セッションの趣旨
AIを社会的課題の解決に役立てるマイクロソフトの「AI for Good」
NTTデータ 総務部 サステナビリティ担当 シニア・スペシャリスト
金田 晃一
冒頭、モデレーターを務めるNTTデータ 総務部 サステナビリティ担当の金田 晃一は、パネルディスカッションを通して「社会貢献活動が、最終的にビジネスにどう寄与するかのプロセス」と「デジタルによって、社会貢献活動はどのように変化するのか」を明らかにしたいと意気込みを語った。
続いて、日本マイクロソフトで社会貢献活動に従事する龍治 玲奈氏や、NTTデータで日本マイクロソフトとの戦略的協業に携わっている雨宮 俊一が、デジタル・フィランソロピーをどう捉え、現在どのような取り組みを進めているかをリレー形式で伝えた。
日本マイクロソフト株式会社 政策渉外・法務本部 社会貢献担当部長
龍治 玲奈 氏
社会貢献担当部長である龍治氏は、まず「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」という、グローバルでのマイクロソフトのミッションを紹介した。中でもフィランソロピーにおける注力分野は「すべての人々への就労機会を」「より良い未来のためのAI利活用を(AI for Good)」という2つがあり、それぞれの国の担当者が、それぞれの国の事情に合わせたプログラムを展開しているという。
特に、AIを社会的課題の解決に役立てる「AI for Good」の活動は、「地球環境のためのAI」「障碍のある方のためのAI」「人道支援のためのAI」「文化保全のためのAI」「医療のためのAI」という5つのプログラムで構成されており、2017年から5年間で1億6,500万ドル(約170億円)の予算が組まれている。日本で助成を受けた例に、東日本大震災後、東北大学と連携して行ったAIによる災害被害地域の識別プロジェクトのほか、現在、NTTデータとのパートナーシップの下に行われている医療分野でのAI活用プロジェクトなどがある。そうした「AI for Good」の展開は「すべてパートナーシップなくしてはできないもの」だという。
マイクロソフトが展開する「AI for Good」を構成する5プログラム
社会貢献活動を通して期待できる、企業側のメリットとは
NTTデータ 技術革新統括本部 技術開発本部長
雨宮 俊一
龍治氏からのバトンを受けて、NTTデータの技術開発本部長 雨宮 俊一は、医療分野でのAI活用プロジェクトである画像診断AIの開発・提供事例について解説した。この技術はインドのスタートアップ企業であるDeep Tek社とパートナーシップを組んで開発したもので、胸部X線写真から約90%の精度で異常を検知できるという。両社はマイクロソフト、南インドのチェンナイ市と連携し、このAIロジックを積んだX線検診車を走らせ、結核患者が多いインドの患者発見に貢献するとのことだ(※)。
雨宮は、「こうした社会貢献に対して4つのことを期待している」と語る。第1に自社技術の認知度アップとそれによる市場の拡大。第2に開発した技術を活動の中で検証して、品質向上につなげられること。第3に国際機関・NGO、政府・自治体、医療関係者のようなステークホルダーと連携して、これらの技術がどうしたら普及・展開できるのかを議論する場が得られること。そして第4に活動自体を発信することで、ステークホルダーや投資家、国際機関からの評価を得られることである。
「WHOなどからフィードバックを受けて、技術プレゼンスの向上にも役立てたいと考えている」(雨宮)
NTTデータが社会貢献活動を行うことで期待できるメリットの例
AI画像技術を活用し、インドで10万人に結核診断へのアクセスを支援
~先進技術を活用して、持続可能な開発目標(SDGs)へ貢献~
https://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2021/012901/
多様な組織が対等に参画できる社会貢献活動を基盤に、Society 5.0をめざす
経団連 SDGs本部統括主幹の長澤 恵美子氏からは、昨今の企業活動のトレンド、今後めざすべき方向性などが語られた。長澤氏によれば、「ビジネスの種になるような“戦略的な社会貢献活動”を始める企業が増えている」という。その背景にはコロナ危機によるDXの進展、社会経済構造の変化、地球環境問題の危機感の高まり、人々のマインドセットの変化があるという。
「企業には社会的課題の解決を通じたサステナビリティへの貢献が、ますます求められるようになっている」(長澤氏)
一般社団法人日本経済団体連合会 SDGs本部統括主幹
長澤 恵美子 氏
