分身ロボットが拡張する身体性と想像力
吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)/株式会社オリィ研究所代表取締役。高校時代に電動車椅子の新機構の発明に関わり、2004年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞。翌2005年にアメリカで開催されたインテル国際学生科学技術フェア(ISEF)に日本代表として出場し、グランドアワード3位に。
高専で人工知能を学んだ後、早稲田大学創造理工学部へ進学。自身の不登校の体験をもとに、2010年、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発(この功績から2012年に「人間力大賞」を受賞)。
開発したロボットを多くの人に使ってもらうべく、株式会社オリィ研究所を設立。自身の体験から「ベッドの上にいながら、会いたい人と会い、社会に参加できる未来の実現」を理念に、開発を進めている。ロボットコミュニケーター。趣味は折り紙。
最新著書に『サイボーグ時代 ~リアルとネットが融合する世界でやりたいことを実現する人生の戦略~』がある。
テレビ電話との違い
───吉藤さんが分身ロボットOriHime(※1)を開発された動機からお話しいただけますか。
私は分身ロボットを“孤独を解消する”ツールだと思っています。私は小学生から中学生にかけて3年間、不登校でした。もともと学校が好きでなかった上、病気がちでまとめて学校を休んでしまううちに、だんだん学校に行けなくなったのです。引きこもってゲームをしたり、ただただ天井を見つめている長い時間がありました。高専に入った頃はAIの友だちを作ろうと考え、人工知能の勉強をしていました。しかし「孤独」とは何か、「癒やし」とは何かを本気で考えてみたとき、人を本当に癒せるのは人しかいないと思いました。私が欲しいのはAIの友だちではないと気づいたのです。
高専時代、私は病気や怪我で歩けない人のための車椅子の開発に没頭しました。段差も登れる新機構を搭載した車椅子は高い評価をいただきましたが、私はその研究中に、車椅子に乗ることもできない人たち、高齢者や障害者、病気の人たちがこの世界に大勢いることを知りました。身体を外に運べないなら、心だけでも行きたい所に運べないだろうか。それが分身ロボットの開発を始めた動機です。
2010年、大学3年のとき、OriHimeの製作を始めました。コンセプトは「心の車椅子」。OriHimeは行きたい場所があるのに、どうしてもそこに行けない人のための分身です。身体は運べなくても、行きたい所へ行き、人と出会い、友人をつくれたら。孤独の解消につながるかもしれない。それが、私がこの仕事を選んだ理由です。
───スマホで簡単にテレビ電話ができる時代です。行きたい場所に誰かにスマホを持って行ってもらえば、その風景を見たり、話をしたりできます。それと「分身ロボット」の違いは何ですか?
それはよく聞かれる質問です。私は不登校時代、気晴らしに友人に電話をかけたこともあります。ちょうど花火大会の日で、花火の音が電話越しに聞こえてきてワクワクしました。友人は「体調は大丈夫か?」と気遣ってくれたのですが、すぐに「今友だちと花火大会に来てるから電話切るわ、じゃあな!」。私はがっかりしましたが、それは友だちへの失望ではありません。電話への失望です。電話は伝えたい用事があるときは適していますが、自分がその場に参加することに適したツールではないことに気がつきました。
みなさんも経験があると思いますが、テレビ電話って用件もないのにそのまま続けることって案外できないですよね。「もっとその場にいたい」と思っても用件が終わったら切る。それにテレビ電話は顔が見えるだけでなく、部屋の中も見えます。だから電話するときは着替えたり、部屋を片づけたり、準備があって面倒くさい。
その点、OriHimeはその場にいることが目的のツールです。たとえば長期入院中で学校に行けない子が、教室の席に自分の代わりにOriHimeを置いておけば、クラスメイトと同じ時間に同じ授業が受けられ、発言したいときは手を挙げて自分の声で発言できます。でも、自分がベッドの上で寝ている姿はクラスメイトに見られることはありません。
OriHimeでロボット出社
───学校に行けない子や、外に出られない障害や難病の人たちのために開発されたOriHimeが、今、テレワークのツールとしても注目されています。現在どのように活用されていますか?
