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国庫金納付はキャッシュレス化できるのか?
買い物や公共交通機関での支払いなど、日常生活において浸透しつつあるキャッシュレス決済。一般社団法人キャッシュレス推進協議会が公表した『キャッシュレス・ロードマップ2023』によると、2022年のキャッシュレス決済比率は36.0%に達するという。政府も2019年6月に閣議決定した『成長戦略フォローアップ』において、2025年までにキャッシュレス決済比率40%を目標に掲げており、将来的には世界最高水準の80%をめざしている。
民間と比べると遅れを取っていた中央省庁のキャッシュレス決済の導入も、2020年12月に閣議決定した『デジタル・ガバメント実行計画』や2022年施行の『キャッシュレス新法』、2023年6月に閣議決定した『デジタル社会の実現に向けた重点計画』などを経て、今後、本格的に進むと考えられている。
NTTデータ 第一公共事業本部
北村 陽二
一方で、中央省庁のキャッシュレス化には課題も存在している。そのひとつが、国庫金納付だ。NTTデータの北村 陽二は、「中央省庁に支払うお金は国の収入なので、国庫金として日本銀行に納めます。その際、各省庁の会計処理や法律などと適応させる必要があり、キャッシュレス化の高いハードルとなっていました」と語る。
それらのハードルを乗り越えて、行政機関への手数料など国庫金納付についてキャッシュレス決済を実現したSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)が、NTTデータの『KOKO PASS』である。各省庁が共通して利用できるように、NTTデータがキャッシュレス決済に必要な機能をクラウドサービスとして提供。かつ、中央省庁独自の会計処理への対応や関係事業者との調整・契約も一括して代行するトータルソリューションだ。
図1:KOKO PASSのしくみ
『KOKO PASS』の特徴は、各省庁の窓口業務に合わせたシステム運用設計、地方公金対応やスマホ決済対応など、個別の要件にも柔軟に対応できること。そして、セキュリティーが確保されたNTTデータの公共機関向けクラウド基盤『OpenCanvas for Government』(※)上で提供することで、高度な管理レベルでの情報管理と短期間かつ低コストでのキャッシュレス化を実現できることだ。
この『KOKO PASS』を活用しているのが、外務省の「領事手数料のクレジットカード決済によるオンライン納付」である。2024年10月現在、44都道府県および全在外公館(一部除く)において、オンラインでパスポート、証明、日本入国のための査証を申請した際の領事手数料をクレジットカードで決済できるようになった。
実現が難しいと思われた分納に、「実現できる可能性があります。」と回答したNTTデータ
外務省がキャッシュレス化に着手した背景には、2020年12月に閣議決定された『デジタル・ガバメント実行計画』がある。この実行計画のひとつが、「旅券(パスポート)申請のデジタル化」だ。デジタル化の施策として「領事手数料のクレジットカード決済によるオンライン納付」がある。外務省 領事局旅券課 課長補佐の有馬 純枝氏は、今回のプロジェクトの始まりをこう述懐する。
外務省 領事局旅券課 課長補佐
有馬 純枝 氏
「パスポート申請の領事手数料が印紙や証紙のみの取り扱い。この不便さに対する問題意識は以前から外務省にありました。しかし、パスポート申請は、世界各国にある大使館・領事館と言った在外公館だけでなく、47都道府県に窓口があり、また、手数料の納付には財務省や日銀も関わるので、外務省の一存で変更は現実的ではありません。政府から指針が示されたことで、キャッシュレス化に踏み切る環境が整いました」(有馬 氏)
もちろん、環境が整ったからといって、すぐにデジタル化が進むわけではない。実際にキャッシュレス化を実現するには、複雑な法律、外務省独自の会計処理への対応、大勢の関係者調整など、数多くの壁が立ちはだかった。
