社員一人ひとりと対話する
——いま、「働き方改革」がどこでも叫ばれる中、企業の担当者の悩みは「一体、何から始めたら良いのか?」ということに尽きると思います。まずサイボウズでは、どのように働き方を改革していったのでしょうか?
青野慶久(以下、青野) 「何から」ではなく、「なぜ」始めたのかをお話すると、離職率があまりにも高かったからです。私が社長になった2005年頃、サイボウズの離職率はなんと28%でした。離職率が高いと採用にもコストがかかりますし、社員の教育も非効率です。どうしようかと悩んで、まずは給料を引き上げました。しかし全く効果がなかったんですね。そこで、社員一人ひとりからじっくり話を聞くことにしたんです。
石川貴志(以下、石川) いま、まさに対話こそが最も重要だと感じます。働き方改革は、制度的なトップダウンのチューニングでは難しいんですね。なぜなら働き方とは、個人のライフスタイルの一部だから。働き方は各々が主体的に模索していくべきなのに、いまは「働き方改革」の言葉が独り歩きし、企業の目指すところと個人の意志にズレを感じます。
青野 その通りですね。そもそも経営者の頭で考える働き方改革は社員の共感を得られないことが多い。たとえばいま、東京の保育園待機児童問題は深刻ですよね。そこで私は、「社内に保育園をつくろう!」と提案しましたが、これが全くだめで(笑)。「青野さん、こんな都会のど真ん中のオフィスに赤ちゃんを毎日連れてこれるわけないじゃないですか」と一蹴されました。
――社員の声から社内の文化や制度を変えるとき、具体的にはどんなことをされていますか。
青野 サイボウズには「質問責任」という言葉があります。経営陣も社員も、気になったことは何でも質問すること、それが我が社の責任です。例えば以前、営業部のある若手社員が、社内のグループウェア「サイボウズ Office」の掲示板に「ボーナス制度に不満がある」という書き込みをしてきました。弊社が販売するクラウドサービスは、12月に契約が成立すると、課金が翌年の1月となります。すると、その年の売上成績に反映されず、営業担当のボーナスの査定に大きな影響が出る、と。この声に、社員から数多くの「イイね」が集まりました。その結果、弊社は全社のボーナス体系を変えました。サイボウズでは、言うべきことは、誰でも常に伝え合う。いわば「言った者勝ち」な社風といえますね。
「一人ひとり」が思いつくものは正しい
――サイボウズにはいろんな制度がありますが、中でもとくにチャレンジングな制度には、どんなものがあるのでしょう? そしてそれはどのように生まれていったのでしょうか?
青野 たとえばサイボウズには「子連れ出勤制度」があります。少し仕事のパフォーマンスは落ちるかもしれないけれど、デスクの横で子どもを遊ばせながら働いてもいい。あるいは「子連れ出勤ルーム」で子ども遊ばせながら打ち合わせしても構いません。
サイボウズでは、こうした新しい制度を考えるとき、経営者ではなく社員の「一人ひとり」が思いつくほうが正しい、と考える傾向があります。この姿勢自体がある意味ではチャレンジングかもしれません。
さっき僕が提案した社内保育園のダメな例を話しましたが、メンバーが思いついた制度は上手い使われ方をしています。たとえば子連れ出勤ルームにベビーシッターを呼んで、遊んでもらっている間に、隣接するテーブルで同僚と飲み会をする社員もいます。子どもがいるとなかなか飲み会には行けませんよね。子連れ出勤ルームをつかって、社内コミュニケーションの課題を解決しているわけです。使い方がとても上手いですよね。
石川 社内文化を変えるためには何が必要なんでしょう? メッセージなのか、あるいは行動なのでしょうか?
青野 時間はかけるようにしています。十数年前の例ですが、毎月のように一泊二日の合宿を、いろんな部門とやってましたね。サイボウズの目指す姿の確認や社内でおきている問題解決、部門の課題設定、社内の共通言語をつくることにじっくり時間をかけていました。そうした中で実践してきたことは、細かいリスクは気にせずに一歩踏み出すことです。
変化に対して臆病な人は必ずいるもので、「クレームが起きたらどうするんですか?」、「子連れ出勤でパフォーマンス落ちたらどうするんですか?」といったことをしきりに言い出す人がいる。この人たちに合わせていても何も変われないので、「やってだめだったらやめる」ぐらいの軽い気持ちで、とにかく始めるのが大事、というノリをつくっていくことを重要視していました。
石川 なるほど。では経営陣どうでしょう? 新しい文化に対する拒否反応はありましたか? どのように対処していったのでしょう?
