このままではいけない――ビジネス高速化プロジェクト始動
日本を代表するクレジットカード会社、JCB。そのブランドは国内にとどまらず世界にも広がりを見せている。一方でデジタル時代への対応という観点では遅れがちな部分もあったと、同社の執行役員でブランドインフラ本部長の渡辺 貴氏は語る。
株式会社ジェーシービー
執行役員
ブランドインフラ本部長
渡辺 貴 氏
「ここ最近のデジタルの流れは当然ながら決済業界も影響を受けており、消費者がサービスや店舗と直接つながるイノベーションが急速に進化しています。その中でJCBはこれまで、お客様と実際の接点があるカード会社や加盟店事業者を通じてブランドを広げてきましたが、デジタルが進化した現在、直接お客様と繋がり、ニーズに合わせて臨機応変に価値を提供していくことが求められ、今のままでは難しいと以前から課題に上がっていました」
同社では3年ほど前、デジタル関連プロジェクトで見積もりを行ったところ、開発の期間に何年も要し、かつ膨大なコストがかかることが判明したという。「とてもではありませんが求めるスピード感には程遠いことを目の当たりにし、これはまずいと危機感を強めました」と渡辺氏は振り返る。その原因を突き詰めると、モノリシック(単一構成)なインフラと開発スタイル、さらにはビジネス全体の進め方にまで行き着いた。そこで同社は具体的な開発手法はもちろん、それ以前に、ビジネスの進め方自体を変えなければならないとの結論に至った。
株式会社ジェーシービー
システム本部
デジタルソリューション開発部長
大倉 学 氏
こうした過程を経て、2020年4月、ビジネスの着想からシステムリリースまでを迅速かつ柔軟に行うことを目的に、全社横断の「ビジネス構築の高速化プロジェクト」(高速化PT)を組成し、まずはブランド事業部門から着手することとなった。システム本部 デジタルソリューション開発部長の大倉 学氏は「ビジネス部門とシステム部門が一体となった体制になっている点が特徴です」と強調する。
そして、この高速化PTの推進をサポートする役割を担ったのがNTTデータだ。JCBの抱える課題解決に向け、ビジネスアジリティを目的とする大規模アジャイル開発の方法論として米Scaled Agile, Inc.のScaled Agile Framework®(以下:SAFe®)の採用を提案した。SAFeは海外の先進企業を中心にアジリティを上げる手段として採用されている。金融グローバルITサービス事業部で課長を務め、高速化PTでは同社側の責任者となった丸山 健太は、SAFe提案の理由を次のように話す。
第四金融事業本部
金融グローバルITサービス事業部
課長
丸山 健太
「スピード感をもって多彩なサービスを提供していかなければならないわけですが、JCB様と話すなかで、数多くのアイデアを従来の開発手法で実現していこうとすると何年もかかってしまうことがわかり、アジャイル開発を取り入れる必要性をお話ししました。そのうえで、SAFeを活用し組織変革も目指していくことが最良の方向だと提案しました」
プロセスと組織の両面から変革
JCBとしては、NTTデータが同社の開発案件に多数参画しており、とりわけAPIやAI活用、クラウドサービス、アジャイル開発など最新の技術やノウハウが求められる部分に強い会社であると認識していた。加えて、会員向けアプリ「MyJCB」の開発においても、一部でアジャイル開発を取り込み協業していた背景があり、今回の高速化PTもNTTデータに相談することになったという。システム本部でさまざまなプロジェクトを担当し、高速化PTにも開始時から参加している國末 浩司氏はこう語る。
株式会社ジェーシービー
システム本部
システム企画部
部長代理
(企画グループ担当)
國末 浩司 氏
「今回のプロジェクトは、将来的には全社規模にまで拡大していくことを想定していました。となると複数チームで同時にアジャイル開発を回していくことが必要となり、通常のフレームワークでは不十分である。そこへ大規模アジャイル開発に対応できるSAFeの活用をNTTデータから提案され、プロジェクトが一気に動き出しました」
NTTデータは、ビジネスプロセスと組織の両面からの見直しを提案した。組織変革にまで踏み込んだ理由について、デジタル技術部の市川 耕司は次のように解説する。
「ビジネスプロセスを見直すには、それを実行する組織・人が重要になってきます。最適なプロセスに合う組織形態を実現するため、プロセスと組織の改革を同時に行い、マインドも受け身から自ら進んで取り組む方向へと変えていくことが必須と考えました」
技術革新統括本部
システム技術本部
Agileプロフェッショナル担当
部長
市川 耕司
実はNTTデータ自身にも、変化する環境に即応できていなかった反省から、プロセスと組織の見直しを実践しているプロジェクトがある。35年以上にわたり提供するキャッシュレス決済プラットフォーム「CAFIS」のデジタルトランスフォーメーション、「Digital CAFIS」だ。Digital CAFISでもSAFeによる大規模アジャイル開発を適用し、組織や人材、ビジネスプロセス、システムを変えていった。またNTTデータではAltemista®(※1)として組織改革の支援を提供している。今回の高速化PTでは、これらの取り組みで得たノウハウも活用している。
