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ウェルビーイングとは何か?
ウェルビーイングとは端的に言うと「身体的、精神的、社会的に満たされた状態」を意味します。ウェルビーイングという言葉は抽象的な概念であり、また多くの側面を持つため様々な用語や定義が存在しますが、この理解をしておけばおよそ間違いはありません。なぜならこれはWHO設立時において”Well-being”という言葉が用いられた時の定義によるものですが、その後のウェルビーイング研究の歴史においてもその意味はこの定義の範疇に収まっているからです。
次に、様々な側面があるウェルビーイングについて、近年注目されている領域を見ていきましょう。図1にウェルビーイングとは何かについて主要学説をもとに整理した図を示します。
まず測定方法として主観、客観の違いがあります。歴史的経緯としてはまず測定しやすい所得等の客観指標をベースにウェルビーイングの研究が行われました。しかし1970年代に所得と主観的な幸福度がほとんど相関しないという「幸福のパラドックス」がリチャード・イースタリンらによって提唱され、以降、主観的側面の解明が心理学研究の主流となっています。
さらに近年注目されている領域としては「持続的ウェルビーイング」があります。これは一時的な快楽のような幸福ではなく、長期的で包括的な心理的幸福であり、このような幸福こそがこれからの時代に必要であるとして注目されています。
私たちが今、ウェルビーイングに取り組むべき理由
なぜ今ウェルビーイングなのか?というところを明確にしておきましょう。2022年現在、私たちがウェルビーイングに熱心に取り組むべき理由について、国際社会や政府の視点、市場の視点、企業の組織マネジメントにおける視点から整理したものを図2に示します。
まず、国際社会や政府の視点において、SDGsのゴール3として「Good health and Well-being」という目標が掲げられ、日本政府の社会構想であるSociety5.0にも含まれウェルビーイングダッシュボードやKPI策定が進んでいます。
市場の視点からは投資家向けの重要指標であるESG指標にウェルビーイング関連指標が含まれ、またウェルビーイング関連テクノロジーの関連市場は大きく試算されています。技術の面では従来は難しかった心理や身体状態の推定がAIやセンサによって可能になってきています。
企業の組織マネジメントにおいては優秀な人材の確保や、生産性の向上、COVID-19以降のニューノーマルへの対応、人的資本情報開示の義務化の流れを受け、従業員のウェルビーイングに関する取り組みが進んできています。
以上より、私たちが今、ウェルビーイングに取り組むべき理由は十分揃っていると言えます。
ウェルビーイングを支援するアプローチ
それではどのように人々のウェルビーイングを支援すればよいのでしょうか?
図3は個人のウェルビーイングを支援するためのプロセスを抽象モデルとして表したものです。このモデルはNTTデータが、NTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司氏の協力のもとで策定した個人のウェルビーイング支援の枠組みです。このモデルの有用性は、ウェルビーイング支援に関する関係者間の認識のすり合わせや、ウェルビーイング向上施策に関する議論の土台として役立てられることにあります。
このモデルでは、個人のウェルビーイング状態を4つの状態として表しており、人間のウェルビーイング状態は、時間の経過とともに波のように変化し、この4つの状態を遷移するものとしています。そしてウェルビーイングを支援する方法として、「持続支援」、「発見支援」、および「回復支援」というアプローチを定義しています。
「持続支援」は、Positiveな状態にあるときに、その良好な状態を継続維持するための支援です。例えば、「健康的な食生活を心がける」といった自己規範を設定した上で、具体的な「野菜を毎日3食摂る」等の行動を継続し、良好な状態を持続させるための手助けを行います。
「発見支援」は、特にNegativeな状態に遷移しつつあるときに、一度立ち止まり、振り返りや新たな体験によって、良好な状態へと立て直すための支援です。自分が気づいていない疲労や、今の生活や仕事内容に関する違和感、明確に言語化できていない欲求、このような無意識下にある欲求や不満を意識化するための機会を提供する支援です。
