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- 「情報未来研究会」について
- 「情報未来研究会」はIT社会の潮流を見つつ、健全な社会や企業の在り様を探るため、NTTデータ経営研究所の創立以来、継続的に実施している活動です。NTTデータ経営研究所アドバイザーを務める慶應義塾大学の國領二郎教授を座長に据え、経営学および情報技術分野の有識者とNTTデータ及びNTTデータ経営研究所メンバーの合計12名を委員として、今年度は「WITHコロナ」をテーマとした議論を開催しています。
情報未来研究会委員(敬称略、50音順)※2020年5月時点
氏名 | 所属 |
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稲見 昌彦 | 東京大学先端科学技術研究センター教授 |
井上 達彦 | 早稲田大学商学学術院教授 |
岩下 直行 | 京都大学公共政策大学院教授 |
江崎 浩 | 東京大学大学院情報理工学研究科教授 |
國領 二郎(座長) | 慶應義塾大学常任理事総合政策学部教授/株式会社NTTデータ経営研究所 アドバイザー |
柴崎 亮介 | 東京大学空間情報科学研究センター教授 |
妹尾 大 | 東京工業大学工学院経営工学系教授 |
本間 洋 | 株式会社NTTデータ 代表取締役社長 |
三谷 慶一郎 | 株式会社NTTデータ経営研究所 エグゼクティブ・オフィサー |
柳 圭一郎 | 株式会社NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 |
山口 重樹 | 株式会社NTTデータ 代表取締役副社長執行役員 |
山本 晶 | 慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授 |
稲見昌彦氏 講演 「ポスト身体社会論」
これまで、光学迷彩の技術を用いた透明化するマントの開発や人間の身体を拡張して新しいスポーツを開発する超人スポーツの研究など身体の情報技術の関係をテーマに研究を行ってきました。(参考:https://www.nttdata.com/jp/ja/data-insight/2017/031703/)
このような研究分野は「身体情報学分野」と呼ばれ、「どうすれば情報世界に身体性を取り戻すことができるのか」を研究しています。
DXとポスト身体の時代
これからの社会における身体のことを考える上で、社会革命と身体の役割における歴史の変遷を振り返ると、農業革命の時は農業に従事できない、身体が不自由な人が「ハンディキャップ」でした。産業革命の時は身体的に炭鉱で働けない人、機械を使えない人が「ハンディキャップ」となりました。
つまり環境と身体との相互作用でハンディキャップは変わります。農業革命時には身体が「生産財」でしたが、工業化と情報化によって「運動能力が低くても生産性がある」状態になりました。ここでは身体と生産性が直結しなくなったということで身体の能力とは関係なく生産がおこなわれる状態として「脱身体」と呼んでいます。
さらに今の時代はDXが進んでいく時代でありますが、今後身体に関しても「脱身体」を越えてDXが進む=身体がデジタル化されると考えられます。その時には生産性の向上だけでなく身体の様々な可能性(超感覚、超身体、幽体離脱・変身、分身、合体等)を、デジタルの力で、自分自身で、設計できるようになる「ポスト身体時代」が到来するのではないでしょうか。
図1:身体の役割の変遷について(講演資料より)
こういったポスト身体的な社会においては「自動化」と「自在化」が大事だと考えています。自分の身体を使わずに、ロボットを使ってやりたくないことを代わってもらう「自動化」と、サイボーグのように情報技術などを駆使して自分の能力を拡張してやりたいことをやれるようにする「自在化」を通じてポスト身体的な社会が実現できると考えます。
図2:自動化と自在化(講演資料より)
さらには今後VRとAIが5G(6G)につながることより、「相互作用を伴う体験」を多くの人に大量に広げることが初めて可能になります。これまでは撮影された映像を見るように、ある時系列データが記録されたものを見ることはできましたが、相互作用することはできませんでした。デジタルデータに対してこれからは相互作用できるようになります。
このようにデジタル技術を通して様々な体験が今後ますます生まれると考えていますが、そこで問題になるのは、デジタル上の体験を自分のリアルの体験として信じるためにはどうすればよいかということです。「Seeing is believing」(百聞は一見にしかず)という言葉がありますが、実はその後に「but feeling is the truth」という言葉が続きます。まさにこの体験を真実に近づけるということが問題になります。
デジタルと身体を結ぶ3つの要素
どうすればスマートフォンやテレビなどのデジタルメディアで「身体があるという感覚を持てる」のでしょうか、「身体があると信じられる」のでしょうか。ゲーム上で動くバーチャルなキャラクターなど、デジタルメディアで表現される身体は自分の実際の身体じゃないという意味で幻影という言い方が出来ます。しかし、実際に操作を繰り返すことでそのキャラクターが自分の身体だと感じる経験は多くの人があると思います。
この例のようにたとえデジタルメディアを通じた幻影であっても「自分の身体である」「自己である」と信じられるためには、私は「マルチモーダル刺激(複数の根拠によって確認する)」、「エージェンシーと相互作用(自分がやっている感覚を持つ)」、「予測通りの挙動(自分に帰属した世界だと信じられる)」の3要素が重要となってくると考えます。
図3:幻影を信用に変える3要素(講演資料より)
