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2023.4.4業界トレンド/展望

「健康に無関心な人」はどうすれば減らせるのか

「人生100年時代」と言われ始めた日本では、単なる長生きではなく、「健康問題で日常生活が制限されずに生きられる期間」を指す「健康寿命」が新たなキーワードとして注目を集めつつある。

一方、医薬品の世界では、難病治療への道を切り開く抗体医薬品や細胞治療、遺伝子治療などの実用化が始まっている。

コロナ禍のゲーム・チェンジャーと言われたメッセンジャーRNAワクチンの開発元・米モデルナの日本法人モデルナ・ジャパン社長の鈴木蘭美氏と、NTTデータで医療データ利活用を通じた新たな健康社会を模索する関根志光氏の対談から、製薬業界が描く患者中心の個別化医療の可能性を探る。

目次

テクノロジーの発展により、あらゆる業界で新たな潮流が生まれる一方、急速な変化に伴う課題も生じています。その両極にはどんな景色が広がっているのでしょうか。

各界の有識者とNTTデータのエバンジェリストが、各種の産業の将来を見通す対談シリーズ「未来予測2sides」。

視点の異なる二人が意見を交わし、ポジティブとネガティブ、両方の未来シナリオを描きます。

01 製薬業界の現在地

──お二人は現在の日本の製薬業界をどのように俯瞰していますか?

関根日本の製薬企業は、新薬のシーズ(医薬品の候補物質)を見つける力はあるとは思いますが、開発力にはやや不安があります。
近年、まずは欧米で画期的な新薬が上市され、その後、中国や韓国などがその新薬の開発に進み、日本は後塵を拝することが少なからず起きているためです。
世界に誇れる国民皆保険制度がありながら、海外で受けられる治療が日本では受けられない現実が起きることへの懸念は払しょくしきれません。

鈴木日本は化学科を有する大学も多く、歴史的に低分子化合物の研究に強みがあり、国内の製薬企業の研究力も高いと言えます。
今回、ワクチンで注目された当社は創業十数年の米国のベンチャーですが、ベストサイエンスを追い求めて今年1月に創業以来初の買収を行いました。
買収先は、当社ワクチン原料のプラスミドDNAを今まで以上に効率的に合成できる技術を持つ日本のスタートアップ企業です(※1)
このことは日本の研究力の高さを示す一例と考えます。

ただ、日本企業には高い技術力がある一方、経営やビジネス環境には少なからず課題があります。
例えば当社は、初の自社製品となる新型コロナウイルス感染症のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを上市するまでの過去10年、赤字決算を続けながらmRNAのみの研究開発に30億ドル(約3600億円)を費やしています。
日本の製薬企業が同様のことができるかといえば、かなり難しいのではないかと想像します。

関根それは現実的には厳しいでしょうね。

鈴木別の観点から課題を挙げれば、日本は低分子化合物の研究力は高い反面、現在の創薬の主流である抗体医薬品などを扱うバイオテクノロジーに関しては国内の大学に学部学科が少ないのが現状です。
かといって化学からバイオテクノロジーに全振りをすれば良いものでもありません。
モデルナのワクチン成分のmRNAは生物学・医学領域ですが、接種後に体内で効率的に働かせることを目的としてmRNAを「脂質ナノ粒子」に封入する技術は工学の領域です。
一見すると、異なる学問同士の「越境」から爆発的なイノベーションは起きているわけで、カギを握るのが資源配分のバランスを変動する俊敏性です。
私見ですが、この点は近年日本の強みではないと感じます。

(※1)

米モデルナは2023年1月4日、日本のバイオスタートアップのオリシロジェノミクスを8500万ドルで買収することを発表

02 製薬業界のネガティブな未来

関根鈴木さんがおっしゃる「越境」を、当社では「業際(ぎょうさい)」と呼んでいます。
業界や立場の異なるプレイヤー同士をつなぎ、新しい価値を創出する仕組みを作り上げていくことです。
その一環として当社では、多様な病院のデータに製薬企業や研究者がアクセスできる医療情報プラットフォームの運営に数年前から参画し、徐々に「業際」の事例を拡大しております。

