「預貯金照会・取引照会」業務とpipitLINQ
社会保障などの安定的運用のため、地方自治体や税務署など、行政機関(※)が特定の個人・法人の口座記録金融機関に照会依頼する「預貯金照会・取引照会」。
法に基づく調査として各金融機関は行政の依頼に対し、無償で照会業務を行っている。
金融機関は行政機関から郵送された照会依頼書を、厳重にセキュリティを確保した施設内で専属の要員により手作業で仕訳・管理、確認作業を行う。依頼書の様式は行政機関によって異なるため、金融機関は一件ごとに目視で確認・記入・回答を行っている。そのため、依頼から回答までには長い時間を要するだけでなく、多大なコストも発生していた。 一方、行政機関側も、数多くの金融機関に照会依頼書を送付しなければならない。長い待ち時間は大きな課題だった。
こうした行政機関・金融機関双方が課題を抱える「預貯金照会・取引照会」業務をデジタル化してつなぎ、解決したのがpipitLINQだ。
地方自治体、国税庁(税務署)、日本年金機構、警察、裁判所など
行政機関と金融機関のはざまにあった課題
「預貯金照会・取引照会」業務の改善が必要なことは行政機関、金融機関双方とも痛感していた。しかし、関わる組織・機関が多岐にわたり、業界も異なることが高いハードルとなっていた。過去に何度か検討されたが、解決への道筋はつけられないままだった。
NTTデータ 第二公共事業本部
社会保障事業部 課長
山田 圭
「行政機関、金融機関、一般の法人など、業種業界ごとにデータが個別管理されていることが効率化を妨げる大きな原因です。これらを繋ぐしくみを作ることができれば、世の中のデジタル化に寄与できる。そうした新しい発想で、課題とその解決の可能性を探っていました」
年金システムなどを長年にわたって支えているNTTデータ社会保障事業部 課長の山田 圭は、社会保障分野を中心に社会のデジタル化に向けて新たな貢献を探っている中で「預貯金照会・取引照会」業務のデジタル化という大きな課題を見出した。その後、NTTデータの各部門、グループ各社との議論を進めていく。
同時並行で進んだ内閣官房での施策化、自治体や銀行と協調したPoC
2017年8月。行政と金融という大きな2つの業界横断で、解決への機運を高めていこうという趣旨のもと、NTTデータが発起人となって「預貯金照会業務・取引照会業務のあるべき姿に関する勉強会」が開催された。
勉強会には関係する中央省庁、地方自治体、金融機関が参画し、統一フォーマットの策定や業務フローの確認、照会依頼・回答をオンラインで行うための方法、確保すべきセキュリティ要件などが議論された。
勉強会には、電子行政の実現を省庁横断的な取り組みとして進めていた内閣官房IT総合戦略室担当者も参加。
勉強会での議論の結果、2018年1⽉16日に策定された電⼦⾏政の関係閣僚で構成する「eガバメント閣僚会議」における5カ年の「デジタル・ガバメント実⾏計画」にて、個別サービス改⾰として「預貯⾦等の照会」の効率化が盛り込まれることにもつながった。
内閣官房IT総合戦略室の担当者はこのように語る。
「当時官民データ活用推進基本法の成立をきっかけに、行政手続きのオンライン化を加速させる機運が高まっていました。預貯金照会業務の見直し、オンライン化は、内閣府の規制改革要望にも挙げられていましたが、省庁はじめ各機関、金融機関等が横断的に取り組む必要を感じていたのです。
そんな中、静岡県や、NTTデータの勉強会に加わり、行政手続きの効率化について様々なプレイヤーと意見交換することができました。静岡県でのpipitLINQを使用した実証実験では、改めて現状業務の課題や電子化後の劇的な効果を目の当たりにし、取り組みを推進するべきとの思いを強く感じ、内閣官房で策定していたデジタル・ガバメント実行計画の個別サービス改革として盛り込むことにつながりました。
国・地方行政のデジタル化・BPR(業務改革)は今後、デジタル庁が中心となって推進し、更なる効率化を加速していく予定です。本取り組みもデジタル・インフラのひとつとして拡大していくことを期待しています。」
