不確実性が高まる環境下で、企業が「持続可能性」を重視し、企業の稼ぐ力とESG(環境・社会・ガバナンス)の両立を図り、経営の在り方や投資家との対話の在り方を変革するための戦略指針のこと
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1.未来の金融「地域サステナブルファイナンス」
未来の金融とは何でしょうか。DX(Digital Transformation)の観点からは、例えばEmbedded Finance(組み込み型金融)等が未来の姿として語られてきました。しかし、これらは金融の提供形態の未来の姿について語ったものです。
金融にとってさらに大きな影響があるのは、金融が社会の中で果たす役割の変化です。それが社会課題に対応し、社会をより持続可能な形に転換していくために資金を活用する金融の在り方である「サステナブルファイナンス」です。サステナブルファイナンスでは、金融は持続可能な社会の実現及び維持を支える役割を果たします。更に、持続可能性は各地域の特徴を生かしながら実現されるべきものであることから、NTTデータグループでは「地域サステナブルファイナンス」こそが未来の金融の姿だと考えています。
従来型の金融は、日本では明治維新以降、富国強兵、殖産興業、そして、経済成長を推進するための役割を果たしてきました。これからは持続可能な社会を形成し、維持していくことが求められます。金融の役割はその実現にあります。そのために必要なのが金融機関のSXです。
2.サステナブルファイナンスは従来型の金融と併存するものではない
地域サステナブルファイナンスがどのようなものかを見ていく前に、まずサステナブルファイナンスの現況について見ていきましょう。
現在、サステナブルファイナンス、ESG金融(※2)、トランジションファイナンス(※3)、グリーンファイナンス等さまざまな言葉が使われていますが、本稿ではこれらを総称して「サステナブルファイナンス」と呼んでいます。
サステナブルファイナンスは、多くの金融機関に浸透しています。環境省が2022年3月に公表した「ESG地域金融に関する取組状況について ‐2021年度ESG地域金融に関するアンケート調査結果取りまとめ‐」によれば、94%の金融機関が「『金融業務におけるESGやSDGsの考慮』に関心がある」と回答しています。しかし当該アンケートを見ると、金融機関でのESG金融への取組は、一部の部署や商品としての取組に留まっています。ESG要素の考慮についても担当者が案件毎に対応している金融機関が大半であり、日本のサステナブルファイナンスは未だ黎明期にあるといえます。
サステナブルファイナンスとは、従来型の金融と並行してサステナブルファイナンスの商品やサービスが提供されるといった表面的な取組のことではありません。金融機関が社会の中で果たす役割自体の変革により実現される金融です。私は、金融機関のSXによってのみ真のサステナブルファイナンスが実現されると考えています。SX後の金融機関では、従来型の金融商品とサステナブルファイナンスの商品が併存するのではなく、全てがサステナブルファイナンスに置換されるはずです。金融機関の存在意義・目標、組織、評価体系、人財、文化といった全ての要素がトランスフォームされることで実現するものです。
SXに大きく役に立つのはDXです。DXは金融「機能」の提供形態に係るトランスフォーメーションなので、SXの下位レイヤーに位置します。SXによってめざす「金融機関の役割の変革」を効果的に実現するための手段として、DXが推進されるのです(図表1)。
環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)という非財務情報を考慮して行う投融資
炭素集約型事業や環境負荷の高い事業活動を、脱炭素型あるいは低環境負荷型に移行させるための投融資
3.「地域サステナブルファイナンス」と、その実現モデル
では、「地域サステナブルファイナンス」とはどのようなものでしょうか。サステナブルファイナンスでは、金融は持続可能な社会の実現及び維持を支える役割を果たし、従来のように成長率、収益性といった経済的価値だけで判断されるものではありません。サステナブルファイナンスは、社会の持続可能性を実現し維持するために必要な要素(例えば自然環境、貧困、教育、福祉、エネルギー消費効率等)の改善に寄与する事業や取組に投融資します。そして金融機関は、投下した資金によって得られた効果を、経済的価値だけではなく、それぞれの要素の改善度を計測し、モニタリング、評価を行います。その際に重要なのは、従来のように金融機関がどの業種、プロジェクトに融資するかを独自に判断するのではなく、どのような要素に優先して融資するべきかを、さまざまなステークホルダーの意向や社会情勢を考慮し、すり合わせながら決めていくことです。金融機関が積極的に外部のステークホルダーとコミュニケーションをとり、開示を積極的に行うことが求められます。
そして、この優先するべき「要素」は地域の自然環境、地域資源、文化等によって異なります。そのため地域ごとに持続可能な地域社会の姿を描き、その実現に向けて優先して取り組むべき要素を決定した上で、金融機関はこれらの要素を考慮して融資等を行うことが求められます。各地域の実情に即したサステナブルファイナンス、即ち地域サステナブルファイナンスが未来の金融として求められているのです。
