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2024.5.7技術トレンド/展望

自己主権とブロックチェーン 社会実装に向けて

ブロックチェーンへの注目が高まっている。この背景思想には「自己主権」というキーワードがあり、電子的に自己主権を実現できる手法として期待されている。しかし、ブロックチェーンをビジネスとして社会実装する際には、自己主権の思想をそのまま適用しにくい。技術開発に取り組む者はどのような姿勢でブロックチェーンの社会実装を考えるべきだろうか?本稿では、技術とビジネス双方の観点からその解説を試みる。新規技術開発に取り組む方々にとってこの考察が有用であることを願う。
目次

技術に伴う思想背景

自己主権

資本主義経済が発達し、サービスの高度化が進む中で、インターネットは重要な役割を果たしてきました。WWW(World Wide Web)によって世界中の情報にアクセスできるようになったほか、これまで困難であった情報を集約することでより高度なサービス形態が生まれてきました。

従来、地理的・物理的要因によって、選べるサービスに制約がありましたが、現在は多くの高度なサービスが存在するため、消費者は選択をできるようになるか、あるいは選択を迫られる状況となっています。

たとえば、それまで近隣の店舗での購入が一般的でしたが、現在は情報が集約された大規模販売店や特色を持った遠隔地の販売店など、さまざまな選択肢が登場しています。また、コンテンツ流通にも同様の変化が見られます。従来はレコード店で購入されていた音楽コンテンツも、今やインターネットを介して配信されるようになりました。これにより、人間が生涯で消費できる量を遥かに超える速度でアクセス可能になっています。

このように情報を中心として活動が行われる社会は「情報化社会」と呼ばれています。この社会形態がさらに進化すると「高度情報化社会」や「ユビキタス社会」と呼ばれる段階に至ります。これらの新しい社会の形態において、自己主権への関心が高まっていると考えられます。

先述のようなサービスが成熟し、似たサービスが多数台頭するようになってきました。このように選択の幅が広がった状況において、消費者は必ずしも誰にとっても優れたものを求めるのではなく、個人に合ったサービスを選ぶことが自然な行動となっているのではないでしょうか。実際、トレンドになっているキーワードとして、「パーソナライズ(広告)」、「ダイバーシティ(人権)」などがあります。このように、個人の立場として、自分にあったサービスを選択したいというのは、基本的な要求であると言えます。

一方、近年の社会課題として、GAFA:Google(Alphabet)、Apple、Facebook(Meta Platforms)、Amazonに代表されるビックテック企業による情報の寡占が注目されています。これらの企業が提供するブラウザやアプリなど、情報を得る多くの手段がビックテックのプラットフォームに依存しています。これらの企業はプライバシー情報に限らず、個人の情報を大量に入手することができ、パーソナライズされたサービスを提供する上で重要な役割を果たしています。しかし、これが寡占経済やプライバシー権保護の観点から問題視されており、ビックテック企業が価値ある情報を独り占めし、多くのサービスがビックテック企業に依存している状況が課題とされています。

つまり、情報基盤上のID(アカウント番号など、個人やデバイスを識別するための一意の情報)の管理は基本的にGAFAなどのプラットフォーマーに依存しているということです。真のパーソナライズへの要求に応えるためには、情報基盤上のIDも、IDに関連した実体によって完全にコントロールされる必要があります。この問題は、通常の市場経済では解決できないため、社会課題として扱う必要があります。このような流れから、個人と社会の双方から自己主権への要求が高まっているものと考えられます。

ただし、実際の社会システムの構成を考えると、完全な自己主権の実現は非常に困難です。自己主権への要求は、情報化社会における要求ですが、現実には人間が何かに頼らずに社会を成立させることは不可能です。究極的には、国家が最終的な解決策を提供する役割を担い、国民はその判断を信頼して頼る必要があります。日本では、たとえ情報化社会における問題であったとしても、最終的には行政、立法、司法の裁定によって問題を解決しなければなりません。

例えば、ネット上の誹謗中傷のトラブルでは、メッセージのやり取りは当事者間によって行われ、メッセージアプリケーション提供者は直接関与していません。この考え方に基づけば、誹謗中傷を行った本人だけが訴追されるべきです。しかし、現実はそうではなく、メッセージアプリケーションの提供者にも責任が発生する場合があります。国家は、誹謗中傷の手段を提供する行為(幇助)に対しても介入し、全てが自己責任ではないという考え方を採用しています。誹謗中傷を行う手段の提供者にも一定の責任を求める立場をとっているのです。

このように、現実の問題について国家は規制を行う存在です。もし完全な個人主義が採用されれば、多くの問題が国家の管轄外となり、自己責任に委ねられて国家の保護を受けられなくなるでしょう。しかし、個別の主権は国家にある程度供託し、ある程度のところまでは国家に保護してほしい、という要求も人間は持っています。このような現実の存在による実体の保護と情報基盤上における自己主権への要求のバランスの調整について、実際の社会実装においては留意が必要です。