勉強会での活動を後押ししたのが静岡県の取り組みである。
NTTデータ 第二公共事業本部
社会保障事業部 主任
河西 美穂
「静岡県様は独自の『地方税務行政高度化推進事業』の1つとして預貯金照会の効率化の研究を進めていました。NTTデータグループのメンバーにもお声がけいただいていました」。(社会保障事業部 主任 河西 美穂)
静岡県が進める電子データを用いた財産調査業務の実務検証(PoC)へNTTデータはシステム提供者として参画。静岡銀行、遠州信用金庫、県内自治体2市の協力もあり、実務検証は順調に実施された。
「実務検証では作業や手続きが複雑になることもなく、回答内容の品質はデジタル化しても維持できました。金融機関側では作業がほぼ自動化でき、検証結果として行政機関側では回答までの日数が1~3日と大幅に短縮、金融機関側では業務削減率が61~99%にも達しました」。(社会保障事業部 課長代理 岩﨑 麻由子)
静岡県での実務検証の成果が、勉強会を通じて内閣官房IT総合戦略室に報告され、「預貯⾦等の照会」のデジタル化推進がより一層加速することになった。
いち早く着手した静岡県庁木村氏は一連の動きについてこう語る。
「静岡県では、2016年度から預貯金照会業務の課題解決に向け県内市町と県内金融機関に提案し、県内における預貯金照会の電子化の検討を進めていました。2018年度に自治体、金融機関を交えた実務検証を行い、回答期間の大幅な短縮等想定どおりの効果が得られたことから、2019年度pipitLINQによる預貯金照会の電子化を開始しました。」
「現時点で対応している県内の金融機関は一つですが、手ごたえを感じています。2021年度には県内全35市町のうち24市町で利用が開始され、金融機関も複数導入を開始します。
自治体、金融機関含め多くの機関が導入することで、双方により一層の業務効率の向上を期待できると考えています」。
その後、預貯⾦等照会・回答業務のデジタル化は大きな追い風を受ける。
2019年6⽉14⽇には「⾦融機関×⾏政機関の情報連携(預貯⾦等の照会)」として、政府IT戦略の重点的に講ずべき施策として閣議決定される。また、同年11⽉には⾦融機関・⾏政機関の双⽅で預貯⾦等照会・回答業務を2023年度以降、原則としてデジタル化する方針が打ち出された。
これによって、行政機関と金融機関の2業界が足並みを揃える強い動機付けができた。
こうした後押しもあり、pipitLINQの開発が本格化していった。
思い切って一歩を踏み出す。
「皆がWin-Winになるプロジェクトと確信した」
株式会社埼玉りそな銀行
オペレーション改革部
グループリーダー
松本 敏 氏
2019年3月、埼玉りそな銀行様とNTTデータは埼玉県下の自治体等と金融機関間の取引のデジタル化推進で協業を発表し、pipitLINQの初の導入が決定する。
前例がないシステムの最初のユーザーとして、埼玉りそな銀行オペレーション改革部グループリーダーの松本敏氏は乗り越えるべき2つのハードルがあったと言う。
一つは社外と社内のステークホルダーの説得だ。社外で業界も異なる行政機関の協力をどのように仰ぎ、説得するのか。負担のかかるシステム導入に対してどのようにしたら理解を得られるのか。また社内では既存の仕事の内容が大きく変化する預貯金照会業務社員の理解を得ることに腐心したという。
地道な説得を何度も繰り返しながら、効果を実感してもらうことを心掛けた。
ブランド価値向上に寄与した優れた改革に与えられる細谷英二賞
「pipitLINQが稼働すると何が改善できるのか。デモンストレーションで体感してもらうお披露目会を企画して実施しました。埼玉県下の行政機関の皆様、銀行内の現場担当者や意思決定者をお招きし、実際にお見せしました。懸念点が異なるさまざまなステークホルダーがそれぞれの立場で理解を深め、信頼を一気に得ることができました。急速にプロジェクトが進行する契機となったと思います」(松本氏)