「回復支援」は、Negativeな状態に陥ってしまった場合に、他者やコミュニティ、行政等の支援による困難の克服や環境変更等の方法によって回復へと向かうための支援です。この状態においては、他者との倫理的で継続的な関係に基づく支援を経て、レジリエンス(回復力)を構築する必要があります。そして、困難の克服や環境変更等の、危機的状況からの回復ルートが示されると、Positiveな状態へと遷移していきます。
ウェルビーイングを支援する技術
次に、ウェルビーイング支援プロセスモデルにおける、主に「持続支援」に対して技術的にアプローチするためのフレームワークを示します。このフレームワークでは、(1)ユーザ理解技術、(2)施策最適化技術、(3)効果測定技術を用いて、生活者の良好な状態を持続するために行動変容を促し続ける伴走(ナーチャリング)を行います。
これらの技術がウェルビーイングの「持続支援」に関してどのように機能するかを簡単に述べます。
まずユーザがどのような状態にあるかを把握する必要があり、ここで「(1)ユーザ理解技術」を用いた測定を行います。次に、把握したユーザの状態を考慮した上で、ユーザによって設定された目標や自己規範に沿った適切な改善施策を「(2)施策最適化技術」を使用して提示します。例えばユーザが自身の成長に動機づけられるのであれば、その成長につながるような施策を提示し、効率的であることを重視するのであれば、できるだけ短い時間で達成できる施策を提示し、ポイント報酬等のインセンティブに良く反応する特性をもっているのであれば、そのような施策を提示します。
最後に「(3)効果測定技術」を用いて、施策を実行した結果を測定し、状態の計測値や、施策最適化ロジックにフィードバックします。
ウェルビーイング持続支援の土台となるNTTデータの顧客理解AI技術
ウェルビーイング支援の技術的フレームワークの中で、特に「ユーザ理解技術」はプロセス全体を実現するための第一歩として重要です。ユーザの価値観や感情の状態をまずは測定しないことには、ユーザに寄り添った効果的な改善策が導けないためです。一方でその難しさとして、ユーザの性格や価値観等のサイコグラフィックデータと呼ばれるものの測定は技術的に難しいと従来言われてきました。そこでNTTデータはこの課題を解決するために、独自のAI技術を用いて生活者の行動データからユーザ理解を行う「顧客理解AI技術」に取り組んでいます。顧客理解AI技術は生活者のSNSの投稿やGPSデータ等の非構造パーソナル行動データをもとに、個人の幸福度や、性格・価値観・趣味嗜好等の心理特性や生活習慣を高い解像度で推定するAI技術です。
顧客理解AIを用いることで、“個人個人”の心理的特性の理解に基づく新たな顧客アプローチによるビジネス変革が可能です。具体的には以下のような効果が期待できます。
- 性別、年齢、職業、地域等のセグメンテーション単位ではなく、お客さま一人一人の価値観に基づくサービスの提供を実現
- モノを売るだけでなく、食/ファッション/移動/医療等の体験を向上させるサービスの提供を実現
- ユーザの心身の健康状態や、時間的変化を考慮した先回り等、「伴走」(ナーチャリング)アプローチにより、顧客生涯価値の最大化を実現
AI倫理の観点からの議論
特にパーソナルデータの扱いや個人に対するサービスにおけるAIモデルの利用については、AI倫理の観点からの議論が必要と考えられます。近年の動向として、2019年にThe European Commission’s High Level Expert Group on Artificial Intelligenceによって策定されたTrustworthy AI(略称)において、Trustworthy AI の満たすべき具体的条件は以下のように列挙されています。
- 人間の主体性および人間による監視
- 技術的ロバストさと安全性
- プライバシー保護とデータのガバナンスができている
- 透明性
- 多様性、非差別性、公平性
- 環境および社会的な幸福への寄与
- アカウンタビリティ
ウェルビーイングを支援するテクノロジーについても、このTrustworthy AIの具体的条件に照らして、様々な論点が抽出される必要があります。例えば、行動変容のためのAIによるレコメンドが人間の主体性を脅かすことはないか、主観的心理という対象について推論のロバストさをどのように考えるか、パーソナルデータのプライバシー保護、性格、価値観に関する診断において性別や人種に関係するバイアスはないか、といった論点について今後も議論を行っていく必要があります。
NTTデータではこのようなAI倫理側面からの議論も含め、人々のウェルビーイングに貢献する技術の開発、そして持続可能な社会の実現に向けて今後も取り組みを進めていきます。