海外では、様々な情報源から日常的に収集される患者さんの健康状態や医療行為のデータである「RWD(リアルワールドデータ)」を利活用して、医療行為の支援サービスの創出や医薬品の研究開発などが進められています。
国内でも同様の環境整備が不可欠で、その基盤づくりを我々が担いたいと考えています。

──RWD利活用の促進が創薬や医療の発展の鍵を握る、ということでしょうか。

関根そう考えます。今回の新型コロナワクチンについても、イスラエルがいち早くRWDを利用して、その有効性と安全性を証明しました。

イスラエルは日本と同じ国民皆保険制で、非営利の保険組合HMO(Health Maintenance Organization)と保健省の間で国民の医療データが共有されています。

そのためRWDからワクチンの有効性に関するエビデンスを創出することが可能になりました。

日本でも同様のことをできる素地はあります。

誰にどのような治療を行ったかがわかる診療報酬明細書(レセプト)のデータは、国のレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)に集約され、各患者さんの治療成果は医療機関の電子カルテとして存在します。

しかし、様々な法規制やデータ共有にかかるルールの課題などにより、これらのデータを効果的に連携させるデジタル化推進に注力できていないことが課題と言えます。

──鈴木社長は日本の製薬企業によるRWD利活用の状況をどのように評価していますか?

鈴木日本の製薬企業のデジタル・トランスフォーメーション(DX)やRWDの利活用に時代遅れの印象はありません。

むしろ、薬の臨床試験時に必要な比較対照群にRWDを利用するなどのコンセプトは多くの製薬企業が有しています。
問題はまさに関根さんがおっしゃったデータの在りかとスピード感です。

私たち製薬企業がRWDを獲得しようとすると、多くは大学の研究者との共同研究が必要です。

それに際して研究プロトコール(研究計画書)作成に最低数カ月、研究データの収集に年単位を要し、データが揃った段階では経時的な影響でデータ自体が陳腐化していることがよくあります。
既存の医療・健康に関するRWDを、リアルタイムに活用できる仕組みが必要だと感じます。

関根医療分野の研究開発を促進するため、「次世代医療基盤法」が2018年から施行され、一定の条件を満たした認定事業者が匿名加工した医療データを、製薬企業やアカデミアが徐々に利用できるようになっています。

また、先ほどのNDBも、現在では利用申請に基づく審査で認められれば、民間でも利活用は可能です。しかし、申請が承認されてからデータ入手までは平均330日。

これは昨年、内閣府規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループで話題になり、短縮を目指すことになりましたが、様々な課題があり目標は平均250日とのことです。

鈴木それほど長い期間がかかることに驚くばかりですが……率直に言って、もったいないですよね。

研究者からは、エビデンス創出を目指した医療のRWD利活用が抱えている課題は、個人情報保護法が大きな壁となり10年前から変わらないままとの声も耳にします。

関根究極のプライバシーである医療情報に関する個人情報保護法改正のハードルが高いことは間違いありません。

しかし、「次世代医療基盤法」の施行で、それまでは原則としてオプトイン(本人の事前同意を得ること)でしか収集できなかった医療データは、認定事業者によるオプトアウト収集(本人の事後拒否の機会を確保し、事前同意は取らないこと)が可能になりました。

Nadezhda Fedrunova / istock

Nadezhda Fedrunova / istock

その結果、同法を基にした大規模なデータベースが構築され始めています。

同法は現在、創薬・治療法の研究開発促進を念頭に、提供可能なデータの拡充に向けた改正議論が進行しており、早ければ現在の通常国会中に改正法が成立する見込みです。

法の壁を低くするルールが制度化されれば、データ利用の活性化が阻まれる未来は回避できるかもしれません。

03 製薬業界のポジティブな未来

──RWDの活用が進化した場合は、どのようなことが実現可能になるのでしょう?

