みんなで育てる、IoTプランター
芹澤孝悦(せりざわ・たかよし)/プランティオ株式会社共同創業者/CEO。園芸用品「プランター」を開発したセロン工業株式会社の創業者を祖父に持つ。大学卒業後ITのベンチャー企業へ。エンターテインメント系コンテンツのプロデューサーを経て、セロン工業株式会社へ。「フラワーバレンタインプロジェクト」の立ち上げや「国際園芸博覧会フロリアード」の日本国政府スタッフとして参画。2017年、「サステナブルな未来」の実現に向けて、最新型プランター「Smart PlanterTM」の開発に着手。次世代の人と植物との関り方を模索する
センシングとAIで栽培をサポート
───現在開発を進めている「Smart PlanterTM」について、教えていただけますか?
「Smart PlanterTM」は、IoT技術を搭載したプランターです。基本構造は、私の祖父が開発した「プランター」とおなじ。自然環境がプランター内で再現されるように設計しています。一般的な植物ならなんでも育てられますが、私たちは野菜や果物の栽培を前提に展開していきます。
代表的な機能としては、本体に搭載されたセンサーデバイス、視野192度で固定されたカメラが挙げられます。センサーデバイスは土壌水分計、土壌温度計、日照計、外気温計として機能し、土中や周辺の環境を計測します。カメラは60分に一度撮影し、植物の様子を定点観測します。
センシングしたデータや画像データは、Wi-FiとBluetooth、将来的には5G(※1)などで私たちが管理するクラウドサーバーへ送信。データ解析されたのち、専用アプリを通じてユーザーへフィードバックされます。たとえば、「(土がしめっているので)今日の水まきは少しでいいでしょう」とか「花が咲きました」とか。過去の気象情報や育成情報のログも閲覧できるので、去年の情報を参考にしながら植物を育てることもできます。
───集積したデータは、どのような技術で解析されているのでしょうか?
センシングデータ、画像データ、また気象予報などの外部のデータを取りこみ、ディープラーニングによってAIが総合的に解析しています。いってみれば栽培特化型AIが働いている。解析したデータはデータレコードとして野菜の品目単位で蓄積されます。これらのデータレコードと、ユーザー個人の生育環境が照合されるわけです。
また、アプリで収穫時期を確認できるのも特徴のひとつ。もちろん、農学に基づいた仕掛けがあります。植物にはそれぞれ「積算温度」という生育に必要な目安があるのをご存知でしょうか。種を植えてから毎日の平均気温を合計し、合計の温度が一定の段階に達すると発芽、開花、収穫……と生育のステージが上がっていくのです。私たちは積載温度とセンシングデータを用いたアルゴリズムを構築し、ユーザーが育てている植物の各ステージを予想することができるのです。
専用アプリで植物の生育状況を予想したり、過去の気象情報などを確認できる
その技術を応用しているのが、アプリの「STORY」機能です。これは野菜、果物の生育ステージをストーリー形式になぞらえて、栽培をナビゲーションするコンテンツ。ユーザーは、ゲームブックの要領で「種をまき、薄く土をかぶせる」「霧吹きで水を与える」などの毎日のクエストをこなしていき、野菜を育てていきます。日々のクエストが滞りなく順調に進んでいれば、一定の積算温度に達したとき「発芽」ステージからステップアップする、と。
腐心しているのは、いかにユーザーを飽きさせずに植物を育ててもらうか。栽培が間延びしないよう、STORYの合間に栽培している野菜にまつわるトリビアや、同じ野菜を育てている方の様子、近隣の飲食店情報なども配信します。
アプリの「STORY」画面。ストーリーに沿って世話をしていけば、最終的に収穫できる
栽培の敷居を下げる多彩な機能
───ナビゲーションに沿っていれば、ビギナーでも野菜や果物を育てられるのですね。どの程度の規模で育てられるのでしょうか。
STORYに対応している野菜、果物はおよそ160種類。イチゴやメロン、小さめのカボチャでも問題なし。拡張ユニットを増設すればゴボウなどの丈の長い野菜も育てられます。
土の替わりに「リターナブルソイル」を使うことも考えています。リターナブルソイルとは、火力発電所から出る灰や廃棄予定のココヤシピートを再利用した新素材です。これなら、用土を手に入れるために野山を削る必要もありません。リターナブルソイルなら、微生物のバイオカプセルを一粒投入すれば、肥沃な土壌ができ上がる。土のブレンドや使う肥料の選択など、土づくりはなにかと面倒でビギナーを遠ざける一因になっていました。しかし、バイオカプセルがあれば、そのわずらわしさからも解放されます。
また、都内で植物を育てた人なら経験があると思いますが、使わなくなった土の処分は結構大変。だから、リターナブルソイルは、半年ごとに新品の土と交換できるサービスも検討中です。
───挙げていただいた機能だけでも、栽培の敷居はかなり下がりそうです。そのほかに特徴的な機能はありますか?
