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2022.6.29事例

デザイナーは組織や文化もつくる!めざすのはイノベーションフレンドリーな組織

『デザイン思考』という言葉が一般的になって久しい。プロセスや方法論の理解は進み、ビジネスに取り入れている企業も増えてきた。その一方、実用段階で上手く活用できてないという声も聞かれる。
いま、デザイナーに求められる役割とはなにか。今回は、NTTデータのデザイナー集団「Tangity Tokyo」を率いる村岸史隆と株式会社インフォバーンのデザイン事業部「INFOBAHN DESIGN LAB.(IDL)」で主管を務めるデザイン・ストラテジストの井登友一氏が対談。二人の対話から、イノベーションを起こすための組織文化、マインドセット変革におけるデザイナーの役割に迫る。
目次

デザイナーは課題解決だけではない。価値を生み出す人だ。

DATA INSIGHT編集部(以下、編集部)最初に、お二人のプロフィールから教えて頂けますか。

村岸 史隆(以下、村岸)私は、ニューヨーク工科大学大学院を卒業後、現地のブランディングエージェンシーでキャリアをスタートしました。そこでは、ブランディングに携わり、その後、スタートアップに転職。デジタルのUI(User Interface)デザインを手掛けるようになります。UIを学ぶにつれ、UX(User Experience)とつなげる仕事をしたいと感じて、Amazonの子会社であるAlexa Internetに転職して、体系だったUXデザインを学び、実践しました。

日本に帰国後は、事業会社や出版社でUXマネージャーを歴任し、2020年1月にNTTデータに入社。サービスデザイナーとしてデザイナー集団「Tangity Tokyo」の責任者を務めながら、NTTデータ内のチーム立ち上げやデザインの力で社会インパクトを与えられるようなデザインコンサルティングを推進しています。

井登 友一 氏

井登 友一 氏

井登 友一 氏(以下、井登)僕は大学で社会学を専攻しジャーナリズム論やメディア論、そして社会調査を学んだ後、新卒で企業のマーケティング支援を行うマーケティングエージェンシーに入社しました。そこで、ユーザーリサーチやマーケティングの企画を担当していました。その後2000年頃、北米でHCD(Human Centered Design)やUCD(User-Centered Design)(※1)の潮流が生まれたことを受け、社内でチームを立ち上げ、リサーチに基づいたデザインや、UXデザインの実務に10年ほど携わりました。

現在は、企業のメディア領域やマーケティング領域の戦略・実行支援を行う株式会社インフォバーンに在籍し、顧客企業の製品やサービス、事業のデザインを大きな意味でのデザインというアプローチを通して実行支援する組織『INFOBAHN DESIGN LAB.(IDL)』の主管を務めています。

編集部デザイン思考という考え方は今や一般に認知され、ビジネスへの応用を試みる企業も少なくありません。その一方で日本では、実活用の段階になると上手くいかないという意見もよく聞かれます。その原因はどんなところにあるとお考えですか?

井登そもそも、デザイン思考が注目を浴びたのは、2000年代。デザインコンサルティング会社IDEOのCEOティム・ブラウンが出版した「CHANGE BY DESIGN(邦題:デザイン思考が世界を変える イノベーションを導く新しい考え方)」がヒットした辺りからです。当時の社会状況は、米国におけるドットコムバブルや、リーマンショックを始めとする大きな経済的変化の中で、事業分析のフレームワークを活用し、分析的で合理性を重視したMBA的なマネジメント観点のビジネスでは上手く行かないといった風潮が生まれていました。そのような流れの中で、不確実な状況下でも創造性を働かせ、抽象度の高い物事を思索的に扱うことに長けたデザイナーのような考え方がより一層、注目されたことが背景にあります。

日本でデザイン思考の実活用が上手くいかない原因は、端的に言えば、日本へのデザイン思考の持ち込み方が悪かったのではないでしょうか。具体的に言えば、IDEO流、スタンフォード大学のデザインスクールであるd.school流のフレームワークや手法論だけを持ち込んでしまった。本来は、デザイナーの思考や考え方のコンセプト、アティテュード(姿勢)を持ち込み、実践の中で暗黙知を学んでいかなくてはいけなかった。デザイン思考は実践から学ぶべきものなのに、手順だけを学んでしまったのです。

