初心者が試したくなる学習ツール
初心者のデザイン思考の学習に寄与
“エンドユーザーを理解し、その価値観を中心に据えてサービスをつくる必要性が増している。特に、ユーザーが明確に意識できていない潜在的なニーズをつかみ取ることが重要になっている。そのための方法論が「デザイン思考」と呼ばれる考え方だ”
NTTサービスエボリューション研究所が作成した冊子『「ヒトから学ぶ」サービスづくりのためのCo-Creation Method 1時間から始める実践と学習ガイド』の冒頭にはこういった解説があります。
NTTグループによる活用を想定したこの冊子の開発を担当したのは、同研究所のユニバーサルUXデザインプロジェクトのメンバーです。
NTTサービスエボリューション研究所 ユニバーサルUXデザインプロジェクト 木村篤信 主任研究員
───サービスエボリューション研究所では、どのような研究をしているのですか。
木村 私たちはユーザーを中心とした考え方に基づいて「ユーザーに喜んでもらえる価値をつくる方法論」や「イノベーションを生み出す方法論」を研究しています。
これまで、ユーザー中心に関する取り組みは専門家が暗黙的なノウハウを活用しながらサービスづくりを行っていました。そこで研究所では、ユーザー中心の考え方を知らない初心者でも取り組めるように、ノウハウの形式知化を目指して研究開発を行っています。
その成果の一つが、提供を開始した「Co-Creation Method (コ・クリエーションメソッド)」です(※1)。
NTTサービスエボリューション研究所 ユニバーサルUXデザインプロジェクトが開発した、ユーザー中心の考え方を実践形式で体験できるガイドブック。サービスづくりにまつわる7つの悩みを選択し、1つの悩みに対応したワークが1時間以内で完結するように設計されている
すでにNTTデータを含む事業会社のビジネスの現場で活用していただいており「世の中にあるほかの手法と比べて、初心者の学習と実践に役立つ」とのフィードバックをいただいています。今後も現場の方々と連携しながらブラッシュアップしていきたいと考えています。
───NTTの研究所が、通信技術に直結しないようなデザインの方法論や手法(ツール)を研究しているのは少し意外でした。
木村 ユニバーサルUXデザインプロジェクトの歴史を辿ると、元は電話交換機の時代にまでさかのぼります。「複雑でミスの起きやすいネットワークオペレーションシステムでの作業時にヒューマンエラーをなくすにはどうしたら良いか」を私たちのチームが研究対象としていました。
インターネットが普及すると、今度はウェブを操作するときのアクセシビリティやユニバーサルデザインが研究対象となり、ガイドラインなどを作成してきました。いずれもユーザーにとってはマイナスだった体験をいかにゼロにするかという発想です。
弊社においても2010年前後から、サービスをつくるときに「ユーザーにとってより良い体験をつくること」が求められるようになりました。その結果、これまでのユーザーを理解するための研究で得た知見を、ユーザー体験の設計に活用する方法論の研究に着手しています。ユーザーにとってはゼロをプラスにするといった発想です。
それが、現在取り組んでいる、ユーザー中心、UXデザイン、サービスデザイン、デザイン思考といった考え方の研究になります。
───UXデザイン、サービスデザイン、デザイン思考といった考え方は、NTTグループにどのようなメリットをもたらすのでしょうか。
木村 サービス企画部門やオペレーション部門に限らず、つくるサービスやシステム、マニュアルなどを使うユーザーが存在する業務であれば、どのような部門でも役立てられます。
とは言え、NTTは日本のメーカー各社と異なり、デザインという言葉自体に馴染みがない人が多いです。実際、私たちが事業会社のサービス企画の担当者にヒアリングしたところ、デザインの意味を意匠(ビジュアル)デザインだと捉えていて自分たちのビジネスになかなか繋がらない、と感じる方も多くいました。
───具体的に『Co-Creation Method』ではどんな工夫をしましたか。
