CO2排出量削減努力を正当に評価するための制度
--EUのCBAMが動き始めました。2023年10月に移行期間が始まりました。まずCBAMとは何か、日本企業への影響を含めてうかがいます。
経済産業省
産業技術環境局 地球環境対策室長
高濱 航 氏
高濱 EUのCBAMは製品をつくる過程で排出したCO2の量を、製品の価値に反映させるための制度です。ネジを例に説明しましょう。CBAMによって、ネジをつくる際に発生したCO2排出量に応じた課金が行われます。少ないCO2排出量でつくったネジへの課金は少なくなります。移行期間は2025年末まで。2026年1月からEUにCBAM対象製品を輸出する場合には、CO2排出量に応じた課金がなされます。制度としてはEUの輸入者への課金となりますが、実態として、輸出側の日本企業への影響も大きいと考えられます。
NTTデータ
法人コンサルティング&マーケティング事業本部
サステナビリティサービス&ストラテジー推進室 室長
南田 晋作
南田移行期間中に報告が求められているのは6品目。セメント、電力、肥料、鉄・鋼鉄、アルミニウム、水素です。また、品目によっては、高濱さんが例であげたネジのような若干の下流製品も対象に含まれています。将来的には、対象品目が追加される可能性があります。CBAMの根底にあるのは、CO2の排出を減らす努力をした企業が、そうでない企業との競争で不利にならないようにするという考え方です。EUのCBAMが実際に動き始めた以上、対象製品をEUに輸出する企業は対応せざるをえないでしょう。移行期間中に、しっかり準備をしておく必要があります。
--EUのCBAMに対応する際、注意すべきポイントをお聞きします。
高濱ネジの例で続けると、自社の工場が排出した量だけでなく、鉄鋼など原材料を生産する際のCO2排出量もカウントする必要があることです。ネジの製造者は、鉄鋼の供給者に対してCO2排出量のデータ提供を求める必要があります。快く応じてくれれば問題ありませんが、CO2排出量の算定には一定の負荷がかかるので、そうではないケースもあるでしょう。また、鉄鋼の購入先が日本企業ならまだしも、海外の企業となると情報収集はより難しくなるでしょう。
NTTデータ
法人コンサルティング&マーケティング事業本部
サステナビリティサービス&ストラテジー推進室
コンサルティング担当 課長代理
齋藤 春香
齋藤日本の輸出者から見れば、EUの輸入者は顧客です。その輸入者から突然エクセルの表が送られてきて、データの記入を求められた日本企業は少なくありません。その話を聞くと、「どう答えればいいのか」「CBAMとは何か」といった反応も多い。また、CO2排出量を調べるにあたって「自社内のどの製造プロセスが該当するのかわからない」という声もあります。サプライチェーンの上流に遡るとなるとハードルはさらに上ります。
いち早くCBAMに対応して競争力を高める
--顧客からデータ提供を求められれば、EUにCBAM対象製品を輸出している企業は対応せざるをえないと思います。
齋藤厳密にいうと法律上の義務はEUの輸入者に対してかかるので、日本の企業が回答する義務はありません。ただ、ネジならネジという製品分野ごとに、有利とはいえないデフォルト値の排出量が適用されます。輸入者はその値を使って当局に報告します。
高濱2026年からは、その報告に基づいて輸入者への課金が始まります。そのコストを誰が負担するかは、ビジネス上の交渉の問題です。例えば、輸出者が強い立場にあれば「追加コストが発生するなら買ってもらわなくて結構」といえるかもしれませんが、そうでなければ「CO2を排出したのはそちらの責任だ」といわれてコスト負担を受け入れざるをえなくなることも考えられます。
図1:CBAMスケジュール
--移行期間中の課金はないとはいえ、対応のための手間やコストはかかります。CBAMへの準備が必要とわかっていても消極的な日本企業は多いかもしれません。
高濱受け身の対応もありうるでしょう。しかし、これを一つの機会と捉えることもできます。市場での自社の評価を高め、それを競争力として成長を目指すというシナリオは十分に考えられます。