重要なのは、実践のなかで生まれる暗黙知です。暗黙知を育てながら手法論である形式知に当てはめて、また実践して検証する。それを繰り返すうちに、形式知と暗黙知が上手く融合していきます。日本ではデザイン思考の形式知だけが持ち込まれ、思考する部分が不十分です。

例えば、リサーチによってユーザーの問題が発見されたとき、その解決だけに目が向いてしまう。もちろん、これはビジネス的には間違いではありません。しかし、デザイナーと呼ばれる人たちは、「そもそも、この問題を解決して何になるの?」と問い直すのです。問題の解決とは、マイナスをゼロにすること。デザイナーは、そこからもう一歩踏み込んで、プラスになるように思考を深める訓練をしています。

村岸 史隆

村岸 史隆

村岸そういった意味では、社会を探索しながら、ユーザーや消費者のどういった課題を解決するのかを見極めるスキルは、デザイナーにとって非常に重要です。それは、形式知としてのデザイン思考を理解していたとしても、経験を積んだことで生まれる暗黙知がないととらまえられない部分がかなり多いと思います。

(※1)

デザイナー・関連開発者がどうデザインするかを決めるのではなく、ユーザーがどのように製品やサービスを使うかによって、どうデザインするかを決めること。

デザイン人材が育つ組織にはクリエイティブコンフィデンス(※2)が必要

編集部形式知に留まらず、デザイン思考を使いこなせる人材を育てるには、どうすればいいのでしょうか。

村岸やり方だけを教えるのはダメですよね。先ほども話に出た、やり方を踏襲した上での実践が重要です。それに加えて、組織やマインドセット、文化をしっかり変えていかないと、デザイン思考を活用できる人材は育ちません。

よい組織やデザインチームを作るためには、デザイナーがパフォーマンスを発揮できる文化や環境が必要です。それがあってこそ、デザイナーは自分たちのクリエイティブに自信を持ってアウトプットできる。そのあたりも踏まえて、本当の意味でのデザイン思考を組織にインストールすることが重要になると考えています。

井登僕もまさに文化の醸成が必要だと思います。村岸さんも「自信を持ってアウトプット」という表現を使われていましたが、これは、クリエイティブコンフィデンスがあるという状態。裏を返せば今の日本の組織は、クリエイティブコンフィデンスがない状態であることが多いと言えるでしょう。

「こんなことを言ったら、バカだと思われるのではないか」とか「過去のデータや事業推移からみると説明ができない」といった思いから発言を躊躇するのは、それを許さない雰囲気があるから。過去の延長線上だけでなく、新しいチャレンジに対して自信を持って発言できる雰囲気をつくり出すことが重要です。

僕の知人が面白い発言をしていました。「イノベーティブな組織なんてつくれるはずがない。イノベーティブな組織は、もとからイノベーティブなやつらがいなきゃできない」。身も蓋もないと思われるかもしれませんが続きがあって、「ただ、どんな企業やどんな組織でも、イノベーションフレンドリーにはできる」と言っているんです。一見、バカらしいアイデアでも臆さず、自信を持って発言できる組織文化ができていると、何百もの発言やアイデアのうち、1個や2個はイノベーションが生まれるというんですよ。

村岸「うちは、イノベーションフレンドリーならやれているよ」と自認している皆さんも、本当にやれているか、もう一度考えて欲しい。正直、そんなに多くないのではないかな。
まずは、マインドセットを整えたり文化を醸成したりしながらイノベーションフレンドリーな組織にする。そして諦めないでデザインプロセスやデザイン思考を実践し続けることで、効果が出てくるようになるはずです。

(※2)クリエイティブコンフィデンス

いかなる環境でも、自分の創造力に自信を持ち、創造力を働かせられること。

デザイン人材が“異物”となりイノベーションを広げていく

井登やりがちなのは、外部からデザイナーを招聘して、画期的なアイデアを出してもらうこと。これも手法のひとつですが、一過性に過ぎません。外部から入ったデザイナーが触媒となって、組織の人たちもデザイナー的な考え方や実践ができるようになることが重要。村岸さんが責任者を務める『Tangity Tokyo』が力を入れているDesign Ops(※3)のような手法です。