Smart PlanterTMの肝になるのがコミュニティ機能。Smart PlanterTM を利用するにあたって、いっしょに栽培するメンバーでコミュニティをつくる必要があります。ファミリー層なら、お父さん、お母さん、お子さんであるとか。企業の垣根を越えたオフィスワーカーたちで育ててもいいでしょう。
栽培を続ける一番の秘訣は「みんなで楽しむ」こと。一人で始めてもだんだん世話ができなくなり、結局枯らしてしまいがちです。だから、みんなで世話をする。普通は小さなコミュニティでも、みんなでなにかをやろうと計画するのは大変なことですよね。おもしろいことに、生育状況をシェアできるSmart PlanterTMのコミュニティでは、人ではなく植物からのアクションが輪の中心になり、みな自発的に活動するようになる。みんなで植物を育てるという連帯感、開花や収穫の達成感。それらがコミュニティ間の信頼関係が醸成し、これ以上ないUX(※2)に昇華されるわけです。
アプリで築くコミュニティの輪
───専用アプリの機能も、コミュニティづくりを意識しているそうですね。
はい。アプリを起動させると、まず表示されるのがMAP画面です。MAPにはユーザーが所属するコミュニティやよそのコミュニティ、連携する飲食店などのアイコンがプロットされています。
コミュニティ間で連絡を取り合って、収穫物を交換しあったり、栽培について情報交換することも可能です。連携だって充分に考えられますよね。たとえば、複数のコミュニティが野菜を持ち寄って、バーベキューを行うなど楽しそうです。協力しあえば、リレー栽培(※3)だってできてしまう。従来の農家なら、リレー栽培は数年かかってやっと習得できる技術です。
連携する飲食店は現在10店舗ほどです。お店に自分たちでつくった収穫物を持ち込めば、それを使った料理を提供してくれます。丹精こめてつくった野菜だから、その美味しさはひとしおです。
───ブロックチェーンも導入するそうですね。システムのどの部分に技術が活かされるのでしょうか。
コミュニティ間で利用できる仮想通貨の管理にはブロックチェーンの活用を検討しています。ビットコインでは、バーチャルな世界での作業でマイニング(※4)した作業者に対価が支払われる仕組み。しかし、私たちの仮想通貨はたくさん収穫することがマイニングに値します。当初はポイント制も考えましたが、そうなると私たちが中央集権的にコントロールすることになりかねない。アプリの性格上、「みんなで支えあう」という概念のブロックチェーンはうってつけでした。
収穫だけではなく、だれかの栽培をサポートしても仮想通貨がもらえます。貯まった通貨は、連携する飲食店での支払いやワークショップの参加費に利用できるほか、在来作物などの種子と交換できます。「“食”から発生した対価を“食”に還元する」。それが理想のサイクルですね。
NTTドコモが2020年のサービス提供開始を目指す次世代移動通信システム。10Gbpsを超えるような超高速通信や低遅延化、多接続を実現し、IoT/IoEなどの幅広いニーズに対応できる。
ユーザー エクスペリエンス(User Experience)の略。ユーザーがシステム、サービスなどを通じて得られる経験のこと。使いやすさや使い勝手などの要素のほか、驚きや感動、充足感なども重視される。
複数の植物または同種の植物の種まき時期を調整し、それぞれの植物が途切れなくリレーのように収穫時期を迎える栽培方法。
ビットコインの仕組みのひとつで、ユーザーの送金リクエストを検証して、ブロックチェーンのブロックを作成する作業。最初にブロックを作成できた人(マイナー)には報酬として、新たに発行されるビットコインが与えられる。
マイクロ・ファーミングの可能性
”食”と“農”を再び家庭へ
───Smart PlanterTMおよび専用アプリを開発したきっかけはなんだったのでしょうか。芹澤さんが標榜する「食と農の本質をアップデートする」という指針にも大きく関わっていそうです。
そうですね。開発の背景には、“食”と“農”にまつわる問題意識があります。農耕民族である日本人はこれまで、田畑を持ち野菜や果物を自給してきました。しかし、時を重ねるうちに、自給自足の文化はどんどん廃れていきます。その流れは、高度経済成長期を迎えた都市部では顕著に現れています。“食”と“農”が生活の中心からすっぽり抜け落ちてしまったのです。
いつしか野菜や果物は「工業製品」として消費者のもとに流通するようになりました。工業製品のように整った野菜を買いもとめる消費者が、その現状を意識することはそうそうありません。貨幣経済で成り立つこの社会において、自給の労力をお金で解決することを否定できないのですが。
しかし、お金任せの食料調達から、様々な弊害が生まれるのも事実。大量生産を強いられる生産現場ではフードロス(※1)が発生します。先述した自給自足の生活や食文化の衰退、食にまつわるリテラシーの欠如なども生じています。
農家だけに頼るのではなく、私たちひとりひとりが“食”と“農”を意識する必要があります。自分で育ててみんなで収穫を分かち合う、その原点に目を向けるべき。今求められるのは、従来の大規模農業「マクロ・ファーミング」の補助となるような、分散型の「マイクロ・ファーミング」なのです。
そのゲートウェイになるのがSmart PlanterTMと専用アプリであり、その先にはプランティオの目ざす「サステナブル(※2)な未来」があるのです。
───と、いうことはサステナブルに関心がある人たちをターゲットに想定している?
