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リビングラボは、住民のニーズを汲み取ったサービスを検討するアプローチ
『リビングラボ』という言葉を聞いたことがあるだろうか。近年、注目されている新たなサービスを創造するための方法論のひとつだ。
公共統括本部 公共戦略推進部
松本 良平
「サービス開発の場を人々の生活空間の近くに置き、まちの主役である生活者に加え、企業や行政、大学など様々な立場の人が集まって共創し、地域住民が感じている社会課題の解決につながる新たなモノやサービスを生み出すアプローチです。実生活の場(Living)でサービスの検証(Lab)をすることから名付けられました」(松本)
そう概要を説明するのは、NTTデータにおいて社会の仕組みをリ・デザインすることをミッションとした組織『社会DX推進室』室長の松本良平である。このリビングラボは、現代社会に求められるアプローチだという。同室のメンバーである水野恵理子は、その理由をこう語る。
公共統括本部 公共戦略推進部
水野 恵理子
「例えば、村全体が農業で生計を立てている旧来の村社会を想像してみてください。そこでは、地域の住民が集まり、誰がどういった仕事をして、皆でどう暮らしていくかを話し合います。サービスの提供側と利用側の関係が、非常に密接だったと言えるでしょう。
しかし、産業が発達しサービスの提供側と利用側の役割が分担されていくと、そこに分断が生まれました。提供側は、利用側が本当に望んでいるサービスや政策の把握が出来なくなったのです。そんな現代において、原点に立ち返り、提供側と利用側が共創することで真に価値のあるサービスを創り、広く社会に流布していくことが求められるようになり、リビングラボに注目が集まりました」
松本は、社会デザインの観点からリビングラボについて、こう指摘する。
「リビングラボは、社会福祉に重きをおいている北欧を中心に1970年代から“参加型”の社会デザインの手法として活用され、特に、コペンハーゲンでのスマートシティの取り組みなどが有名です。日本では横浜市にて、公民連携事業を創出する実験的活動の場として、15か所以上で自治体、NPO、大学、企業などでのリビングラボの取り組みが始まっており、徐々にその必要性が認知され始めています。
その背景には、一律のサプライサイド(供給側)のサービスが、人口減少などの外部環境変化に対し窮屈になったことや、SNSの発達によって各個人が意見を発信し易くなったこと(言い換えればパーソナライズの高まり)が、この動きを加速していると見ています。
リビングラボでは、住民参加型ワークショップなどの形で、課題の本質の発見、解決のアイデアなど、活発な議論が行われます。その際に陥りがちなのがワークショップを行うこと自体が目的化することです。」
多様性のない参加者、形式を重んじた運営、答えありきの議論など、そこに本当に良くしていこうという情熱なくしてはリビングラボの真価は発揮できないという。「企業としても、社会をより良くするリ・デザインのミッションを持っています。そうすると、我々も地域の良き理解者となることが必要です。生活者と同じ目線に立ちながらも、何を提供価値とするのか。それを検証しながら社会の仕組みを捉えたサービスを検討します。サプライサイドの目線だけにならないよう、周りを巻き込んでこの検証を実施できる、というところにNTTデータが参画する意義があると思います。」(松本)
地域に密着し未来を見据えたビジョンドリブンで取り組む『こくりぽっく』
そのリビングラボをNTTデータ流にアレンジして、進化させた取り組みが『共創実証スタジオ こくりぽっく』だ。名前の由来は、共創の「Co-Creation」と実証の「PoC(Proof of Concept)」をつなげたもの。より多くの方に親しみを感じてもらえるように、柔らかみのある印象のひらがなを採用したという。
水野は、「一般的なリビングラボが“今目の前にある課題”をみているとしたら、こくりぽっくは更に先の“未来の社会変革”まで視野に入れています。デマンドサイド(需要側)から価値を掘り起こし、地域に寄り添った社会の変革を目指しています」と語る。
共創実証スタジオとあるが、実際にスタジオを構えている訳ではなく仮想的な場である。これは、将来的に複数地域での同時展開を視野に入れているから。ひとつの地域に密着しつつ、そこで培った知見は、ほかの地域で同じような課題があれば、その地域に合わせてアレンジしながら活かすといった考えだ。具体的な仕組みは、以下の図を見るとわかりやすいだろう。
