76%の企業がハイブリッドクラウドを活用している
長きにわたり企業におけるサーバーの構築は、その企業ごとに独自に構築するオンプレミスや仮想環境が一般的だった。しかし、クラウドの登場で集中へのモメンタム(方向性)が加速した。その後、さまざまな種類のクラウドが登場し、昨今では経済安全保障に対応したソブリンクラウドも注目されている。さらに、センサー技術やAI技術、ネットワーク性能などの技術進化によりエッジコンピューティング等も注目を集め、分散へのモメンタムが強くなってきている。
集中と分散のモメンタム。この状況をNTTデータのクラウドエバンジェリスト 本橋 賢二は、「IT業界では、いままでも集中と分散のモメンタムが歴史的に繰り返されてきました。今後もクラウドによって集中が進んだ状態から、エッジの普及により、少しずつ分散が進んでいくと予想しています。オンプレミスや仮想環境といった従来のIT環境や、さまざまなクラウド環境に加え、エッジも含めてハイブリッドにマネージド(管理)していくことになるでしょう」と語る。
ハイブリッドクラウドは、「AIやIoTなどの先端テクノロジーを素早く取り入れ、変化するユーザーニーズに対応する先進性」と「電気や水道といった社会インフラを確実に稼働させる安定性」を両立させ、新たな価値を生みだすための鍵だ。ハイブリッドクラウドの活用によって、これらを両立できればサステナブルな社会の実現に近づく一助となるだろう。
NTTデータは、『(1)戦略を策定するコンサルティングサービス』、『(2)高品質なシステムを迅速に実現する開発サービス』、『(3)さまざまなクラウドを一元的に管理し、セキュアに保つ運用・管理サービス』、『(4)クラウドの自由な活用を実現するハイブリッドクラウドマネージドサービス』の4つの軸でハイブリッドクラウドの活用にトータルで取り組んでいる。
では、業界全体、そして社会において、今後、ハイブリッドクラウドの未来は、どのように進化していくのか。今回は、本橋に加えてそれぞれ立場の異なる4人のキーマンが一堂に会して意見を交わした。
なお、一般的には「ハイブリッドクラウド」とはオンプレミスとクラウドを併用する形を指すだが、本セッションでは便宜上、複数のクラウドを使う構成(マルチクラウド)も含めてハイブリッドクラウドと呼称している。
まずガートナージャパンの石川氏がハイブリッドクラウドの現状について、「ハイブリッドクラウドがどの程度マーケットで使われているか、約700社にアンケートを取ったところ、約76%の企業が複数のIaaS(Infrastructure as a Serviceの略。ここではクラウドと同義で使用)を使っている」と解説してくれた。
実際にどういった形でハイブリッドクラウドが使われているのか。石川氏はこう続ける。
「ひとつは処理特性に応じた使い分け。例えば、認証基盤はAというクラウド、データベースはBというクラウドを使っているといった形です。2つ目は、フェーズによる使い分け。開発フェーズと本番環境で異なるクラウドを活用するケースです。3つ目は各国のコンプライアンスの要件に応じた使い分け。セキュリティの厳守や各国の施策への対応など、準拠すべき要件に応じて環境を分けており、最近、特に増えてきています」(石川氏)
この現状を受けて、日本マイクロソフト、VMware、Red Hatのハイブリッドクラウドの取り組みを見ていこう。
各社のハイブリッドクラウド戦略
「マイクロソフトは約10年、ハイブリッドクラウドのソリューション化に取り組んできましたが、4つの観点で整理された今はその集大成に近いと思っています」と語るのは、日本マイクロソフトの高添氏だ。図に沿って説明する。
1つ目の観点は『オブザーバビリティ(可観測性)』だ。マイクロソフトでは図の左側にあるAzureとしてパブリッククラウドを提供する中で、統合監視やセキュリティ態勢監視などの管理系サービスを生みだしてきた。この管理系サービスを使って「Azure Arc」というゲートウェイのような仕組みを用意し、図の右側にあるオンプレミス環境も含めたハイブリッドクラウド環境を管理・監視できるようにした。これにより、ハイブリッドクラウド全体の管理を1つの基盤で実現する。
管理系の機能がクラウド上に置けることで、オンプレミスの仮想化基盤をシンプルかつ高速なAzure Stack HCIとして提供しているのが、2つ目の観点だ。
