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D2C企業とリテーラーでは「ポジティブにさせる体験」に違いあり
読者のみなさまもご存知のとおり、「顧客体験」には消費者を「ネガティブにさせない体験」と「ポジティブにさせる体験」の2種類があります。
「ネガティブにさせない体験」はフリクションレスなどとも呼ばれる、顧客体験における「負」を解消することで、便利で快適な体験を提供するものです。一方、「ポジティブにさせる体験」は、そこでしか味わえないような楽しさ・嬉しさを作り出す体験を提供するものです。
その2種類の体験について、私たちはビジネスモデルの違いに着目し、D2C(DNVB)企業(注1、2)とリテーラーにおいて、顧客体験の考え方がどう異なるのか、そしてそこから見えてくる本質的な価値とは何か、を考察しました。
注1)DNVB(Digitally Native Vertical Brand):デジタルネイティブ世代を主なターゲットとし、プロダクトの企画から製造・販売までを垂直統合したブランドのこと。
注2)本記事では、従来型消費財メーカーにおける直販モデルとの対比を目的に、商品開発から販売までを垂直統合した新興ブランドを「D2C企業」と呼称しています。
まず、「ネガティブにさせない体験」は、D2C企業、リテーラーともに、顧客体験の中でも「購買」を中心に負の印象を持たせないための環境づくりとの共通の考え方を持っています。実際にセッション内で紹介された事例(下記)からも、本質的には同じことを指していると感じられました。
北の達人でのブランディング施策紹介(NE-1 先行D2C企業が実践するブランディングから学ぶことより)
◆D2C企業での取り組み事例(北の達人コーポレーション)
「1個の商品を世に出すために750のチェック項目をクリアしなければならないというルールを設けています。これには配送など途中工程での破損が起きないかの確認も含みます。北海道の冬は物流がパンクする。マイナス15度の屋外に製品を置かれてしまったとしても品質が悪くならないかなどもチェックしています。」
(株式会社 北の達人コーポレーション 木下氏)
◆リテーラーでの取り組み事例(カインズ)
「(カインズで店内マップ提供を始めたきっかけとして、)来店されるお客さまにとって、広い店内で店員を探すのがまず面倒。これでは買いにくい店舗と認定されてしまいます。」
(株式会社カインズ 池照氏)
一方、「ポジティブにさせる体験」は、各セッションの発言内容の違いから、D2C企業とリテーラーで違うものを志向していることが見えてきました。次章からは、D2C企業、リテーラーそれぞれの違いをより具体的に見ていきたいと思います。
D2C企業のポジティブ体験は、自社とお客さまとの“狭く深い”絆づくり
D2C企業の場合、商品開発における「共創体験」や商品を利用する際の「使用体験」を通して、お客さまをポジティブにさせる体験を提供しているケースが多くみられました。これは、モノ作りを軸とするD2C企業ならではの考え方で、バリューチェーンで見た場合、商品開発・サポートのフェーズにおける体験にあたります。
D2C企業のバリューチェーンと対応するカスタマージャーニー
実際のセッションでの発言として、以下の2例が挙げられます。
◆商品開発フェーズ=「共創体験」の事例(オーマイグラス)
「ユーザーの細かいニーズを聞いてクイックに実現すること。また、一度生み出したプロダクトへのPDCAを回すことが大事。」
(オーマイグラス株式会社 清川氏)
◆サポートフェーズ=「使用体験」の事例(オーマイグラス、アンカー・ジャパン)
「自ら直営チャネル(直営店舗)を使った徹底したユーザインタビューを週に3~4件実施し、それをプロダクト開発に活かしています。」
(オーマイグラス株式会社 清川氏)
「プロダクトに反映しなかったとしても、カスタマーの声に誠実に対応すること。年間20万件の問合せの1個1個は小さいかもしれないが、その1件ごとの体験の積み重ねがブランドの印象への大きな差になる。」
(アンカー・ジャパン株式会社 猿渡氏)
アンカーでのブランディング施策紹介(NE-1 先行D2C企業が実践するブランディングから学ぶことより)
商品を使ったときの声に誠実に対応してもらえたという経験だけでなく、その声がクイックに商品に反映されることで、消費者にとって「(多数のお客さまのひとりとして扱うのではなく、)自分ひとりのことを考えてくれている、わかってくれている」という価値が生まれます。これこそがD2C企業にとってのポジティブにさせる体験です。
