日本の技術力で達成した世界最高精度
世界60カ国の幅広い分野で活用されている「AW3D」
NTTデータ 第一公共事業本部 e-コミュニティ事業部 第三開発担当課長 筒井健
───NTTデータと一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)が共同で行っている、全世界デジタル3D地図提供サービスについて教えてください。
独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測技術衛星「だいち」(※1)のデータを利用して作った全世界デジタル3D地形データ「AW3D」(※2)をユーザーのニーズに合わせて提供するというサービスで、2014年2月より順次、整備が完了したエリアから3D地図データの提供を進め、2016年4月からは全世界での提供ができるようになりました。
「AW3D」の最大の特長は、5m解像度という世界最高精度の地形データが全球分そろっていることだと思います。日本には国土地理院が作っている1/25000の地形図がありますが、私たちの3D地図はそれと同等の精度。これだけ高精度な3D地図データを全世界に向けて提供できるサービスは他にはないと思います。
───提供した3D地図データは、どのような分野で活用されているのですか?
「AW3D」は高精度、高品質の3D地形データなのでさまざまな用途に活用されています。ユーザーは民間企業だけでなく、国の研究機関や国際機関などからの依頼も多くなっています。特にこれまで詳細な地図がなかった新興国におけるインフラ整備や自然災害対策、資源地域の調査、水資源問題への対応などに活用されることが多く、アジアやアフリカ、オセアニアなど60か国以上の国で行なっているプロジェクトに活用されています。
2015年5月からは「AW3D」の高精細版として、アメリカのDigital Globe社の衛星画像を使った0.5m〜2m解像度のデータの提供も始めています。この精度だと建築物レベルの起伏がわかるため、日本国内における通信網の整備などにも活用されています。
通信分野における電波障害の把握などのシミュレーション用途でも活用されている「AW3D」の高精細版
───そもそも3D地図とはどのように作られているのですか?
普段私たちが使っている平面的な地図に水平位置と高さの3次元座標値を加え、世界中の陸地の起伏を表現したものが3D地図です。これまで3D地図の作成には航空機や人による測量が必要だったため、時間やコストが膨大にかかっていました。でも、人工衛星の登場で3D地図の作成法が大きく変わりました。あらかじめ衛星を使って全球の陸地の起伏を計測しておけば、地球上のどこであっても3D地図を安く、かつ短時間で整備することができるようになったのです。
私たちの「AW3D」は、JAXAの「だいち」に搭載されたPRISMセンサで撮影した衛星画像と高解像度衛星画像、約300万枚を用いて作っています。「だいち」の優れているところは、全方面から撮影できるよう前後・直下の3方向に向けてPRISMセンサを搭載していた点です。私たち人間は左右それぞれの目から見える画像の差(視差)によって高さや遠近感を感じています。「だいち」にはその2つの目=センサに加え、もう一つの目が加わっているため死角がなくなり、完全な3Dが起こすことができました。ただし、「だいち」が運用されていた当時はビッグデータの解析も、全自動で3Dを表現するアルゴリズムもまだできていませんでした。それが可能になったのが、2013〜2014年頃だったのです。
3方向を同時に撮影できる日本の人工衛星「だいち(ALOS)」のイメージ画像(提供:JAXA)
3つの機関の相乗効果で実現した世界最高精度
───筒井さんがこのプロジェクトに携わることになった経緯を教えてください。
私は衛星画像から3Dデータを抽出するのが専門で、NTTデータ入社後は、3D地図の前身となる日本列島の2次元地図の作成や、特定エリアの3D地図化などのプロジェクトに取り組んできました。
2013〜2014年にはコンピューターの計算速度が速くなり、大量の画像処理を行うアルゴリズムの開発が進んできたこともあって、「だいち」の衛星画像を使って世界中を3D地図化するプロジェクトが企画されました。プロジェクトでは、JAXA、RESTEC、NTTデータの3つの機関からそれぞれ3D地図の第一線の研究者や技術者が集まって進めることになり、それが2014年2月のこと。2年間で全地球の3D地図を作ろうと目標が立てられ、2016年3月に完了。無事にその約束を守ることができました。
───従来(アメリカNASAの30〜90m解像度など)に比べて、大幅に精度を向上できたのはなぜですか?
