「世界の模倣」からの脱却
「アート」というと、皆さんは何を思い浮かべますか?絵画や彫刻、音楽、演劇・映画等、それぞれお気に入りの作品・演目等でしょうか。
「アート思考」で言うところの「アート」とは、カメラが普及した20世紀以降の「現代アート」を指します。それまでの絵画や彫刻は、「目に見える世界の模倣」という役割を担ってきましたが、この時から「アートにしかできない表現」が模索されるようになりました。アートにおける「リアルさ」の追求等、アーティストが自身の興味・好奇心・疑問を起点に、自分なりの答えを探究し続け、その結果として生まれたもの、表出したものが「アート(作品)」になります。
ビジョンを描き出す「アート思考」
このように、「アーティストが作品を生み出す時の考え方や思考プロセス」を「アート思考」と言います。
アーティストは「他者の価値観」ではなく、「自分の価値観」に基づいて試行錯誤を繰り返し、自分なりの答え、まだ誰も見たことがない未来を描き出します。そのため、この考え方や思考プロセスを、新しい社会やビジネスの創出に活用したいということで、多くのビジネスパーソンから注目を集めています。
特に昨今、政治、経済、社会、技術の急速な変化により、先行きを見通すことが非常に困難です。また、新型コロナウィルスの感染拡大により、あらゆる場面で人々は価値観の転換を迫られ、誰もが「withコロナ」「afterコロナ」の世界を模索しています。
このような時代では、これまでの常識に囚われない、まだ誰も見たことがない未来、ビジョンが求められます。それを描き出すための思考法として「アート思考」が注目されているのです。
アート思考の三要素
「アート思考」は、多くの書籍等で提唱・議論されていますが、その定義やプロセスはまだ確立されていないのが現状です。筆者としては以下の三つの要素があると考えています。
- 自分を起点にする
自分の些細な気づきや、違和感、小さな疑問等を大切にする。「正解は何か」ではなく、「自分がどう解釈したか」を起点にする。 - アウトプットする
言語だけでなく、身体全体を使って、感じたこと、思ったこと、考えたことをアウトプットしてみる。「正しい答え」ではなく、「自分なりの答え」を追求する。 - 価値観を再定義する
アウトプットに対して、他の人からフィードバックを受ける。あるいは、もし他の時代だったら?他の文化圏だったら?等、異なるコンテキストに置いてみる。自分が常識だと思っていた価値観を相対化することにより、新たな気づきを得て、再定義する。
よく比較されるものとして、近年イノベーションの手法として注目を集める「デザイン思考」があります。
「デザイン思考」では、利用者を深く理解することにより、利用者の潜在的な課題にアプローチし、解決策を生み出します。一方、「アート思考」では、自分を起点に、価値観の再定義を繰り返しながら、自分なりの答えを描き出します。どちらが優れているというものではなく、両方の視点や考え方を組合せることにより、よりオリジナリティの高いプロダクト・サービスを生み出す関係にあるとご理解いただければと思います。
アート思考によるビジネス創発の事例
1999年創業の食べるスープの専門店Soup Stock Tokyoは、「アート思考」によるビジネス創発の事例として、様々なメディアで取り上げられています。
売上や効率ばかりを追求する当時の外食産業に対する疑問や苛立ちを原点に、Soup Stock Tokyoは誕生しました。スープを主食とするライフスタイルや、明らかなマーケットが確認されない中、「スープのある一日」という、当時まだ誰も見たことがない未来を描き、事業化されました。2019年、Soup Stock Tokyoは創立20周年を迎え、約90憶円の売上となっています。
Soup Stock Tokyoでは、店舗数等の数字的な拡大よりも、何をやりたいのか、誰がやりたいのか、意義はあるのか等、「自分ごと」になっているかが大事にされています。代表の遠山 正道氏は、自身もアート作品を制作し、個展を開いたことをきっかけに、「自分の意思」「自己責任」に気が付いたことが、Soup Stock Tokyoの誕生につながっていると話しています。
NTTデータのアート思考の取り組み
こうした今までにない社会やビジネスを創出する「アート思考」について、NTTデータでも実ビジネスに取り入れようという動きを始めています。
1.公共社会基盤分野の取組み
NTTデータ公共・社会基盤分野の社会デザイン推進室では、社会課題を起点に「問題意識」から「問いを立てる」手法としてアート思考に着目しています。
この一環で東京大学と2020年1月~3月まで「アート思考によるイノベーション創出手法に関する研究プロジェクト(※)」に取り組みました。
今年度は、よりビジネスへの活用を狙い、実プロジェクトで試行しながら、「問題の本質を見抜く」「本質を表現する力を養う」ことにより、社会や市場の兆しを正しく捉えビジョン化していく力の強化に取り組んでいきます。
図:「アート思考」の分類と社会デザイン推進室が目指す領域
2.金融分野の取り組み
金融業界においても社会課題への関心が日々高まっています。NTTデータの金融分野では、そのアプローチの一つとして「アート思考」に着目しています。また、「アート思考」の「自分を起点にする」考え方や手法に着目し、一人一人が自分と紐づけながらビジョンを描き、自分事として課題解決に取り組める方法を探索しています。プロジェクトの目的やゴールに応じて、アート思考、デザイン思考、ロジカル思考等、あらゆる考え方や手法を組合せ、課題の探索・深化を行い、解決策を創出していきます。
- (※)東京大学大学院情報学環 ニュースリリース
『アート思考によるイノベーション創出手法に関する研究プロジェクトを開始』(2020/1/28) - http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/news/2020012811276
(参考文献)
『アート・イン・ビジネス ビジネスに効くアートの力』 電通 美術回路
『13歳からのアート思考』 末永幸歩
『ハウ・トゥ・アート・シンキング』 若宮和男
『直観と論理をつなぐ思考法』 佐宗邦威
株式会社Salt ブログ http://www.saltad.co.jp/category/artthinking/
株式会社Bulldozer代表 尾和恵美加氏note https://note.com/paradigm_shifter
株式会社Soup Stock Tokyo https://www.soup-stock-tokyo.co.jp/