図:リビングラボの活動を生かしたサービス開発プロセス
こくりぽっくの特長のひとつは、図にあるサイクルだ。
- (1)地域住民との対話を通じて現状や課題を把握
- (2)社会デザインの手法でまちの理想像を検討
- (3)実現のために必要なサービスをNTTデータのエンジニアがアジャイル開発
- (4)クイックに具現化されたサービスを実際に使用
- (5)使用した結果の検証
このサイクルを繰り返しながら持続的にサービスを育てて、その価値を地域に還元する。現状分析や課題抽出、アイデア出しだけでなく、実際にサービスを構築し、検証まで請け負う。松本は「当社のエンジニアが、サービスのプロトタイプを作って現場で検証し、改善して再検証するといったサイクルを回すことができるため、理想像の実現まで責任を持ちます」と胸を張る。これは、こくりぽっくの特長のひとつだ。
もうひとつの特長は、水野が語った「未来」というキーワード。
「未来を見据えたビジョンドリブンで取り組むので、中長期に渡って地域にコミットする覚悟です。地域に根ざして、住民の方々と本当に必要なサービスをじっくり考えていく姿勢は、ほかのリビングラボにはない特長だと考えています。そういった意味では、リビングラボを運営するというより、リビングラボのなかに入り込んで共創の一員として参加しているといったほうが正しいと思います」(松本)
「未来を見据えたビジョンドリブンが可能なのは、NTTデータ、そしてNTTグループのアセットを活用して、大きな社会システムを作れるからです」と語るのは、社会DX推進室の古澤暁子だ。これもまた、こくりぽっくの大きな強みである。
公共統括本部 公共戦略推進部
古澤 暁子
「地域のピンポイントの課題の大元には、社会の仕組みが関わっていることもあります。そのときに、スマートシティやビッグデータの知見を持っているNTTデータならば、部分最適の解決策だけでなく、大きな枠組みであるべき姿を考えることができる。
そのためには、地域住民、自治体、企業など様々な有識者と議論し、賛同者を集めサービスを検討する必要があります。多くの分野の顧客サービスを開発している社員が在籍し、社会の基盤となるようなサービスやプラットフォームを生み出してきたNTTデータのノウハウが生かされると考えています」(古澤)
大牟田市の人に掛けられた「NTTデータの社員という肩書を忘れてくれ」の言葉
こくりぽっくは、まだ始まったばかりの取り組みだ。その第一弾は、福岡県大牟田市との共創から始まった。
人口約11万人の大牟田市の高齢化率は約37%。これは、日本の平均である28.4%を大きく上回っており、自治体は高齢化により発生するさまざまな課題への対策に取り組んでいた。実は、NTTグループもNTT研究所やNTT西日本グループが早くから自治体に協力し、その共創から、一般社団法人『大牟田未来共創センター』が誕生した。
水野によると、大牟田未来共創センターは「日本で社会デザインを推進した実績のあるリビングラボ」とのこと。その知見を社会デザインプロセスとして体系化することを目的として、こくりぽっくも共創の仲間となる。まちや暮らしの理想像を検討した結果、介護予防・健康増進をテーマに社会システムデザインの実践に取り組むことになる。
「最初は、大牟田市の現状を把握するために、地域で介護に携わる病院関係や包括支援センタースタッフに話を聞きました。また、先進的な取り組みを実施している自治体の事例を調査したり、勉強会に有識者を招いて議論したりするなどして、問題をリフレーム(再形成)することでビジョンを選定しました」(水野)
難しかったのは、問題が起きた理由を時系列で俯瞰して捉え、それを現場で今まさに起きている問題と統合して紐解くこと。これが叶わなければ、真に解くべき問題をリフレームすることはできない。
「我々は、今、発生している表層的な問題を特定し、ITなどの技術で解決しようと考えてしまいがちです。しかし、表層的な問題を解決するだけでは社会は変わりません。一緒に取り組んでいる皆さんからは、ITの会社であることを忘れ、フラットな視点で問題を紐解いて欲しい、と言われました。これは、大きな学びになりましたね」(水野)
「NTTデータの社員という肩書を忘れ、地域に貢献する強い意志を持つことが何より大事だと気付かされました。真の問題を見つけ、どんな将来像を目指していくのかを検討する段階では、地域の人たちと一丸となることが重要です。今回、社会DX推進室から3~4名ほどが入って、大牟田市のメンバーとオンラインとリアルを併用し定期的にディスカッションを実施。2021年度の活動では、課題の特定からビジョンの策定を行いました。」(松本)
