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2021.4.22INSIGHT

産学連携:人間中心的なロボットが、人々の心が豊かな社会をつくる
Cynthia Breazeal(MIT media lab)

MITメディアラボでパーソナル・ロボット研究グループを推進するシンシア・ブリジール教授。彼女は、子どもから老人までの健康管理、教育、または精神面のケアまで、あらゆる領域で人々とインタラクトするロボットのあり方を考え、「ソーシャルロボット」の概念をいち早く提唱した。NTTデータでは、ソーシャルロボットを活用した高齢者向けケアサービスの協働研究開発を進めている。これからのテクノロジーと人間社会のあり方を考察する上で、とても示唆に富んだブリジール教授のビジョンをお送りする。
(※)

NTTデータでは高齢者の服薬アドヒアランス(患者が治療方針に納得し、その方針に従い服薬すること)をソーシャルロボットの活用により向上することを目指す研究プロジェクトを共同で実施中である。Media LabのSignal Kineticsグループが持つRFIDとワイアレスシグナル解析だけでモノや人間の動きを検知可能にする技術(*)をPersonal Robotsグループのソーシャルロボット技術に統合し、患者の服薬状況を簡易にそして正確に把握することができるようにする把握した服薬状況によって、ソーシャルロボットによりプロアクティブに服薬のリマインダーや服薬への動機づけにつなげる。将来の高齢者見守りサービスなどへの展開を目論む。
* RFind: Extreme localization for billions of items
https://www.media.mit.edu/projects/rfid-localization/overview/

ヒューマニスティックに訴えるソーシャルロボット

――教授が提唱された「ソーシャルロボット」の概念について教えてください。

ソーシャルロボットとは、人々を助ける仲間のような存在です。長期間かけて、どのように人々に関与しサポートしていくかを考えるもので、現在のロボットテクノロジーのような実務的・物理的・データ中心のタスクやエンタメサービスにとどまりません。今後は人の感情やソーシャルな関係性に貢献し、人々を助けていく自律的な存在になることを目指しています。私たちがデザインするのは、チームメイトとして行動し、共通の目標に向かって人々と協力していくロボットです。有意義でヒューマニスティックな経験を通して、ロボットが家族の一員として受け入れられ、家族の役に立つようになるしょう。

――ソーシャルロボットのような技術はすでに実装され始めているのでしょうか。

2014年にAIアシスタントのAmazonアレクサが登場してから、私たちはAIを住環境の一部として暮らし始めています。近年の子どもたちはスマートスピーカーとともに成長し、毎日AIと会話しています。しかし、それが今後どのような影響を及ぼすのかはほとんどわかっていません。特に現在はソーシャルメディアと共感力の低下に関する懸念も浮上し、AIの未来についての不安は日に日に高まりつつあります。そうしたなか、ロボットが研究室を出て一般家庭に置かれたとき、どのようなタスクを実行すべきか、人々が必要とすることをどうサポートできるのか、それが人々の幸福につながるのか。私たちは、それを深く考察していこうと考えています。

――他のAIやロボット技術と比べた時、ソーシャルロボットの特徴は何でしょうか。

現在は人々のあらゆるデータを感知・分析し、情報を提供している様々なサービスがあります。こうしたサービスは便利ですが非常に業務的で、人々を幸せにしているとは言えません。もちろん、人々はAIアシスタントに今日の天気を尋ね、Uberを呼び、Amazonにすぐ注文してくれることを望んでいるでしょう。けれど私がもっと関心を寄せるのは、ソーシャルロボットなどの擬人化されたAIが、これから教育やヘルスケア、または高齢化といった日々直面する社会の問題にどう関わるかについてです。

私がつくりたいのは、人々をより深く支援するシステムです。どうすれば人々が今よりもっとクリエイティブに、また長期にわたって健康で、学び続けられるようになるでしょうか。健康管理でいえば、どれだけ多くの記事が運動を推奨したところで、定期的に運動するなど人の行動に変化を促すのは難しいものですが、外部のソーシャル環境の変化が、意識や行動に影響を与える効果はよく知られています。ソーシャルロボットも、個々人がより良い意思決定を行えるように、社会的・心理的な側面からその環境づくりを考えています。

ロボットと互いに成長し合える学び

――機械との会話が一般的になり、機械が人の思考を支援し、よりクリエイティブで新たなことを学べるように助けてくれる未来を提示しています。ソーシャルロボットは教育現場での活用も進んでいるそうですね。

就学前に、幼児は人との交流や遊びを通して学んでいきます。ソーシャルロボットも同様に、家庭教師的にカリキュラムを詰め込むのではなく、子どもと一緒に遊びながら学習を進めていきます。友達同士がお互いの知っていることを教え合うように、遊びながら相互関係を結び、学んでいく過程として、ピア・ツー・ピアの学習に注力しています。

