個人のデータをプラットフォーマーに握られる危うさ
世界中の人々が写真や動画、音楽などのデータをそれぞれの端末で自由に楽しむ現代。こうしたデータはおのおのの端末に保存されていることもあれば、プラットフォーマーが所有するサーバーに保存されていることもあります。では、これからの時代、各人が持つ膨大なデータの保管場所はどうなっていくでしょうか。
たとえばスマホにある写真データ。皆さんはどこに保存していますか?ある調査によればデータをスマホ本体にそのまま保存している方の割合が88.4%。クラウドに保存している方、micro SDカードに保存している方がそれぞれ30%程度。スマホ本体に保存している場合、万が一スマホを紛失した場合や故障、機種変更などした場合にデータをどう移行するのか、課題となります。そのような煩わしさを避けるためにも、micro SDカードやクラウドストレージに保存するという方法は今のところ有効なのかもしれません。しかし、クラウドストレージに保存しておけば万全なのでしょうか。実はそういうわけでもないのです。
図1:スマートフォンで撮影した写真データの保存方法
クラウドストレージを利用する限り、サービスのルールに従わなければなりません。たとえばGoogleフォトのサービスは、以前は無料、容量無制限で使用できました。しかし2021年5月末で、15GBまで無料というルールに変更されたのは記憶に新しいのではないでしょうか。またappleのストレージ利用プランも2022年に月あたり100円ほどの値上げが敢行されました。こうした料金変更、ルール変更は今後も大いに可能性がありますが、利用するサービスを変更する場合には大量のファイルを移行する手間がかかります。
そこで、プラットフォーマーに依存しない解決方法をとる方々もでてきています。InternetWatchというサイトに出ていた記事によれば、Googleフォトが有料となるタイミングでNAS(※1)を利用して自宅にストレージサーバーを構築し、そこにファイルを保存する人が出てきたというのです(※2)。また別の記事では、Twitterからマストドンというサービスに移行した方が、およそ100万人いるという内容が紹介されました(※3)。Twitterでは利用していないアカウントを削除するとか、アカウントの利用を有料にするといった方向性もしばしば聞かれるようになっています。そこでネット上のサーバーに個人用の領域を設け、自分自身でサーバーを管理するわけです。
どちらの記事も、自分自身でデータを管理する時代に突入したことを示しているといえます。これまでのプラットフォーマー上でのデータ管理は中央での集中管理。一方新たな動きとして、サービスとデータを分離させた個人による分散管理。この2つの手法が今、並立しているのです。この分散管理型を選択すれば、いざという時に自身が所有するデータを苦労して移行する必要はなくなります。
個人のデータをプラットフォーマー側が握っていた状況では、プラットフォーム上で快適なユーザーエクスペリエンスを享受できていました。それがいまは、個人の情報管理をプラットフォーマーに依存せず、快適なユーザーエクスペリエンスも享受できるという方法も確立されつつあるのです。その方法の一つが、Web3.0の世界で活用される手法です。
図2:個人のデータの管理方法の変化
ネットワークに直接接続された記憶装置。
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/topic/special/1327032.html
https://jp.reuters.com/article/twitter-m-a-mastodon-idJPKBN2RY0BL
Web3.0における、個人のデータの管理方法
Web1.0の世界ではネット上で世界中の情報にアクセス、文献などを読めるようになりました。続くWeb2.0の世界ではRead(=読む)だけでなく、Write(=書き込み)、発信ができるようになっていく。そして来るWeb3.0は、情報を所有しながら活用できる時代です。Read、Writeだけでなく、Own(=所有)までできる。個人の情報は個人の管理化におかれ、それらの情報を接続するネットワークがインターネットです。今、時代はWeb3.0に移行しつつあります。そこでは、個人のさまざまな情報が自律分散的に管理されるようになっていくでしょう。いわば、サービスとデータが分離される時代になっていくのです。
個人個人が情報をオウンする状況では、一体何が起こるでしょうか。
たとえば「コンビニチェーンAで何かを購入した」という情報はコンビニチェーンAに蓄積され、次の買い物時に似たような商品をリコメンドするといったサービスに利用されることがあります。しかしこの情報は、いまはまだコンビニチェーンBでは活用されません。個人の情報はさまざまなプラットフォーマーごとに分散して管理され、自分自身に関わる情報がすべて集約される場は、現在のところ存在していないからです。
