- 目次
1.世界のスタートアップとの交流で生まれるイノベーション
InnoProviZation
残間 光太郎 氏
残間 これからのオープンイノベーションのあり方について、いま必要な取り組みとは何か、どのような発想で臨むべきか、などを語り合いたいと思います。まず、NTTデータはオープンイノベーションを通じて事業創発に取り組む一環として「豊洲の港から」を主宰しています。私自身、少し前までこの活動に携わり、コンテストなど多彩なイベントも企画し世界中で多くのビジネス創発を実現させてきました。渡辺さん、自己紹介を兼ねて現在の活動内容を教えてください。
NTTデータ
渡辺 出
渡辺 私は本社直轄のデジタル戦略部門に所属しています。技術開発からロボット活用ビジネス、新規ビジネスの立ち上げなどを経て現在に至っています。NTTデータのオープンイノベーションの取り組みは、当社とお客様企業に加え、独自のビジネスや技術を活用するスタートアップ企業の3者が、共に新しいビジネスを創り上げ、それぞれにメリットがある関係を築いています。そのためにも幅広く参加者を募る必要があり、2013年に「豊洲の港から」を立ち上げました。現在参加するイノベータの数は、4,000人規模になっています。
代表的な活動として、月1回の定例会や年1回のコンテストを開催しておりました。定例会は少し先見性のあるテーマを決め、関連するスタートアップ企業に登壇いただく。ビジネス課題を討論しコネクションを作り、ビジネスの種を醸成する場です。コンテストは、当社関連事業部から募集したビジネステーマに対し、世界各地から集まったスタートアップ企業の中で優勝を決め、ビジネス化への支援を行います。
受賞企業を決めることはあくまでも手段の一つであり、交流を通じ良きパートナーを得ることと、当社が提示する具体的なビジネステーマへの協業提案を募集することが目的です。
図1:オープンイノベーションの推進
FINOVATORS
大久保 光伸 氏
大久保
私も金融機関の立場で「豊洲の港から」に参加をさせて頂いたことがあります。当時はメガバンクでもデジタルイノベーションによる新規ビジネスを立ち上げ始めた段階でした。手探りの中で参加し、スタートアップとのオープンイノベーションやそれを実現する組織のあり方に関するアドバイスなど、記憶が鮮明に残っています。この活動がグローバルで貢献していることは注目すべきことです。
海外の金融業界団体で、日本の取り組み紹介や、現地のスタートアップ企業の方々と意見交換をすることがありますが、そこでNTTデータの知名度の高さに感心させられます。国際化を目指し海外目線で情報発信する企業は多いですが、やはり直接的な交流は不可欠ですね。
残間 確かに情報発信や海外現地での展開は大事です。ただ、その活動のベースに本気度がなければ、想いは伝わりません。その意味で「豊洲の港から」は情熱をもって取り組んできました。現在コロナ禍でオンライン対応になっていますが、変わらず情熱を燃やし続けて欲しいと思います。さて、大久保さんの自己紹介と現在の活動状況など説明していただけますか。
大久保
一般社団法人FINOVATORSの共同創業者が私の肩書ですが、併任先として9月1日からデジタル庁の国民向けサービスグループで次世代取引基盤を担当し、新たな業務を開始しました。一方、1月から金融庁参与を拝命しまして、フィンテック室や個別システム案件において官民連携の観点から支援をさせて頂いております。
私はプロボノ活動が全体の3割程度を占めており、どの企業に所属していても立ち位置は変わりません。中央省庁や金融機関の多くはジョブローテーションにより1~2年程度で幹部の異動が行われますが、その際に生じがちな穴を埋めることに貢献できると考えています。
また、社会課題の解決に向けた活動領域としてはFinTech(フィンテック)、GovTech(ガブテック)、CivicTech(シビックテック)の3領域があります。なかでも、市民(Civic)自らがテクノロジー(Tech)を活用し、社会課題を解決する取り組みであるシビックテックでは、福島県磐梯町のCDO補佐官の役割を担っています。
2.グローバルスタンダードを取り込む
残間 大久保さんはイノベータとしては実に稀有なキャリアをお持ちですね。多くの場を経験しておられますが、これは計画的に進めた結果なのでしょうか。
大久保
学生時代の米国留学で見たのは、「ビジネスにおけるインターネットの活用」でした。ところが帰国後の日本は紙文化のままで、メールアドレスさえも個人に払い出されない企業が少なくなかった。当時は何を理由に業務でインターネットを使えないようにしているのか疑問でしたが、そこにあったのは、リスク回避のための安全対策基準の壁でした。