「経団連が11月に発表した『。新成長戦略』では、DXが重要なカギとして提示されている。なお、タイトルの『。』には、今までの成長戦略に終止符を打って、新たな方向を打ち出す覚悟が込められている。今後めざすべき社会Society 5.0では、社会的な課題をDXで可視化し、そこに多様な人々のイマジネーションとクリエイティビティを掛け合わせ、課題解決・価値創造をはかることが重要である。企業にはその主要プレーヤーとして、社会課題の解決にこれまで以上に取り組む責務がある」と、長澤氏は説明する。
「社会貢献活動は短期的な収益を目的としないことから、目的を共有する多様な組織(企業、NPO、NGO、自治体など)が対等な立場で参加しやすいプラットフォームとなる。この社会貢献活動への参画を通してDX、イマジネーション、クリエイティビティを掛け合わせ、Society 5.0を実現することは、国連が示すSDGsの達成にもつながる。皆さんにもこうした意味での社会貢献活動を活用していただきたい」(長澤氏)
経団連による「社会貢献活動に関するアンケート調査」2017年度、2020年度の結果比較。従来型の社会貢献である寄付・無償提供の他、技術協力・ノウハウ提供、実証的なプログラムの実施を行う企業が増えていることがわかる。
将来の課題から逆算して、研究開発のロードマップを敷く
ここまでの話をふまえ、パネルディスカッションの後半では、モデレーターの質問に各氏が答える形式で進められた。そのうちの代表的なトピックを紹介する。
「AI for Good」が会社に与えるメリットについて、日本マイクロソフトの龍治氏は「私見ですが」と前置きしたうえで、「まずグローバルな経験やノウハウを得ながら、世界中のパートナーと連携してデータのエコシステムを作っていける」ことを挙げた。「さらに最新鋭のパートナー、NPOやアカデミアなど、それぞれの課題と一番近しい人たちとの関係づくりができること、そして新たな人材の発掘につながることがある」という。
また、経団連の長澤氏は「実施されている実証的プログラムには、どのようなものがあるのか」という質問について、少子高齢化・過疎化で公共交通の維持が難しい地方で、企業が自治体と連携してICTを活用した新たな移動手段を考えたり、農業の担い手の減少に対し、地元の建設機器メーカーが自動制御技術を搭載した機械の活用を提案したりした事例を紹介した。
NTTデータの雨宮には、今回の医療診断支援のように技術部門が主導で社会貢献活動を行うことの背景について質問が投げかけられた。これに対しては、「昨今のように急激な変化を遂げる市場においては、技術課題から商品開発をするよりも、10年後解決されるべき社会的課題から、その解決に向けたロードマップを逆算的に敷いて、5年後、3年後の開発目標を立てる方が骨太な研究テーマを設定できる」と、力強く語った。
今後に向けた取り組み、社会貢献とビジネスとのバランスをどう取るか
最後に、今後めざしていく方向性、デジタル・フィランソロピーへの取り組みなどについて語られた各氏の言葉を紹介する。(発言順)
龍治氏「本社のAI for Good担当者は『喫緊の社会課題に対して、ビジネスにはなっていなくても(採算が取れなくとも)AIのパワーを届けたい』と言っている。社会活動や実証に取り組むことで新たな市場を作り、ビジネスにしていくことが社会課題をよりはやく、ダイナミックに解決することにつながるのだと思う」
雨宮「スタートアップ企業やベンチャー企業が持っている先進技術を使って社会課題を解決するために、NTTデータでは『豊洲の港から』というプログラム(企業のマッチング機会を提供するフォーラム)を進めている。こうした取り組みを加速させて、社会課題を一緒に解いていければと思っている」
長澤氏「忘れてはいけないのは、多くの人や組織が関わる“社会貢献活動”を通して生み出したプロダクツをどう共有していくかということだ。オープンリソースとビジネスをどう整理していくかが、今後は重要になると考えている」
パネルディスカッションを終え、モデレーターの金田は「社会貢献活動は、経営への統合を念頭に置き、時間を考慮することで、ビジネスに寄与する、ということを確認できた」「NPOやスタートアップ企業に実証実験や失敗経験の機会を提供することが重要な社会貢献活動」とまとめた。一方で「相応の社会価値の創出ができないとSDGs Wash(実体が伴わないSDGs)という批判を生む」「実証実験の過程で提供される製品・サービスではあってもクオリティが低いと、さまざまな問題につながる」「活動を通じて収集したデータのセキュリティやプライバシー、AI倫理が必要」「価値を計測して評価するのが難しい」といった課題を投げかけており、その実現の難しさがうかがわれる。企業がこれらの課題に十分配慮しながらデジタル・フィランソロフィーを活性化させられれば、新たな社会を作る大きな原動力となることは間違いない。
「社会貢献活動の新たな展開、デジタル・フィランソロフィーに、皆さまもご注目いただきたい」(金田)
本記事は、2021年1月28日、29日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2021での講演をもとに構成しています。