南田EUの輸入者から送られてきたエクセルの報告書に戸惑う企業が多い中、いち早く準備を進めて対応すれば差別化の要素になります。輸入者の間で、「あの企業はきちんと対応してくれる」という評価が生まれる可能性もあります。顧客の立場に立てば、今の段階でCO2排出量を計測してくれるだけでもありがたいことです。これをきっかけに、欧州での存在感を高める日本企業もあると思います。
図2:カーボンリーケージとCBAM
脱炭素を加速して有利なポジションを得る
--EU以外の国や地域でもCBAMと同じような仕組みは検討されているのですか。
高濱例えば、英国は2027年までにCBAMを開始することを発表しました。。米国や豪州でも検討が進められています。CBAMへの準備ができなければ、最悪の場合、その企業はこれらの市場から排除されるかもしれません。その点も早めの準備が大切な理由の1つです。最初はハードルと感じる部分が多かったとしても、EUのCBAMに対応することで得た知見は、他の地域への輸出業務でも役に立つはずです。ただし、EUと他の地域のCBAMがまったく同じものになるわけではありません。対象品目やCO2の算定方式などが異なる可能性があり、注意が必要です。
南田脱炭素については、すでに世界的なコンセンサスがあると思います。CBAMという規制の有無にかかわらず、多くの企業は脱炭素に取り組んでいます。その動きを加速すれば、結果としてCBAMでも有利なポジションを得ることができる。EUのCBAMのための体制整備は先行投資の一環と捉えることができます。
「CBAMでも有利なポジションを得ることができる。EUのCBAMのための体制整備は先行投資の一環と捉えることができます」(南田)
高濱自社とサプライチェーンのCO2排出量削減に注力した企業は、新たな規制がつくられたとしても、競合企業に比べて追加的なコストを抑えられるでしょう。また、課金ではなく、努力した企業への補助金での支援といった制度を採用する国もあるかもしれません。
多様なプレイヤーが協力して目指す脱炭素社会
--日本政府はEUのCBAMに対してどのようなスタンスで向き合っているのでしょうか。
高濱脱炭素を進める日本企業がこの制度で適切に評価され、また、逆に不当に扱われることがないよう、欧州委員会との間で議論を続けています。現在、政府はGX(グリーン・トランスフォーメション)を掲げ、脱炭素に向けて積極的な取り組みを推進しています。キーフレーズは「脱炭素を力に」です。政府と民間、様々なプレイヤーが一緒になって脱炭素を加速する。CBAMへの対応はその流れの中に位置づけられます。
「政府と民間、様々なプレイヤーが一緒になって脱炭素を加速する。CBAMへの対応は、その流れの中に位置づけられます。」(高濱 氏)
--最後に、日本企業に向けたメッセージをお願いします。
齋藤ビジネスの現場において、脱炭素への関心が高まっていることを日々実感しています。ただ、EUのCBAMというテーマについては、これから理解をもっと深める必要があるでしょう。NTTデータとしては、その理解の段階から、CBAMに対応する日本企業をできる限り支援していきたいと思っています。
「脱炭素への関心が高まっていることを日々実感しています。CBAMに対応する日本企業をできる限り支援していきたいと思っています」(齋藤)
南田私たちは脱炭素への取り組みを社会全体で共有したいと考え、様々な活動を続けています。CO2削減への努力が正当に評価される仕組みづくりで、多くの日本企業に貢献したいですね。
高濱CBAMに対応するうえで専門性が求められる部分も多い。様々なエキスパートがこの分野の知見を深め、多くの日本企業をサポートすることを期待しています。
経済産業省×NTTデータ対談ウェビナー公開中『脱炭素を力に~EU-CBAMへの対応~』
本講演では、経済産業省の高濱 航 氏とNTTデータ南田 晋作が『脱炭素を力に』をテーマに、CBAMの制度概要・最新情報および日本企業が取り組むべき対応策などについて解説。さらに、対談を交え企業が気になる疑問に答えていきます。
著作・制作 日本経済新聞社(2024年4月 日経電子版広告特集)
脱炭素を力に ~EU-CBAMへの対応~
https://www.nttdata.com/jp/ja/trends/event/archive/2024/046/