しかし、Web3.0の世界ではデータを管理する場所ができ、そこに個人のさまざまな情報をためておき、使うサービスに応じて利用していくという構図になると考えられます。この構図では、個人は自身のデータをスマホや自身のサーバー上に保管し、同じ場所で各サービスを実行し利用します。
図3:Web3.0の社会におけるデータ管理の図式
各自が自分のデータを置いておき、サービスを実行する場所はスマホ、クラウドストレージ、あるいは情報銀行といった専門のサービスを自身で選択します。情報銀行に預けるまでは至らないまでもスマホにデータを留めておくのはちょっと怖いという方は、前述のNASやマストドンなどのような、マイサーバーにデータを蓄積するといった選択もあるでしょう。こうしたいくつかの選択肢が並立して存在するのが自律分散型社会だと、私は考えています。中央集権的にデータを管理されるのではなく、自分でデータを管理する未来ですね。
すでに複数の金融機関では、口座開設の際に利用するアプリをダウンロードして使う、といった手法が導入されています。こうしたスタイルがあらゆる分野で主流になっていくのがWeb3.0の世界なのです。
図4:Web3.0の社会では、データの置き場所を選べるようになる
必要になる新技術
では、自分でデータを管理し、データの置き場所を選ぶためには、どんな新技術が必要になるでしょうか。ここでは3つの種類に分けてみていきます。
1つ目はマイサーバーで必要になる基礎技術です。マイサーバーは単なるサーバーではありません。各企業が都度サービスを立ち上げることなく、各マイサーバー上でサービスを動かす。そのために必要なのが、スマートコントラクトという仕組みです。これはブロックチェーン上で自動的に契約を実行する仕組みで、ある契約や取引について特定の条件が満たされた場合にのみ、決められた処理が自動的に実行されます。個人個人がプラットフォーマーに依存せず、それぞれの端末でより自由にサービスを利用できるようにするものです。
マイサーバーサービスとしては、マストドンのほか、ニュージーランドのMy SNSなど、少しずつサービスが出てきています。
2つ目は本人認証に関する技術です。マイサーバーの乗っ取り、なりすましなどを避けるための仕組みですね。ここではマイナンバーカードを利用した認証が一般的になっていくであろうと思われます。
そして3つ目がデータ活用の同意技術。個人情報の提供の際、個人情報取り扱い規約に同意することでデータ活用が始まります。しかし、いまは一度規約に同意してしまうと、延々とDMが送られてくるといった状況が多々見られます。こうした状況を避けるために、自身の同意履歴をいつでも確認でき、いつでも同意を取り消せるような仕組み、技術が求められるようになるでしょう。また、個人情報取り扱い規約をじっくり読まない方も多いですよね。これに対し、ここはしっかり読んでほしい、ここは注意深く読まなくてもいいといった同意の半自動化を実現する技術も必要とされてくるでしょう。
図5:デジタルな同意管理とは?
NTTデータではこの分野に関し、ConsentWallet®というサービスを提供しています。本サービスを使えば個人利用者はいつでもどこでも自身の同意を管理できる。一方企業は、本サービスを見れば使えるデータを一覧できます。
図6:ConsentWallet
自律分散型社会がめざすもの
さまざまなサービスをプラットフォーマーの側で動かすのではなく、自身でダウンロードし、所有するデータと掛け合わせて便利に利用するという新しい時代。個人のデータはワレットや情報銀行、マイサーバーなど多様な場所に置かれるようになっていきます。技術に詳しい方はマイサーバーに、あまり詳しくない方は情報銀行に、といったように、自分にあった方法を選択できる。これは真の自律分散を意味し、自身でさまざまなことをコントロールできるようになる世の中を意味します。
プラットフォームに依存せず自身でデータを管理することは、個人それぞれが主人公として自身の人生を生きていくことにもつながっていくでしょう。たとえばこれまでは、私たちのスキルに関する情報、職務経験に関する情報などは、企業の中で管理されてきました。これを自分の手元に置くことができ、管理することができれば、もっと自由に、もっと主体的に仕事を選ぶことができるようになるのではないでしょうか?それが自由にできるようになれば、出世のために出産、子育てを諦めるというようなこともなくなるでしょうし、誰もが同じようなキャリアルートを描くのではなく、多様性をもった、複数のあなたのためのキャリアルートができるのではないでしょうか?それこそが、データを個人が管理することで主体的に人生を生きていく、主人公として生きていくことになるのではないかと考えます。
データを自身で管理し、必要な時に使い、パーソナライズされたサービスを受ける。国や自治体、企業に依存するのではなく、適切な距離を保ちながら共存していく。自律分散型社会がめざすのは、そんな自分が自分らしく生きていける世界です。
本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。