Design Opsにおけるデザイナーは、画期的でクリエイティブなアイデアを出し続ける役割ではありません。組織の中に入り込むことで、従来とは異なる視点で事業や課題を見たり、前例に囚われない意見を言えたりする雰囲気をつくり出す役割です。勘違いしないで欲しいのは、組織の人たち全員をデザイナーにすることが目的ではないということ。目指すのは、無理なくデザイン思考を実践できる環境や文化の醸成です。

村岸井登さんがおっしゃられたように、Tangity Tokyoは、組織に入り込んでマインドセットや文化の醸成を手掛けています。井登さんが主管の『INFOBAHN DESIGN LAB.』では、デザイン人材の育成にも取り組んでいますよね。

井登 友一 氏

井登 友一 氏

井登この3年くらいは、企業内で新しい事業を考えられるクリエイティビティのある人たちの育成も手伝っています。手法論や実践、そして人材、大袈裟に言えば、組織自体の文化をデザインしていく仕事が増えています。

企業としても、製品開発や事業開発のプロジェクトに外部からプロを雇っても持続性がないと気がついたのではないでしょうか。プロを雇って外部の知見を集中的にもらうだけではなくて、社内で同じことができる人たちや組織、チームをつくることにリソースを回す。その結果、中長期的に社内にもクリエイティビティが高いイノベーティブな人材が育ち、彼らがほかのチームや組織に刺激を与えてくれる。そのほうが効率的だと考える企業が増えたと感じています。

村岸私も、最近は企業内にデザイン組織やデザインチームを持つ事例が増えてきたと感じています。井登さんがおっしゃった通り、そのほうが効率的だし、企業内に敢えて異物をつくることで、そこの文化やプロダクトが、別の部署に波及する。チェンジエージェント(※4)的な役割も期待されているのではないでしょうか。

デザイナーのいいところは、旗印を掲げて「ここに向かっていくぞ」と決めたら、必要なスキルを持ったスペシャリティ人材を巻き込めることですよね。デザイン組織やデザインチームを別の部署から見て、「なんだか楽しそうだよね」とか「デザインチームと一緒に仕事をすると楽しい」といった雰囲気やイメージは、とても大事です。そこから、マインドセットや文化が変わってくると思います。

井登僕が尊敬しているデザイン研究者の一人、ミラノ工科大学のエツィオ・マンズィーニ教授は「デザイン能力(ケイパビリティ)とは、歌うようなものである」と言っています。歌は上手い下手はあれど、誰でも歌えますよね。訓練を積めば更に上手くなるし、手法論を身につければ、合唱もできるようになる。更に上手くなれば、下手な人の指導もできる。全員が歌えるけれど、個性があるので上手い下手はある。そのとき、下手な人の歌い方を矯正するのではなく、個性として伸ばしてあげながら、その人の存在も重要だと認めてあげる。

これは、デザイン思考も同じです。そうすることで、チーム全体のデザイン的なレベルが上がってくるのではないでしょうか。私や村岸さんの役割は、上手くなるきっかけをつくる支援をして、場合によっては方法も教えることです。

編集部最後に、お二人のこれからの展望、思い描く社会を教えてください。

村岸『Tangity Tokyo』は、組織やデザインチームの立ち上げを実践しています。これをしっかりと提供できるような実績と事例を積み重ねていきたいです。まずは、NTTデータの社内にクリエイティブな文化、―デザイナーの文化を展開したいですね。その第一歩として、デザインシンカー(デザイン思考を活用する人材)になるための研修を行っています。

研修では手法論や実践も含まれますが、最も力を入れるのはマインドセットの部分。『Tangity Tokyo』がNTTデータの異物になって、デザイン思考を発信しながら、少しずつ文化を変えていくことを目標にしています。

井登僕がここしばらく考えていることは、企業を事業や製品、サービスを通して社会と接続すること。その接続ができるデザインの仕事をやっていきたい。従来の資本主義的な利益優先の経済活動によって収益を上げた贖罪としての社会貢献は時代の流れに沿っていません。事業活動や製品、サービス自体が社会に役立ち、価値がある状態でサステナブルにデザインされる必要があります。

企業を動かしていくのは従業員。社会と接続する事業や製品、サービスを考えられる人材を社内で増やせるように、『INFOBAHN DESIGN LAB.』でも人材育成や組織の文化づくりをデザインという側面から後押しできればいいなと考えています。

(※4)チェンジエージェント

組織改革において、心理学や行動科学の専門家が、組織構成員が変化にうまく対応できるように支援する役回りのこと

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