デジタル・ガバメント実現の推進力としてのサービスデザイン思考
平成29年5月に政府のIT総合戦略本部が発表した「デジタル・ガバメント推進方針」(※1)は、国民や事業者が行政サービスの生みだす価値を享受できるよう、サービスのあり方に焦点を当て、デジタル社会に向けた電子行政の目指す方向性を示すものです。
本方針は冒頭で「電子行政を推進する目的は、行政のIT化による国民利便性の向上及び行政運営の効率化の実現にある。」と謳っています。そして、「行政サービスによって生み出される利用者にとっての価値」を最大化するために新たな取り組みを進めていく必要があるとして、その推進方針のひとつに「サービスデザイン思考に基づく業務改革(BPR)の推進」を掲げています。
“サービスデザイン思考”とは、サービスを利用する際の利用者の一連の行動に着目し、サービス全体を設計する考え方のことです。ここで対象となる「利用者」とは、国民や事業者だけでなく、サービス提供を行う国や地方公共団体の職員等も包含しています。
つまり政府は、サービス全体に着目してBPRを推進することで、行政サービスを受ける側・提供する側、双方の体験(UX)全体を最良とすることを目標としているのです。
サービスデザイン思考の重要性
方針の中では、過去の反省についても触れています。2001年e-Japan戦略では「すべての手続きをオンライン化すること」自体を目的として取り組みが進められました。しかしながら、単に紙の手続きをオンライン化しただけで利便性向上の取り組みがなく利用率が伸び悩んだことや、年間利用件数がほとんどない手続きまでオンライン化したために、費用対効果の低いシステムができてしまったということが起こりました。方針の中では、そういった利用者目線での取り組みでなかったことの振り返りも語られているのです。
たしかに、国民目線で見ると行政手続きとは、何かしたいことがある時にしなければならない行為であり、それ自体は目的ではありません。そうであるにもかかわらず、その行政手続きのために、平日の日中帯に時間を作り行政機関へ手続きに行くことが、よいUXを生んでいるとは言えないでしょう。そして、それを解決してくれるかと思われた電子申請システムが、たとえば“夜中はサービス時間外です”となれば、利用者は当然がっかりします。一方、夜間も電子申請を受け付けた場合に、“リアルタイムで事務処理するために職員は交代勤務で対応する”などとなれば、今度は職員のUXが下がってしまいます。
それゆえに、行政サービスを受ける側・提供する側の双方にとってよいUXとなるサービス作りが、重要な検討要件なのです。
サービスデザイン思考でよいUXを実現するために
では、そんなサービスをどのように実現していくか。これについては、平成30年1月に発表された「デジタル・ガバメント実行計画」(※2)でアクションが具体化されており、各府省庁は平成30年上半期中に中長期計画を策定し、政府一体となって電子行政を推進していくという計画となっています。
図1:デジタル・ガバメント推進方針と実行計画
この計画が実行されることで、中央省庁間、国と地方・地方間、行政と民間といった様々な壁を越えて、必要なサービスが、時間と場所を問わず、最適な形で受けられる社会、官民を問わずデータやサービスが有機的に連携して新たなイノベーションを創発する社会に変わっていくのです。計画の中で、サービスデザイン思考の活用は多岐にわたっており(図2)、サービスデザイン思考を活用して利用者中心の行政サービスを実現するという強い方針がうかがわれます。
※上図は、デジタル・ガバメント実行計画のP.6から抜粋した図に筆者が追記。図内の番号は、実行計画の章番号に紐づく
図2:実行計画でのサービスデザイン思考の活用
そして、BPRや制度の見直しを実施したうえで、行政のあらゆるサービスを最初から最後までデジタルで完結させる、「行政サービスの100%デジタル化」の三原則として、「デジタルファースト(デジタルで一貫して)」、「ワンスオンリー(一度の情報提出で)」、「コネクテッド・ワンストップ(民間も含めどこからでも一ヶ所で受けられる)」を実現することで、利用者のUX向上を実現しようとしています。そして、その実現のために、業務改革の一環として必要な制度や法令も見直し、手続きの簡略化や廃止、デジタル技術の活用による手続きの代替などにも取り組んでいく計画です。
※デジタル・ガバメント実行計画の「3.2横断的サービス改革」から抜粋して作成
図3:利用者中心の行政サービス改革例
サービスデザイン思考の具体的な実践方法
デジタル・ガバメント実行計画では、改革を実践していくにあたって、これまでの業務改革(BPR)で得たノウハウを活かしつつ、さらに対象をサービス全体に広げて取り組んでいくために、“サービス設計12箇条”を踏まえたサービスデザイン思考を導入し、利用者中心の行政サービス改革を推進するとしています。
図4:サービス設計12箇条
では、“サービス設計12箇条”を踏まえたサービスデザイン思考を実践するには、具体的にはどのように取り組んでいけばいいのでしょうか。その道しるべとして、同年3月に、実際に実施していくための参考書として、「サービスデザイン実践ガイドブック(β版)(※3)」が公開されています。
このガイドラインではサービスを、利用者の目的どおりに機能し満足してもらえるものにするために、提供者目線で制度を単純にサービス化するのではなく、サービス設計やBPRの際に実践的にサービスデザイン思考に取り組めるように、基本的な考え方と手法(ペルソナやカスタマージャーニーマップ)などが紹介されています。サービスデザインとは、利用者にとってより良い解を見つけるための手段ですので、ガイドブックどおりやれば必ず一つの答えに行きつき、UXがよいサービスを作れるというものでありません。大切なのは、利用者の声を聴き、利用者の思いに寄り添って考えるというプロセスなのです。本ガイドラインは、そのプロセスと手法の例を紹介している参考書として活用されていくでしょう。
- ※3 サービスデザイン実践ガイドブック(β版):
https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/guidebook_servicedesign.pdf(外部リンク)
最後に
方針が示され、実行計画も立てられた、デジタル・ガバメント。“サービスデザイン思考”でBPRに取り組むことで、たとえば申請のたびに住民票の取りに行ったり、押印した書類の原本や納税の証明書などの紙を無くさないように取っておいたりといった、物理的、時間的な制約から解放されることが現実味を帯びてきました。政府は具体的な取り組みとして、引越し、介護、死亡・相続の3分野について、先行してワンストップ化に取り組んでいくとしており、利用者がデジタル・ガバメントを、行政サービスのUX向上を実感できる日も、遠くないでしょう。
NTTデータも、デジタル・ガバメントの推進に貢献できるように、サービスデザイン思考を実践するためのプロセス整備を進めてきました。その一つが、UXの定量評価手法「CFF(カスタマ・フリクション・ファクタ)(※4)」です。CFFでは、サービスを利用する際にユーザーが使用するすべてのチャネル(窓口、電話、システムなどのユーザーに対する接点)を通じて、ユーザーが得る体験の良し悪しを定量的に評価することができます。サービスデザイン思考の「実施」と「評価」をセットにすることで、きちんと利用者のUXが高まるサービスが実現できているか、効果測定を行いながら、取り組んでいくことができるのです。
今後のデジタル・ガバメントにおいて、サービスデザイン思考でどんな未来が生み出されていくのか、一利用者としても楽しみです。
- ※4 CFF:Customer Friction Factor(カスタマ・フリクション・ファクタ)の略。NTTデータの米国グループ会社NTT DATA Servicesが開発した、サービスのUXを定量的に把握する評価手法。さまざまなチャネル(窓口、電話、システムなどのユーザーに対する接点)でのユーザーの不快感を数値化することで、UXを評価できる。
http://www.nttdata.com/jp/ja/news/services_info/2018/2018031601.html