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CO2削減の需要拡大、結果の情報開示要求が強まる
日経ESG経営フォーラム 事業部長
田中 太郎 氏
「2022年は“そのESGは本物か”といった実質的な面が問われる1年になります」日経BP 日経ESG経営フォーラム 事業部長の田中太郎氏は2022年をこう称した。ESGに焦点を絞った経営誌『日経ESG』の編集長も務めていた田中氏は、2021年の年末号で掲載した「ホンダが調達先に4%のCO2削減を要請」という記事が象徴的だという。
「アップルがサプライチェーン対策を行っていたことは有名ですが、日本の基幹産業である自動車にも波が押し寄せてきました。今後、脱炭素やCO2削減はあらゆる企業にとって身近になるはずです」(田中氏)
実際、脱炭素は社会経済システムに組み込まれつつある。管前首相が掲げた「2050年のカーボンニュートラル宣言」、「2030年温室効果ガス46%削減、さらに50%の高みを目指した挑戦」により、多くの企業が一気にCO2削減に取り組む風潮が生まれた。今後は炭素税などカーボンプライシングの議論も本格的にスタートするだろう。
これに加え、今後は情報開示の流れが加速すると田中氏は見ている。
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、企業に気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析を行い、情報を開示する提言を行った。2022年4月の東証再編では、最上位となるプライム市場に上場するために、TCFDの提言に準じた開示が求められている。
しかし、実際には情報開示は簡単でないと田中氏は話す。「日経ESGの独自調査では、東証の再編において7割の企業が“TCFDに対応した情報開示が難しい”と答えています」
図1:日経ESG調査結果(2021年9月-10月)
「今後、さまざまな分野で細かい情報開示が求められるようになります。人が表計算ソフトを使って計算していては始まりません。それこそ、IT、DXの出番であり、企業の気候変動対策でも焦点になると考えます」(田中氏)
NTTデータが取り組むグリーンイノベーションの具体例
2022年、企業の脱炭素への取り組みが進むだけでなく、情報開示の必要性が高まっている中、NTTデータに、CO2排出量のカウントや公開の方法について、企業からの問い合わせが増えているという。NTTデータ グリーンイノベーション推進室長の下垣 徹氏は、その理由について、「取引先」「投資家筋」「従業員」の3つの圧力を挙げた。
グリーンイノベーション推進室長
下垣 徹
「取引先の事例では、田中さんが冒頭に話したホンダがサプライチェーンに対して削減要求を出したという話が分かりやすいです。グリーン対応しなければ製品を買ってもらえなくなります。またESG投資の観点では、グリーン対応していない企業には安心して融資ができないという風潮があります。3つ目の従業員は意外に感じるかもしれませんが、最近は自社がグリーン経営にコミットしているのかを従業員は気にしています。学生を対象とした講演では、NTTデータのESG経営についての質問も多い。若い世代が社会人人生を歩むこれからは、従業員からのグリーン経営に関する声はより強くなるでしょう」(下垣)
「政府がカーボンプライシング・脱炭素税などの制作を進めるでしょうし、ステークホルダー全方位に対応することが求められます」と田中氏。
こうした状況を受け、NTTデータは2021年10月1日、海外のグループ企業も含め、グローバル全体でグリーンの取り組みを推進する組織『グリーンイノベーション推進室』を設立した。「NTTデータ自身だけでなく、業界やお客様、そして社会全体のCO2削減の貢献を目指します」(下垣)
図2:グリーンイノベーション推進室の設立
IT業界のCO2排出量を考える際、まずデータセンタの電力使用量が注目される。下垣はデータセンタの革新的な省エネの実現に向けて、こう話す。「AIやIoTを使った効率的なデータセンタ運営に加えて、特殊な液体にサーバーをつけて冷却する方法や、金属3Dプリンターを活用した冷却効率の向上といった研究開発を進めています」
次に、CO2や温室効果ガスの排出量の可視化について、「レベル0~4まで大きく5段階を考えています」(下垣)という。
レベル0は自社の排出量であるScope1・2を見据えており、まずは最低限、自社の状態を可視化する。レベル1はサプライチェーン全体の排出量であるScope3に踏み込み、サプライチェーンからの購買を分析し、手集計でCO2排出量を割り出す。レベル2では自社排出量の実態ベースにScope3の可視化を行う。レベル3で自社サプライチェーン排出量の原単位ベースからの脱却。レベル4で業界をまたいで企業ごとの排出量が精密に把握できる社会全体の可視化を目指す。時間軸としては、「現状はレベル1。レベル2にチャレンジしている企業が出始めているが、そのような企業がレベル3まで到達するにはさらに2年ほどかかると見ています」と下垣は語る。
図3:温室効果ガス排出量可視化レベル
テクノロジーと社会システムが、排出量可視化の鍵
