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5年後のありたいデジタル社会像『Smarter Society』
世の中の価値変容を背景に、デジタル技術を活用して生活者のwell-beingの向上と豊かで調和のとれた社会の実現を目指すことをミッションとして活動しているのが、NTTデータソーシャルデザイン推進室だ。同室は、NTTデータが考える5年後のありたいデジタル社会像を描いたビジョンを、2021年7月に『Smarter Society Vision』(※)として公表した。
ソーシャルデザイン推進室 部長
稲葉 陽子
ソーシャルデザイン推進室の稲葉陽子は「当ビジョンでは、生活者・企業・行政による互いの信頼に基づく社会を目指し、信頼をつむぎ、一人ひとりの幸せと社会の豊かさを実現する将来像をSmarter Societyとして定義しています」と語る。
Smarter Societyが実現した社会では、どのような恩恵が受けられるのか。稲葉は、既に着手している2つの事例に触れた。
マイナンバー連携でより便利になる『ライフプラン相談』
一つ目は、『マイナンバーカードを活用した金融機関によるライフプラン相談』だ。結婚、子育て、引っ越しといったライフイベントに応じて、金融機関にライフプランを相談するケースは少なくない。この場合、相談する前に、自身の資産や複数の銀行の預金高、複数の保険会社の契約情報などを整理して、準備しておく必要がある。この手間を、NTTデータが持つパーソナルデータ流通プラットフォーム『mint(My Information Tracer®)』を活用したワンストップサービスで解消しようと検討している。
図1:マイナンバーカードを活用した金融機関によるライフプラン相談
相談者の承認に基づき、金融機関が相談に必要な情報を自動で取得、相談者はライフイベントに合わせてパーソナライズ化された金融商品の提案を受けることができる。金融機関はmintを通じて行政や他社が持つ生活者の情報を取得することができるため、金融機関ごとに外部との接続インターフェースを用意する必要がない。
「金融機関を利用する生活者は適切な提案を受けることができるほか、相談準備のための書類集めや、書類の記入といった手間が削減されます。金融機関にとっても、より正確な生活者の情報をもとに提案や契約が行えるメリットがあります。情報を提供するエコシステム参画者にとっても、生活者への情報提供実績に基づくマーケティングなどが行えるなど、様々なメリットが考えられます」(稲葉)
助けたい人を助ける、誰ひとり取り残さない『防災サービス』
2つ目の事例である『防災サービス』は、特に詳しく紹介したい。稲葉は「危険にさらされている人を誰ひとり取り残さない防災サービスの実現を目指して、生活者の声をもとに、行政やスタートアップと協力して、サービス開発に取り組んでいます」と語る。
喫緊の課題として取り組んでいるのが、近年、大雨や短時間豪雨によって被害が増えている水害に着目した防災サービス開発だ。NTTデータが連携協定を締結している酒田市、別府市の協力を得て、市役所や市民の力を借りながら開発を進めている。酒田市とは防災サービスアプリのUI/UXデザインについて、別府市には浸水予測技術の開発・検証において協力してもらっているという。
まずは、防災サービス構築の流れを見ていこう。重要な観点が、ステークホルダーの整理だ。稲葉は「防災には自助のほか、地域、組織といった単位で守る共助、行政機関で守る公助の考え方があります。災害の各フェーズにおいて、どんなステークホルダーがどのように関わってくるのかを整理して、重視する関係性を明らかにすることが重要です」と語る。
以下の図表は、酒田市の防災に関わるステークホルダーだ。
図2:酒田市防災のステークホルダー
自助、共助、公助の関係から、行政、地域の関連組織、市民、具体的な既存の利用システムや利用施設を洗い出して、人同士、あるいは人とモノがどのように関わっているのかを整理している。
この中から、多くの関わりを持つ人、代表的立場の人を中心にインタビューを実施した。インタビューで得られた声から、災害対策のフェーズや立場ごとに行動・思考や課題を抽出。水害発生時に生活者がどのような行動をとり、そのときの感情がどのように変化するのかをジャーニーマップとしてまとめたという。
「ジャーニーマップとして整理することで、生活者の思考や感情の浮き沈みを把握。そこから、最も不安に感じるポイントや浮かび上がった真の課題を発見することができました」と稲葉は語る。そして、このジャーニーマップとそこから導いた真の課題を踏まえて、社内外複数の組織を横断してのアイディエーションを実施、サービスコンセプトをアイデアペーパーやストーリーボードの形でまとめ、再度、酒田市の職員や生活者へのインタビューを実施した。
「生活者からは、“避難指示を受けていても避難行動に移れない”や”遠隔地にいる親族からは、災害リスクの高まった地域にいる親族の安否確認が難しい”など、災害が差し迫るなかでの切羽詰まった課題が抽出されました」(稲葉)