身近な例では、先日私が出版した本『サイボーグ時代 ~リアルとネットが融合する世界でやりたいことを実現する人生の戦略~』(※2)は、沖縄在住のライターがOriHimeを使ってつくりました。このオリィ研究所(※3)(東京)にライターのOriHimeを1台置いて、ライターは沖縄にいながら私にインタビューし、私はOriHimeに向かって応えました。
今、特に注目しているのは、育児休暇中の女性のテレワーク環境です。現在、NTT東日本の育児休暇中の女性約60名がOriHimeを利用して仕事を継続しています。
育児休暇で1~3年職場を離れてしまうと、本人に職場復帰する意志があっても職場と距離ができてしまったり、モチベーションが保てなくなったり、なかなか元の状態に戻れない。けっきょく退職してしまう女性が多いそうです。でも、休暇中も本人のデスクにOriHimeを置いておけば、家にいながら職場の雰囲気がわかるし、仕事の状況もわかる。子どもの世話をしながら社内会議にも参加できます。これがテレビ会議だと、顔が映るので化粧して着替えないといけませんが、OriHimeは普段着のままでいいし、キッチンにいてもいい。手の空いた時間にOriHimeで職場に戻ってこられます。
このオリィ研究所では、育児中のお母さんが「ロボット出社」していますよ。本人のデスク上のOriHimeが「おはようございます」とあいさつして出社してきます。OriHimeの起動時間の記録はそのままタイムカードになります。
その人の気配を伝えることが重要
───職場のOriHimeはどのように仕事するのですか?
たとえば会議するならテーブルにOriHimeを載せておけば、会議に出席しているのと同じです。リアルタイムに意見が言えますし、他の出席者の意見に賛同するなら「うんうん」と頷き、反対なら「いいえ」と首を振り、大賛成なら「ぱちぱち」と拍手を送ることができます。このリアクションの動作が重要です。
逆に、しばらく反応がないと、首がこっくりこっくりして寝始めるように設計してあり、本人がOriHimeを操作していないことがわかります。
OriHimeは学校の授業に出られない子のために開発した側面があるので、授業内容に興味がなくて反応しないことを先生に気づいてもらうために「こっくりこっくり」を取り入れました。教室ならこれを見た先生が「***君、起きてますか!?」と声がけできるし、会社の会議中なら「あ、***さん、この企画に興味ないみたい」とわかりますよね。
───OriHimeの顔はツルッとして目があるだけですが、こうしたリアクションによって表情が出ますね。
顔は人形浄瑠璃の能面を参考にしました。使っているうちに、OriHimeが使用者本人に見えてくるデザインをめざしました。分身ですから、使っている人がそこにいる“気配”を伝えたい。まるでその人がそこにいるように感じられることが重要なんです。
能面のように情報量の少ない顔にすることで、逆に、その使用者の表情や存在を想像させることができます。分身ロボットは身体性だけでなく、想像力を拡張するツールなんです。慣れてくると、OriHimeが何台も参加している会議で「ここで“ぱちぱち”するのはアイツだな」と、だれの分身かわかるようになりますよ。
───現在、OriHimeにはどんな課題がありますか?