NTTデータの提案を、JCBはどう受け止めたのか。渡辺氏はこう回顧する。
「開発リードタイムは非常にクリティカルな要素で、ここを変えていくにはシステム開発手法のみならず、その前提のビジネスプロセスも含めた抜本的な刷新が必要だということは前々から感じていたので、提案はとても納得のできるものでした」
株式会社ジェーシービー
ブランドインフラ本部
ブランドインフラ一部
デジタルプロダクト開発グループ
主事
島田 祐里 氏
一方で、これまで何十年もの間受け継がれてきた役割分担やプロセスは、一朝一夕に変えられるものではない。そこで、LACE(変革推進チーム)が全体の変革を牽引していく役割を担った。LACEメンバーとなったブランドインフラ本部の島田 祐里氏は「推進にあたっては、役員をはじめブランド以外の事業部門にも取り組みの重要性や目的の説明を重ねました。もちろんマインドは個人や部署それぞれで異なりますが、全体を通していえるのは、このままではいけない、やらなければならないという必要性をみんなが感じていたことです」と振り返った。
ビジネスとシステムが一体となり価値創出へ
1年間の取り組みでビジネスプロセスと組織の両面から見直しを実行した結果、取り組み案件をブランド事業部門で定期的にローリングし、ユーザーニーズの変化に応じて機能開発の優先順位を迅速かつ柔軟に見直す新たなプロセスの運用を、2021年度から本格スタートさせた。また、ビジネスサイドとシステムサイドが一体となり、価値創出にこだわったプロダクト開発にも取り組めるようになった。
「これまでは工程ごとに役割分担している形でしたが、全体を通して同じ目標に向かい、協力できる体制が構築されました。まだまだ改革は道半ばですが、お客様にとってより良いサービスを迅速に提供できる環境が整ってきたと感じています」と、島田氏は成果を評価する。従来のウォーターフォール型開発と比べ、開発に着手するまでのプロセスは数カ月単位で短縮されているという。
高速化PTでは人事やオフィス、開発環境の見直しも行われた。JCBはシステム開発子会社を持たず、開発はすべて外注していた。しかし冒頭で示したように、今は内製化によるビジネス高速化がキーワードとなっており、本プロジェクトではJCB社員による内製開発を導入している。そのため、2020年度からは内製化に寄与する人材を幅広く募集し、内製開発を行う社員向けの評価制度整備も進めている。
オフィス環境については、ビジネスとシステムの距離を近づけることを考え、本プロジェクトの開発部隊は本社オフィスに拠点を設置。SAFeによるアジャイル開発に向け、多数の会議スペースや専用セキュリティルームを併設するなど、より効率的な開発につながる環境を意識している。島田氏は「ビジネスとシステムの担当が同じオフィスで顔を突き合わせることで、コミュニケーション効率が圧倒的に向上しました」と感触を語る。コロナ禍の影響で今はリモートワーク中心にせざるを得ないものの、さまざまなツールを活用し、対面と遜色ないコミュニケーションを可能にする工夫も取り入れている。
会議スペースにて
さらに、開発環境に関しては國末氏がこのように解説する。
「アジャイル開発とマイクロサービスアーキテクチャを前提にした開発の実現に向け、既存の開発基盤とは別に、新たにGoogle Cloud Platform(GCP)上に開発基盤を構築しました。この基盤の作り込みにあたってはGoogle Kubernetes Engine(GKE)を採用し、スピーディーなリリースを可能とする設計にしています」
全社展開し、さらなるビジネス価値を追求
今回の取り組みを振り返り、大倉氏は「NTTデータはSAFeを活用したアジャイル開発実績を多く持つうえ、スキルの高いメンバーが多いので、スムーズなプロジェクト運営ができています。また、みなさんは熱意をもって、私たちからすれば痛い部分も遠慮なく指摘してくれるので、社員も大いに刺激を受けています」と語る。渡辺氏も「目的はビジネス全体の高速化ですので、全社横断で進めていこうとの想いは持っていましたが、NTTデータが当社の特性や状況も踏まえたうえで背中を押してくれました」と評価する。
ブランド事業領域で試行が始まった高速化PTだが、当初計画を前倒しし、2021年度からカード事業/加盟店事業領域にも拡大した。「結果が出てきているので、全社からの要望と期待値が高くなっています」と大倉氏。渡辺氏も「カードと加盟店事業はブランド事業よりもお客様との接点が濃密であるため、プロジェクトとの親和性も高いと考えています」と早期拡大の意義を強調する。
最後に丸山氏は「今回はJCBの方々とNTTデータのメンバーが現場でスクラムチームを組み、共に開発していくことで、同じ目線でサービスのビジネス価値を考える経験ができました。今後もシステム開発はもちろん、JCBのビジネスの成功そのものにも貢献していきたいと考えています」と語った。
企業紹介
株式会社ジェーシービー(JCB)
1961年に設立し、日本発唯一の国際カードブランドを運営する企業としてJCBカードを利用できる加盟店ネットワークを展開するとともに、アジアを中心に国内外のパートナー企業とJCBカードの発行を拡大している。また、総合決済サービス企業の実現を目指し、お客様やパートナー企業の皆様の期待に応える様々な事業を展開しており、国内外で1億4千万人以上のJCBカード会員をもつ。(2021年3月末現在)