ブロックチェーンと自己主権の呼応

ブロックチェーンは、情報基盤上で自己主権を実現できる手法として有力です。一番の特徴は、情報基盤上におけるIDをその実体が理論上フルコントロールできる点です。中央集権的なサーバーを持たないアーキテクチャーにより、このようなフルコントロールが原理的に可能になっています。

しかし、純粋なブロックチェーンをそのまま社会実装することは現実的ではありません。単純なミスによって資産を失うことや、攻撃により被害を被った場合に中央集権的な存在からの保護を受けることができず、社会システムを維持することが困難になります。そのため、さまざまな場所に一定の信頼を置くことで、適度な自己主権を確保する調整が求められます。

さらにここで重要なのは、「ブロックチェーンは、情報基盤上で自己主権を実現できる手法として有力です」と示したとおり、「できる」だけであって、ブロックチェーン自体が必然的に自己主権を実現する技術ではないことです。ブロックチェーンでの自己主権性は技術的な前提条件(※1)があって初めて成り立つものです。

図:自己主権を実現するための土台となるコンセプトのレイヤーイメージ ブロックチェーン技術の特性は、様々な分野の前提を元に初めて成り立ちます。 一方、自己主権を実現するためには重要なコンセプトであると考えます。

図:自己主権を実現するための土台となるコンセプトのレイヤーイメージ
ブロックチェーン技術の特性は、様々な分野の前提を元に初めて成り立ちます。
一方、自己主権を実現するためには重要なコンセプトであると考えます。

(※1)

例えば、ブロックチェーンの検証者は独立した存在であること、ブロックチェーンでの認証(秘密鍵)は自己管理されていることなどが前提条件としてあります。

ブロックチェーンビジネスの誤解

ビジネスと思想との乖離

自己主権の思想は、自覚されるほどには広がっていません。情報社会上に多くのサービスが提供されているので、ほとんどの人は無意識のうちに自己主権への志向を持っています。しかし、これが社会レベルでの動きであり、国家のあり方のレベルで調整が必要な壮大なものであることは広く認識されていません。

ビジネスを立ち上げる際は、100%完璧とはいかないまでも、社内外問わず上位層から下位層まで背景理解を浸透させていくことが最も重要です。ブロックチェーンのビジネスホルダーは多かれ少なかれ、ビジネスをするためにこういった背景思想を理解しているものと考えられますが、実際にステークホルダーを適切に巻き込んでいるビジネスはほとんどないと言えるでしょう。筋の通ったビジネスとして実現・成功するまでに多くのステークホルダーを巻き込み理解させ変えていかなければ、ブロックチェーンは単なる技術として独り歩きしてしまうでしょう。

これが「ブロックチェーンは技術ではなく、コンサルティングビジネスである」と言われる理由です。なぜならば先述の通り、ブロックチェーンは本来的に自己主権を実現する技術なのではなく、自己主権を実現することのできる基盤、基礎に過ぎないからです。

社会実装への道筋

ブロックチェーンビジネスとされる市場規模は年々拡大しており、Emerging(新興)領域の技術ではなく、Growth(成長)領域の技術であるとして語られています。しかし、本当にEmerging領域を脱したと言えるでしょうか?ブロックチェーン技術自体は規模が大きくなり、成長していることは間違いありません。しかしながら、思想から技術まで筋の通ったビジネスが実現できているかというと、まだまだ非常に少数であり、依然としてEmergingであると主張したいと思います。

ブロックチェーンと一言に呼んでいても、人によっては、純粋なコンセプトに基づくブロックチェーンを想像する一方、技術的に分類されるブロックチェーン単体を想像する人もいます。(※2)ブロックチェーンの社会実装の黎明期である現在、先述のように技術の根底、基礎の理解を合わせること、願わくば国家・国際レベルで理解を広げていくことが求められています。そうしないと、単なる「おままごと」と呼ばれるような未成熟なビジネスを量産するばかりになると筆者は危惧しています。

インターネットは今や当然の技術となっており、情報に関わる人に聞けば、「抱える課題は何か?」「何を可能にした技術か?」「ベストプラクティスは何か?」といった基本的な質問に対して、完璧ではないまでも広く理解されている答えを得られます。

技術分野の例として、クラウドの出現も黎明期にはベストプラクティスが定まっておらず、誤用が多発していました。ブロックチェーンも、技術の言葉が独り歩きし、本来の性質が生かされていない黎明期の状況にあります。ブロックチェーンを真に普及させていくためには、インターネットの普及と同様、国家・国際レベルでの理解をそろえ、さまざまな制度のもと無意識的に使われる存在をめざさなければなりません。

(※2)

例えば、ブロックチェーンでよく言われる「非中央集権制」というキーワードがありますが、ブロックチェーンのネットワークを特定の1社のみで保有している場合、他所から見て非中央集権制があるとは言えません。

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