そういった苦労を乗り越えて策定されたビジョンが、『本人の力が発揮される社会(Being-well)』。策定の経緯を松本が述懐する。
「介護業界は、要介護度が高くなればなるほど、介護事業者の利益になります。しかし、介護者の負担は当然、増える。これは、社会的に負を加速するスタイルです。それを、健康であればあるほど介護事業者の利益になるような形に、政策を含めてリ・デザインしなくてはいけません。まずは、現役世代の介護負担を軽減する仕組みを考えることから始めました。
深掘りしたのは、健康であるとはどういった状態なのか。その結果、社会参加ができているという実感をもった状態での生活が長ければ長いほど、リタイヤ後の衰えがなだらかだと統計的にも定性的にも判明しました。そこから、生まれたビジョンが、『本人の力が発揮される社会(Being-well)』です」(松本)
現在は、ビジョンを実現するためのサービスの検討に入っている。「社会参加の意欲を引き出すサービスとはどうあるべきかを軸にユースケースも含めて考えています。ここが固まれば、そのサービスに関係する社内組織にも声をかける予定です」と古澤。水野も「例えば、介護系ビジネスを手掛けるヘルスケア事業などは本命。ほかにも、高齢者のSNSなども可能性があります。関係する社内メンバーをどんどん、巻き込んでいきたいですね」と意気込みを語る。
『デジタル田園都市国家構想』を後押しに社会デザインでビジネスを生み出す
大牟田市での取り組みが着々と進んでいるこくりぽっく。すでに、第二弾も動き始めている。地域は、新潟県佐渡市。佐渡市役所と新潟大学と共に、佐渡市の現状を把握し、目指す将来像からビジョンを策定するためのワークショップ開催を予定している(※1)。大きなテーマはサステナビリティである。佐渡市を訪れ地域の課題や取り組みを知る中で、自然豊かな環境から多くの恩恵を受け、生物多様性を守りながらより豊かな暮らしを志向する佐渡の強みに着目したからだ。一方で、佐渡市は人口減少による自然荒廃や経済衰退が深刻化している。
まずは、豊かな自然資源を活かし経済を発展させる「循環」により、持続可能な地域の姿を考える対話型のワークショップを実施。産学官と地域に暮らす方々と一緒に課題解決に向けた方向性を探ることから始める。
「佐渡には多くの社会課題がありますが、個別に対応するのではなく、“豊かな自然“と“島“という特性を活かし、海(漁業)、里(農業や暮らし)、山(林業)のつながりを意識した”あるべきまちや暮らしの姿“を考えることで「サステナブルな社会の仕組み」の実現を目指します。」(松本)
松本は、こくりぽっくが見据える未来を語る。
「社会デザインというループのなかで、ビジネスが生まれていく形を作りたいと考えています。ループとは、価値の循環という言葉に置き換えられます。我々のサービスを提供することで受益者が価値を感じてもらい、その感想や意見、情報が、また我々に届いて、さらにサービスが横に広がり具体性を持っていく。そういった価値循環のモデルを目指しています。
その後押しになると期待しているのが、政府が推し進める『デジタル田園都市国家構想』です。<地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、世界とつながる>とあります。我々は地方と都市をそれぞれの特徴を生かしてつなげていくことで、様々な価値を循環させ、日本全体の活性化に寄与する仕組みづくりやサービス創発に取り組みます。リビングラボ、そしてこくりぽっくは、この起点のひとつになると考えています。
最後に『関係人口』という言葉があります。当社の社員が両親の故郷、生まれ育った場所、通った大学の地域など個々人の“ゆかり”の地域や空間の一理解者となり、こくりぽっくを通じて、その地域をサポートできるように働き方を含めて変わっていけば、もっともっと、地域・経済・暮らしの活性化への貢献と社会のリ・デザインにつながっていくと思います。」
常に地域に寄り添い、生活者視点であることの重要性を語る社会DX推進室のメンバー。この姿勢は、NTTデータが目指す5年後の豊かな社会『Smarter Society』(※2)の実現に欠かせない。これからもNTTデータは、企業・行政・業界を超えて連携し、サステナブルな社会の在り方をシミュレーションすることで、生活者とともに社会システムを変革し「豊かな社会」を作り上げていく。