もう一つのハードルはシステム開発である。NTTデータが提供するpipitLINQはプラットフォームである。行政機関と金融機関の間を橋渡しすることはできるが、照会情報をデータとして抽出する機能は各銀行側で開発しなければならない。
埼玉りそな銀行社内に掲示されたポスター
「前例がないため参考にできるものがありません。私たち自身がしくみを考え、アジャイルで開発し、トライ&エラーを繰り返して品質を高めていきました」(松本氏)
最初に接続したのは埼玉県川口市役所となった。留意したのは回答精度を維持することである。従来、人が関わることで柔軟に対応して必要な回答ができていたものが、システム化によって、今までとは異なる回答になるのではないかとの懸念が行政機関側にはあった。
「過去の依頼内容と回答データを数千件そろえ、pipitLINQでテストを行いました。すべての回答結果を突合確認したところ手作業だった頃のデータに対し、95%の整合を得られました」
松本氏はこの時点で望んだ品質を達成できると確信したという。
また、pipitLINQ導入直後に行った事務量の削減調査では、時間換算で約75%削減できた。
同業である他の銀行からの関心も高い。
「預貯金照会業務のデジタル化は金融機関同士で積極的に協力すべき領域だと考えます。私たちはpipitLINQを最初に導入した金融機関だからこそできるアドバイスを行っています。メガバンクを始め、たくさんの金融機関の方が見学に来られ、導入されたところも複数あります」(松本氏)
業界内の連携を促進する取り組みは、りそなグループ内での評価も非常に高く、ブランド価値向上に寄与した優れた改革に与えられる「りそなブランド大賞」に選ばれた。さらに大賞事例からりそなグループ全役員が選定する年間大賞である「細谷英二賞」も受賞している。
「pipitLINQは間違いなく行政機関と金融機関がWin-Winになるしくみ。参加いただける行政機関、金融機関の数が増えれば増えるほど効率化が進みます。双方にぜひpipitLINQを導入して欲しいと思います」
NTTデータグループの連携力によるDXの推進
行政機関と金融機関という二つの業界を横断するサービスであるpipitLINQ。その実現の原動力は、NTTデータが長年、いくつもの日本の社会基盤を支えるしくみづくりに関わってきたことにある。
「公共と金融、それぞれの業界に精通した多くのメンバーがおり、社会インフラの要所に関わる仕事をしています。そうしたメンバーが課題解決に向けてベクトルを合わせ、共同歩調をとれることがNTTデータの強みです。まさにpipitLINQを、スピード感をもって提供できている原動力と思います。」(山田)
多くの金融機関、行政機関はデジタル化の推進に力を入れたいと考えているが、真に社会のデジタル化を浸透させていくには、共に協力し、一歩を踏み出す必要がある。 NTTデータには金融、行政の両方に長年にわたって蓄積した信頼関係があり、各部門、グループ会社が一緒になって、新しい価値を創造するための機運を醸成することができたことも大きかった。
「関わっている一人ひとりが事業化に向けた強い意志を持っていたこと、そして、この新しいサービスは必要とされている、創り上げなければならないと、皆がほんとうに確信していたからこそ、次々と現れる壁と突破していくことができたと感じています」(河西)
NTTデータ 第二公共事業本部
社会保障事業部 課長代理
岩﨑 麻由子
今、いろいろな業界業種で個別につくられたシステムやデータをつないでいく「データのオープン化」の機運が高まっている。
「お客様の一歩先を見つめ、お客様のデジタル化を道案内できるNTTデータでありたいと考えています。困難があっても、世の中で必要とされることを実現していくという想いを重ね合わせることで、pipitLINQのような新しいしくみが今後も実現できると思っています」(岩﨑)
預貯金等照会業務の電子化サービス「pipitLINQ」公式HP
https://pipitlinq.jp/