関係者のなかで特に存在感が大きかったのは、クレジットカード会社だ。それぞれのブランドに独自の厳格なルールがあり、外務省が目指すキャッシュレス化との調整は困難を極めた。そんな状況で、外務省には譲れないことがあった。それは「分納の実現」である。現在、パスポート申請(10年間有効)には16,000円を支払うが、そのうち14,000円は収入印紙で国に支払い、残りの2,000円は都道府県の手数料として証紙で支払う。
「通常は、支払先が違うため、14,000円と2,000円、2回のカード決済が必要です。しかし、手続きの回数が増えれば間違いのリスクも高まるし、利用者の手間も増えます。それらを回避するためには、16,000円を1回の決済で国と都道府県へ分納する仕組みが理想的です。構想当初いろいろなクレジットカード会社などから意見を聞きましたが、反応はかんばしくありませんでした」(有馬 氏)
図2:パスワード申請の手数料分納のしくみ
ただ、国民の利便性という観点からは、外務省として分納を実現させクレジットカード決済を1回で終わらせたいという気持ちは強かった。そのような中、NTTデータは入札プロセスのプレゼンテーションで分納の実現可能性を言及。「KOKOPASSに機能を実装することにより、実現できる可能性があります。」と言っていただいたときは、本当に心強かったです。」(有馬 氏)
国庫金納付における複雑な課題を解きほぐし、キャッシュレス化までの道を切り開く
外務省として当初考えていた課題は「分納の実現」だったが、NTTデータの回答はそこだけに留まらなかった。NTTデータの小山 和幸は、「国民、そしてパスポート申請に携わる外務省や都道府県の職員の利便性を考えると、もう一歩踏み込んで複数の課題解決を考える必要がありました」と振り返る。
NTTデータ 第一公共事業本部
小山 和幸
(現:株式会社NTTデータ先端技術 セキュリティー&テクノロジーコンサルティング事業本部)
省庁の会計処理は概ね『ADAMS』で行われているが、当時、外務省の在外公館はADAMSと連携しておらず、収納したお金は小切手として日本に送られ、外務省の職員が日本銀行に持参していた。また、パスポート申請の国の手数料は、財務省が発行する収入印紙を使っており、外務省の歳入ではなかったが、キャッシュレス化で収入印紙を使わないことになれば、新たに外務省の歳入として処理する必要がでてくる。NTTデータはこういった不便や課題を抱えていた外務省と向き合い、業務課題の分析からはじめ、解決策を示していった。
「どうすれば新たな価値を生み出せるか。それを考えて提案するのが、NTTデータのスタンスです。そのなかで、会計も含めたバックオフィスでもデジタル化する目標を掲げて、ディスカッションを重ねていきました。」(小山)
バックオフィスのデジタル化という大きな枠組みのなかで、パスポート申請の手数料もキャッシュレス化する。その際、ひときわ大きく立ちはだかった2つの壁があった。
ひとつは、法律の壁だ。「何をいつ、どう処理するかは、財政法や会計法で全部ルール化されています。そのルールを乗り越えなければ、領事手数料のキャッシュレス化は不可能でした」と有馬氏。財政法や会計法といった法律だけでなく、これらを受けた政省令・事務規定など、さまざまな決まりごとがあり、その解釈を一つ一つ、NTTデータと外務省で解きほぐしたという。
「外務省の会計の現状を在外公館課、会計課、政策課、旅券課、外国人課、領事サービス室といった関係各課に対し何度もヒアリング。お金の流れのAS-IS(現在の姿)を整理し、TO-BE(あるべき姿)を複数パターン用意し議論を重ね、現行の法律の解釈内でもっともよいと考えられる案を外務省に提言し、財政法や会計法を所管する財務省と協議を重ねていただき、実現することができました。」(小山)
NTTデータとしても、複雑な法解釈やお金の流れを理解するために、社内の有識者や法務部にも力を借りながら理解を深めた。クレジットカード決済に関する割賦販売法をはじめ、在外公館へのサービス提供にあたっては外国法の検討も視野にいれて複数の法律事務所にも力を借りながら進めていったという。また、システム面では、『ADAMS』や歳入金電子納付システム『REPS』に接続するための『REPS連携基盤』などとの連携に加え、決済代行ソリューション『Omni Payment Gateway』の活用によりスムーズなキャッシュレス決済のシステムを構築した。
