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2021.3.19INSIGHT

「集中」から「分散」へ ~個人データのガバナンスを個人が取り戻すとき~

2016年ごろから、「ブロックチェーン」という言葉を耳にする機会が増え、さまざまなメディアで「世界を変える技術」と取り上げられてきた。実際に社会実装されたサービスは仮想通貨などの金融分野から、土地登記、資産管理、商流管理、医療情報、投票管理など多岐にわたり活用されているが、なかなか実態をつかみにくいのが実情だ。ブロックチェーンはなぜ「世界を変える技術」と言われているのか。

#Future Story ~100年先の国境のない“国”~

隣家のヤマダ氏にフィジカルで会うのは数カ月ぶりだ。ヤマダ氏と私は違う“国”に属しているせいか、普段はバーチャルでもたまにやりとりをするくらい。こうしてフィジカルで会うと、少しだけお互いの“国”について語るのだが、バーチャル空間での人格は明るく活発なのに対し、フィジカルでではけっこう根暗なので、そのギャップにいつも驚く。

私たちは、教育、医療、銀行、住まい、福利厚生や介護保障というサービスを受けるために、自らの判断で選択した“国”に属し、社会活動をしている。サービスを受けるときは自分で管理しているIDを自分で開示する。つまりSSI(自己主権型アイデンティティ)で、自分のIDは自分でコントロールをしているのだ。

古い“領域国家”という根強い思想が残る祖父母世代は、まだこのシステムに抵抗感があり、家族が同じ国に属するパターンが多いが、最近はそれもなくなりつつあり、個人としての選択の自由が認められるようになった。若い世代は趣味が合うコミュニティの感覚で所属する人もいる。

本当は“国”なんてものはなくても世界は成り立つのだけど、人はなぜだか何かに属したくなるようで、バーチャルの世界には多くの国が存在している。

領土、領水、領空という領域国家としての“国境がなくなった”のは数十年も前になる。かつて、この世界には人種を分ける“国”があった。同じ肌の色をした人種が同じ言語を話し、それぞれの土地の領域を守るために人々は争っていた。しかも個人情報が巨大企業に集約されていたという時代があったなんて、今では信じられない。個人の情報を誰かに預けるなんていつか見た昔の映画の世界だ。

この暮らしがあるのは、ブロックチェーンをはじめとした様々な分散技術のおかげだ。ブロックチェーンによる貨幣の変革に始まった社会の変化は、やがて“国”という考え方も変え、世界全体を変えたのだーー。

ブロックチェーンの現在地

2016年ごろから、「ブロックチェーン」という言葉を耳にする機会が増え、さまざまなメディアで「世界を変える技術」と取り上げられてきた。実際に社会実装されたサービスは仮想通貨などの金融分野から、土地登記、資産管理、商流管理、医療情報、投票管理など多岐にわたり活用されているが、なかなか実態をつかみにくいのが実情だ。

ブロックチェーンはなぜ「世界を変える技術」と言われているのか。その前に、まずは我々の情報技術の歩みを振り返ってみよう。

我々の情報技術は、ほんの20~30年前まではアナログそのものだった。データを送るために新幹線で磁気テープを運ぶこともあったくらいで、こうしたフィジカルでの移動を避けるために情報はできる限り「集中」させようという動きがあった。

インターネット黎明期である1990年代も、クライアント・サーバモデルという端末に処理機能を持たせる分散型の原型が登場したが、それまでと同様にデータをサーバーという中央に「集中」させていた。このころユーザーが得られるものはサーバーが発信する一方的な情報だった。

2000年代になると、インターネット利用が爆発的に増えていく。電子商取引の普及(今でいうネットショッピング)は、インターネット上での決済という新たな決済手段をも確立した。

そして2010年代。クラウドが登場し、世界中に分散する人々はあらゆるデータをクラウドに「集中」させた。インターネットが当たり前の時代となり、ユーザー側もSNSを通して自由に情報を発信ができるようになると、ありとあらゆる情報がサーバーとユーザーとの間を行き交うようになった。

こうしてクラウドを運営するGAFAを代表とする巨大プラットフォーマーにネット利用者の検索履歴や買い物傾向、情報端末の利用状況など個人の嗜好を含む個人情報が集中するようになると、結果的にプライバシー侵害の問題が露呈し始めた。

サーバー(データの中央集権)という概念がある限り、個人情報はGAFAのようにサーバーを運営する企業に集まってしまう。この「集中」を避けるとすれば、その手段はそれとは逆に「分散」しかない。ブロックチェーンはサーバーに主軸を置くのではなく、その主体はネットワークの先に分散して存在する個々の情報であり、情報そのものは「耐改ざん性」というブロックチェーン技術特性に守られているのである。

実際、社会は変わりつつある。EUのGDPRの整備をはじめGAFAへの風当たりは強く、情報が一極集中する仕組みに対する見直しの機運が高まっている。ブロックチェーンによる自立分散型の世界観がより求められるようになったといえるだろう。

テクノロジーは進化し通信速度も飛躍的に上がった。私たちの手元には優秀なスマートフォンがあり、その性能は一昔前のサーバーをはるかに超える。「集中」から「分散」へのハードウェア的なハードルはもはや存在しないといってもよい。

残るのは、「分散」しているデータを誰がどのように管理し、そのデータの正当性をどのように証明しながらやりとりするのかという問題だ。わたしたち一人ひとりが、自分の個人情報を誰の手にも預けることなく、手元のスマートフォンで確実に管理しながら、安全な形でデータのやり取りを行う。ブロックチェーンの出現に端を発した分散技術の潮流は、そうした社会の実現を可能にするだろう。

スマートフォンに蓄積されたデータと、そのやり取り。これが自分自身の物であると確実に証明できれば、スマートフォンはオンライン上で自分自身の分身となる。行政サービスを含め、あらゆるサービスをオンラインで受けることも実現できる。

