NTTデータのマーケティングDXメディア『デジマイズム』に掲載されていた記事から、新規事業やデジタルマーケティング、DXに携わるみなさまの課題解決のヒントになる情報を発信します。
◆スピーカー
小泉英樹:キリンホールディングス株式会社 経営企画部 健康事業推進室 主幹
島田明恵:株式会社FiNC Technologies 執行役員 プラットフォーム本部 本部長
関屋英理子:株式会社ニチレイ 技術戦略企画部 事業開発グループ
竹康宏:ドリコス株式会社 代表取締役
◆モデレーター
三竹瑞穂:株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 第四製造事業部 VC統括部長
※役職と所属は2021年1月時点のものです
食のパーソナライズは「面倒くさい」もの?
三竹さん:「食のパーソナライズ」、グローバルでもキーワードになって、各社取り組んでいますが、なかなかビジネスとしてマネタイズしていくのが難しいテーマではないかと認識しています。なぜ難しいのでしょうか。みなさまの会社の取り組み、そして何が事業上のハードルになっているのかをお伺いしながら考えていきたいと思います。
NTTデータ 三竹さん
小泉さん:弊社(キリンホールディングス株式会社)では、酒類飲料、医薬に次ぐ第三の柱として、医と食をつなぐ「ヘルスサイエンス」という新たな領域の育成を図っており、現在全社一丸となって動いているところです。お客さまの健康課題の解決には、食品を摂り続けていただかないといけません。そこで弊社では、お客さま一人一人のニーズに合わせたサービスを提供していく必要があるとの仮説を立て、このパーソナライズサービスをどうお客さまに提供できるのかを考えています。
食のパーソナライズのビジネス化がなぜ難しいのかについては、お客さまの声を拾ってきた気づきとして、一言で言うと「面倒くさい」ことが課題になっていると考えています。
キリンホールディングス株式会社 小泉さん 投影資料
島田さん:弊社(株式会社FiNC Technologies)では「FiNC」というヘルスケアアプリを軸に事業展開をしており、最近ユーザー数が1,000万を超えました。1,000万を超えると当然ながら年齢も性別も広がるので、今後はより多くの方にご利用いただけるようなUI/UXに変えていく方針です。
一番の課題は継続してご利用いただくところです。そのために直近ではアドバイスを送るときの文章のトーンを変えるなどに尽力しています。パーソナライズをビジネス化する上では、いかに簡単に楽しく記録いただくかという「利便性の向上」、そこから得た「情報の解析精度の向上」、そして「その方に合ったアドバイスの提供」の3点が課題であると思っています。
株式会社FiNC Technologies 島田さん 投影資料
関屋さん:弊社(株式会社ニチレイ)では、近年お客さまニーズが変化してきていることと、美味しさを追求してきた歴史から、既にあるものに対してどんな価値が届けられるのかという観点で美味しさのパーソナライズが必要なのではないかと考えました。また、お客さまにとってパーソナライズは当たり前であり、「自分の生活がどう良くなるのか」を一番重要視されているとも考えました。
そこで、過去30年間解決されていない献立作りの悩みに着目しています。家庭で料理をする人の食嗜好を、①食に対する価値観、②気持ち、③誰に料理を作るかの3つの基準で分析し、お客さまに合った献立を提案する「conomeal kitchen(このみるきっちん)」アプリを開発しました。
