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1.メタバースはオワコン?
メタバースはオワコン(ブームが過ぎて旬でなくなったコンテンツ、技術、サービスのこと)ではないかという話が出ています。
2020年から2022年にかけたコロナ禍の世界でメタバースは大きな話題を集めました。多くのアーティストが現実でできなくなったライブをメタバース内で行いました。Travis Scottは2020年4月Fortnite(メタバース型のオンラインゲーム)内のライブで2,800万人の視聴者を集め、日本では米津玄師が2020年8月にFortnite内でライブを行いました。2018年Virtual Marketはメタバース空間におけるアバターや3Dモデルの同人発売会として始まり、回を重ねるごとに多くの企業がブースを出展し世界中から多くの参加者を集めています。メタバースはVR機器を利用するものに限らず、スマートフォンで利用可能なもの、NFTなどのWeb3技術を利用したものも含め、雨後の筍のようにさまざまなものが登場しました。モルガン・スタンレーは将来的にメタバース市場が年間8兆ドル(約1200兆円)に達する可能性があると予測をしていました(※1)。メタバースブームが最も盛り上がったのは、旧Facebook社がMetaと名前を変え、メタバースビジネスに年1兆円を投資すると宣言した時かもしれません。
一方、2023年現在Gartnerが発表した「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」においてメタバースは幻滅期の最下部にあります(※2)。一部のメディアではMetaがメタバースから撤退するとさえ伝え(Metaはこれを否定しています)、メタバースビジネスへの注力を発表していたディズニーは2023年5月にメタバース部門を閉鎖しています。日本でもブームに合わせてメタバースに参入したものの、期待したROIが得られない事例が多いようです。NTTデータのグループ企業であるクニエは、メタバース事業の9割以上が失敗している(※3)とのレポートを出しています。
ですが私たちはメタバースはオワコンではなく、今後も着実に浸透が進み、将来的な普及は間違いないと考えています。本稿ではその3つの理由を解説いたします。
2.第一の理由:続々と登場するデバイス
1つ目の理由はメタバースの重要な要素であるVRヘッドマウントディスプレイ(以下VR HMD)とARスマートグラス(以下ARグラス)に関して旺盛なR&D投資が続いており、デバイスの継続的な改善が続いていることです。
前述のとおりMetaはメタバース事業からの撤退に関しては明確に否定しています。2023年9月には世界で最も多く販売されたMeta Quest2の次世代機であるMeta Quest3の発表が予定されています。Meta以外にもTikTokを提供しているByteDanceグループはPico 4というVR HMDを販売し、安価かつ使い勝手の良さから人気を集めています。ソニーはPlayStation 5で利用可能なPlayStation VR2を発売し、新たなゲームの形を模索しています。さらにApple社は2023年6月、長年の期待に応えるようにApple Vision Proを発表し2024年の発売をアナウンスしました。HTC社のXR Eliteはバッテリーを外付けにすることでメガネに近い外観のVR HMDを実現しました(図1)。このようにVR HMDは目覚ましい進化が続いており、当面のゴールであるメガネに少しづつ近づいています。特に以前のVR機器で問題視されていた装着感についての改善は目覚ましく、1日中VR機器を付けて仕事をする人も現れてきています。(※4)
ARグラスも同様です。HoloLens、MagicLeapなどのスマートグラスは高性能ながら、価格の高さから、法人における利用にとどまっています。その一方、コンシューマ利用を想定し、機能は限定されているもののコストを抑えた製品が続々と登場しています。その中でもXREAL air(図2)は5万円を切る価格と普通のメガネに近い外観、映像の美しさから人気を博し、2022年は10万台以上を売り上げています。
図1:HTCによるHTC XR Elite(VR HMD)
図2:XREAL社によるair(ARスマートグラス)
3.第二の理由:メタバースはコンピューティングの正当かつ唯一の進化
理由の2つ目は、メタバースおよび、その元となるXR(AR/VR)技術はコンピュータの正当かつ唯一の進化であるということです。
コンピュータは1940年代に登場して以来、一貫してモビリティ(もち運びのしやすさ)と没入感を高める方向で進化を続けてきました。
モビリティはパーソナル化もしくはユビキタス化と言い換えることも可能です。人はいつでも、どこでもコンピュータを使い、インターネットに接続することを希望してきたのです。1960年代に主流であったホストコンピュータを使うためには、専用のコンピュータルームへ行く必要がありました。しかし、1970年後半に登場したパーソナルコンピュータ(当時はマイコンとも呼ばれていました)により、人は自宅に自分専用のコンピュータを持つことが可能になりました。さらにパーソナルコンピュータはノート型になり、持ち運びが容易になります。スマートフォン、タブレットはいつでもどこでもコンピュータを使うことを可能とし、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスはスマートフォンをポケットから取り出す行為すら不要としました。