ブロックチェーンのその先には、分散化が進み“フィジカルな制約を受けない世界”が待っているのかもしれない。

実現のための3つの障壁

社会が「分散型」を求めていく中で、今後、ブロックチェーンがよりコモディティ化したときに課題となるのはブロックチェーン間のインターオペラビリティ(相互運用性)だ。
さまざまなブロックチェーンのしくみが分断して存在する場合、あるサービスを受けるためにはAというブロックチェーンの仕組みを、別のサービスを受けるためにはBを使わなくてはいけない。これは私たちにとって決して便利な形とはいえず、いずれAやBといった複数のブロックチェーン間で情報を仲介する「仲介業者」が登場するだろう。その先に待つのは、今度は仲介業者への情報の「集中」だ。

複数のブロックチェーン同士が直接つながり、情報をやり取りできるインターオペラビリティを保つことができれば、「仲介業者」は不要となる。しかし、そのためには下記3つを「同時に」実現する必要があり、これが極めて難しい。

  1. 複数のブロックチェーンが連携できること
  2. 権利と価値の移転に必要な鍵を各ブロックチェーンの運営者に預けなくともよいこと
  3. 双方のブロックチェーンでの処理が同時に自動実行できること

NTTデータでは、この3つを同時に解決するという難題に取り組んでいる。
その一つが、ブロックチェーン間のコミュニケーションを担うIBC(Inter Blockchain Protocol)という方式を用いた、複数のブロックチェーンサービスの相互接続に向けた取り組みだ。
ベンチャーをはじめ、今後ブロックチェーンを用いたさまざまなサービスの誕生が予想されるなか、生活者の視点に立った、より良いしくみを作り出すことを第一に考え、NTTデータは今から動き始めている。

貿易情報連携プラットフォーム「TradeWaltz®

NTTデータが挑むブロックチェーンの取り組みの一つに、貿易情報連携プラットフォーム「TradeWaltz」がある。

貿易業務に関わるプレイヤーは商社、銀行、保険、船会社、税関、輸出入監督官庁、など、極めて多く、それぞれのプレイヤー間で貿易書類が飛び交い、さらに国をまたぐことでより複雑化している。それゆえに貿易業務のデジタル化は実現不可能とされてきた。

しかしブロックチェーン技術を活用することで、これら複雑に絡み合ったプレイヤーたちと一気通貫の情報共有をすることが可能となる。NTTデータは、2017年8月に日本を代表する貿易関係会社が参画する業界横断コンソーシアムを設立して以来、貿易業務のデジタル化を推進している。ブロックチェーンを使うことにより、これまで紙の文書が果たしていた原本性をデジタルデータに付与することで、単純な電子化、効率化に留まらない新たな価値をユーザーへ提供するというものだ。

この「TradeWaltz」では、データ自体は取引に関連する各国(輸出国/輸入国等)ノードを結ぶ分散ファイルシステム上に格納され、ハッシュ値などのメタデータのみがブロックチェーン上に記録される。分散ファイルシステム上のデータが改ざんされていないことは、ブロックチェーン上に記録されたハッシュ値によって検証される。これによりシステム全体で大規模な貿易文書を扱うことも可能となり、さらにユーザー情報に基づき、データの公開範囲を制御できる仕組みをもつ。大容量データの保存とアクセス制御が可能となったというわけだ。

想定しているのは、国ごとにニュートラルな運営主体がノードを担うフランチャイズモデルだ。こうすることでリスクやコストを集約して、ブロックチェーンのメリットをミニマムコストで享受できる。また利害当事者である特定の大企業にノード運営を委ねない中立的なプラットフォームであるため、そこに蓄積される情報のビッグデータとしての利活用もルールに則ったオープンなものとなる。

このNTTデータの「TradeWaltz」は、ブロックチェーンのひとつのユースケースにすぎない。このしくみは、そのまま他の領域にもスライド展開ができるものだ。
「TradeWaltz」によって、異なる業種、業界の間にデータの流れが生まれる。これまで繋がることがなかった情報が繋がり、新たな価値を生み出す。異業種の企業が連携したサービスの提供にも繋がるだろう。社会の、そして企業の課題解決のみならず、領域を超えた「業際」ビジネスの発展への寄与も目指す。

個人がデータのガバナンスを取り戻す

ブロックチェーンが浸透した未来で、我々の暮らしはどのように変化するだろう。教育、医療、銀行、住まい、福利厚生や介護保障というサービスは、現状は国が提供するサービスであるが、主体が中央から分散された個人に移るならば、自分自身でコントロールする未来がくるだろう。つまり、真の意味で個々人が自身のデータのガバナンスを取り戻すことになる。

冒頭の「国境がなくなる」というストーリーは決してSFではない。例えばエストニアは、この数百年さまざまな国に統治をされてきたが、現在は電子政府化が進み、行政サービスの99%が電子化されている。今後、たとえ他国に物理的に占領されたとしても、デジタルの世界では国家としてあり続ける仕組みを確立していると言ってもいい。そうした国家の「仮想化」の動きの一方で、国家の管理を外れてしまった難民という存在をブロックチェーンでつなぐDID(分散型ID)のような試みも既に始まっている。これらの動きの先には「争いを生む『領域』国家という、ITの存在しなかった時代の産物は必要ない」と考える人々も現れるかもしれない。

コロナ禍で急激にデジタル化が進んだように、これまでアップデートされてこなかったものが、何かのきっかけで爆発的に広がる可能性は大いにある。今後、社会を一変させる力を秘めたブロックチェーンをはじめとする分散技術。NTTデータの取り組む「TradeWaltz」は、その可能性を示した未来への第一歩なのだ。

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