生体デバイスの発展がもたらす変化
生体情報を容易に取得可能なデバイスの発展とスマートフォンの普及は、健康管理をより身近な存在にしています。心拍や血圧等を計測可能なスマートフォン向けセンサや、スマートフォンと接続することで超音波画像診断が可能なデバイス等が開発されています。また、コンタクトレンズ型のデバイスも実現に近づいています。現時点では、血糖値のみを計測するプロトタイプに留まっていますが、将来的には緑内障や肝臓病、癌等、複数の病気を検知できる可能性があります。
これらの手軽で常時計測が可能なデバイスの登場は、医療・ヘルスケアを限定的な場所での断続的なものから身近な場所での継続的なものへと変えていきます。身体の常時モニタリングは、いち早く身体変化を検知し、病気になる前の対策を可能にします。結果として、予防の質は飛躍的に向上するでしょう。
デジタルヘルスケアの拡大
うつ病は、2030年には健康な生活に影響を及ぼす疾病の1位になると予測されており、健康寿命の延伸には避けては通れない課題です。また、認知症は、行方不明者や詐欺被害、自動車事故を増加させる等、社会や生活に与える影響は大きいです。
うつ病を代表とする精神疾患や認知症を日常生活の中で早期に検知するためには、特定の生体情報だけでなく日々の行動変化の把握が重要となります。また、治療に関しても継続的なアプローチが求められます。声からうつ病や認知症等を推定するスマートフォン用のアプリケーションも登場しています。日常使う声を利用することで、ユーザの利用障壁を低減し、より早い異常の検知が期待できます。また、検知だけでなく、カウンセリングを行うチャットボットや、ADHD(注意欠如多動性障害)やうつ病の治療を可能とする認知科学を応用したゲームが開発されています。認知症に対しても、スマートフォンで歩行速度を計測しその速度変化から認知症の予兆を検知するサービスや、VR上で記憶力や判断力、計算力等、様々な認知機能が求められる買い物を仮想体験させることで軽度認知障害を検知する技術も開発されています。予防や治療へのデジタル技術の活用は今後も拡大し、医師がアプリケーションやVRコンテンツを処方する時代がくるかもしれません。
データ駆動のライフサイエンスの加速
様々な病気の早期発見や日常的な治療が実現される可能性は高まってきていますが、対象とする病気によっては、検知できるタイミングやその精度、治療による効果は十分とは言えないでしょう。その大きな原因は、データの不足です。早期発見には当然、症状が出てからのデータだけでなく健康な状態の時のデータも必要となります。また、患者によって正常範囲とすべき生体情報の値や、効果のある治療法は異なるため、個人に最適な予防や治療の実現には膨大な量のデータが必要です。さらには、糖尿病やうつ病等の生活習慣が大きく関係する病気の場合、顕著な症状が出る前に高精度に検知するには、データの蓄積に加え、AIの分析能力の向上による要因の特定も必要となります。これらを実現すべく、健康な人を含む1万人を対象に、遺伝子情報や血液検査結果、生体情報、睡眠時間・運動量・食事内容等の生活記録を統合的に長期間、継続して蓄積する取組みが行われています。この取組みによって、健康状態の変化の過程を解明できる可能性があり、個人に最適な予防や治療の実現が期待されます。
予防・治療から身体能力の向上へ
近年、脳情報を活用した取組みが活発化しています。その一つとして、ニューロフィードバックと呼ばれる脳波トレーニングが挙げられます。これは、目標とする行動ができたときの脳波の状態を可視化し、ユーザはその良い状態とされる脳波の状態に近づかせることを意識するだけで、自然と目標を達成できるようになるというものです。これまでも精神疾患の治療に活用されていましたが、近年はスポーツ選手のメンタル・身体能力強化や、記憶力の強化等、人間の能力を強化する取組みへの応用が始まっています。
今後、脳情報の活用を中心に、医療・ヘルスケアは、本来的に生命が備える制約を克服することへの挑戦へと向かっていくでしょう。人々が長期間、高い能力で活躍することが可能になれば、高齢化社会を中心とする社会課題を解決に導くかもしれません。
図1:技術トレンド「生命課題への挑戦」
- ※1 「NTT DATA Technology Foresight」特設サイト
http://www.nttdata.com/jp/ja/insights/foresight/sp_2018/index.html