館の限られた開架スペースでは展示することが難しい石川県の歴史的な文献などの資料も含めて統合的に検索できることはもちろん、ビジュアルを通じて直感的に検索できることも重要な要件だった」と言う田村館長。その思いに応えるため、NTTデータ北陸としては「デザイン」も重視したポイントだったと中村は語る。
「すでに『この本が読みたい』と決まっている本に検索してたどり着くのではなく、本を読まない人でもサイトに入ってみたら『これって何だろう?この人は誰だろう?』と気に留めてもらえて、直感的にクリックしてさらに先に進みたくなるデザインになるよう知恵を絞りました。例えば、石川県が誇る伝統文化と里山里海の生物文化多様性に関連する資料を収集した『里の恵み・文化の香り~石川コレクション~』のページでは、上部にライトユーザーが直感的に触れられるようなイラストを配置し、下にスクロールするごとにより深く資料を探せる仕掛けとし、ビギナーからマスターまで、多様な利用者のニーズに沿った「資料との出会い方」を提供できるデザインを実現しました」。
図:『里の恵み・文化の香り~石川コレクション~』画面イメージ
これまでにない検索システムへの思いをカタチに
石川県立図書館とNTTデータ北陸が二人三脚の体制でシステムの要件定義、デザインを進める一方、NTTデータの小林智洋とNTTデータ アイの相田雅人は東京でシステムの実装を進めていった。石川県立図書館との会話や仕様書を通じて“これまでにない図書館を実現するための新たな検索システムへの思い”を汲み取った小林は、システム構築にあたりポイントとして考えたことを2つ挙げた。
小林 智洋
「1つめのポイントは言うまでもなく、いくつものデータベースに分散していた資料の統合的な検索を実現することでした。古典籍、古文書、公文書などタイプの異なる資料を1つのインターフェイスで自然に見せていくことは、私たちの展開するデジタルアーカイブソリューションAMLADの得意分野です。そうは言っても、石川県立図書館のデータベースは非常に多元的でしたので、どういう形でAMLADに統合し、利用者へどう見せていきたいのか、図書館の担当者様と密にコミュニケーションをとって意識を合わせていくことが重要でした」。
また“目に触れにくい資料を少しでも多く提示し、知らない資料との思いがけない出会いを創出したい”という石川県立図書館の思いを落とし込むことも、システム構築におけるもう1つのポイントであり、その実現に向けて2つの機能を盛り込んでいったと相田は語る。
「1つは、図書館の担当者が資料をカテゴライズして見せていく機能です。具体的な例の1つですが『本と出会う12のテーマ』というカテゴライズによって資料を編集して見せています。これは図書館の開架スペースと同様のカテゴライズになっていて、リアルでの閲覧とオンラインでの検索がリンクしているわけですが、開架スペースとは違って空間的な限界がないため、より多くの資料との出会いにつながる機能となっています」。
NTTデータの技術が凝縮されたレコメンド機能
NTTデータ アイ
相田 雅人
出会いを創出する機能として、相田が次に挙げたのはレコメンドだ。「メタデータ(タイトルや著者名といった資料に関する情報)類似性に関するレコメンド」「貸出履歴に関するレコメンド」「閲覧履歴に関するレコメンド」の3つのレコメンドを提供することとなったが、特に貸出履歴、閲覧履歴という利用者の行動に基づくレコメンドが図書館の検索システムでは希少であり、実現の難しい機能であったと語る。
「図書館は公共的な機関として個人情報保護を重視しますから、NTTデータとしても利用者の個人情報を含む行動履歴を取り扱うことには注意を払っていました。その点、石川県立図書館様のシステムはもともとNTTデータ北陸とNTTデータ九州によって構築されたもので、利用者の個人情報が一切トレースされずに行動履歴を取り扱えるシステムになっていました。オールNTTデータとして、個人情報への高い意識を共有できていたからこそ、図書館としては希少な行動履歴に基づくレコメンド機能の実装が可能になりました」。
また、このレコメンド機能にはAIが活用されているが、そこにNTTデータ独自の機能が盛り込まれていると、小林は語る。
「このレコメンドエンジンは、NTTデータが独自に開発したもので、グラフニューラルネットワークを効率よく構築できる点が特徴的です。一般的な機械学習はモデルの作成や学習に対する時間とコストが大きくなりますが、比較的短時間かつ低いコストでモデルをつくることができます。性能としても非常に軽くて高速に動きますし、社内の技術だから細かいチューニングやカスタマイズも柔軟に対応できるため、図書館のご要望にも応えやすいことも大きなメリットとなりました」。
図書館の資料への間口が広がった
石川県立図書館とNTTデータ北陸が二人三脚で要件定義を実施し、東京のNTTデータとNTTデータ アイがその思いを形に落とし込んでいく。全国へ広がるNTTデータのネットワークを活かして構築された画期的な検索システムは「SHOSHO ISHIKAWA」と命名され、石川県立図書館の移転リニューアルとともに公開された。図書館内のあらゆる資料が統合的に検索の対象となったことで、図書館所蔵の信頼性の高い情報がより多くの人たちと出会う可能性が大きく広がった。象徴的な出来事として、田村館長は石川県で最近起きた地震のエピソードを挙げた。
「先日、石川県の能登で大きな地震があったのですが、その1週間で『SHOSHO ISHIKAWA』にある過去の能登の地震に関する記事のヒット件数が1000パーセント増となりました。このエピソードには、『SHOSHO ISHIKAWA』の真価がよく表れています。これまでも図書館所蔵の新聞記事はデータベース化し、Web公開していたため、見ようと思えば見ることができました。しかし、SHOSHOを公開したことで、これまで特定のワードを入力しないと辿り着くことが難しかった新聞記事へ、関連するキーワードからでも辿り着けるようになり、資料へのアクセスが改善したのです。また、20年以上前のWebに公開されていなかった新聞記事は一般的な検索エンジンからはアクセスできませんでしたが、『SHOSHO ISHIKAWA』にアップされたことで誰でもアクセスできるようになりました。なおかつ、Web上の情報はソースが曖昧なことも多い中、図書館に所蔵されている記事は信頼性が高いため、多くの方に有益な情報をご提供できたと考えています」。
SHOSHOでは、歴史的な価値のある資料を解像度の高いデータでかつ可能なものは著作権フリーで公開し、自由にダウンロード・教育利用・商用利用できるようにしている。最近では、SHOSHOで公開された工芸図案などを若手のプロダクトデザイナーが活用する機会も増えているという。図書館が所蔵する資料への間口を広げ、アクセスを増やし、県民をはじめとする多くの人の知的な経験を活性化させる。新たな図書館の検索システムとして、これまでにない価値が生まれ始めている。