木村 担当者が、一般的なサービス企画の業務の中で感じる「7つの悩み」がきっかけとなるような設計を行いました。
具体的には、担当者がサービス企画の悩みを感じたとき、その悩みを解決するためのワークから取りかかれる冊子の構成にしました。また、ワークの説明文などの表現にも気を使い、専門家の暗黙的な知識がなくても読めるように精査しています。
この設計によって、初心者でも抵抗感を持たずにユーザー中心のアプローチに取り組んでもらい、デザインの考え方を理解している人を増やしていきたい、という狙いがあります。
ノウハウを棚卸しして利用
NTTサービスエボリューション研究所 ユニバーサルUXデザインプロジェクト 草野孔希 研究員
草野 ヒューマンインターフェースやユニバーサルデザインだけでなく、ビジネスにもユーザー中心のアプローチを生かす動きが、この5~6年ほどで起こりました。
───サービスエボリューション研究所がNTTデータと具体的にサービスデザインに関連して連携されたのは、いつ頃からでしょう。
草野 2年ほど前に、私たちがNTTデータのCAFIS(※2)の利用現場を調査したときからです。このときは、カードでの買い物を促進したり、楽しくしたりするためのUXデザインやユーザビリティを設計するための技術的アドバイスを行いました。
NTTデータに同行して都市部の大型ショッピングセンターへ行き、ユーザーの観察やヒアリングを重ね、そこから得られたデータに基づくサービスの企画に対する技術的アドバイスを行いました。
組織が新しい強みを備える
───デザイン思考が現場に入っていくことにどんな意義があると捉えていますか。
草野 例えば、以前の電話は、使うまでにいくつもの手順が必要でした。設置されている場所に行き、ユーザーがあらかじめ電話番号を覚えていなくてはいけなくて、ダイヤルをクルクル回してかけて、という具合に。
いまはユーザーがどういうことを手間だと思うかを把握したうえで、それを解決する製品を世の中に出さなくてはいけない時代です。ユーザーに深く共感して、何に困っているのかを考え、それに合わせてサービスをつくるスタイルに変えなくてはいけません。
つくられたものを使う時代から,その人が使いたいものがつくられる時代になったのだと分析しています。そのとき、デザイン思考が1つの方法論として有効だと考えています。
───NTTグループに開発を依頼する顧客も、同様の課題を持たれているのでしょうね。
草野 私たちはお客様が提供したいサービスを技術力をもって実現させてきました。しかし今は、お客様から良いサービスを提供するために、どのようなサービスを提供すると良いかを一緒に考えて欲しい、といわれる時代になっています。
最終的に使う人は誰で、その人は何を求めていて、サービス提供者はどういうものを提供しなくてはいけないのか。こうした本質的な問いに対して、私たちとお客様が一緒になって考えるための方法論を持っていれば、それが私たちの強みや競争力になり得ると考えています。
NTTグループが、ものづくりを一緒に行うSIer(システムインテグレーター)から、エンドユーザーに提供すべき価値をともに生み出す、ビジネスパートナーに格上げされていくと思うのです。
サービスデザイン方法論を冊子の形で事業に提供できるようにしたNTTサービス、エボリューション研究所の研究成果「コ・クリエーションメソッドLight Steps,Walk-Through」のこと。2016年11月に、論文「サービスデザイン実践開始の障壁を下げる学習方法の開発,木村ら, ヒューマンインタフェース学会研究報告集」Vol.8,No.9, 2016.にて研究内容を発表。
Credit And Finance Information Switching system の略称で、読みは「キャフィス」。NTTが開発し、NTTデータが運営する主にクレジットカードを中心とした共同利用型のオンラインシステム(カード決済総合サービス)。1984年にサービスを開始。
ワークショップを通じて手法を伝える
イノベーションを起こしたい社員
デザイン思考に基づくサービスづくりのメソッドは、具体的にどのような形で導入され、どんな未来をもたらすのでしょうか。
