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防災のDXへ、組織を越えた情報共有の枠組みの提供を目指す
「災害現場のリアルと防災DXのあるべき姿とは」をテーマにした今回のディスカッションにあたって「ご自身の住まいに係るハザードマップを確認されたことがあるか」というアンケートが実施された。結果として「自治体や国の刊行物、ウェブサイトなどで見たことがある」という回答がほぼ8割を占め、防災意識の高まりが伺えた。一方で危機管理教育研究所の国崎氏は、災害時に適切な行動をとるためにはより詳細な情報収集が必要であると指摘する。
危機管理教育研究所
国崎 信江 氏
「例えば洪水であれば、浸水エリア内に入っているかどうか、何メートルの浸水があるかにフォーカスしがちですが、ほとんどの河川は県をまたいで流れています。大雨が降った時には上流の情報も確認した上で地域のハザードマップと照らし合わせて、避難すべきかどうかを考えることが大切です」(国崎氏)
公共統括本部 社会DX推進室 部長
中村 秀之
災害時に合理的な判断を下すためには、多くの情報を効果的に集約してアクションにつなげていくことが重要になる。しかし、その術を知らない人が多いのが現状だ。このような課題の解決を目指して、NTTデータでは防災DXの取り組みを進めている。概要について、NTTデータの中村は次のように語る。
図1:DXにより、防災の全体最適化を目指す
「『広域化、激甚化、複雑化』していく日本の災害状況に対して、『高度化、緻密化、効率化』された情報の収集、組織間の連携が重要です。NTTデータでは、単一の自治体だけでなく、地域のあらゆるステークホルダーが災害対応に関するデータやサービスを連携し、一体となって対応することが可能な世界の実現を使命と考えています」(中村)
地域におけるデータやサービスの連携を目指すNTTデータでは2021年、災害対応に係る総合プラットフォームとして「D-Resilio®」を立ち上げた。多様化する災害の脅威に対応する上で必要な情報を必要な時に、必要な方へ届けるための仕組みであると、中村は解説する。
図2:国、自治体、企業、医療機関等の間でデータ共有する仕組みの構築を目指す
「『D-Resilio』では、衛星やドローンなどの最新デバイスを活用し、デジタル技術を組み合わせることで高度な災害対応を支援します。自治体と民間企業、政府機関、住民などの“組織を越えた情報共有の枠組み”を提供したいと考えています。2023年4月からは、災害関連情報を多様なメディアに対して一斉配信する『Lアラート®』の運用業務を、一般財団法人マルチメディア振興センターより受託し開始します。『Lアラート』と『D-Resilio』のデータを掛け合わせ、さらなる付加価値の提供を目指します」(中村)
図3:災害のあらゆるフェーズをトータルに支援するD-Resilio
災害対応の迅速化につながる“共通言語”を持つことの難しさ
NTTデータをはじめとするIT企業では、日々新たな技術を活用したサービスやシステムの開発が進められている。だがそれらは本当に災害現場で役立つことができるのか、中村は常に自問自答を続けているという。今、災害対応の現場で本当に課題となっていることについて、国内外多くの被災地の災害対策本部で行政職員の災害対応を支援してきた国崎氏は、次のように語る。
「自治体には危機管理課や防災担当という部署が存在しているため、他の部署の方々は防災が日常的には自分の役割ではなくなり、災害時にも危機管理課の指示を待つようなことがあります。そういう方々は、災害時にとにかく手が足りないところへ派遣され、日常とかけ離れた業務を任されて慌ててしまうことも多くあります。結果的に、目の前で起きていることに振り回され、全体を客観的に見て優先度の高いところから対応することができないという状況に陥りがちな現状があります」(国崎氏)
災害時には、自衛隊や警察、消防の援助隊など、さまざまな組織から応援部隊が派遣されてくる。そこでは、自治体の担当者と応援部隊の間で“共通言語がない”ことから、対応に戸惑いが生じることもあるという。
「あるところから助けを呼ぶ通報があった時に、自治体の方々は住所を聞きながら場所をイメージすることができますが、応援部隊は位置情報に関するそれぞれの独自の共通言語を持っています。例えば警察であれば、ランドマークをもとに会話をしますし、自衛隊の方は座標を使います。共通言語がばらばらである結果、ひとつの通報に対して情報を伝えきれず結局は紙の地図を開いて確認するようなことが起きています。個別の組織においてはシステムを入れて情報共有の強靭化、迅速化が進んでいますが、他の組織との共有となった時には、まだまだ課題が多いと感じています」(国崎氏)
図4:災害現場では、組織間の連携が課題となっている
NTTデータ経営研究所
江井 仙佳
自治体における災害対応の課題感を聞いたNTTデータ経営研究所の江井は、「そのような共通の課題がありながら、自治体ごとに準備の差はあるのでは」と、改めて国崎氏に問いかける。
「近年のように災害が多発する中で、自治体でも自分の市町村が被災したり、他の地域へ応援に行ったりするなど、経験を積まれている方が増えています。また国や各機関も被災地支援でどんどん経験値を重ねているので、自治体自体の経験値が低くても、応援部隊のスキルが上がっていることで救われることも多いです。特に被災経験のある地域は受援の重要性をよく理解しているので、応援部隊を速やかに受け入れることができるという特徴もあります。一方で、災害対応に不足があるにもかかわらず『うちは大丈夫だろう』と毎年同じ訓練を繰り返している自治体では、いざ災害が起きた時に思い描いた動きができず、疲弊する状況も見られます」(国崎氏)