もう一つの進化が没入感の向上です。没入感の定義は難しいのですが、ここでは画面の大きさと考えていただいて良いでしょう。パソコン、ノートパソコン、スマートフォンいずれもがその画面をひたすら大きくしてきました。発売当初のパソコンは10インチ程度の画面をもっていましたが、今では27インチのディスプレイを複数利用することも珍しくありません。3インチの画面から始まったスマートフォンも今では6インチが標準となっており、おりたたむことによりさらに大きなディスプレイをポケットに入れることが可能となっています。このように、人はより多くの広い空間においてコンピュータを使い、インターネットとつながることを希望してきました。
一方、モビリティと没入感はトレードオフの関係にあります(図3)。モビリティを高めると没入感はさがり、逆も同様です。また、徐々に改善されてきたデバイスの画面の拡大もほぼ限界に近付きつつあります。
そして、このトレードオフを解決することができる唯一の技術がXR(AR/VR)です。VR機器により、私たちは360度いずれを見てもコンピュータ、インターネットとつながることが可能となりますし、ARスマートグラスにより、私たちはいつでもどこでも、手首を返して時計を確認する必要すらなく、常にコンピュータ、インターネットとつながることが可能となります。
このように、これまでの歴史を見ても、次のコンピューティングデバイスはAR/VRになるのが必然であるということができるでしょう。そしてコンピュータが進化するのに合わせて、それを利用するためのインタフェースも進化してきました。XRデバイスにおけるコンピューティングは没入型インタフェースとも空間コンピューティングとも呼ばれており、そのうえで動作するアプリケーションこそがメタバースであるということができるでしょう。(図4)
図3:XRはモビリティと没入感のトレードオフを超える唯一のデバイス
図4:メタバースはXRデバイス上でのアプリケーション
4.第三の理由:キラーユースケースの登場
3つ目の理由はメタバースには多様な使い方があり、その中でもキラーユースケースと呼べるものが登場してきたことです。
一般的なメタバースのイメージはバーチャル秋葉原、Virtual Market、バーチャルライブのように、サイバー空間上にたくさんの人が集まり、コミュニケーションをとるイベント的なものが一般的です。最終的にこういったものが一般化するのは間違いありませんが、これはメタバースの一面にすぎません。
許可された人だけが入ることができる閉空間において少人数で行うビジネスミーティングは非常に臨場感が高く、Web会議では得られない効果が期待できます。特に3Dの製造物、建造物のレビューのように3Dの情報を扱う場合、ワークショップ、アイディエーションのように複数の場所で散発的に多数の会話がなされるものではメリットが大きいです。
さらにメタバースは必ずしも複数人で使うものばかりではありません。先進的なユーザーの中で人気があるのは、VR HMD/ARグラスをディスプレイの代わりに使う方法です。自宅でテレワークや動画編集を行う場合、30インチのディスプレイを3つ並べて使うことが可能です。しかし、外出先では難しく13インチ程度のノートパソコンで作業を行わざるを得ません。しかし、VR HMDを使えば空中に40インチディスプレイを4つ、5つ並べた作業も可能です。XREAL airのようなスマートグラスを使えば、電車の中で大きなディスプレイで映画を視聴し、PCで作業をすることも可能です。通常は一人でVR HMDをPCのディスプレイの代わりに利用し、必要があれば別のメンバーをそこへ呼んで打ち合わせをすることも可能です。このように、非常に画面サイズが大きく、持ち運びが容易な外部ディスプレイとしての利用がVR HMDのキラーユースケースではないかと考えます。ARスマートグラスについても、かなり眼鏡に近い形状で28インチクラスの画面を持ち運び、電車や飛行機の中で動画鑑賞、PC操作を行うことがキラーユースケースとなると見込んでいます。
これまではZoom/Teams/WebexなどのWeb会議とVRにおけるコミュニケーションの世界は完全に分かれていました。しかし、Metaは同社が提供するVRによるメタバースとMicrosoft社のteamsの相互接続を計画しており、今後はこれらの世界が相互につながっていくでしょう。VRを使う人は非常に臨場感が高く、PCを使う人はそれなりの臨場感で会議ができることになります。これはハイブリッド会議に似ています。VRでメタバースを利用する人は対面での会議参加に、Web会議を利用している人はオンラインで参加していることに近い感覚を持つのでないでしょうか。こういった体験を経てVR HMDを導入する人が増えるというシナリオを想定しています。
図5:VR HMD内でマルチディスプレイによるPC作業を行う様子
5.さらなるメタバース普及のために
私たちが通常想定するコミュニケーション、イベント型メタバースはたくさんの人がXR機器を使うことで成立します。これにはXR機器の普及が不可欠であり、まだ時間がかかるでしょう。
一方、一人、もしくは企業における複数人が所有していれば成立する製品レビュー、トレーニングなどの用途であれば、デバイスの普及は問題になりません。スマートフォン、PCなどでのメタバース利用は体験の質は大きく劣りますが、メタバースの一端を体験することを助けるでしょう。このように少人数が利用する用途が確立することで徐々にXR機器の普及が進んでいくと予想されます。
さらに、メタバースが実際の社会と同等の仕組みを持つためには、現在のインターネットでeKYCなどのソリューションにより実現されている本人確認の仕組みやオンラインにおける決済の仕組み、デジタルデータの権利処理な様々な技術・制度的な課題が解決される必要があります。私たちNTTデータはメタバースを改善するための様々な取り組みを進めてまいります。
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