青野 ありましたね。常に議論していました。『ビジョナリー・カンパニー 2 – 飛躍の法則』という本に「はずみ車」という表現があります。これは言ってみれば大きな車輪をもつ重い車です。手押しで動かそうとすると、最初すごく大変ですよね? でも、ちょっと動いてスピードがつくと、慣性の力で自ら動いていくから押すのは楽になることが想像できると思います。
新しい文化への対処もこれに似ています。最初はなかなか受け入れられるものではないことを覚悟しておいたほうが良く、細かな対処も必要ですが、いつかは手を離しても勝手に動いていくものだと知っておくことも重要ということです。
主体性のある社員が、企業のあり方を変える
――いま副業は世の中でどれくらい浸透しているんでしょう。また、副業に向いている人とはどんな人でしょう?
石川 年齢や人によってさまざまですから一概には言えないのですが、ITツールを使うことで、簡単にやりたいことができる環境がここ数年でかなり整ってきたと言えるでしょう。そうした組織の枠を超えて活動している人の特徴を一言でいえば、健全な自己否定力の持ち主です。プロジェクトを進める中で人とぶつかってしまうときも、自分に負荷をかけすぎず、相手を責めるわけでもなく、うまく折れることができる。そうした人が副業ではいいチームを築いていますね。
副業という選択肢が浸透する中で、企業は組織への深い参画意識をもちながら主体性を発揮する社員をどのように生み出すかが重要になってきていると感じます。サイボウズでは今、副業はどのように浸透し、また受け入れられているのでしょうか? 経営者としては社外ではなく、社内で力を発揮してほしいところですよね。
青野 たしかにそうですが、私は社外で力を発揮してはいけない、とは思いませんね。理想としては副業が社内の事業をエンパワーするものであると良いと思います。実際にそうしたポジティブな事例も生まれてきています。副業をきっかけに退職した社員の中には、より人脈を広げ、サイボウズのパートナー企業で活躍する人もいる。外で勝手にサイボウズのツールを売ってくれたりもする(笑)。
――副業においては、社内情報の漏洩リスクなど、情報セキュリティ面の心配もあると思うのですが、サイボウズではどのように対策されているんでしょう?
青野 サイボウズでは役員から社員まで、可能な限り同じ情報を共有するようにしています。こうすることで、役員から社員までが同じ責任を持って仕事をすることができる。役員と社員が持つ情報に隔たりが大きいと、社員はいつまでも経営者の視点に立って発言することができない。もちろん社員のプライバシーに関わるような情報は共有しませんが、基本的には全員に「社長になる」ような気持ちで働いていてほしいと思っていますので、情報はできるだけ全体で共有するようにしています。
――そうして社内文化を変えようとするとき、経営陣をどのように説得していくのが良いのでしょう?
石川 説得という感じを出すと、あまり良い結果にならないのだと思います。経営陣の方にも、その人にしか見えていない事情があるものです。人間としての感情に寄り添っていくことが大切だと感じています。
青野 同感ですね。機械的に運営されるのがこれまでの企業でしたが、現代ではそうした組織をつくることがそもそも魅力的ではなくなってきている。「会社の歯車」のように働く人からも面白いことが生み出されるとは思えませんし、人間の感情にうまく寄り添い、共感を生みながら運営される組織こそが今の時代に相応しい企業です。
石川 そうですね。感情は合理的なフレームワークで捉えることができません。一人ひとりの感情に従った方がかえって合理的な結果を得られるものです。制度を変えようとするときも、「変えるべきです」といった言い方をするのではなく、「こうした新しい制度を試しに付け加えてみませんか」といった表現にするだけで、ずいぶん結果は変わるものですし。
永続すべきは“あなた”の幸福
――そうした時代にあって、企業はどのように「会社のアイデンティティ」を持っていくべきなのでしょう?
青野 そもそもこの国は「会社のアイデンティティ」というものが強すぎるんですよ。たとえば「いい会社」や「一流企業」とよく言われますが、会社や企業というのは仮想的な「法人」です。にもかかわらず、人々はそれらを重要視する。実際にはそんなものはないんですよ。もっとも重要であり、大切にしないといけないのは生きている“あなた”である。そう社会が変わりつつあることにこそ、企業は注目すべきなんです。
石川 大賛成ですね。そうした未来に行くためには、新しい意思決定の方法が必要となってきます。まさに社員全員が「社長になる」ような気持ちで働くといったことだと思われますが、企業としてのサイボウズはこれからどんなふうに変わっていくのでしょうか?
青野 サイボウズは行きたい方向へ行くヨットみたいな存在です。このヨットに、多くの人々が共感し、集まってきているわけです。そして私の中では、このヨットの終着地では「解散」したいと思ってます。「会社なんてやめよう!」と(笑)。
石川 つまり会社がなくても、サイボウズとしての活動が社会において実現していればそれで良い、と。
青野 そうです。たとえバンドを解散しても、音楽が好きであれば個々の活動は続きますよね? ここでバンドの永続だけにこだわっているのが今の企業です。永続させないといけないのは“あなた”の幸福です。会社なんて永続しなくても、それは模索できるはずですから。