やはり、JAXA、RESTEC、NTTデータ。この3つの機関の相乗効果だと思います。
「だいち」のように3台もカメラ(センサ)を搭載した衛星は、世界でもほとんど打ち上げられていません。しかも、日本の衛星は姿勢や軌道のコントロールがかなりしっかりしています。それはJAXAが地道な衛星開発に心血を注いできたからこそです。
さらに「だいち」の膨大なデータから、世界で一番確かな地球の起伏を再現していくわけですが、その際に必要なキャリブレーションやスタッキングによる衛星データの解析を長年研究してきたのがRESTECです。それをNTTデータのプロセッシングのシステムに組み込み、5m解像度で3D地図を作成しました。
JAXAの人工衛星技術、RESTECのデータ解析技術、そしてNTTデータの画像処理と製品化技術。これらが結集したからこそ、これほど短期間に世界最高精度の全世界デジタル3D地図が実現できたのだと思います。
デジタル3D地図の解像度比較 左:90m解像度(従来の3D地図) 中:AW3Dの5m解像度モデル 右:同2m解像度モデル
ユーザーのニーズに合わせた形でデータを提供
───「AW3D」は日本の宇宙開発利用の普及啓発に大きく貢献したことが評価され、2016年3月には第2回宇宙開発利用大賞(※3)「内閣総理大臣賞」を受賞されました。
そうなんです。まさか受賞するとは思っていなかったので、知らせを受けた時はとても驚きました。正直、内閣総理大臣賞はうれしかったです。研究者や技術者のみんながこれまで地道にやってきたデジタル3D地図が、ビジネスはもちろん、いろんな形で世の中に貢献することができていることはとてもうれしいことですし、誇らしく思っています。それに、この賞を受賞したことで社会的期待が大きくなったことから、ビジネスにおいても動きやすくなったように感じています。
───「AW3D」の今後の展望をお聞かせください。
「だいち」の衛星データを使ってスタートした「AW3D」ですが、高精細版ではDigitalGlobe社の衛星画像を使っています。この衛星にカメラは1台しか設置していませんが、鳥のように飛びながらカメラの向きを自在に動かすことができたり、複数のカメラを組み合わせたりと「だいち」とは違った利点があります。現在、異なる複数の衛星データを組み合わせて、より精度の高い3D地図を作成する技術を開発しています。どこまで精度を高めることが必要なのかというつきない技術課題もありますが、私たちとしてはいろんな衛星からのデータに対応できるよう、画像処理技術の開発を進めていかなければならないと考えています。
さらに、私たちの事業は単に衛星データや地図のプロバイディングだけを行うのではなく、そこにどうやって付加価値をつけていくか、どうやって社会に対して価値を出していくか、という点を重視しています。世界最高精度の全世界デジタル3D地形データを用途別・ユーザー別に最も適した状態で提供していけるようなプラットフォームを整えることがこれからの課題の一つだと思っています。
2m解像度高精細版3D地図(東京)
2m解像度高精細版3D地図(エベレスト)
JAXAが開発した地球観測衛星。1/25000の地形図を作成するために必要な情報を取得するほか、地域観測や災害状況把握、資源探査などを目的に2006年1月24日に打ち上げられ、2011年5月の運用終了。
全世界デジタル3D地形データ。「Advanced(先進の)」の頭文字「 A」と「World 3D Map」を掛け合わせて命名。http://aw3d.jp/
宇宙開発利用の推進に多大な貢献を果たした事例に対し、その功績を讃えることにより、日本の宇宙開発利用のさらなる進展や宇宙開発利用に対する国民の認識と理解の醸成に寄与することを目的とした表彰制度。平成25年度創設。
防災対策に活用されるデジタル3D地図
詳細な地図がない途上国の防災支援に
───デジタル3D地図提供サービスを始めてから、筒井さんたちが考える以上に防災分野での需要が大きいことに気づかれたそうですね?
はい。シミュレーションの技術がどんどん進化していることもあり、自然災害が発生する前の予測や地域毎の対策を立てるために「AW3D」を使いたいという国際機関や各国の防災研究機関、民間のコンサルタント会社などからのニーズが多くなっています。「AW3D」はその高い精度から、新興国のインフラ整備から先進国の都市の分野に渡って幅広くご利用いただいているのですが、ユーザーの多さでは防災分野はトップ3に入ります。地球温暖化による極端な気象現象が増えてきていることも関係しているのだろうと思います。
特にアジアやアフリカなどこれまであまり詳細な地図がなかった地域、国からの要請が多いですね。私たちの3D地図は日本の国土地理院の1/25,000地形図と同様の精度で、それがちょうど防災分野で役立つ精度だということも大きいと思います。
───2014年にスリランカで発生した大規模な地滑り災害時の事例をお聞かせください。
「AW3D」がスタートして半年後、2014年10月29日にスリランカ国中央部で大規模な地滑り災害が発生しました。その直後に復旧作業を担うことになったJICA(※1)のスリランカオフィスの関係者から、この地域の3D地図データが欲しいという依頼が入りました。我々が提供したデータをJICAの復旧支援チームが解析。被災前の地形データとヘリコプターから調査した土砂の堆積状況を比較して、被害の全容や地滑り発生のメカニズムの解明、2次災害の危険性などを分析したようです。
災害前の詳細な地形をAW3Dで把握。災害後の地形をヘリコプターから調査し、両者を比較して被害全容と二次災害の危険性を分析した
もし、「AW3D」がなかったら、災害前の詳細な地図がないわけですからメカニズムの解明などにはかなりの時間がかかったと思います。このケースではユーザーであるJICA側でデータの解析をされていますが、私たちがデータの提供から解析、さらにその先までの事業をサポートするケースもあります。
AW3Dを活用して「ベトナム中部の国道沿いで1,000箇所以上の危険箇所の抽出」に成功
(提供:東北学院大学大学院 人間情報学研究科 宮城豊彦教授)
他のテクノロジーと連携することでより力を発揮
───これからも防災面での活用は増えていくと思いますか? そのためには何が必要だと考えていますか?