技術的にはほぼ完成しています。課題は人間側の意識です。テレワークを導入するにしても、やっぱり生身の人間と話したほうがコミュニケーションしやすいよね、という意見が出てくる。
コミュニケーションの質において、生身の人間とOriHimeの何がそんなに違うのか? 分身ロボットに何が足りず、生身だと何が満ち足りているのか。そこはまだ言語化されていないというか、定量化されていません。生身とロボットの間に位置するもので、生身の人間と近い状態のテレワークを実現できないか。そこが、私が分身ロボットというリアルアバターを開発しつづけている理由です。
高さ20cmほどのロボット。使用者はパソコンやスマホで遠隔操作し、OriHimeが見ている視野が見え、OriHimeに聞こえる音が聞こえ、自分の声で話せる。簡単な操作で頷き、挙手、拍手などの身体表現することができる。2015年からレンタル事業を開始。
http://orihime.orylab.com
吉藤さん2冊目の著書。2019年1月22日発売。
http://www.kizuna-pub.jp/book/9784866630625/
2007年、早稲田大学でロボット工学を学んでいた吉藤さんが、分身ロボット研究のため、自宅に立ち上げた研究所。「オリィ」とは、子どもの頃から折り紙が好きだった吉藤さんにつけられた愛称。2012年に株式会社化。社会問題化する「孤独」の解消を目指している。
http://orylab.com/
テクノロジーとの融合が人を進化させる
OriHimeが働く「ロボットカフェ」
───吉藤さんは難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんが使えるOriHime(※1)も開発されました。
必要性という観点では、障害者雇用のサポートに力を入れています。実際、障害があっても生身の体を動かせる人、軽度の人は雇用されやすい。会社は都市部に集中しているので、都市部の障害者も雇用されやすい。では地方の、外に出られない人はどうなのか?
オリィ研究所の秘書の村田は、世界で150人しかいない難病で、一度も会社に来たことがありませんが、毎日ロボット出社で仕事をしています。私の親友で1年半前に亡くなった番田という男は4歳のとき交通事故で頸髄損傷し、それきり寝たきりになりましたが、OriHimeでずっと秘書をしてくれました。病気や障害で外に出られなくても、働きたいという意志があれば働ける選択肢があることを示していきたい。
問題は、その示し方です。私の秘書がOriHimeでロボット出社していると言っても、その様子は実際にうちの会社に来てもらわない実感できませんし、「それは吉藤さんの会社だからできるんでしょ?」と思われがちです。そこで、パッとロボット出社を実感してもらえる場として昨年、ロボットカフェ「DAWN」(※2)(夜明け)をトライアルオープンしました。
DAWNのスタッフと。
───とても話題になり、海外からも注目を集めました。どうしてカフェにしたのですか。
テレワークで肉体労働をする姿を見せたかったんです。カフェで初めて働く人も、肉体労働なら飲み物を運んだり、食器洗ったり、掃除したりするんだなとイメージできますよね。また、分身ロボットによる肉体労働が十分なサービスを提供できるのか、お客様の満足度はどうか、働く側は楽しいのか、やりがいはあるのか? これらを検証する意味もありました。
その結果、お客さんが楽しんでくれたのはもちろん、OriHimeでロボットウエイター、ウエイトレスしてくれた人がみな「とにかく楽しい!」と。もっと続けたいと。ウエイターのひとり、10年働けず、もう家から出られなくなって仕事は無理とあきらめていた人が、時給1,000円で稼いだお金で家族に何か買ってあげたいと話してくれました。
仲間意識も育まれました。カフェの通路でOriHime同士がすれ違うときに、「行ってきまーす」とか「お疲れ~」とか声をかけて手を振ったり、カウンターにいる生身の人間とハイタッチしたり。これは予想しないリアクションでした。
ロボットカフェによって、寝たきりになっても、外に出られなくなってもロボットで働き続けられるというイメージを見せることができたと思います。
マイノリティがリードする時代に
───将来、分身ロボットが働いているカフェは珍しくないかもしれませんね。
ええ。コストの問題はありますが、実現性は高い。今回たくさんの取材を受けましたが、ロボットカフェをSFアニメのように紹介したメディアもあり、うれしかったですね。私は福祉という言葉が好きではないので、福祉色を感じさせないエンタメのイメージで障害者のテレワークを後押ししていきたいです。
───エンタメというと?