高い壁が存在しているのは、Scope3の可視化を目指すレベル2だ。サプライチェーン排出量の算定は2種類ある。ひとつは、取引先から排出量の提供を受ける方法。もうひとつは活動量を自社で収集し、該当する排出原単位を掛け合わせることにより算定する方法だ。下垣は「後者は購買時の金額情報を元に集計することが多い」という。
「しかし、金額だけでやり取りをすると削減努力が見えないため、購買情報だけでなく、物量など実働ベースの情報に可視化の単位を変える必要があります。それをできることが、レベル2へのチャレンジだと思っています」(下垣)
レベル2の壁を突破した暁には、企業間でその情報を適切に交換することでレベル3に到達する。そして、社会全体を巻き込むことによってレベル4へと進化する。下垣は、「このようなストーリーを構築し、グリーンコンサルティング(※1)を進めているところです」と語った。
図4:グリーンコンサルティング
下垣は、「Scope3の可視化には、購買のレシートを逐一、積み上げていくのが最初の一手。泥臭い作業ですが、そこからスタートしなくてはいけません。理想論は購買した製品の部品ごとにCO2排出量をカウントしなくてはいけませんが、一足跳びには難しい。まずは、可能な範囲で集計を始め、範囲を広げていくことになるでしょう」と考えを述べた。
しかし、購買情報とCO2排出量を表計算ソフトで手入力するのは非常につらい作業だ。NTTデータも以前はこの泥臭い作業を行っていたが、今はシステムを活用。下垣は、「Scope3を見据える企業は、ITの力を借りざるを得ません」と語った。
田中氏は「Scope3の達成には、製品や部品のCO2排出量をまとめた膨大なデータベースが必要になります。しかも、それを随時、更新しなくてはいけません」と指摘。下垣もその言葉に同意する。
「NTTデータは、製造業からBOM(Bill Of Material:部品表)を全部集めて、トレーサビリティを担保するシステムを構築しています。そこにCO2排出量の情報を組み合わせれば、データベースが実現すると思います。ただし、1社だけで管理するのは大変。企業間で適切につながりデータを提供し合える世界にする必要があります」(下垣)
もちろん、企業からのデータ提供にはリスクも伴う。そこでNTTデータでは、秘匿性を担保しながら情報を提供できるような、企業側の障壁が下がる技術開発や実装を進めている。
田中氏は「技術に加えて、情報の不正利用に対する規制や罰則など、社会システムの構築も進まないと難しいでしょう」と議論を深める。下垣は法整備の進展に触れつつ「EUのGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)に近い仕組みがCO2削減でも出てくるのではないでしょうか。技術と社会システム、足並みを揃えることで世の中が成熟していくと思います」と述べた。
CO2削減に対して、技術と社会が両輪で進む社会。下垣は、世の中全体に普及するのは10年単位の時間がかかるとみている。「まずは、社員の働き方や購買といった自社の経済活動が、Scope1・2・3のどこにマッピングされているか考えることがスタートだと思います。実際に始めると、これは気が遠くなるような作業。NTTデータは、そこを楽にして一歩踏み出すお手伝いをさせて頂きます」(下垣)
CO2削減に必要なのは、企業同士の「協調」と「競争」
最後に取り上げるのは、ソフトウェア開発領域におけるCO2削減の取り組みだ。NTTデータはアジアで初めて、気候変動問題に対するカーボンニュートラル実現に向け、ソフトウェアのCO2排出量の削減を目指す組織『Green Software Foundation』の運営メンバーとして加盟。他の運営メンバーと協力して、「SCI(Software Carbon Intensity)」のα版を策定した。(※2)これは、ソフトウェア利用時の電力とハードウェアの利用状況から炭素排出量をスコア化する手法で、定量的な評価を可能にしたという。
ソフトウェア開発に留まらず、システム開発の工程を全体で見て、排出量削減の基準づくりも進めて行く考えだ。田中氏は、「CO2排出削減が定量化できれば、ベンダーの選び方などユーザー側の視点が変化する可能性があります」と言及。下垣は「ソフトウェアやクラウドは、金額×品質で選ばれていますが、今後は、金額×品質×グリーンという基準になると思います」と語る。
そもそも、Green Software Foundationとは、AccentureやGitHub、マイクロソフト、ThoughtWorksなどによって設立された非営利団体である。「基準作りは競争領域ではなく、みんなで足並みを揃える協調領域。その基準の上で競争すればいいというマインドです。CO2削減は一社でやっていても課題感にぶつかり先に進みません」と下垣は言う。
ESG分野で多くの経営者を取材する田中氏は、「“協調”と“競争”の両輪が必要だ、という話をよく聞きます」と同意し、「CO2排出量の定量化も、Scope3では協調しつつも最終的には競争で勝つという戦略がキーワードになると思います」と続けた。
協調できるところは協調し、競争するところは競争する。競争がないとCO2を減らすことはできない。NTTデータはこれからも、公平なルール・基準の策定に関与しつつ、協調と競争を意識しながら、グリーンイノベーションを進めていく。
本記事は、2022年1月27日、28日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2022での講演をもとに構成しています。