電力データの活用の可能性を広げるためのアプローチ
グリッドデータバンク・ラボ(GDBL)有限責任事業組合 チーフディレクター
平井 崇夫氏
平井崇夫氏(GDBLチーフディレクター)グリッドデータバンク・ラボ(GDBL)は、送配電事業で得られる電力データ(グリッドデータ)を社会課題の解決、ビジネス価値の創造に活用していくために設立された有限責任事業組合です。電力データの活用を企業や国、自治体、官庁、教育機関など産官学で連携して、新しいサービス、新しい価値の創造につなげる活動に取り組んでいます。
図:グリッドデータバンク・ラボの役割
GDBLは東京電力パワーグリッド、中部電力、関西電力送配電という電力データを生み出している3社と、多様なデータ活用に取り組むNTTデータによって運営されており、チーフディレクターの私はGDBLの活動全体を見て、活動が円滑に進むよう調整したり、電力データ活用で広がる可能性や成果を世の中に知っていただくための働きかけをしています。
東京大学 空間情報科学研究センター 特任教授
清水 千弘氏
清水 千弘氏(東京大学 空間情報科学研究センター 特任教授) 私はビッグデータを活用し、新しい経済統計を開発したり、公的統計の改善方針を示したりと、資本・財・サービスの経済価値を測定する、経済測定という分野での研究を専門としています。 新しいタイプのビッグデータが登場すると、企業のマーケティングや公的なニーズから、さまざまなアイデアが出てきます。しかし、それを情報資源にしていくために最初にやるべきことはデータの標準化です。データの標準化にはデータ発生プロセス「Data generation Process(データがどのように作られているのか)」を詳しく理解している人たちが必要です。 データの標準化を丁寧に行い、確固としたプラットフォームを作り上げ、その上でデータ活用が行われれば、社会で必要とされるもの、介在価値があるもの、すなわち企業であれば製品やサービスの開発に、国であれば政策に活用可能な「情報資源」となります。
GDBLは電力データの発生プロセス、生成プロセスを理解している送配電事業者も参画して、テクノロジーと融合できる場と、データの標準化に取り組む体制を作っています。これは正しいアプローチだといえます。
NTTデータ テレコム・ユーティリティ事業本部 ユーティリティ事業部 課長
関谷 翔
関谷 翔(NTTデータ、GDBLマネージャー)GDBLは設立から2年3カ月ほどで、25件を超える実証実験(PoC)、電気事業法改正への提言、ニーズに基づいた電力データ必要項目の特定・整理等の取り組みを行ってきました。2021年2月までに150社を超える企業・自治体様に会員になっていただき、さまざまなご相談を受けながら、取り組みを進めるオープンな場として活用いただいています。
GDBLのメンバーとしてNTTデータから参画している私は、NTTデータのお客さま接点やデータ活用の力をより良く活かし、会員企業の着想をどうサービスとして実現するかや、将来のデータ活用マーケットの在り方を電力業界の皆さまと一緒になって考え、電力データが新しい価値を生み出せるよう尽力してきました。
8000万カ所の電力データを30分ごとに最新化して把握
平井氏住宅や事業所には電力の使用量を測るために電力メーターが個別に設置されており、それらは順次スマートメーターへ交換が進められ、2024年度に全国の全戸への設置が完了します。その数は約8,000万台にもなります。スマートメーターは電気の使用量を30分ごとに測り、データとして送信するため、8,000万カ所の時々刻々と変化する電力の利用状況を把握できることから、いろいろな用途への活用が期待されています。
関谷GDBLの会員は自社でデータを保有し積極的にデータ活用に取り組む企業が多いですが、最近ではデータ活用に欠かせないAIなど技術開発をしている企業、さらにはデジタル化を推進する国や官公庁からの問い合わせも増え、急速に広がりを見せています。
平井氏GDBLでの活動を通じてわかってきたことの1つに、電力データと親和性が高いのが建物、土地など不動産の情報ということでした。 確かに送配電事業者である私たちは電力データが生み出されるData generation Processを熟知していますが、従来は電力を確実にお届けする、安定供給という視点でしか活用していませんでした。GDBLでとても幅広い業種・業態の方々と接し、共に活動することで、電力データを新しい視点から扱うことになり、やりがいを感じています。