鈴木私たちの事業を例に挙げれば、現在ワクチンを主軸とする当社の最大の課題は、日本では個人の予防接種歴と健康情報の紐づけがなく、国レベルで、接種後の健康状態をリアルタイムで継続的に追跡できないことです。

これが可能になれば、イスラエルのように、ワクチンの効果で入院リスクや致死率が低下したことを示すエビデンスが日本からも発信できるようになります。

理想は一人ひとりの予防接種歴と医療情報、さらには介護情報までを紐づけられるようになること。

個人の予防から予後までを追跡できる環境が整うことには、非常に大きなメリットがあります。

例えば、ある病気のA薬が1錠100円、B薬が200円として、その100円の差を、直近の治療効果だけでなく、その後の生活状況の改善ぶりなども加味したロングスパンの効果をもとに明らかにすることができるようになります。

つまり、データの利活用は医療を改善していく機会の創出にもつながります。

関根おっしゃる通りですね。昨今の医療界のホットトピックスとして、アルツハイマー病で高価な新薬が登場する可能性がある件が注目を集めていますが(※2)、こうした薬は投与中の効果とコストのバランスにとどまらず、介護負担など社会的コストの軽減にどれほど寄与したか、といった点でも評価ができます。

幅広い観点から医薬品の価値について議論をするためにも、広範囲なデータをとらえ、可視化していくことが重要と考えます。

鈴木製薬企業の立場からさらに踏み込んで言うと、ある薬が一部の患者さんに対して有効性を発揮しないケースは残念ながら存在します。

このとき製薬企業は、患者さんに自社製品を使い続けていただくことを望んでいません。有効性を発揮しそうな薬に早くスイッチしてほしいわけです。

その切り替えをこれまでは医師の臨床判断に頼っていたわけですが、RWDの集積が進めば、データをもとに薬の効果の有無を知らせてくれる仕組みが作れるはずです。

例えば患者さんの電子カルテ上に「3カ月服用しても、検査値改善が認められません。他の薬を試して下さい」とアラートが表示されれば、無駄の少ない医療が実現します。

こうした個々人のデータが集積できれば、「あなたのようなタイプの人に一番有効性と安全性が高い薬は◯◯x」といった最適な選択肢を示せる未来になっていくでしょう。

関根まさに個別化医療にもつながる話ですよね。

現在、個人のゲノムの情報まで解析可能になりました。この環境で医療のRWD利活用の究極の目標は個別化医療の実現です。

我々はこのことを「医療DXによる患者中心の医療体験(MX=Medical Experience)の変革」と呼んでいます。

高度に個人化された治療や薬の選択を通じて患者さんの医療体験を変え、医療の利便性を実感してもらうことが最終的なコンセプトです。

この実現にまず不可欠なのは医療従事者ですが、それに次ぐ存在は製薬企業と考えています。

規制の多い医療の枠組みの変革には、よりスピード感のある民間企業が必要であること、そして医療の中で薬の存在感が大きいことがその理由です。

鈴木当社のmRNA技術は、まさにスピード感を象徴するものです。

社内ではmRNAを「情報分子」と呼んでいます。抗体医薬品や低分子がアナログで、mRNAがデジタルという位置づけです。

なぜmRNAがデジタルなのかと言えば、創薬スピードの速さゆえです。

よく「モデルナの新型コロナワクチンは、成分設計を数時間で終えた」と話題になりますが、この数時間は設計したmRNA配列の妥当性検証も含んだ時間で、設計自体は数分で終えています。

関根数分ですか!それはすごいですね。

鈴木このスピード重視の姿勢は、あらゆるところに反映されています。

例えば、当社は現在48品目の新薬候補を有していますが、いずれの薬も90%以上が同じ原料で構成され、全て同じ機械で開発できます。毎日異なる薬を同じ場所で迅速に作れるわけです。