さらには、同級生や先生の前でミスすると恥ずかしいと感じるプレッシャーも、ロボットが相手であれば軽減されます。彼らはロボットを友人と一緒にゲームで遊べる“かしこいペット”のようなものだと感じているので、探検し、新しいことに挑戦するリスクを恐れず、いくらでもミスすることができます。そして子どもたちの好奇心や育っていくマインドセットなど、ポジティブな学びの態度を学習し、モデル化することで、時が経つにつれてロボット自体も成長するようになっていきます。

――今の教育環境を変えていく一助となりそうですね。

現在のアメリカでは、全国民のわずか40%のみが就学前に質の高い教育を受けています。つまり、それ以外の子どもたちが就学前から遅れをとってしまうのです。彼らが追いつくのはとても難しく、また費用もかかります。質の高い教育は成功につながる秘訣です。そこでこうした社会的格差の是正に、ソーシャルロボットを活用できるのではないかと考えています。スケーラブルで手頃なAIサービスは、一人ひとりにあった学びを提供できます。すべての子どもが気軽に幼稚園に入れるようになるのです。

子どもが成長する一番の方法は、努力と実践が上達につながると信じることです。成長を知り、課題を乗り越えていくことで、子どもはさらに学び、成長していきます。一方で固定観念が強い人々は、子どもに何か得意なことがあってもなくても、努力するだけムダだと考えてしまうでしょう。そうして、彼らは諦めてしまうのです。私たちはこの状況に対して、ソーシャルロボットを用いることで、子ども自身が成長できる意識をもてるように働きかけています。言い換えれば、教育および教育にまつわるテクノロジーは、カリキュラムをつくるだけではなく、子どもたちの好奇心やクリエイティビティをより発揮できる学びの環境をつくるべきだと思っています。

シンシア教授の研究室で生まれたソーシャルロボットたち

シンシア教授の研究室で生まれたソーシャルロボットたち

――興味深い話ですね。学校だけではなく、家庭でも使われる想定なのでしょうか。

そうです。さらに、ソーシャルロボットは1対1の対話だけではなく、家族のコミュニケーションも促進します。たとえばロボットが子どもに読み聞かせをしているとき、自然と両親もそこに参加できるように働きかけます。そのとき、ロボットは対話型のストーリーテリングの手法をモデル化することで、読み聞かせ中に自然と子どもが質問したり、自ら文章を読んでみたりする状況を仕掛けながら、学びを促進させることができるのです。これはあくまで推測ですが、ロボットの対話学習モデルを親が参考することで、もっと子どもの学習をサポートできる方法を親自身が学び、また親子のつながりをより深めることができると思っています。

また今後は、そうしたソーシャルロボットが家庭環境に与える影響を分析していく予定です(その際、研究対象となる家族は偏りがないようランダムに選出されます)。これは私たちのラボの特徴でもありますが、実際のユーザーとなるステークホルダーと共にデザインすることで、ユーザー自身の意見を開発側に取り入れています。開発中のロボット技術を実際の暮らしの中に取り入れることで、フィードバックを得ながら改善に向けていくのです。

――技術的な側面についてもお聞きします。個人に最適化されたコンテンツを提供するためにはどんな技術が使われるのでしょうか。

ソーシャルロボットは、子どもたちがいかに教育ゲームで遊んでいるかデータセンシングを使って観察し、分析することで学習カリキュラムを調整しています。
具体的には、子どもたちの発言を記録し、表情や皮膚の生体信号、ジェスチャーなどの行動データを検出します。すべてにAI、機械学習のプログラムを常に裏で走らせているので、ロボットはインプットされたデータから継続的に学習し、成果を最大化させていくのです。そうしたロボットが取得するデータには、学習成果だけではなく、子どものメンタル面や、他者との対人関係の分析にも配慮する微細な情報も含まれます。さらには、ソーシャルロボットと子どもの関係が良くなればなるほど、子ども自身の社会性やスキルも向上していくでしょう。例えばロボットが様々な洗練された単語やフレーズを使えば使うほど、自然と子どものボキャブラリーも上がっていくと考えられます。

医療分野に新たな対話を促す

――ソーシャルロボットはヘルスケアの分野にも応用可能ですよね。

近年のヘルスケアに関するサービスは、服薬管理から身体データの分析まで様々ですが、そのほとんどは情報を一方的に伝えることにとどまっています。私たちはヘルスケアに関しても、人々とロボットとが相互にコミュニケーションできるような環境の構築を目指しています。そのとき、ロボットは個人のヘルスケアの優秀なコーチとして役立つでしょう。

たとえば、そもそも今服薬すべき薬が本当に効果的なのかどうか、懸念を抱いている人は多くいるでしょう。けれど、医者の前では良い患者であろうとして、なかなか本心を口に出せないことも多い。一方で人々はロボットに対してであれば、率直な本音が出て、医者の前よりもオープンになりやすいことがわかってきました。そうした患者の行動がより正確に伝えられることで、医者は患者が実際に何を感じているのかを理解し、個別の患者に合わせて治療法を提案することができます。

――その場合、プライバシーの問題についてはどう考えられていますか?