さらに3つ目の観点として、オンプレミス上のAzure Stack HCI、Windows Server、そして、Azure Kubernetes Service(※2)をAzure課金で提供することで、オンプレミスのOPEX化(Operating Expenseの略で、事業運営費のこと)、もしくは、購買プロセスそのものの最適化を見据えているという。
4つ目の観点『オンプレミス IT のAzure化(ナレッジ、コード、運用)』は、AzureのPaaSをコンテナ化してオンプレミスに送り込むことで、ナレッジ、ソースコードや運用全体の最適化を図っていくというものである。
VMwareの小林氏は、「多くのお客さまがプライベートクラウド、パブリッククラウドを含めた複数のクラウドを利用している状況になっている」としたうえで、「アーキテクチャーの異なる複数のクラウドを使うということは、新たな複雑性を生み、それぞれのクラウドが分断されたサイロになっているという側面もある」と指摘する。そこで、VMwareでは、仮想化と抽象化のテクノロジーを使って、サイロになったクラウドを一元的に使っていく3つの“モダナイゼーション”を提供しているという。
「まず1つ目は企業がオンプレミスのプライベートクラウドで利用しているサーバー・ストレージ・ネットワークを仮想化し、データセンター全体をソフトウエアでコントロールする、インフラの“モダナイゼーション”。そしてこれをパブリッククラウド、エッジクラウドに拡張していくこと。2つ目は、プライベートクラウドとネイティブサービスまでを含めて、コストやキャパシティ、セキュリティを一元的に管理する運用の“モダナイゼーション”。そして、3つ目はアプリケーションの“モダナイゼーション”です」(小林氏)
Red Hatでは『Red Hat Open Hybrid Cloud』というビジョンのもと、アプリケーションプラットフォームを提供している。Red Hatの會田氏は「セキュリティを担保しつつ、ビジネスアジリティやビジネスフレキシビリティも担保してアプリケーションを開発できる環境の提供を通じて、お客さまのビジネスに寄与することを目指しています」と語る。
Open Hybrid Cloudの特徴は3つ。ひとつは、顧客が動作させたい環境をどこでも同じようなかたちで動かすことができること。2つ目がクラウドネイティブ開発。単なる開発ナレッジだけでなく、クラウドネイティブ開発を実現するための組織文化変革も含めて対応するノウハウを提供している。3つ目がITの自動化と運用管理。できるだけ人を介在させないで、運用管理行い、ヒューマンエラーを省くことを目指している。
ハイブリッドクラウド市場が抱えている課題
ここからは、キーマンたちが直接、意見を交わしつつ、ハイブリッドクラウドの課題、そして未来について深掘りしていく。口火を切ったのは、ガートナージャパンの石川氏。マーケットの観点から以下のように分析する。
「IaaSはここから4年くらい、年12%くらいの市場規模で成長していくと見ています。オンプレミスはマイナス成長だと思いますが、減り具合は−2.8%くらいに留まります」(石川氏)
つまり、企業は引き続きオンプレミスにも投資を続け、オンプレミスに追加する形でIaaSを使っていくだろうということだ。
この予測に対して日本マイクロソフトの高添氏は「マイクロソフトはオンプレミスにも多くのビジネスボリュームを持っていますが、需要は極端に減っていません。パブリッククラウドとオンプレミスの両方に投資をしているのが現状です」と同意する。
VMwareの小林氏は、「多くのお客さまがプライベートとパブリックのクラウドをハイブリッドで使っている現状からわかるように、ハイブリッドクラウドは、個々のシステム単位では、十分実用段階にあると考えています」と語る。その上で、以下のような課題を口にした。
「パイロットシステムでは問題なくハイブリッドクラウド化に成功したが、規模が大きくなると導入期間・費用の課題がよく出てきます。また、運用面の課題では、ハイブリッドクラウドではそれぞれのクラウドで異なるスキルやツールが必要なこと、そのスキルを持った社内人材が不足していること、そして、コストとパフォーマンスが本当に最適化されているのかが不透明なことがよく挙げられます」(小林氏)
ガートナー ジャパン株式会社 コンサルティング インフラ&プラットフォーム・オペレーション日本統括 エキスパート・パートナー
