CDPの質問書への回答が情報開示になる
脱炭素を求める国際的な世論の高まりを背景に、企業や行政機関などの地球温暖化対策が本格化しつつあり、温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)排出量に関する可視化と情報開示の重要性が改めて強く認識されている。
こうした世界的な潮流をリードしてきた組織の1つが、2000年に英国で設立された非営利団体(NGO)、CDPである。CDPは投資家や企業、国家、地域、都市といった主体が、自らの活動が環境に及ぼす影響を管理するためのグローバルな情報開示システムを運営している。
この情報開示システムの具体的な流れを示したのが図1だ。CDPが作成、公開している「環境に関する質問書」が、ESG投資などを手掛ける機関投資家、あるいは環境への関心の高い企業の要請によって投資先や取引先などに送られる。これに回答することで、投資家や顧客企業などへの情報開示が完了するのだ。
図1:CDPの情報開示の仕組み
CDPの質問書への回答数は近年、急速に増加している(図2)。当初、質問書は気候変動対策に関するものだったが、後にサプライチェーンや水、フォレストといった分野でも質問書が作成されるようになった。
図2:2022年までのCDP質問書への回答数推移
CDPは環境課題への対応を促す活動も行っている。たとえば、CDPサプライチェーンというプログラムには、グローバル企業を中心に世界で280以上の企業、政府組織などが加盟しているという。
「参加組織の購買力を合計すると年間6.4兆ドル以上となり、強い影響力を有している組織が参加していることがわかります。こうした組織がサプライヤーに脱炭素化を要請することで、サプライチェーン全体の脱炭素化をより前進させることができるでしょう」と語るのは、CDPのチーフ・コマーシャル&パートナーシップ・オフィサーを務めるデクスター・ギャルビン氏である。
NTTデータとシティグループの脱炭素への取り組み
CDPは世界中の企業や政府などとのパートナーシップを重視しており、さまざまなプログラムを運営している。NTTデータは2022年3月、日本企業としては初めて「CDPゴールド認定パートナー」として認められた。NTTデータグループ執行役員 コーポレート統括本部長である西村忠興は、CDPとの協業についてこう説明する。
「当社が提供するGHG排出量可視化プラットフォーム『C-Turtle』は、サプライチェーンの排出量の可視化を通じてGHGの削減をめざすソリューションです。サプライチェーンの排出量可視化に当たっては、CDPが保有するデータを活用しています。C-TurtleはCDPの質問書への回答を支援する機能なども備えています」
C-Turtleの特長は、総排出量配分方式を採用しサプライヤーの排出削減努力の成果を自社の排出量に反映できることだ。サプライチェーン上流の取り組みが下流、つまり顧客へとつながる。上流に位置する企業にとっては、「お客さまのために頑張ろう」という意識が働きやすい環境をつくることができるのだ。
「NTTデータはIT企業として、自社の活動に伴うGHG排出量削減だけでなく、ソリューションを提供するお客さまの排出量削減にも貢献したいと考えています。事業を通じて社会課題を解決する、それが私たちのミッションです」と西村はいう。
図3:サプライヤーの排出削減努力の成果を自社の排出量に反映
米シティグループもCDPとのパートナーシップを大切にしてきた。日本法人であるシティグループ証券の投資銀行・法人金融部門でESG/サステナビリティ責任者を務める青木広明氏は次のように話す。
「シティグループは過去25年以上にわたってESGにコミットしてきました。現在、私たちは自社オフィスなどでのGHG排出のネットゼロを2030年までに、投融資から排出されるGHGも含めたサプライチェーン全体のネットゼロを2050年までに達成するとの目標を掲げています。CDPとも連携しながら、こうした取り組みを進めています」(青木氏)
社会全体で脱炭素化を推進する上で、金融機関の役割は大きい。シティグループは3つの戦略でその役割を果たそうとしていると青木氏はいう。
「第1に、投融資を通じてお客さまの脱炭素化を支援する。第2に、投融資ポートフォリオにおける気候変動リスクを把握し適切に管理する。第3に、オフィスの脱炭素化をはじめ自社のサステナブル・オペレーションを推進する。たとえば、お客さまの資金調達において、最近は脱炭素化につながるプロジェクトへの利用を目的とした「グリーンボンド」や「サステナビリティボンド」と呼ばれる債権の発行が増えています。私たちはこの種の資金調達支援をさらに拡大する方針です」(青木氏)