清水氏経済測定の研究分野で,その測定が最も難しい対象とされてきたのが「不動産」です。私は東京大学空間情報科学研究センター不動産情報科学研究部門と、マサチューセッツ工科大学(MIT)不動産研究センターの2カ所で、ビッグデータ解析による不動産の価値測定の研究と教育を行っています。
不動産の経済測定が難しい理由は2つあります。
1つは不動産の品質が不均一だからです。同じ場所にあっても建物の年齢が違えば価格は違いますし、同じ建物であっても場所が違えば価格は異なります。そのような中で、政府は毎年1回、不動産鑑定士という専門家が鑑定した価格を地価公示として公開しています。しかし、実際の不動産価格は毎日変動しているものです。そのような価格などの変化を知るためには、その不動産の中でどのような生活や経済活動が行われているのかを知る必要があるのですが、外から見ているだけではわかりません。しかし、さまざまなデータを掛け合わせることで可視化することはできるはずだと考えます。
そのデータの代表が電力データであり、電力が消費されていればその不動産は「空き家」ではなく、不動産の内部で生活や経済活動が行われていることはわかります。さらに別のデータを組み合わせることで、さらに細かな経済活動を類推することができるようになるわけです。
大切なのは、今、電力データを取得して、活用できる環境が整いつつあることです。
電力データの活用の強み:空間的な粒度が細かく、時間的な間隔が短い
清水氏近年、「ビッグデータ」に注目が集まっています。前述のように、このビッグデータは、情報資源としての要件を整えていかないと社会的には活用ができないわけですが、さらにその価値を高めてくれるのが、従来では観測できなかった粒度で、経済活動をとらえることができるようになる中で、ますます期待が大きくなってきているわけです。できるだけ空間粒度は細かく、時間の間隔は短い、高頻度であるほうが良く、まさに電力データがそれに当たります。
電力データのもとになるスマートメーターは、日本全国の世帯、事業所のすべて、大きな建物でも1つの世帯、1つのフロア、1つの部屋という非常に細かい単位で合計8,000万カ所に設置され、データ取得は30分単位で実行されます。このような網羅性が高く、大規模な情報資源はこれまで存在していませんでした。
平井氏データは利用する目的に適した形があり、使えるデータになっている必要があります。そのため、データを提供する私たちは目的をよく理解する必要があります。 例えば「空き家」情報は、自治体であれば街づくりに活かす、不動産業であれば建物の価値判断に活かす、金融機関はまた別の視点で、とまったく異なる目的に使われるため、こうした違いをよく理解して進めていきたいと考えています。
清水氏私の東大の研究室の「空き家」の可視化の研究を通じて、電力データはミクロからマクロまでカバーできる優れたデータであることがわかってきました。
2015年に空き家対策特別措置法が施行され、空き家かどうかの調査を実施することになりました。しかし、その方法は自治体職員や専門家が外から見て判断するため、非常にコストがかかり誤差も生じやすく、時間経過による変化が追えないものです。これではエビデンスに基づいた正しい判断に役立てることは難しいでしょう。しかし電力データを活用すれば高い精度で空き家を特定できることがわかってきました。
また、空き家問題は、少子高齢化と密接に関わっているため、住宅所有者の状態を把握することがとても重要です。例えば身近でデリケートな課題である、高齢で独居の方や健康に不安を抱える方へのサポート「見守り」が大切になります。電力データの活用で日常の電気の使用量やパターンを把握できていれば、異常な数値が計測された場合にすばやく手を打つことが効率的にできます。
そして、エネルギー消費量は電力データが活用できれば、実データに基づいた測定ができるようになります。高い精度で特定地域のCO2排出量等がわかるようになり、低炭素社会の実現に向けた取り組みへの活用も期待されるところです。 これらのいくつかは現在、地方自治体と連携して、実証実験が進められています。
電力データが幸せな社会や生活を運ぶ助けになる