後編ではNTTデータのサービスデザインチームのメンバーを交えて、利用の実態を紹介します。
NTTデータ 技術開発本部 Agile Professional Center サービスデザインチーム 石井 宏 シニア・エキスパート
───NTTデータの技術開発本部内に設けられたサービスデザインチームは、どのような業務をしているのですか。
石井 1つは、サービスエボリューション研究所から支援を受けたり、共同実験を行ったりして、社員が新しいサービスをつくる際に使える方法論や手法を開発する業務。もう1つはその手法を使って、お客様の実際のサービスを支援する業務です。
NTTグループ内でデザインというキーワードはあまり見られず、全体としてデザインに通じた社員は多いとは言えません。しかし、UXデザイン、人間中心設計、デザイン思考といった分野に関心のあるメンバーがグループ内のあちこちにいます。
2011年7月からはこうした社員たちが企業を横断して集まり、2カ月に1回ほど有志で勉強会を開催しています。外部講師による講演や各社の取り組み紹介、ワークショップなどが中心です。
───そうした土壌があったうえで、先日はNTTデータのINFORIUM(豊洲)でコ・クリエーションメソッドのワークショップが催されたのですね。
石井 NTTデータ社員のうち、デザイン思考に興味を持っている人たちを選んで参加を呼びかけました。募集を見て自発的に集まった社員も加わり、20人程の社員が3時間のワークショップに参加しました。
INFORIUMで行われたワークショップの様子。4~5人のグループに分かれて普段の業務を紹介し合い「課題抽出」を行った後、「朝の時間をどう活用したいか」というテーマで主婦や会社員などの一般生活者にインタビューを行い、解決策を考えた
───ワークシートなどを使い課題抽出の手法を学ぶ内容でしたが、実際に生活者を呼んで、普段の暮らしで感じている不便さをインタビューしたプロセスが印象的でした。
石井 INFORIUMで実施したのは、コ・クリエーションメソッドそのものを学ぶためのワークショップです。
コ・クリエーションメソッドには、開発チームがお客様とともにグループで検討・発想を行うための手法が多く含まれますが、それだけではなく、エンドユーザーなどより幅広い利害関係者とも対話しながら考えるためのオープンなメソッドとなっています。そうした手法を実際にワークショップの中で使ってみる内容でした。
参加者はイノベーションへのモチベーションが高かったのが特徴ですね。業務の改善を実践する中で苦労している社員が多く、ワークショップ後の感想では、自らの仕事を振り返って「なるほどコツがわかりました」「プロジェクトでちょっと使ってみます」という声が聞かれました。
───開発したサービスエボリューション研究所としては、想定した通りの使用シーンでしたか。
木村 ええ。コ・クリエーションメソッドには、利用者が抱えている「悩み」から入るという特徴があります。そのため、冊子のどこからでも始められ、それぞれのワークが1時間で終わるように設計しています。
1時間で体験してもらい、悩みが解ける「道筋」を見つけていただくのがポイントです。その後、悩みが解決していないとか、まだやり足りない、ということになれば、次のステップが用意されています。
業界を取り巻く変化を好機に
NTTデータ 技術開発本部 Agile Professional Center サービスデザインチーム 山崎真湖人 シニア・スペシャリスト
───実際のビジネス案件におけるコ・クリエーションメソッドの活用について伺います。京都銀行とのプロジェクトでは、どのような活動を行っているのでしょう。
山崎 地銀という役割や京都にあるという文脈を生かした、新しく魅力的なサービスを提案するプロジェクトです。
コ・クリエーションメソッドを使ったワークショップを行いながら、若手の銀行員の方々が自ら調査したり、考えたりすることで、自分たちの思いのこもったビジネスアイディアを生み出しつつあります。
石井 社内ワークショップと違い、メンバーの行員の方々はデザイン思考をあまりご存知ないので、自主ワークをしていただく設計になっています。