1つ目の「マルチモーダル刺激」。この要素を考える上で参考になるのが「ラバーハンドイリュージョン」という錯覚です。これはゴムの手と本物の手を同じ台の上に置き、本物の手を隠しながら同じように刺激を与えるとゴムの偽物の手を本物の手のように感じるという錯覚です。この錯覚は視覚と触覚によって作られています。このように「身体がある」という感覚を信じるためには、見ると同時に複数の感覚が与えられること(マルチモーダル刺激)が重要なのではないか。つまり、身体を情報世界に引っ張るうえでもマルチモーダル刺激がカギとなるのではないかと考えております。
2つ目の「エージェンシーと相互作用」。「自分自身の意図によってある行為が行われている」と感じることは「エージェンシー(行為主体感)」という言葉で表現されます。いつ落下するかわからないペンをつかむ反射神経を試すゲームで、機械で筋肉に刺激を与えて確実にペンをつかめるようにしたところ、被験者は「自分の能力が向上した」と錯覚することが分かりました。これは、「自分がやった」感じる感覚、つまりAgencyを外部から与えることができているといえます。
3つ目の「予測通りの挙動」。環境・インタラクションについて何が起きそうだと予測し、それが一致するとAgencyを得られるという考え方があります。例えばPC上に表示されるマウスカーソルを自分が動かしていると思うのは自分の予測通りにマウスカーソルが動くからです。ただマウスカーソルにdelayを入れると自分の物では感じられなくなります。なぜなら自分の予測通りに動いていないからです。このように予測と実際の挙動を一致させることが自分の身体だと考える重要な要素になると考えています。
これらの3要素を積み重ねることによって、仕組みや制度に頼ることなく、人間の身体感覚や生理レベルに根差した信用や信頼をデジタル空間において構築できるのではないかと考えられます。
デジタル空間にも欠かせない人間の好奇心
では新しいこと、未知のものを信用・信頼できるようにするためにはどうすればいいでしょうか?また人によってその内容が違うのはなぜでしょうか?その手がかりのひとつとして、生理レベルで一人一人の信用・信頼の内容の差異に影響するものは「好奇心」なのではないかと考えています。
機械学習の分野では囲碁や将棋のように決まった盤面がないテレビゲームに関しては機械学習をしても自動的に課題を解くことができていませんでしたが、エージェントに好奇心を持たせることで課題を効率的に解いたり、成績が良くなることが発表されました。同じ機械学習の学習システムでも、好奇心を入れるだけで効率が良くなりました。
好奇心の違いはDNAの差以上に環境変化に対する反応の多様性を確保できるのではないかと思います。機械学習の分野では学習システムに好奇心を入れることで、環境変化に対応することができましたが、これからの時代に生きる上で実は人間の方に好奇心を入れる必要があるのではないでしょうか。今後は学習システム側ではなく人間に好奇心をどう埋め込むかという教育していくのが重要ではないかと感じます。
編集後記:「デジタル時代における信頼」とは
デジタル化の課題としてこれまでフィジカルな空間や関係で担保していた信頼がオンラインに移行することで無くなってしまうのではないかという議論があります。例えば、オンライン会議では物理的な空気感が共有できないので信頼が生まれないのではといった疑問が生じることがあります。
ただ稲見氏の講演を通じて明らかになるのは、オンラインであっても一人一人の身体性を埋め込むことは可能であり、それにより信頼は構築できるのではないかということです。また、デジタル技術によって、より柔軟で多様な信頼の構築が可能になります。
ビジネス上のコミュニケーションの例をいえば、雑談を行うオンラインツールとフォーマルな議論を行うオンラインツールを使い分けるなど、様々な工夫を通じて相手との信頼関係を構築することができるかもしれません。デジタルをリアルの劣化版と捉えるのではなく、これまでの手段より豊かな信頼関係を構築できるものとして捉え直すことが必要になるでしょう。
(情報未来研究会 ディスカッションより)
おわりに
研究会の第2回では、「デジタル化と身体」の関係性について講演、議論がなされました。今後、Withコロナ時代のデジタル化に対して引き続き「情報未来研究会」で検討・発信していきます。
<研究会の予定>
「情報未来研究会 Withコロナ」インタビュー編
- Vol.1「Withコロナ時代の時代に求められる価値創造型のワークスタイルとは」
- Vol.2「Withコロナの時代に求められるオンライン・トラストネス」
- Vol.3「Withコロナ時代で加速するビジネスモデルのパラダイムシフト」
「情報未来研究会 Withコロナ」研究会編
- 第1回「Withコロナ時代で加速するデジタル化の行方」
- 第2回「デジタル時代の身体~ポスト身体社会論~」本記事
- 第3回「データ社会の交差点」
- 第4回「市民も巻き込む スマートシティ実現に不可欠な2つのコト」
※各回のテーマは変更となる可能性があります
編集・執筆:情報未来研究会 事務局
講演情報
NTTデータ主催のInnovation Conferenceに、情報未来研究会委員の江崎氏、國領氏、三谷が登壇します。
企業や社会がWithコロナ時代においてデジタル化とどう向き合うべきか、本セッションを通じてこれからのデジタル社会の展望を議論します。皆さまのご参加をお待ちしています。
NTT DATA Innovation Conference 2021
デジタルで創る新しい社会
2021年1月28日(木)、29日(金)講演ライブ配信
2021年1月28日(木)~2月26日(金)オンライン展示期間
2021年1月28日(木)16:45~17:35
「Withコロナ時代のデジタル社会の展望」
東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授 江崎 浩 氏
慶應義塾大学 総合政策学部 教授 NTTデータ経営研究所 アドバイザー 國領 二郎 氏
NTTデータ経営研究所 エグゼクティブ・オフィサー 三谷 慶一郎
お申し込みはこちら:https://www.nttdata.com/jp/ja/innovation-conference/