3D地図の防災分野での活用には大きな可能性を感じています。今後はヴァーチャルな世界とリアルな世界がどんどん融合していくと思いますが、それは防災分野も同じです。3D地図が身近な対策や実際のプロジェクトに結びつけやすくなっていくと思っています。これまではマクロな話だった洪水や地滑り、気候変動による高潮などの対策も、これからは住んでいる地域毎に危険度が発表されたり、対策が話し合われたり、コミュニティ規模の話になってくるでしょう。
実は私は学生時代から環境への関心が高く、サスティナブルな世界のために技術者として何ができるだろうか、という思いを持ち続けてきました。「AW3D」のサービス提供で少しは貢献できたのかな、とは思っていますが‥‥まだまだまだですね。私たちのサービスもようやくデータが整備されただけ。これをどうサービスとして提供していけるようになるか、が課題です。いろんな人たち、いろんな組織と連携しながら、防災分野における新しいサービスをどんどん生み出していきたいと思っています。
───具体的に動いているプロジェクトはありますか?
「AW3D」はハザードマップなど災害が発生する前に活用することができるのは確実ですが、他のテクノロジーと組み合わせることで災害の最中にも活用できるのではないか、ということで検証中のプロジェクトはいくつかあります。
たとえば、今私がコンサルタントとして関わっているのが、JAXAが参加しているプロジェクト「センチネル・アジア」(※2)。大雨の被害が多いフィリピンでJAXAの水循環変動観測衛星「しずく」(※3)などから得るリアルタイムの気象データと3D地図を融合し、コミュニティ毎の危険度をオンデマンドで住民に知らせる、という仕組みを検証中です。
フィリピンで試験中の地滑り警告システムの画面
ヴァーチャルとリアル。2つの世界で防災を考える
───筒井さんはここ10年のテクノロジーの進化をどのように感じていらっしゃいますか?
テクノロジーの進化によって、私たちがやりたかったことがとてもスケーラブルにできるようになりました。そもそも「AW3D」が実現したのはコンピューターパワーやそれに対応したアルゴリズムなど、テクノロジーが進化したからこそ。これまでは特別な地域だけでしかクオリティの高い地図を作れなかったのが、テクノロジーが進化したおかげで、どの地域でも同じクオリティの地図を作ることができるようになった。これは素晴らしいことだと思います。テクノロジーはまだまだ進化するでしょうし、その結果可能になることはますます増えていくと思います。
───ITの進化によって私たちの防災力は高まるということですね?
はい。テクノロジーが進化することで防災力が高まることは間違いないでしょう。私たちも衛星画像を使った3D地図も今では高さ方向で数10㎝精度という高精度なものまで作れるようになってきています。年々進化のスピードが高まってきています。
ただし、精度を追いかけるよりも大事なことがあります。3D地図を使ったシミュレーションはあくまでもヴァーチャルな世界での対策です。ヴァーチャルな世界で考えた対策をきちんとリアルな世界で実現できなければ防災にはつながりません。災害はリアルな世界で起きるものですし、対策も救援もリアルな世界で人間が行うこと。だからこそ、2つの世界を自由に行き来できるようにすることが大事だと思うんですよね。
開発途上国の経済発展や福祉向上のために、資金や技術を支援する日本の政府開発援助(ODA)を担う独立行政法人。https://www.jica.go.jp
地球観測衛星などの宇宙技術を使って、アジア太平洋地域の自然災害被害の軽減を目指す国際協力プロジェクト。2006年にプロジェクトチームがスタートし、現在20か国、51機関、8国際機関が参加している。 http://www.jaxa.jp/article/special/sentinel_asia/index_j.html
気候変動予測や気象予測などに使うデータの取得を目的に、2012年5月に打ち上げられたJAXAの人工衛星。高性能マイクロ波を利用して全球上の降水量や水蒸気量、土壌の水分量など水循環に関連した計測を実施。http://www.jaxa.jp/projects/sat/gcom_w/index_j.html