産官学が連携してDXにチャレンジ
酒田市は2020年10月にDXを推進する専門部署としてデジタル変革戦略室を新設し、CDOにNTTデータの本間洋社長が就任した。11月には、酒田市とNTTデータ、NTT東日本、東北公益文科大学がデジタル変革推進に関する4者連携協定を締結。「市民サービスの向上」「地域課題の解決」「大学まちづくり」「行政の効率化」「人財の育成と人財交流」を目的として、酒田市のDXに向けた取り組みが始まった。
酒田市 企画部 デジタル変革調整監(兼)デジタル変革戦略室長
本間 義紀 氏
推進体制としては、市長が全体的な方向性を指示し、CDOとCDO補佐官が知見や専門知識に基づく助言を行いながら、デジタル変革戦略室が調整役となって各部課における個別施策の展開を支援している。さらに、4者連携に基づくチェック機能も働かせたとデジタル変革戦略室の本間室長は説明する。
「実務の責任者が集まる4者連携会議を定期的に開催しています。別の視点から酒田市での取り組み内容をチェックしたり、今後の方向性に間違いがないかを相談して助言をしてもらったりといったことを行っています」(本間氏)
酒田市では、DXを進めていく方向性を統一するため、従前からある酒田市総合計画という市全体の計画に基づいてデジタル変革戦略を策定した。このデジタル変革戦略には3つの柱がある。1つ目は、利用者である市民目線での真に利便性の高い住民サービスの実現する「住民サービスのDX」。2つ目は、市職員が行っている業務を効率化することで新たなサービスを創出することを目指す「行政のDX」。3つ目は、産官学での共創で酒田市が抱える地域課題をデジタルで解決することを目指す「地域のDX」だ。
なお、酒田市では十数年前から情報化計画というものを策定しており、デジタル変革戦略をどう差別化するのかが重要なポイントだったと本間氏は語る。
「情報化計画では効率的な行財政運営がベースになっていて、そのうえで基盤の整備と市民の生活が豊かになるための情報化を図るという考え方でした。一方で、今回のデジタル変革戦略では、市民目線を重視しました。市民目線での地域課題の解決や、市民が実感できるサービスの向上を目指しています」(本間氏)
「賑わいも暮らしやすさも共に創る公益のまち酒田」というVISIONのもと、まちづくりへの参画を市民に呼び掛けたり、市民が挑戦したいことを市がサポートしたりすることで、市と市民が一緒になって酒田市の変革を進めることにしたのだ。従前の計画とは異なるその意識が、具体的な施策にも影響を与えている。
図1:デジタル変革戦略に込めた想い
デジタル変革戦略から導出した具体策を実行
公共・社会基盤事業推進部 プロジェクト推進統括部
野田 徹
デジタル変革戦略を策定した酒田市だが、当然ながら戦略だけでDXが進むわけではない。「住民サービスのDX」「行政のDX」「地域のDX」それぞれについて、具体的な施策を導出し、実行していく必要がある。この点について、NTTデータが本プロジェクトに参画している意義があると野田は説明する。
「酒田市総合計画では、今後5年間で取り組む施策を策定した「めざすまちの姿」があり、それに基づいてデジタル変革戦略の基本方針を策定しました。そこからブレイクダウンしながら具体的な施策に落とし込んでいき、行政経営方針なども参考にしてデジタル変革の注力テーマを抽出し、具体的なDXアクションを決めています。その際、全体方針や戦略との整合性をとりながら管理するために、NTTデータが持っているプロセス管理のノウハウを生かしました」(野田)
図2:具体的施策の策定の流れ
酒田市が現在「住民サービスのDX」として進めているのは、手続きのオンライン化だ。酒田市と市民がやり取りをする手続きは何千種類もあり、それらをすべてオンラインで完結できるように進めている。すでに実現したものとして、酒田市の離島である飛島の定期船予約オンライン化があげられる。これによって、飛島と本土との情報共有が円滑になり、業務変革を実現した。なお、本間氏によると、そのシステムを市職員が内製することで、経費を抑えながら利便性を向上させているという。