関谷新型コロナウイルス感染症が発生したことで、GDBLは約2年3カ月の活動期間でノーマルとニューノーマルの2つの時代を、それぞれ約1年間の非常に異なる社会環境で過ごしました。実際に会員企業の方々と取り組みを進めていく中でも、課題の持ち方が大きく変わったと感じます。
人の行動や習慣が大きく変わったため、あらためて外部環境をエビデンスに基づいて正確に把握し直す必要があり、そのために電力データを積極的に活用しようとしています。
平井氏パンデミックの影響により非常に大きな変化がありましたが、人の行動の根源にある、衣食住の安心安全、快適便利への関心はそれほど変わっていないと考えています。そうした根源的なニーズとインサイトにリーチできる方法の1つがデータ活用だと思っています。
根源的なニーズの新しい形を取り逃がさず、それに合致したサービスの開発をデータ活用で模索していくタイミングに入っており、私たちがまさに今、取り組んでいる電力データ活用の深掘り、ユースケースの開発が求められていると考えています。
清水氏いろいろな変化がありましたが、今後はもっと大きな変化が起こっていくでしょう。
変化が起こっていく時、国や企業の意思決定に関わる経営者、家族を支えていく家計に求められるのは、状況を正しく把握し、新しいシステムをデザインしていくことです。社会システム、生産性の高い働き方、愛する家族と過ごす場所や時間を新たにデザインすること。そのために必要なのはエビデンスです。
人が活動している地域や時間は、これまで曖昧にしか把握できていなかったので、正しい政策や経営の判断,個人の意思決定は難しいことでした。しかし、今後は電力データの活用によって、これまでにない細やかさでわかるようになります。
こうしたエビデンスを公共財として、広く活用できるようになると、国、自治体、企業、そして家計が、より正しい判断ができるようになり、多くの人たちに行動変容を起こせるようになります。私はより良い判断のできるエビデンスを与えてくれる電力データの活用に大きな期待を抱いています。
プロフィール
平井 崇夫氏
グリッドデータバンク・ラボ(GDBL)有限責任事業組合 チーフディレクター
1991年4月東京電力株式会社入社。同社にて配電、営業、技術開発、人材開発等の業務に従事した後、東京電力パワーグリッド株式会社藤沢支社長を経て、現在グリッドデータバンク・ラボ有限責任事業組合のチーフディレクターを務める。
清水 千弘氏
東京大学空間情報科学研究センター特任教授、日本大学スポーツ科学部教授、麗澤大学AIビジネス研究センターセンター長・都市不動産科学研究センター長(特任教授)。
1967年 岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学経済学部准教授・教授、ブリティッシュコロンビア大学経済学部、シンガポール国立大学不動産研究センター、香港大学建設不動産学部客員教授等を経て、現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、リクルートAI研究所フェロー、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究員なども歴任した。
専門は、指数理論・ビッグデータ解析・不動産経済学・スポーツデータサイエンス。
主な著者に、『市場分析のための統計学入門』、『不動産市場の計量経済分析』、『不動産市場分析』、『不動産テック』など。国際的な学術誌には50本以上の論文が公刊され、日本語での論文を入れると150本を超える。マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員を兼務する。総務省統計委員会専門委員等を務める。
関谷 翔
NTTデータ テレコム・ユーティリティ事業本部 ユーティリティ事業部 課長
2004年NTTデータに入社。通信や電力小売り等のテレコム・ユーティリティ業界を中心に、WEBチャネルや顧客管理システム等領域のアカウント営業や新規サービス企画等に従事。2018年よりグリッドデータバンク・ラボ有限責任事業組合のカスタマサービスチームマネージャーを務める。
電力データ活用に関するご相談・会員参画等のお問い合わせ
グリッドデータバンク・ラボ 有限責任事業組合
東京都千代田区一番町 13-1 新半蔵門ビル 1階
E-mail:support@gdb-lab.jp
URL:https://www.gdb-lab.jp/