データ活用は、現場でいかに役立てるかが鍵
災害対応の現場では、人と人が“共通言語”を持つことによる情報共有が大きな役割を果たすというが、より高度で精緻な“データ”はどのように活用していけるのだろうか。災害対応現場におけるデータ活用について、「先を読む力」に寄与するものだと国崎氏は重要性を語る。
「先を読む力というのは、目の前のことにとらわれて全体像が見えなくならないためにも重要です。災害の状況推移に関する科学的で客観的なデータの裏付けは意思決定にも大きく影響するため、専門家や公的な機関から提供される安心して使えるデータは、現場でも重宝されるはずです。今後は先の状況の予測を迅速に発し、現場が受け止めて対策に結びつけていく流れを構築していかなくてはいけません」(国崎氏)
図5:デジタル技術を駆使して進歩するさまざまな災害対応策
確定した情報だけでなく、今後に対する予測、シミュレーションにこそデータの価値があるという国崎氏。その真意についてさらに具体的に解説する。
「例えば地震の後に津波がくるという情報があった時に、津波がいつまで続くのか、津波警報が出されたままでは救助にもいくことができません。また大雨であれば、止んだ時に土壌の中にどれくらいの雨量が溜まり、土砂災害のリスクがどれくらいあるのかを測ってアクションを判断しています。現場に職員を投入する時に重視される安全性を測るために、今確定しているデータと先を見通すデータはセットで必要になってきます」(国崎氏)
また災害対応のデータ活用においては、国が進めているDXと現場のアナログな状態の乖離が大きく、結果的に現場にしわ寄せが集まっているのだという。
「例えば、命からがら逃げてきた被災者の方を避難所ではまず『受付』をします。大変不安な思いをしている高齢者の方が、老眼鏡も忘れた状態で細かい文字が読めないまま震える手で受付表を記入するのです。そして職員が、被災者の方に問いかけながら文字を読んで、一生懸命システムに打ち込んでいく作業をしています。このような国のシステムと現場の乖離を解消することも今後の大きな課題になっています」(国崎氏)
住民視点から、未来の防災DXを考える
情報が溢れる中で、いかに必要な情報を必要な人に必要なタイミングで届け、命と財産を守る活動につなげていくのか。「NTTデータでは被災者一人一人に寄り添うパーソナライズされた情報により、避難所での医薬品や物資の最適な提供や、復興時の災害情報把握と罹災証明の迅速な発行を支援する取り組みなどを進めている」と言う中村の解説に対し、国崎氏は災害現場で必要とされている情報について次のように続ける。
「災害時に住民の方が必要とする情報の種類は、状況によって刻々と変わっていきます。最初は水や食料が手に入らないため営業しているスーパーの情報が求められますし、トイレの問題も大きく、仮設トイレが設置されている避難所の情報も重要です。また自分や家族の健康、生理的な部分に関しては自治体の方に聞きづらいところもあり、口コミやネットで調べた結果、不確かな情報に振り回されてしまうこともあります。その時に自分が必要とする正確な情報がどこにあるのかがわかれば、安心して行動ができることにつながります」(国崎氏)
図6:災害対応のフェーズごとに変わっていく住民に必要なサポート
災害時の情報の重要性について、江井は東日本大震災の時の自身の体験も踏まえ、次のように続ける。
「東京、大阪、名古屋などでは大地震が発生した時に帰宅抑制が行われる予定です。しかし、アンケート結果などからも家族の安否を知りたいが故に、多くの人が自宅へ帰りたいと考えています。実際、私も東日本大地震の時に10キロの道のりを歩いて帰りましたが、幼稚園にいる子どもが心配だったためでした。災害対策の基本は最初に自分の身を守り、安全を確保することです。そのうえで、家族の安否も含め心から安心できる状況へと導いていくために、個人の合理的な判断を支える基礎的な情報共有が大きなテーマになると考えています」(江井)
国崎氏が前述するように、災害現場の情報共有は国がDXを進める一方で、自治体の現場はアナログのままという乖離が発生しているのが現状だ。「いざという時にアナログの情報が正しい場面もある」という中村は、「デジタルとアナログをベストミックスしながら新しい運用のやり方を見つけ、サービスとして検討していきたい」と語る。
さらに、多くの災害現場を経験してきた国崎氏は、中村の提唱する「デジタルとアナログのベストミックス」に賛同しながらも、その際に進化してきた利便性を元に戻すようになってはいけないと強調する。
「今や災害現場では、80歳の高齢者でもスマホを使っています。日常的に利便性が高まっている世の中であるにも関わらず、災害現場には同じ内容の申請書を何枚も書かされるなど20年前に戻ってしまったような非効率さがあります。デジタルとアナログのベストミックスを模索しながら、元に戻すことなくより高い効率性を追求していかなくてはいけません」(国崎氏)
またシステムに関しても、災害時にだけ使われるものは使いこなせなくなるという懸念から、日常的にも活用できるシステムが求められると語るなど、災害現場を知り尽くす目線から多くの示唆を提供した国崎氏。NTTデータでは、現場の声に傾聴することで人命や財産を守ることにつながるサービス提供を目指していく。
本記事は、2023年1月25日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2023での講演をもとに構成しています。
「Lアラート®」は、総務省及び一般財団法人マルチメディア振興センターの登録商標です。(登録第5802710号)
「D-Resilio®」は、株式会社NTTデータの登録商標です。(登録第6477130号)