石川 昌宗 氏
ガートナージャパンの石川氏は、マーケットの観点から以下のような課題を示す。
「弊社への問い合わせでも、人材不足に関する問い合わせは多くあります。ネットワーク全体を見るネットワークアーキテクト、メインフレームとオープン系の知見が深い技術者、トータルのクラウドを管理する管理者、契約や課金管理のスキルを持った人材、全てが足りていません」(石川氏)
「クラウドは使う側にとっては非常に便利で、さまざまなことが簡単にできます。一方で、導入する際には技術的に注意すべきポイントも多い。その部分を理解する人材をどう育てて確保するのかは大きな課題です」(本橋)
Red Hatの會田氏は、「ある特定のクラウドサービスに依存している、ロックインの状態であることに問題を感じているお客さまが多い」と指摘し、こう続けた。
「ロックインのリスクは理解しつつも、タイムtoマーケット、タイムtoバリューの観点から、特定のパブリッククラウドやオンプレミスのツールを使ってしまっています。ハイブリッドクラウド導入は、技術的にはもう可能な状態です。人・モノ・金・時間の制約の中、どの範囲で導入するか、しっかり検討する必要があります」(會田氏)
日本マイクロソフト株式会社 パートナー技術統括本部 シニア クラウドソリューションアーキテクト
高添 修 氏
「冒頭VMwareの小林さんもお話しされていましたが、クラウドのサイロ化も課題です。つまり、オンプレミスとパブリック、それぞれのクラウドのプロジェクトが完全に分かれており、トータルで見られていません」と語るのは、日本マイクロソフトの高添氏だ。
「ハイブリッドクラウドソリューションは、ネットワークも重要です。ネットワーク側の制約をうまくクリアすることでその効果をさらに高めることができると思います」(高添氏)
「ハイブリッドクラウドでは、オンプレミスとパブリックをつなぐときに、どう閉域を実現するかという課題も出てきますね」(本橋)
課題解決のヒント
では、これらの課題を解決するために、VMware、Red Hat、日本マイクロソフトでは、どういった取り組みを行っているのだろうか。
VMwareは冒頭でも触れたとおり、仮想化、抽象化のテクノロジーを中心に、幅広いパートナーエコシステムを活用して、クラウドのサイロを取り除くことに取り組んでいるという。
ヴイエムウェア株式会社 クラウドサービス技術本部 本部長
小林 政明 氏
「VMwareの“モダナイゼーション”サービスを利用すると、たとえば、NTTデータ、マイクロソフトを始めとして、AWS、Google Cloud、Oracleなど、パートナー、ハイパースケーラーのクラウドサービス上でもVMwareのテクノロジーを利用できます。それにより、アプリケーションのアーキテクチャーを変更しなくても、短期間でクラウド化が実現可能です。また、オンプレミス環境でこれまで使い慣れたテクノロジーがベースなので、ナレッジや人材の有効活用ができ、リスキリングの費用や時間を大幅に削減できます」(小林氏)
レッドハット株式会社 執行役員 ソリューション営業本部 本部長
會田 喜弘 氏
Red Hatの會田氏は、これまで挙げられたさまざまな課題を解決し、ハイブリッドクラウドの価値を最大化するために以下の3つの要素が重要だと語る。
- (1)シームレスに、人・モノ・金・時間をかけずにハイブリッドクラウドを実現するツール
- (2)クラウドネイティブ開発の実践方法を学ぶプロセス
- (3)ハイブリッドクラウドを導入するための経営判断などをスピーディー、フレキシブリーに行える企業文化
Red Hatではこの3要素についてそれぞれ、顧客のIT部門、開発部門、経営層と対話しながらクラウドのメリットを最大限享受できるようなシステム環境や体制の実現を支援する取り組みを進めている。
日本マイクロソフトの高添氏は2人の話を受けて、「企業には、さまざまな選択肢のなかから、一番いいものを選んでほしい」と語った。
最後に、本橋の言葉で本稿を締めたいと思う。
「クラウドは目的ではなく、あくまでも手段です。日々、複雑化するIT環境やITニーズに対し素早く、効率よく対応するためにある。達成したい目的や解決したい課題を踏まえて、適切なクラウドを選定できるよう、NTTデータとしても支援していきます」(本橋)
本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。