株式会社ニチレイ 関屋さん 投影資料
竹さん:弊社(ドリコス株式会社)は、パーソナライズサプリメントをお客さまに自動的に提供する「healthServer」を手掛けています。健康を考え、取り組むことが面倒くさいという意識は変わらないと思っているので、無意識に特定の動作をするだけで健康とみなせる世の中を作るべきなのではないかと思っています。
ただ、機械を信じてくれと言われて信じられるのか、つまり「お客さまがいかに機械に対して信頼関係を寄せるのか」が一つの鍵であり、深掘りしなければいけない課題と認識しています。
ドリコス株式会社 竹さん 投影資料
「面倒くさい」を「意識させない」&「継続する楽しみ」へ
三竹さん:竹さんから「面倒くさいという意識は変わらないのではないか」と、衝撃的な話がありました。私たちNTTデータは、フリクションレステクノロジーによって面倒くさいことを解決しようと一生懸命取り組んでいるのですが、面倒くさいという意識はやはり仕方がないのでしょうか。
関屋さん:人はなかなか継続できないので、面倒くさいにも波があると思っています。そうなると、私は竹さんのおっしゃる通り、意識させない状態に持っていくことが必要かなと思いました。
株式会社ニチレイ 関屋さん
島田さん:意識させないという意味で言えば、例えば美容の場合、メイクが大好きな方はお肌のお手入れが大好きで、面倒くさいなんて全く思わない。同じように、健康になることを楽しいと思っていただくことが必要だと思っています。
そして人というのは基本的に効果を感じると継続性が生まれると思うので、無意識に効果をきちんと感じていただけるような導線を、さまざまな技術を使いながら生み出していけると良いのかなと思っております。
三竹さん:食で難しいと思うのが、医薬品と違って、継続的に取り組まないと摂取の効果が見えにくいことです。小泉さん、食を作るメーカーとして、お客さまにどうやって無意識下で継続してもらうか、どう効果を感じていただくかについて、お考えありますでしょうか。
小泉さん:無意識下での継続性を担保するには、島田さんがおっしゃった通り、「継続性が必要なところをいかにエンターテインメントに変えるか」が大事ではないかと思っています。
キリンホールディングス株式会社 小泉さん
どう効果を感じていただくかについては、食のソリューションを利用するお客さまは普段から健康な方が多いので、その方が不健康にならないような生活習慣をいかに自主的に継続していただくかがポイントですが、そこが非常に悩みどころです。
竹さん:島田さんがおっしゃったような、お客さまとの「信頼関係の構築」がまず大事なのかなと思っています。ソフトウェアであれ機械であれ、自分のことを本当に理解してくれているとユーザーに感じさせる体験作りが鍵になってくると考えています。
弊社では、「食は(医薬品と違って)人によって得られる効果が変わる」という前提の下、サプリメントを摂取したお客さまが効果を感じたのであればそれがお客さまにとってベストなサプリメントであると捉え、その後のリコメンドに活用させていただいています。
リコメンドのコツは「三河屋のサブちゃん」!?
三竹さん:お客さまが得られる食の効果は、お客さまの食の嗜好性や健康状態、気分といった、いろんな要因によって変動するかと思います。そんな中でお客さまにピンポイントで食をリコメンドするのは難しそうです。「conomeal kitchen(このみるきっちん)」ではお客さまに献立をリコメンドするとのことでしたが、リコメンドする上で大事にされている考え方はありますか?