SIerではパブリッククラウドの前身である仮想化基盤のR&Dを担ってきましたので、まずはガイドラインに沿った形で非機能要件定義を行い、日本の金融機関で初めての事例を基本設計と合わせて公開しました。ちょうどその頃、同志からFINOVATORS立ち上げのお声がけを頂きました。
FinTechに精通した弁護士やVC等の心強い仲間たちと共に専門性やグローバルな知見を活かしながら、スタートアップ、SIer、事業者、規制当局など各階層の間で乗り越えなくてはならない制度的な課題に対応してきたのです。
図2:規制の構造とポジショニング
金融業界での取り組みは中央省庁、自治体でも同じ仕組みが応用できると考えています。留学時に抱いたギャップを忘れてはいけないという気持ちが強くあり、グローバルスタンダードを日本に取り込むことに注力してきた結果が現在におけるDXの取り組みそのものだと思っています。望んで官庁で仕事をしているわけではなく、気づいた以上は後世のために役立つことをしたいと考えました。
残間 大上段に構え対立するより、中に入って段階ごとにある溝を埋めていくということですね。渡辺さんもテクノロジストから始まり新事業や新領域を拓いていくという、大久保さんと同じような立場での経験があると思います。NTTデータはあらゆる規制当局や産業すべてに絡みながら新しいことをやっていかなければなりません。どう改革していかなければいけないのか悩みは多いでしょう。
渡辺 こうすべきだという信念を抱き続けることだけでなく、改革すべき主体の中に入り込むことの大事さを痛感します。しかし、その入り口が見つからない。隙間を探すのか、タイミングなのか、アプローチする調査研究なのか、どういったことが大事になってくるのでしょうか。
大久保 改革のポイントは目の前の社会課題に向き合うことやグローバルな潮流を把握することが挙げられます。例えば欧米では既にグリーンフィンテックといってCO2の削減に向けた取り組みがあり、日本での制度化も見えている。こうした1、2年後には確実に日本で芽吹くビジネスモデルが読めれば、必要な機関に実務として取り込んでいくようなアプローチが出来るようになります。
渡辺潮流を感じても、それを日本でやろうとするとうまくいかないことが往々にしてありますよね。日本は国内で安定した土壌があるため、新しい流れを持ち込もうとしても共感が得られにくいからだと思っています。このような状況に対してどうチャレンジしてきたのですか。
大久保
特に日本において、組織に責任を持つ人はできない理由が先になる傾向が多いですね。このマインドを変えようとするのは至難の業です。これまでの実績からいくつかの選択肢がありますが、責任者の方にリスクとメリットをしっかりと伝え、号令だけくださいというやり方があります。
パブリッククラウドの導入を提案する際には、各リスク所管部へリスクとセキュリティの解説を丁寧に行うことで自分事化して頂くことができましたし、何よりプロジェクト関係者が成功体験を積み上げることで、変化に柔軟な組織形成やチャレンジする機運が高まったという効果が得られました。また、ロジカルではないかも知れませんが、ファーストペンギンを望まない組織においては外圧をお借りしたこともあり、異業種や競合する他行の事例があると案外スムーズに事が運ぶ場合があります。
3.日本における課題は何か
残間 腰の重い組織の動かし方は、興味深い話ですね。ところで大久保さんが今、デジタル庁で取り組もうとしていることを教えてください。
大久保6月に開催されたデジタル市場基盤整備会議の資料(※)をご覧いただくと分かりやすいのですが、上流の契約から請求、下流の決済までをデジタル化し、データの利活用による新規ビジネスの創出や経営のDXにつなげていく取り組みです。業界ごとに商慣習は異なりますので、まずは全体のアーキテクチャを描き、データを連携するために必要な標準化を推進していきます。次世代取引基盤を因数分解していくと、法人KYCやデータ標準、プライバシー等があげられますが、重要なのは前述のグローバルスタンダードであり、官民連携をしながらオープンに進めていきたいと考えています。
残間 そう考えると社会インフラを構築してきたNTTデータが担うべき役割は大きいですね。渡辺さん、さらにいえばオープンイノベーションの活用の重要性も増すのではないですか。