「行政のDX」として進めているものは、行政事務の効率化だ。AI-OCRやRPAといった業務効率化ツールや、会議録を自動生成するシステムを導入。一部業務に関しては、業務量が従来の半分になるといった効果も着実に出ており、今後さらに幅広い業務に導入する予定だ。
「地域のDX」としては、後述する飛島のスマートアイランド化のほか、地域課題を解決するためにリビングラボという取り組みに重点を置いている。リビングラボは課題を発見するところから市民がワークショップに参加し、市民が主体となって、自分たちの暮らしを豊かにするためのモノやサービスを生み出すという仕組みだ。
このようなさまざまな施策を通じて、「まずは市職員とコミュニケーションを図ることで、市職員の意識を変えていくことが必要。単なるデジタル化ではなく、デジタル変革であり、業務負担が減るといったメリットを実感できるようにしていきたい」と本間氏は語る。
また、具体的な施策をいかに実現していくかも重要だ。デジタル変革戦略室が旗振り役となっても、各部課がデジタル変革を自分事として捉えて取り組んでくれなければ、本質的な課題解決にはつながらない。そこで必要になるのは、やはり現場の市職員とデジタル変革戦略室のメンバーのコミュニケーションだ。
「市役所内に7つの部があり、各部にデジタル変革戦略室との兼任職員を配置。現場の声を拾い上げながら、デジタル変革戦略室の考え方も現場に伝えるという橋渡し役をしてもらいました。決められた打ち合わせだけでなく、日々の情報交換をしていくことで、現場の意見にきちんと沿いながら施策を進めることができるようになりました」(本間氏)
さまざまな取り組みを進める中でのDigi田甲子園優勝
では実際、酒田市のDXは現時点でどこまで進んでいるのだろうか。いくつか具体例を挙げて説明する。
「リビングラボは、住民が主体となって、暮らしを豊かにするためのモノやサービスを生み出していく場です。『課題発見』『調査』『実証』『サービス企画』『サービス展開』というフローを計画しており、実際に市民の方に参画していただいて課題を抽出し、今は『調査』のところまで進んでいます。また、今後の『サービス企画』や『サービス展開』に関しては、NTTデータが持っているデザイン思考のノウハウを生かして進めていきます」(野田)
図3:リビングラボの仕組み
酒田市がこのリビングラボに期待しているのは、少子高齢化や若者の流出といった課題の解決だ。これまでも地域住民から市に対してさまざまな提言はあったものの、課題解決には至っていないという現状がある。「今回リビングラボを運営している中で、やはり市民と一緒に解決するということが大事だと再認識しました。これまでの行政には欠けていた部分だと反省しています」と本間氏が語るように、行政の変革においては、リビングラボという取り組み自体が大きな役割を担っていると言えるだろう。
また、具体的施策の2つ目は人財育成だ。人財育成は主にふたつあるが、ひとつは職員のデジタルリテラシーの向上、もうひとつは市民のデジタルリテラシーの向上だ。前者は業務効率化や新たなサービスを創出するために、後者は提供しているサービスを使ってもらうために、両輪で進めていく必要がある。
「職員のリテラシー向上に関しては、まずリテラシーのレベルを測るためにアセスメントを実施し、分析しました。そこから職位ごとに目標を設定して、各階層にマッチした研修を実施しています。また、全職員向けウェブサイトで『デジ通』を発行して、DX事例を紹介したり、業務に生かせるチップス載せたり、横文字に対する抵抗感を払拭するような取り組みをしています」(野田)
図4:人材育成の手順
市民のデジタルリテラシー向上のための施策としては、「スマホ教室」と「スマホ相談窓口」を実施している。「スマホ教室」は、高齢者の方を中心にスマホの使い方を学んでもらうため、広報誌などで参加者を募集して、市内各所で計30回以上開催。「スマホ相談窓口」は、市役所の1階に設置し、いつでもスマホに関する相談ができるようにしている。