その結果を受けて、本防災サービスでは、『家族の安否確認』『災害マップ』『災害タイムライン』という機能を備えたアプリの開発を検討している。
図3:防災サービス概要
『家族の安否確認』では、同居していない家族や親族の住む地域がどの程度危険なのか、また、家族や親戚が現在避難しているのかを確認できる。『災害マップ』では、家族や親族が居る場所の危険度や避難所の情報をマップ上で視覚的に確認可能だ。『災害タイムライン』では、災害時に個々人に対して避難の意思決定を促せるよう、適切な情報をわかりやすく時系列で提示する。
Arithmer株式会社 営業部 課長
氏家 賢人 氏
生活者を始めとしたさまざまなステークホルダーの視点に立つことで、<助けたい人を助ける、誰ひとり取り残さない>をコンセプトとした防災サービスが実現されようとしている。稲葉は「解決すべき課題や解決の方向性は、酒田市に暮らす生活者の意見に基づいています。生活者の意見に耳を傾けてサービスを設計することで、豪雨災害という有事においても、利便性の高い、生活者に寄り添うサービスを目指しています」と語る。
シミュレーションのデメリットを克服した『浸水予測AIシステム』
ソーシャルデザインの取り組みの中で重視していることの一つに「エコシステム」がある。生活者に迅速にサービスをご提供することを目的として、スタートアップとの協業も進めている。別府市と取り組む『浸水予測技術の開発・検証』では、NTTデータと協業するパートナー企業『Arithmer』が支援を行った。Arithmerは、高度数学を活用したAIで社会課題の解決を目指す企業であり流体シミュレーションの技術を応用したシステムを提供している。(https://www.arithmer.co.jp/fluidprediction)
Arithmer営業企画本部の氏家賢人氏は、同社が浸水予測にアプローチする理由をこう語る。
「浸水被害を解決するには、災害そのものを減らすことと、災害からの迅速な復旧を目指すことの2つの対応方法があります。災害そのものを減らすことは不可能に近いですが、災害の被害を減らすことはできると考えています。開発中の浸水予測AIシステムは、災害の被害を減らすことに貢献できるシステムであり、NTTデータ様と一緒に取り組みを進めています」(氏家氏)
浸水予測AIシステムとはどのようなものか。氏家氏は「リアルタイム性を有した浸水状況の情報提供ができる仕組みを目指しています」と説明する。
図4:浸水予測AIシステムの概要
従来の浸水予測には、シミュレーション技術を応用しているものが多い。この場合、物理現象の詳細なモデル化や雨量、対象地域内の地域性など、さまざまなパラメータの設定が必要になる。また、精度の高い予測を出すには大量のシミュレーションが必要となり、それを実行するには時間がかかることから、リアルタイム性の確保も難しかった。浸水予測AIシステムは、このデメリットを解消するものだ。
浸水予測AIシステムは、NTTデータが提供する観測雨量や地形データなどの情報だけでなく、過去の浸水状況などの情報も掛け合わせて学習を行うことで、浸水予測AIモデルの構築を進めている。これが実現すれば、未知の地形データや気象観測データをAIモデルに入力するだけで浸水予測が可能になる。その都度のパラメータ設定を必要とするシミュレーションが不要となることから、よりスピーディに浸水予測が導かれ、より高いリアルタイム性を実現できるという。
また、災害発生が予測されるときに避難を行うか否かの意思決定を支える仕組みとして、浸水高データを3Dで可視化する機能も開発中という。生活者の家がどのくらい浸水してしまうのか、時間ごとの推移を予測把握できるようになるという。
パートナーの皆様とともに、より豊かな社会の実現を目指す
NTTデータが目指す「Smarter Society」。その実現には、生活者のwell-beingの向上と、豊かで調和のとれた社会の実現を目指したサービス創発が必要だ。その具体的な取り組みとして紹介した『ライフプラン相談』、『防災サービス』は、NTTデータだけで完結するものではない。生活者と企業・行政の間に信頼関係が築かれ、その信頼関係に基づくデータの循環により、生活者へのより良いサービス提供が実現されるはずだ。
最後に稲葉は、これからの意気込みを語った。
「Smarter Societyの実現では、エコシステムを強く意識しています。サービスを提供する企業や行政の方々、ソリューションや技術を提供いただくスタートアップのみなさま。さまざまな方々と協業して、WIN—WINの関係を築きながら、生活者視点の新しいサービスを創発していきたいと考えています」
本記事は、2022年1月27日、28日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2022での講演をもとに構成しています。