たとえば車椅子。今の車椅子って別にカッコよくないし、便利そうにも見えない。実際はすごく便利ですよ。温かいソファもつけられるし、重い荷物も充電器も積めるし、机も置けてどこでもオフィスになる。AIで自動運転化するのは自動車よりはるかに簡単でしょう。デザインもカッコよくして、車椅子に乗っているけどダンスできるよ、そんな時代が来ると思います。
多様性許容度が上がった現代において、次の福祉の概念は「リハビリテーション=失ったものを取り戻す」のではなく、むしろリードするものに変わっていくと思います。なぜリードできるかというと、マイノリティは変化に強いからです。人類の歴史において、尖った人とか障害者とかLGBTとか、いわばマイノリティと呼ばれてきた人たちがつくり出すもの、築くものがカッコイイ、それが次世代の福祉のイメージになると思います。
義足とか義手、ひと昔前までは隠すものでしたが、今はスケルトンでカッコイイものが出来ています。隠さない。むしろアピールする。体の一部だ、見せることは何ら恥ではない。そうした感覚が主流になりつつあると感じています。
サイボーグ率を高めて自己をアップデートしていく
───吉藤さんはAIを含めたテクノロジーと人間の共生についてどのようにお考えでしょうか。
人間は他の動物と違ってツールを生みだし、それを手足のように使いこなすことができます。たとえばペンと紙。自分の指が文字の形を描いているだけでは後世に何も残せなかったけれども、ペンと紙を手に入れたことで文字を残すという能力を手に入れました。私はこうしたテクノロジーとの融合を「サイボーグ化」と呼んでいます。
ペンでサイボーグ化した人間は、ペンを持っていない人間より多くの情報を残すことができ、生産性が高いと言えます。また、いつまでもペンとノートに頼っているのではなく、今ではグーグルドキュメントに音声入力するほうが生産性の高い人もいる。いわば“サイボーグ率”を高めることで自分の必要とする能力を拡張し、生産性を高められる。
───サイボーグ化と人間性は共存するのですか?
ええ、もちろん。私はどんなにAIが発達した世界であっても、最後まで失われない価値は人との出会いだと思います。人は人と出会うものです。私は孤独とは何かをずっと考えつづけていますが、人間をつくるのは出会いです。
どんなにAIとコミュニケーションできても、人間は人間から褒められたいし、認められたい。相手にわがままが言えて、「ありがとう」と言って、相手からも「ありがとう」と言ってもらえる循環を求めている。人間を癒すことができるのはツールではなく人間です。であるならば、人間との出会い、機械やAIとの融合、このハイブリットによって、もっと生きやすくなれるだろうというのが、サイボーグ化時代のひとつのテーマであると思います。
サイボーグ化がもたらすもうひとつの変革は、人間関係です。歴史的な変革になるかもしれません。これまでは先に生まれた人間が年下の人間を導くことができた。それは基本的に同じレールの上を年下の人間が歩いてきたからです。しかしサイボーグ化時代では、この常識が通用しなくなります。
機械はどんどんバージョンアップし、新しいものほど性能がいいですよね。しかし人間は古いほど(年上)性能がいい(知識がある)とされてきました。でもサイボーグ化時代では人間も新しいほど高スペック化していきます。つまり若い子ほどサイボーグ率が高く、生産性が高いという意味で、従来の年功序列は崩れます。ただ、ここで留保しておきたいのは、同時に多様化の時代ですから、それが正しいというわけでもないということです。古いほど価値があるという考えも当然、残ります。
───年齢で序列が決まる時代ではなくなると。
これから現れてくるのは年功序列と逆年功序列のハイブリッド社会ですよ。現在、男女平等は少なくとも建前では実現していますが、老若平等は意識すらされていませんよね。でもたぶん20年後の世界では、老若平等が実現しているでしょう。人間とテクノロジーとの融合、サイボーグ化によって、私たちどんどん新しい能力を身につけて進化していけると思います。
オリィ研究所のオフィス
難病や障害で目や指先しか動かせない人のために開発されたのがOriHime eye。視線の動きによって入力や読み上げができる視線入力装置を搭載している。重度の障害のある人もOriHime eyeでコミュニケーションを取ったり、遠隔操作で仕事を続けることができる。
http://orihime.orylab.com/eye/
歩行し、飲み物の持ち運びができる身長1.2mのOriHime-Dが働くカフェが、昨年11月26日~12月7日、赤坂の日本財団ビルに期間限定オープンした。OriHime-Dを遠隔操作したのは難病や障害をもち、外出が困難な人たち。お客さんとの会話を楽しんでいた。