いえ、じつはその層はあまり意識していません。やはり、メインターゲットは先に挙げた一般的なファミリー層です。あとは20歳から34歳までの女性、いわゆる「F1層」ですね。F1層は流行に敏感で美味しいものは大好きなんだけど、意外と食や農に無関心だったりする。だから、F1層の興味を喚起するために、飲食店と連携して間口を拡げているわけです。そうして地盤を築いておき、将来彼女たちが子育てするようになったとき、Smart PlanterTMを利用してくれるのが理想です。
結局「サステナブル」というのは理屈に過ぎないのです。まずはユーザーが野菜や果物を身近に感じてほしい。サステナブルの概念は、そのあとに付いてくるでしょう。
既存農家と競合か、共存か
───マイクロ・ファーミングが実現すれば、国内の食料自給率も改善されそうですね。
はい、そのあたりも当然視野に入れています。国内の食料自給率の低下はいまだ決定的な打開策はなく、農家の後継者不足は年々、深刻化しています。私たちが提唱するマイクロ・ファーミングが問題改善の一助になってほしいという思いがあります。
都市部で自給するのは決して空想めいた絵空事ではありません。たとえば、ロンドンで実施されたプロジェクト「Capital Growth」が良い例です。このプロジェクトでは、2012年のロンドンオリンピック開催年に、ロンドン市内には2012箇所の都市農園が開設されました。
オリンピック閉会後もプロジェクトは継続され、農園は2,767箇所にまで拡大(2018年6月4日現在)。関わったボランティアスタッフはのべ10万人、生産された80トンもの食料は、およそ100万食分に換算できます。
Capital Growthのページ(画像クリックでリンク先へ)
───マイクロ・ファーミングに対するマクロ・ファーミングという構図があるということはつまり、既存農家がSmart PlanterTMの競合相手になるということですか?
飲食店だけでなく、農家の方たちとも連携しています。ユーザーは、農家さんにアドバイスを受けたり、固定種、在来種の苗を分けてもらうこともできます。協力してくれる農家さんは、農業に熱い思いを持ち、私たちの方針に賛同してくれる人たち。消費者とのつながりを強く求めています。そのような農家さんとユーザーが交流を重ねることで、本当によい野菜を育てる農家さんへ、リスペクトの想いを持ってもらいたいのです。
コミュニケーションを活発にする、という目的もあって、アプリで貯まる仮想通貨は既存通貨と交換できません。コミュニケーションが生まれる、CtoCのツールなのです。
60年の節目に第二のイノベーションを
───AIやブロックチェーンやIot向け通信技術など、Smart PlanterTMは最先端のテクノロジーが搭載されています。やはり、「サステナブルな未来」の実現にはテクノロジーが不可欠?
必ずしも必要ではないと思いますよ。しかし、マイクロ・ファーミングを実現するための様々な課題を解消していくと、どうしてもテクノロジーは必要になりますよね。Iot向けに開発された通信技術は不可欠ですし。技術やソフトの導入コストや、バッテリーなどのハード面のコストが下がった今だからこそ、Smart PlanterTMは開発の目処が立てられた。おそらく2年前だったら、開発できなかったでしょう。
とはいえ、Smart PlanterTMに搭載しているのは最低限の機能に過ぎません。ごちゃごちゃ機能を増やしても煩雑になるだけです。アグリテック(※3)を活用した事業者が増えるなかで、画期的な技術も見受けられますが、どれも本質的な意味でのコンシューマーのためのものはない。我が道を行けば勝機はあるだろう、と確信しました。
Smart PlanterTMは「栽培が楽しくなるツール」として、便利に使ってもらえればそれでいいのです。だから、使われている技術を大々的に打ち出すつもりもありません。
───今後の展開を聞かせてください。
2019年度中を目処にSmart PlanterTMの予約・発売を進めていければ。2,980円×24回払いでスマホみたいに利用できるビジネスモデルを検討しています。
祖父が開発したプランターは園芸業界にイノベーションをもたらしました。そして、プランターがヒットしたのは、日本が東京オリンピックに湧いた1964年。それ以降の60年間、業界に画期的なイノベーションは起こっていません。そして時代は巡り、2回目の東京オリンピックを迎えようとしています。これを追い風にして、プランターで再びイノベーションを起こしたい。そのためにも、より一層実用化・普及に努めていきたいです。
まだ食べられるにもかかわらず廃棄される食品のこと。食品メーカーなら過剰在庫、家庭では料理の食べ残しなどがフードロスにつながる。生産の現場では豊作時や規格外品の廃棄などが挙げられる。
「持続可能な」という意味。環境問題という文脈では「環境に負荷をかけず、持続可能な発展」などの意味合いで使われる。
農業(Agriculture)と技術(Technology)を組み合わせた造語。