関屋さん:毎日の食事作りに楽しみを残すという意図で、ピンポイントのリコメンドはせず、いくつか選びやすい候補を提示し、それらの中からお客さま自身が選択できることを大事にしています。イメージ的には、サザエさんの家に来る三河屋のサブちゃんみたいに、お客さまであるサザエさん一家の好みや状況を知っていて、それらに合わせて今日はこれがいいのではないかと提案してくれる存在です。
食のパーソナライズが考える2030年の世界
三竹さん:ここで、テクノロジーの進化について整理したスライドを用意しました(下図)。
例えば、今から10年前は、スマホ普及率がたった4.8%でした。一方で今から10年後の2030年では、通信速度が5Gの約1,000倍とも言われる6Gが普及して、リアルとバーチャルが本当に一体になっていく世界が実現すると見込まれています。IoTデバイスや、そこから取得されるデータ量もどんどん増えていくでしょう。
おそらく、今までの10年以上の物凄い進化が、デジタル領域で起きてくるのだろうと思います。そうした中で、各社みなさんの10年後はどんな感じになり、どんなテクノロジーを使っていくとお考えになりますか。
島田さん:おそらく10年後は、気づけばデータが取得されている受動的な世界になっていると思います。弊社でも、ある企業さまと共同で、歩くときの姿勢や負荷を自動で取得できる靴のインソールをリリースしましたが、同様のテクノロジーがこれからは寝具など多様な領域に広がっていくのだろうと思っています。
その先には、無意識に自分のデータが取得されて、そのデータが何らかの形で自分に返ってくるような世界が実現されるのではないかなと思っています。
株式会社FiNC Technologies 島田さん
小泉さん:2030年になっても、選べる楽しみというか、食における面倒くささを楽しみたいといった、人間臭いニーズは残るのかなと思っています。そうしたニーズを加味したパーソナライズサービスを提供するために新しいテクノロジーを活用していくようになるのだろうと思っています。
三竹さん:基調講演で早稲田大学大学院の入山教授が、AIだけで売るよりもAIでリコメンドされたものを最後に人間が売った方がよく売れるといった事例をお話しされていましたが、そこと通ずるのかなと思いました。
竹さん:島田さんがおっしゃったように、今後10年、あるいは10年待たずして、センサーとしてのデバイスが生活の中に溶け込んで、目に見えない形で自然にデータが取られる世界は間違いなくやってくると思っています。さらに私たちとしては、その先、取得データをもとにお客さまの行動変容も無意識に行わせるべきと考えています。ここでもフリクションレスが鍵になると思っています。
ドリコス株式会社 竹さん
関屋さん:食には「作る楽しみ」がやはりあるのだなと強く感じています。そのため、美味しさ以外のところ、例えば献立を立てた後の行動を個々人のライフスタイルに合わせて効率的にしていくとか、食を届けるといったところで、新しいテクノロジーが活用されてくるのかなと考えています。
議論のまとめ お客さま課題・時機に合ったテクノロジー活用を
三竹さん:これまでの議論をまとめていきます。
まず、食のパーソナライズを実現する上で、さまざまなプロセスのフリクションレス化と、お客さまにとって選択の幅を残したリコメンドが大事になるだろうとのお話がありました。テクノロジーを活用しながら、そうした取り組みのレベルアップは追求していく必要があると思いました。
次に、お客さまにサービスを使っていただくためには、お客さまの課題を解決していくという発想が大事との話がありました。関屋さんの発言にあった、「お客さまが最重視する『自分の生活がどう良くなるのか』」という考え方、つまりモノを売るだけではないというのがポイントかなと思いました。
最後に、10年後の世界とテクノロジーについて議論しましたが、先進的な事業に取り組む場合は、しっかり技術動向をウォッチしていき、タイミングを見計らって活用していくことが大事なのだろうと思いました。
さて、残りわずかの時間となりました。竹さん、一言どうぞ。
竹さん:今回のパネルディスカッション冒頭で、面倒くさいものは面倒くさいもので残ってしまうところもあるのかなと申し上げました。ただ、どんな人をターゲットにビジネスを始めるかで成否は変わると思っています。
私たちの事例でいうと、2016年から販売している「healthServer」で結果的に一番売上が伸びたカテゴリーはスポーツジムでした。ポイントは、ある程度健康意識が高い人が集まるようなロケーションに溶け込ませていくということだったのかなと思っています。
その意味で、ターゲットがいるエリアを特定してビジネスを展開していけば成功事例を作っていけるのかなと、勝手ながら思うようになりました。
三竹さん:パネリストの皆さま、本日は貴重なご意見をいただきありがとうございました。分科会にご参加いただいたみなさまにとって、パーソナライズというテーマでみんな悩んでいるということが分かっていただけたのであれば、それだけでも前向きに取り組んでいただけるきっかけになったのかなと思います。本日はありがとうございました。
NTTデータのオウンドメディア「Data Insight」では、今回の記事でご紹介した内容の要約版を掲載しています。ぜひご覧ください。