脱炭素化に取り組む企業にメリットを付与する
CDP チーフ・コマーシャル&パートナーシップ・オフィサー
デクスター・ギャルビン 氏
サプライチェーン全体の脱炭素化を進める上で、中小企業の役割は非常に大きい。大手メーカーのサプライチェーンを遡れば、そこには多くの小規模サプライヤーが関係している。
「中小企業の場合、脱炭素担当チームを持っているような大企業とは異なるアプローチが求められます。対象を絞った形で、できるだけ手間のかからない開示のやり方を工夫しなければなりません。また、情報開示によるメリットがなければ、取り組みはなかなか進みません。中小企業が行動を起こす上での障害を減らことが重要。そして、取り組み始めた企業があれば、大企業はそれを支援する必要があります」(ギャルビン氏)
シティグループ証券 投資銀行・法人金融部門 ESG/サステナビリティ責任者
青木 広明 氏
サプライチェーンを無視して、大企業は脱炭素化の取り組みを一定以上のレベルに高めることはできない。当然、何らかの働きかけが行われるだろう。これが金融機関の中小企業への間接的な関与だとすれば、直接的な関与のアプローチも模索されている。たとえば、グリーンローンのような仕組みだ。
「金融機関の間では、金利を低く設定したグリーンローンが徐々に広がりつつあります。中小企業にとって、融資であれば敷居は低いでしょう。経済的メリットがあれば、融資を求める企業も増えるはずです。サプライチェーン全体、あるいは社会全体の脱炭素化を進める上で、経済的メリットをどのように設計し付与するのかは非常に大切なポイントだと思います」(青木氏)
ギャルビン氏の指摘した負荷軽減の観点も重要だ。
「Excelを使って排出量を算出している企業は少なくないと思います。こうした負荷をITによって軽減するのは私たちの役割。多くの企業にとって使いやすいソリューションづくりに注力しています」(西村)
C-Turtleには中小企業向けの枠組みも用意されている。サプライチェーン下流の大企業の協力のもとで、中小企業が無償でC-Turtleを活用できるというプログラムである。
CDPも中小企業へのアプローチを強化している。現在、中小企業向けの質問書をつくっており、2024年からは利用できるよう準備中だ。背景には、中小企業における脱炭素化に向けた意識の高まりに加えて、大企業から中小企業への情報開示要請が増えたことなどがあるという。
可視化と目標設定に基づき、脱炭素への歩みを進める
「残念ながら、パリ協定以降に起きているはずだった変化が、まだ起きていないのが実情です。脱炭素化に向けた取り組みを、いますぐ始めなければなりません。サプライチェーンの脱炭素化を進め、気候変動の影響がもたらすサプライチェーンのリスクを軽減する必要があります」とギャルビン氏は強調する。
NTTデータグループ 執行役員 コーポレート統括本部長
西村 忠興
「どこから手をつければいいのか」といった悩みを抱えている企業もあるだろう。具体的なアプローチについて、ギャルビン氏は「測定しなければ管理もできません。測定が最初のステップです」と続ける。
測定、つまり可視化である。西村はこう説明する。
「NTTデータは、2040年までにネットゼロ実現をめざす『NTT DATA NET-ZERO Vision 2040』を策定しました。2030年までにデータセンターの排出量(Scope1・2)のネットゼロ、2035年にオフィスの排出量(Scope1・2)のネットゼロをめざします。そして2040年までの目標は、サプライチェーン全体(Scope1~3)をネットゼロにすること。こうした目標設定は非常に重要ですが、その前提となるのは可視化です」(西村)
スマートで効率的な可視化のプラットフォームとして、NTTデータはC-Turtleの機能拡充に一層注力していく考えだ。
C-Turtleのようなソリューションの進化、情報開示をしやすい環境の整備などもあり、大企業だけでなく中小企業の脱炭素化に向けた取り組みも徐々に進み始めた。中小企業の開示内容を適切に評価しようという意識も企業、金融機関の間で高まっている。
こうした外部からの評価は、サプライヤーの意識を変えつつある。新たな事業機会をつかめるかもしれないし、資金調達上のメリットも考えられる。人びとの意識の変化や経済的なメリットが駆動する脱炭素化のサイクルを、社会全体で回していく努力が求められている。
CDPとNTTデータの戦略的パートナーシップについての報道発表はこちら:
https://www.nttdata.com/global/ja/news/release/2023/091300/
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