それはヘルスケアに限らず、AIと共存していく生活全般に関わる重要な倫理問題ですね。データ活用の透明性、プライバシーがどんな文脈で尊重されているのかは一人ひとりに開示され、それぞれが選択できるべきです。その点は今まで以上に慎重なシステム設計が求められます。

また一方で、個々人のデータを学習するロボットは、時に本人も気付かぬ潜在的な状況に気が付くこともあります。たとえばうつ病の傾向にあるとき、自分自身を客観的に判断するのは難しいものです。そうしたとき、ロボットが微細な変化に気付き、適切な対処を提案することができるはずです。

――そうしたフィードバックが重要なんですね。ロボットは施設などでも利用されるのでしょうか?

過去に高齢者の生活支援コミュニティで、3週間ほどソーシャルロボットを導入するテストを実施しました。そこで発見したのは、ロボットが人々のコミュニケーションの触媒になるという事実です。皮肉なことに、ケアセンターで暮らす人々は、他者と一緒に暮らしていても孤独になりやすいと言われています。しかし、毎日顔を合わせていてもあまり交流のなかった居住者たちが、ロボットとの対面を通して集まり始め、結果お互いの交流を深めていったんです。これはとても興味深い現象でした。社会心理学的な視点から見ても、人が人とどう関与し合うかを考える上で、ロボットの媒介は非常に示唆的です。

研究室では、ロボットのプラグラミングだけでなく、作業台の上で実物の組み立ても行われていた

研究室では、ロボットのプラグラミングだけでなく、作業台の上で実物の組み立ても行われていた

――なぜロボットの存在が人々の媒介となるのでしょうか。

物理的にロボットがその空間内で人々と共存していることが鍵だと思います。今日のAIテクノロジーは、テキスト解析や音声認識をはじめ、様々な場面で私たちの目に見えないところで動いていますが、実空間にロボットがあるほうが、信頼や説得力が増す側面があるようです。ソーシャルメディア上では何百人もの友人とコミュニケーションが可能で、あらゆる人とつながっています。しかし、それが一人ひとりと親密に関われているかといえばそうではありません。Facebookの投稿や、140文字の情報から得られないことは何でしょうか?

いまソーシャルメディアで数百、数千人を越えるフォロワーがいても、孤独を感じている人は大勢います。現代は、ハイパーコネクテッドな孤独の時代と言えるでしょう。それは、ダイレクトに対面で出会うことの重要性を物語っているのではないでしょうか。そうした時代において、ソーシャルロボットは人々の孤独と向き合い、相互のインタラクションを深める存在になりうると思っています。

また、これからは生涯学習が鍵となる高齢化社会です。何か新しいことを学ぶのは子どもだけではなく全世代の人々にとって重要なものとなるでしょう。そのとき、ロボットが提供してくれる学びの機会は、より多くの人にとって有益なものとなるはずです。

フィクションが教えてくれた、ロボットと人の関係

――すべてとても魅力的なコンセプトに基づいていますが、つい最近まではAIが仕事を奪うなどと多くのメディアが煽っていました。ロボットに対する認識の変化についてはどう思われますか。

繰り返しになりますが、私たちが目指すのは人間の仕事を代替して奪うロボットではなく、人々のコミュニケーションを手助けしたり、能力を拡張できたりするような、人間中心的なロボットのあり方です。私がソーシャルロボットを提唱したのは20年ほど前です。私は根っからの「スター・ウォーズ」ファンで、R2D2やC3POで育った子どもでした。彼らは豊かな個性を持ち、人々と深いパートナーシップを結ぶロボットでした。日本のアニメやマンガ文化と同様、私のロボットへの関心はこうしたSFから培われていったと思います。ですが、20年前まで西洋諸国では「ソーシャルロボットが人間を助けて、社会的かつエモーショナルな知恵を持つ」なんてとても馬鹿げた考えだと思われていました。

特にアメリカにおけるロボットの判断基準は有益かどうか、便利かどうかに主軸が置かれていますね。かたや、マンガやアニメの影響が強い日本でははじめからこの概念が受け入れられていたと思います。

左から「Leonard(レオナルド)」「Tega(テーガ)」「JIBO(ジーボ)」「Cyberflora(サイバーフローラ)」。

左から「Leonard(レオナルド)」「Tega(テーガ)」「JIBO(ジーボ)」「Cyberflora(サイバーフローラ)」。

そうしたカルチャーから価値観を提示する方法もあるかと思いますが、良かれ悪かれメディアの影響は計り知れないですから、私たちは常にメディアが提示するコンテクストに意識的でいたいと考えています。もちろん、ある種の職業はテクノロジーによって補完されるでしょうし、従来の仕事の性質が変わる可能性は多分にあります。けれど、これらのテクノロジーが人々の行動を拡張させ、もっとクリエイティブなことや、充実した仕事に従事できるような状況を作りたいと思っています。

――素敵な未来ビジョンですね。ありがとうございました。

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