渡辺 はい、ますます重要性は増してくると思います。一方で、日本においては、昨今デジタル化の必要性を誰もが感じつつ、なかなか進まないという側面もあります。先ほど国内は安定した土壌があると申し上げましたが、加えて、日本が得意とする個別最適化も原因となっているのかもしれません。
大久保個別最適で全体が見えていないこともありますが、制度面でシステムを導入するインセンティブがないこともあげられます。令和3年度の税制改正では、電子帳簿を要件に沿って保存すると所得税の特別控除を受けられるようになりましたが、次世代取引基盤においてもペルソナを設定し利用者のメリットに資する取り組みでなければ普及は見込まれません。この辺りは、地場の中小企業支援に長けた地域金融機関と手を取り合って進めていく必要があると考えています。
残間 日本のシステムを変えていくことは、コンピュータ分野だけではなく制度、組織、そして文化にまで及ぶのかもしれませんね。
資料4 今後プロジェクト化を目指す取組( https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/shijokibanseibi/pdf/002_04_00.pdf)
4.日本に求められるもの、それは生活者が自ら関わり作り上げる社会
残間 これからの日本のオープンイノベーションに必要な取り組みについてお聞きしたいと思います。
大久保
これまで地方分権で進められてきた施策についてもデジタルの世界においては一つであるべきと考えています。しかしながら中央省庁で考える制度には限界があり、都市と地方とでは必要とされる対応が異なります。だからこそ地域を熟知した人たちが、地域の人たちと手をとりあいながら仕組み作りを進めていくことが重要になると思います。つまりはシビックテックですが、この流れが少しずつ浸透しています。
私が事務局を務めているエンジニアコミュニティは全国にあり、彼らの力を借りながら利便性や幸福度の高い地域社会を構築していく。このようなアプローチを進めながら、多様な分野と関わる形でオープンイノベーションが広がっていくのがベストなのではと考えています。
渡辺
これまでのシステムも、決して生活者視点がなかったわけではなく、利便性向上を目的に作られてきました。ですが、さまざまな制約の中でつくりあげてきた当時の最適解に対して、今の世の中の変化を取り入れることができず、使い辛くなっているのも事実です。一度リセットして、生活者の行動や求めることを見つめ直すことが必要でしょうが、急激な事はできない。
やはり先ほどから話に出ているシビックテックで、システムを利用する生活者が、自身の抱える課題の解決に向けた取り組みにチャレンジすることが求められます。加えて、地域だけでなく国や企業も一緒にやるような土壌をつくる。そこでは多少のコストが発生しても、それを上回る将来的なメリットがあればいい。ノウハウを出し合う方向に持っていくことが大事だと思います。
5.新たな発想もつ若者たちが輝く場を
残間 人間優先の考え方から全体像をインセンティブ設計していく。その中で社会課題を解決していくことにつながればいいですね。最後にイノベータとして社会をどのように変えていけばいいのか、とくに若者たちに向けてメッセージをお願いいます。
大久保 デジタルネイティブといわれる若い人たちは、我々では思いつかないような豊かな感性を持ち合わせている人が多い。それを生かす仕組みを作ることが大事で、新しい発想を持つ人たちが輝ける土俵を作ることが必要だと思います。具体的にはIT分野でいえば、入社1年目でも「IT×デザイン分野ならば君が責任者だ」といえるような組織でしょうか。個人の専門性を評価する仕組みを会社が作り、一人ひとりが一歩ずつ歩み続けることが変化を生み出すと思います。
渡辺 おっしゃる通りですね。新しいことをやろうとする考えを持つ人は、若者含め世代に関係なく活躍する場が必要なのは言うまでもないでしょう。それと同時に一歩前に歩み出る意思を持ち続けることが重要で、これは自分自身にもいえることだと考えています。社内外を問わず、その意思がある人たちと手を取り合って進んでいきたいです。
残間
今回は、イノベータとして改革を進めるポイントや日本におけるブレイクスルーの方法、そして新しい発想を持つ皆さんへの熱いメッセージまで、盛りだくさんで伺う事ができました。
誰もが暮らしやすい豊かな社会の実現に向けて、日本では生活者起点のシビックテックから、国や企業を巻き込んだオープンイノベーションの重要性がさらに増していくでしょう。
コロナという未曾有の状況だからこそ、世界中に一緒に歩む仲間を増やして、我々が先導役となってイノベーションを加速していきたいですね。