「2つの施策を実施したことで、特に高齢者の方のスマホに対する理解が進んできていると実感しています。酒田市はキャッシュレス決済による還元キャンペーンにも参加しましたが、多角的に取り組むことで、市民のデジタルリテラシーが少しずつ向上してきています」(本間氏)
デジタル変革戦略に基づいて、さまざまな施策を実施している酒田市だが、ひとつの成果として実を結んだのは「飛島スマートアイランドプロジェクト」だ。政府が2022年に実施した「夏のDigi田甲子園」で、優勝にあたる内閣総理大臣賞を受賞したのだ。
「飛島スマートアイランドプロジェクト」は、飛島におけるさまざまな課題をデジタル技術で解決し、住民の生活をより便利にする取り組みだ。LINEを活用したスマートオーダーシステムの構築や、eモビリティを活用した商品配送サービスなどを行っている。もちろん受賞することが重要なのではないが、酒田市に限らず、日本全国多くの自治体が抱えている地域課題を解決するためのヒントがこの事例から得られる可能性は大きい。受賞後、酒田市には多くの反響が寄せられているという。
必要なのは外部パートナーとチャレンジ精神
今後も引き続きDXに取り組んでいく酒田市が現在検討しているのは「窓口サービスの高度化」だ。市役所に行かずにいつでもどこでもサービスが受けられることや、市役所に行った際にも窓口を回って書類に名前や住所を記入する手間を減らすなど、市民にとってより負担の少ないサービスの提供を目指している。
また、窓口で市職員が市民から受け取ったデジタルデータをそのまま活用し、バックグラウンド業務を自動化することで、市職員の負担も減らすことができるという構想を描いている。この「窓口サービスの高度化」を実現するための第一歩として、市民とのコミュニケーションツールの開発を進めており、2023年春のリリースを目指している。
「市民一人ひとりに対して、属性や興味関心に沿った情報を適切なタイミングで提供できるコミュニケーションツールを目指しています。また、冠婚葬祭や引っ越しなど、さまざまな手続きが必要なライフイベントがあった際には、このツールの中で質疑応答をすることで、必要な手続きを過不足なく伝えて、オンラインで手続きを完結させたいと考えています」(本間氏)
酒田市とNTTデータがコラボレーションし、DX推進に取り組んできた中で、両者が感じたことは何だったのか。
「酒田市は、当初NTTデータと接点がありませんでしたが、本間社長が山形県出身だという細い糸をたどって、CDOへの着任をお願いしました。NTTデータとコラボレーションをして感じるのは、酒田市単独でDXを推進することはできなかっただろうということです。民間企業とコラボすることで、行政視点だけではなく、多角的な視点を持つことができます。私たちが迷ったときには、適切なタイミングで、的確な意見を言ってくれる外部の存在が不可欠です」(本間氏)
「着任した当初、デジタル変革戦略室はDXが進んでいる一方で、他の部課に関してはDXに対する意識の醸成がまだ足りていないと感じていました。現在は約2年間の取り組みの中で、少しずつ広げることができて、デジタル変革戦略室への相談も増えてきました。自治体の中から変えていくことの重要性を感じています」(野田)
図5:酒田市とNTTデータのコラボレーション
「DXに悩んでいる自治体の皆さんには、外部の力を遠慮なく借りてやってみる、一歩踏み出してみるということにチャレンジしてもらいたい」と本間氏が語っているが、先進的な取り組みを進めるためには、中心となる自治体に「変わらぬ信念」と「変える勇気」が必要だという。引き続きDX推進に取り組む酒田市から、まだまだ学べることはあるだろう。
本記事は、2023年1月24日、25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。