もうひとつの壁は、関係者が非常に多いことだ。当事者である「外務省」、前述した「財務省」、「日本銀行」、「日本マルチペイメントネットワーク推進協議会」、「日本マルチペイメントネットワーク運営機構」、「民間銀行」、「外務省の既存の基幹システムを構築したベンダー」、「都道府県」などが関わる。特に、パスポート申請の窓口となる都道府県との折衝は簡単なものではなかった。外務省は、制度を作る過程で都道府県との協議の場を持ち調整をつづけ制度の構築の調整を続けてきた。導入後は運用が要となり、その全面に立つのが、外務省 領事局旅券課及び領事デジタル化推進室 事務官の福原 輝明氏だ。
外務省 領事局旅券課及び領事デジタル化推進室 事務官
福原 輝明 氏
「都道府県の手数料として支払うので、それぞれの都道府県とNTTデータの契約が必要です。その際、自治体の旅券課だけでなく会計課などとの調整が発生したり、都道府県条例の変更が必要だったりするので、根気強くキャッシュレス化の仕組みなどを説明しました。現在は全都道府県での導入に向けて、残り3都道府県(2024年10月時点)と引き続き調整を続けています」(福原 氏)
あらゆる国庫金納付をキャッシュレス化し、一歩先の社会の実現に貢献していく
『KOKO PASS』を活用して実現した、パスポート、証明、日本入国のための査証をオンライン申請する際における領事手数料のクレジットカード決済。パスポートは国内では44都道府県で、パスポートと証明は一部を除く全在外公館で、査証は一部在韓公館で利用可能となった。福原氏は現場の重要性を認識しており、自ら東京都庁のパスポート申請窓口に足を運び、職員や申請者から使い勝手などの声を集めたという。
「お子さま連れの申請者から、“オンラインで申請して支払いが終わっているので、窓口では受け取って帰るだけ。これまでは、申請に来て印紙を買って支払って、後日、受け取りにくるという二度手間だったので、楽になりました。”というお声を頂きました。申請者の生活が少しでも便利になったことを実感して、キャッシュレス化の意義があったと感じています」(福原 氏)
導入後の運用においても外務省ではNTTデータと共にマニュアル作成や業務概要のオンライン説明会などを実施。都道府県の窓口で業務にあたる職員や在外公館の職員に使い勝手などをヒアリングしている。「今のうちに使い勝手の悪い部分を把握し、予算や法律が整ったら、より良い仕組みへ短期と中長期に分けて計画を策定し進化させようと考えています」と福原氏。デジタル庁は中央省庁のデジタル化において「小さく産んで大きく育てる」を掲げているが、まさにそれを地でいく取り組みだ。
有馬氏は今回のプロジェクトを振り返り、NTTデータとの共創をこう振り返る。
「NTTデータさんは、さまざまなシステムを持っているだけでなく、それを顧客のニーズに合わせてデザインして、整合性や使い勝手を一緒に考えてくださいました。今回のプロジェクトも、そういった足し算、引き算を繰り返しながら制度を整えました。それを支えているのは、組織の厚みではないでしょうか。打合せにクラウドの専門家など技術者も同席してバックアップする姿勢は、ほかの企業とは異なる対応で、先が見えない野山を一歩一歩、一緒に歩いて道を切り拓いてくれる存在でした」(有馬 氏)
『KOKO PASS』は外務省だけでなく、国土交通省の自動車重量税・検査登録手数料のキャッシュレス化や、デジタル庁が2024年6月に開始した「国家資格等情報連携・活用システムに係るオンライン決済サービス」でも導入されている。
今回、NTTデータは外務省との密接な対話による業務分析から始め、業務フローの提案、法律の整理などにも携わり、それらを踏まえた上で『KOKO PASS』を活用して必要なシステムを構築している。このコンサルティングの方法論は、今後、他の中央省庁のデジタル化にも活用されるという。これからもNTTデータは、『デジタル社会の実現に向けた重点計画』における政府や中央省庁のデジタル化に邁進していく。
図3:外務省、NTTデータ双方から部署の垣根を超えて多くのメンバーが協力してプロジェクトが実現
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