こちらから検証のワークシートなどをお渡しして、ある程度のインタビューやアイディア評価をまとめてもらい、また新しい視点やデータを次のワークショップに持ってきていただくやり方で進めています。
───開発されたメソッドを実際のビジネスに使った感想はどうですか。
山崎 コ・クリエーションメソッドは丁寧に整理されていますので、京都銀行様の参加者もスムーズにメソッドを理解して、楽しみながらアイディア発想やサービスの内容検討に取り組んでいらっしゃいました。
ワークショップの設計や実施の経験も豊富なNTTデータの社員がサポートしますので、初めてのお客様であっても心配は要りません。
なお、メソッドは「型」として有効ですが、ビジネスでは案件ごとに人も目標も異なります。実際にお客様とプロジェクトを行う際には、状況に応じてワークシートをカスタマイズしたり、新たに生み出したりするような調整も必要で、私たちがその役割を担っていると認識しています。
石井 FinTechに代表される技術革新が金融の世界で伸びたので、これから日本の銀行は何をすればいいのかという状況になっていますね。
既存のビジネスモデルが通用しなくなれば、新しいところに手を出さないといけません。お客様にどういう価値を提供するかに悩んでいる銀行のお客様も多いだろうと想像します。
一方で、銀行法に関しても変わりつつあります。銀行のお客様にとっては、自分たちももっと攻めてゆける、好機でもあるわけです。
山崎 日本の金融業界を取り巻く状況は変化しています。銀行のお客様も、社会から変革が期待される中、新しい可能性を感じて動いていらっしゃいます。しかし現実には容易でないこともいろいろとある。その間を埋めるツールやプロセスを、私たちがご提供できるよう取り組んでいます。
社会に良い価値をもたらしたい
───今後、デザイン思考を使ったメソッドの開発や使用で目指しているものはありますか。
木村 これまで、ユーザー中心でないサービスづくりにならないために、利用するユーザーを深く理解してサービスづくりを行う方法論としてコ・クリエーションメソッドを開発してきました。一般消費者向けのサービスであればこの方法論でよいサービスがつくれると考えています。
一方でNTTグループでは、街づくりや社会インフラのような多様なステークホルダーが関わるサービスを開発する場合も多くあります。ですので、多様なステークホルダーを深く理解し、彼らの本質的なニーズを捉えて形にしていく方法論、人々のより良い生活や幸せにつながるサービスを生み出す方法論を、新たに研究開発していく予定です。
サービスづくりをする関係者に、より良い生活や幸せを意識しながら取り組んでもらう方法論という意味で、「Peaceful Service Design(ピースフル・サービスデザイン)」という仮称で呼んでいます。
草野 NTTグループとお客様とエンドユーザーがどう一緒になって、価値のあるものを生み出していけるか。それを使ってどう豊かになれるか。ネットワークの物理的なインフラと結び付く私たちのように、地域に根ざした事業をしている企業だからこそやれることがあると思います。
将来、あるお母さんが「これは不便だからこうなったらいいわよね」と思ったことが1週間後に実際のサービスとして提供されているような世界。それくらい企業とエンドユーザーとインフラが近くなった世界が実現できたら豊かですよね。
山崎 いいですね。技術が高度化し、真に生活者にとっての価値を生み出せる状況となった今だからこそ、現状・期待の把握から価値のデザイン、設計、開発、運用までがしっかりと、しかもオープンにつながる仕事が求められます。
その実践者である私たちもビジネス案件での経験を踏まえて、メソッドの精度向上に協力してゆきたいと思います。
石井 この『Co- Creation Method』は配布から半年が経ちますが、私たちのワークショップや業務支援で体験した社員のおかげで、社内の認知も高まってきたところです。
「うちの部署でもプロジェクトに適用したい!」という声があったり、異なる部署の社員が実践の知恵を交換し始めたりしていて、とてもワクワクしています。