それら新薬候補の中核の1つが「がん治療ワクチン」です。

がん細胞特有のタンパク質のmRNAを投与することで、そのタンパク質を攻撃するヒトの免疫を強化し、がんを排除するコンセプトです。

ただ、例えば肺がん患者さん同士でも、がん細胞特有のタンパク質が異なることは少なくありません。

そこで、将来的にRWDの医療情報に加えて、ゲノム・免疫・代謝などのプロファイリングを用いることによって、患者さんごとに合わせたがん治療ワクチンの提供、つまり個別化医療への対応も視野に入れています。

関根なるほど。製薬企業は病気に関する情報や理解に加え、従来培ってきた医療従事者との信頼関係もあり、治療から予防へウイングを広げられるポテンシャルを秘めているのではと感じます。

モデルナ・ジャパンは先日国内の医療ICT企業との提携を発表しましたが、その狙いは、生活者のPHR(※3)を収集し、治療後の効果もしっかり追っていくことにあるのでしょうか?

鈴木そうしたいと思っています。PHRも含めたRWD利活用が発展していくと、より効果的な治療や予防に早くたどり着けます。

「やっぱり健康が一番」というフレーズには多くの人が納得するはずですが、実際は自分の健康状態よりも自分のスマートフォンの設定の方が詳しいという人が巷にはあふれています。

究極のRWD利活用とは、まさに健康への意識を、個人としても社会としても向上していくことだと思います。

そうすることで、関根さんのおっしゃる「MXによる個別化予防」に行き着くのではないでしょうか。

関根個別化予防を目指したいですね。

信頼性の高いRWDの利活用が進めば、例えばPHRなどと合わせて「あなたは5年後に◯◯になるリスクが高いので注意しましょう」と提示するサービスが生まれる可能性もあります。

──一般生活者の中には未来の自分の疾患リスクを知りたくない人もいるのでは。

関根疾患リスクを単に「情報として知る」という状態から、リスク情報に基づく行動にインセンティブが発生する世界に変わっていくと、健康に無関心な層は減っていくと思います。

例えば保険業界などでは、加入者の各種検査値などに応じて保険料率を変える新しいサービスも生まれつつあります。

この先、RWDの利活用により多様な個別化予防サービスの提供が進んでいくことは十分に考えられます。

鈴木未来の病気リスクがわかるのは諸刃の剣で、確かに怖いから知りたくないという人もいるでしょう。ただ、そのリスクがポジティブな行動を誘発する情報として提示されると、印象が変わると思います。

極端なたとえですが、「太りたくないけどラーメンを食べたい」という人が、PHRの集約されたアプリにコンサルテーションを持ちかけると、食後に取るべき最適なアクションを提示してくれるようなイメージです。

関根それはありですね!この罪悪感は何をすれば消えるのか、と。

鈴木あなたの日常から考えると、醤油ラーメンならば1時間コース、とんこつラーメンならば2時間コースの無理のない運動を推奨します、とか(笑)。

当たり前ですが、健康であれば行動の選択肢が多くなるわけですから、その見える化はとても重要なことだと思います。

関根人はそれぞれ嗜好や大切なものが異なるので、そこを自由にカスタマイズして、自分なりの健康を実現する。

それがRWDを活かした理想的な社会のあり様かもしれませんね。

(※2)

製薬大手エーザイは2023年1月16日、米バイオジェンと開発したアルツハイマー病の新薬「レカネマブ」の製造販売の承認を厚生労働省に申請。米国での販売価格は1人あたり年2万6500ドル(約340万円)、国内でも数百万円程度になると見られている

(※3)

パーソナルヘルスレコード=デジタルを活用して健康・医療・介護に関する患者の情報を統合的に収集し、一元的に保存したデータのこと

制作:NewsPicks Brand Design
構成:村上和巳
撮影:花田龍之介
デザイン:藤田倫央
編集:下元陽

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