地域サステナブルファイナンスは具体的にはどのような形(モデル)で実現されるのでしょうか。
地域サステナブルファイナンスのモデルの検討に当たっては、欧州を中心として1970年代に登場したサステナブルバンク(エシカルバンク)(※4)のモデルが参考になります。サステナブルバンクは、経済的価値だけでなくトリプルボトムライン(環境的側面、社会的側面、経済的側面)を基準に運営されてきたからです。NTTデータグループでは、代表的なサステナブルバンクであるオランダのTriodos Bank、ドイツのGLS銀行等の調査を通じて、地域サステナブルファイナンスモデルの検討をしてきました。
サステナブルバンクの特徴は、(1)高い倫理基準に準拠した業務運営、(2)徹底した情報開示、(3)コミュニティとの積極的なコミュニケーション、の3つです。この3つの特徴がコミュニティを巻き込んだ包括的なマネジメントサイクルとして有機的に機能しています(図表2)。
このサステナブルバンクの3つの特徴を踏まえて、地域サステナブルファイナンスの具体的なモデルを整理したのが図表3です。
地域サステナブルファイナンスで(1)の倫理基準に該当するのは「地域サステナブル基準」であり、地域の将来ビジョンとこれによって定められるESG項目から構成されます。将来ビジョンとは、持続可能なコミュニティとして各地域がめざす「なりたい姿」を表現するものです。そしてこの姿を実現するために取り組むべき要素がESG項目であり、これはSDGsの16のゴール等を利用して設定され、優先するべきものを決めていきます。地域の環境や資源を考慮して、教育、福祉、貧困、自然環境等、優先したい要素について、どのようなレベル(基準)をめざすのかを設定し、そのレベルを達成するために必要な事業や取組に優先的に資金を融通していくのです。
ここで重要なのは、銀行が地域全体のサステナブル基準を「単独で」策定して銀行内限りで保有するのではなく、(3)積極的なコミュニケーションを通じて、地域の関係者と「協働して」作成し公開することです。地域の関係者としては、自治体、地元企業(団体)、地域の大学、地域住民、非営利団体等が想定されます。そして、この地域のサステナブル基準とESG項目を全ての業務運営の軸として据えて、意思決定、金融商品開発、企業・案件審査、地域とのコミュニケーション、そして徹底した情報還元といった活動が新たにデザインされます。
利用者から預かった資金を環境や社会に配慮したプロジェクトに融資・投資する金融機関のこと。すべての融資・投資先を公表し、それらの融資・投資先が軍事産業、原子力発電産業ではないことがその定義となる。
4.デジタル技術で地域サステナブルファイナンスモデルを実現
地域サステナブルファイナンスモデルの実現には、デジタル技術の活用が有効です。地域の状況を把握するデータの収集、案件実施の効果のモニタリング、関係者とのコミュニケーション、情報公開等、デジタル技術の活用余地が大きく、DXがこれを支えていくこととなります。
また、地域サステナブルファイナンスモデルを構築した地域金融機関は、持続可能な地域社会を新たに形成するという役割を背負い、従来のように審査をして担保を取ったうえで資金提供をするだけの「消極的な貸し手」ではなくなります。持続可能な地域社会に必要なものを自ら構想し、地域に足りないものは自ら探索し事業開発を行い、地域で担い手がいない場合は、自身が事業の当事者となって推進するといった、「商社機能」を発揮する「積極的な興業者・貸し手」となることが期待されるのです。
地域サステナブルファイナンスモデルの実現や、新たな役割を担う金融機関の活動をデジタル技術の力で支えていくのが、NTTデータグループが検討している「地域サステナブル基準プラットフォーム」です(図表4のステップ3)。
地域サステナブル基準プラットフォームとは、地域で提供される全ての活動やサービスを、地域が優先する要素の基準に基づきモニタリングをするためのプラットフォームです。例えば、地域で提供されているモビリティ、エネルギー、教育事業等のサービスが、基準で想定された効果を実現できているか、地域にネガティブな影響を与えていないかということについて、関連のデータを収集・分析し、モニタリングや評価をする機能が求められます。
また地域サステナブル基準プラットフォームには、このような情報を積極的に地域の関係者に開示し、各関係者からのフィードバックを得て、コンセンサスを形成するためのコミュニケーション機能も必要となります。
NTTデータグループでは、サステナブル基準プラットフォームを一足飛びに作るのではなく、現在すでに各金融機関が取り組んでいる地域気候変動対応の取組を発展させていくことを考えています。地域気候変動対応・グリーンプラットフォーム(図表4のステップ1)は、各地域におけるCO2排出量データの収集及び削減のモニタリング、水資源の状況モニタリング等を行うプラットフォームですが、次のステップ(図表4のステップ2)で対象をグリーンから地域の社会課題全般に広げ、最終的には地域で提供される全ての活動を対象にします。
NTTデータグループでは、地域金融機関の皆さまとともに、「未来の地域金融」のモデルやその活動をデジタル技術で支える方法を描き、実現していきます。