この「使う→声を届ける→声が反映される」というループによって、消費者はD2Cブランドの世界観に肩までどっぷり浸かり、世界観を強く支持するファンとなっていきます。
そして、その世界観を維持することがD2C企業にとっての大きな強みとなることから、D2C企業各社は世界観の一貫性を非常に重視しています。実際に、D2C企業と消費者とのタッチポイントについて、サンスター株式会社でダイレクト事業に携わる兒嶋氏は“(D2Cブランドの)人格の一貫性”と表現しています。
商品開発だけではなく販売・配送などバリューチェーンのすべての過程で統一した世界観(=D2Cブランドの人格)を感じてもらえるよう工夫を重ねる中で、D2C企業と消費者のあいだにその「商品」が描く、狭いけれども非常に深いつながりが形成されていくのです。
リテーラーのポジティブ体験は、商品との思いがけない出会い
D2C企業が自社の商品を軸としたポジティブ体験であるのに対し、リテーラーからは、“商人”としての腕の見せ所である商品の組み合わせや、商品(・売場)の見せ方から提供できる価値を中心に据えた発言が多く登場しました。
SHIBUYA109でのOMO施策紹介(NE-6 OMO時代のコミュニケーションデザインより)
◆商品の組み合わせによる価値創出(博報堂)
「売っているものは他の店舗やECでも買えるけど、編集力・世界観の提供という点でわざわざその店舗で買っているという事例は海外でも出てきている。」
(株式会社 博報堂 行動デザイン研究所 中川氏)
◆商品・売場の見せ方による価値創出(SHIBUYA109)
「ワクワクドキドキできる場所、ここでしかできない体験の場を作りたい。若い子に支持される、SNSで発信したくなる、それによって違う人も店舗に来たくなる、というサイクルをうまく作っていきたい。」
(株式会社SHIBUYA109エンタテイメント 澤邊氏)
手を変え品を変え、魅力的な商品を組み合わせて提案できる点はリテーラーならではの強みです。売場・店舗という強力な「場」を軸に、お客さま自身気づいていないけれども実はその人のライフスタイルや価値観にあう商品との偶然の出会いを提供すること、これこそがリテーラーにとってお客さまをポジティブにさせる顧客体験の核ではないでしょうか。
以下のような発言も、こうした考えを後押しするものとして重要です。
リテーラーのデジタルシフトの必要性について(NE-4 リテーラーのデジタルシフトを加速するための条件と課題より)
「 (リテーラーがデジタルシフトするのはなぜかという問いに対し、)前向きに顧客期待を裏切り続けるため。」
(凸版印刷株式会社 亀卦川氏)
顧客期待を裏切る=期待を上回るような予期せぬ出会いを提供することだと考えると、リテーラーは自社のお客さまがどのようなライフスタイルを期待しているかを常に先読みしながら、提案内容・方法をアップデートし続けていくことが大事だと言えます。
ビジネスモデルの異なる企業に学びながら、自社の提供価値を考える
アドテック東京2020のセッション登壇者の発言から、「ネガティブにさせない体験」と「ポジティブにさせる体験」の2種類の顧客体験のうち、「ポジティブにさせる体験」にビジネスモデル(D2C企業、リテーラー)毎の考え方の違いがあることが見えてきました。
その違いは、下図のように両者のバリューチェーンを対比させて考えると理解しやすいです。企業としての提供価値の源泉が異なることから、企業として強みとすること、言い換えればポジティブにさせる体験として重視する部分とその内容に違いが生じている、ということがわかります。
一方、このように顧客体験の違いを論じること自体が、D2C企業の登場によってメーカーとリテーラーの違いが曖昧になっていることの表れでもあると言えます。事実、セッションの中では、「自社が社会・消費者に対して何の価値を提供する存在なのか(=ブランドパーパス)」を見直すことで、現在のビジネスモデルに囚われない顧客体験価値を提供することが重要である、と言ったもう一歩進んだ発言もありました。
言葉にすると非常にシンプルですが、各企業がお客さまに対して何の価値を提供する存在なのかという定義を改めて考え、それにあわせて時代に合った「顧客体験」を考えていくことが重要ではないでしょうか。そのためには、自社と異なるビジネスモデルの企業が提供する顧客体験の価値を見ることも、自社のビジネス強化につながるのではないかと考えます。
マーケティングデータ活用トレンドとは?アドテック東京2020セッションレポート①
https://www.nttdata.com/jp/ja/trends/data-insight/2020/121590