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2022.7.12業界トレンド/展望

「つながっている価値」がない企業からは顧客が消える!?
DX狂騒時代の新しいマーケティングの基本とは

DX狂騒とも言える今の時代において、顧客が求めている本質に向き合う原点回帰が必要ではないか。モノの機能性で差別化が難しくなってきた成熟社会の中で、顧客が心からつながり続けたいと思えるサービスを提供するためにはどうすればよいのか。株式会社顧客時間の共同CEOでオイシックス・ラ・大地株式会社の専門役員COCOを務める奥谷孝司氏と、生活者と企業の新たな長期的関係性構築をテーマに、デジタルマーケティングのオファリング創出に携わるNTTデータの内藤一章が、顧客のエンゲージメントを高めるために重要なマーケティングのあり方について語りあった。
目次

奥谷孝司氏(左)と内藤一章(右)

奥谷孝司氏(左)と内藤一章(右)

「顧客を見る」ことがあらゆるコミュニケーションの基本

内藤私はNTTデータでマーケティングに関連するデジタルサービスを企画する立場にいます。大量生産均一消費といった供給者ドリブンの時代から、消費傾向が多様化する需要者ドリブンな時代に大きくシフトしつつあり、企業と生活者の長期的な関係性構築の要諦も大きく変化していきていると感じています。そのような中で、奥谷さんと顧客時間 共同CEO/代表取締役 岩井琢磨さんとの4年ぶりの共著『マーケティングの新しい基本』を読ませていただきました。まず、この“新しい基本”というネーミングをされた背景について教えて頂けますか?

株式会社顧客時間 共同CEO 取締役 オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員COCO 奥谷 孝司 氏

株式会社顧客時間 共同CEO 取締役
オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員COCO
奥谷 孝司 氏

奥谷氏私は前職の良品計画や現在のオイシックス・ラ・大地といった事業会社にいる中で、悪戦苦闘しながら多様なビジネスに取り組んできました。当時のAmazonをはじめとするマーケットリーダーはいち早く、オンラインを基点にオフラインへ進出し、顧客とつながることでマーケティング自体を変革しようとしていました。まさに前作「世界最先端のマーケティング」というタイトルの所以です。このような世界的潮流に対して私は2018年に、DXの社会的本格実装を推進するべく顧客時間という会社を設立し、コンサルティングをはじめました。その中でコロナ禍が発生しました。その結果、働き方も顧客とのつながりもすべてデジタルにシフトしました。そうなった今、デジタルを活用してあらゆる接点を駆使し、顧客とつながり続けることを前提にマーケティング行う必要性を感じています。つまりデジタルでつながる時代のマーケティングの基本とは何かを改めて考えたのです。

内藤2022年という今の時代感について、奥谷さんは2000年から2040年という40年間のちょうど中間地点にいるという捉え方をされていらっしゃいますよね。

奥谷氏2000年というとまだインターネットの普及期ですよね。東京大学の森川博之教授は、世の中に現れた新しいものやサービス(イノベーション)が普及するにはおおよそ40年かかるとおっしゃっています。とすると、今はちょうどデジタル化の中間期にあり、まさにDX狂騒とも言える時代の中で新旧の事業モデルが衝突する潮目であるとも言えます。今から20年経って2040年になると、わざわざ“デジタル”という言葉をつける時代ではおそらくないでしょう。デジタルマーケティングも、その時代のマーケティングの構成要素のひとつになっているのではないでしょうか。その2040年を見据えて、どこに向かうかをきちんと定め、2040年に生き残れる会社、生き残れる人材になるにはどうすればいいかを考えるべきタイミングなのだと思います。

ITサービス・ペイメント事業本部 SDDX事業部 マーケティングデザイン統括部 デジタルマーケティング担当 部長 内藤 一章

ITサービス・ペイメント事業本部
SDDX事業部 マーケティングデザイン統括部 デジタルマーケティング担当 部長
内藤 一章

内藤2020年11月のワールド・マーケティング・サミットで、フィリップ・コトラー教授は「5年後に今と同じビジネスを行っている企業は消えている」と発言しました。コトラー教授が示した道標は、結局は「顧客を見よ」という顧客基点への回帰ですね。

奥谷氏私も自身の会社を顧客時間と名付けているように、“顧客”に着目しています。デジタルを活用することで顧客像はどんどんミクロ化していくため、一見すると複雑ではあるのですが、テクノロジーをうまく使えば会ったことのない顧客ともつながることができます。もちろん、そんなことをしなくてもモノが良ければ売れるよ、という昔ながらのマーケティングはあるでしょう。

ただ、これからの時代、はたしてモノだけで顧客にワォ!と言わせられるかどうか。例えば、オイシックスが売っているモノは安心・安全な野菜ですが、それ自体はどこの店舗でも売っています。オイシックスはネット販売が基本ですが、生産者の顔やコメントを掲載したり、契約者と生産者が直接つながり生産者の想いや消費者の声を伝えるイベントを開催したりするなど、顧客との距離を徹底的に縮めることでエンゲージメントを強化し、食の世界をリードしていこうと考えています。それはやはり、顧客の課題解決を徹底的に志向しているからです。顧客の課題を解決することこそがビジネスの源泉であり、マーケティングの重要なシーズであると考えれば、やはり顧客をしっかり見ることがビジネスの基本になりますし、デジタルはそのために使えます。

内藤奥谷さんは「『つながっている価値』のない企業は顧客の日常から消えていく」と仰っていました。これは、当社のようなテクノロジーを軸に企業のマーケティングを支援する立場としても大変重い言葉だと感じます。例えば、データとデジタルツールを駆使して、一方的に顧客を追い回すようなプッシュ型のコミュニケーションを展開し、「顧客とつながっている状態を作り込んだ」とは間違っても思ってはいけない。一生活者である私自身、一方的に送られてくる膨大な情報に目を向けることは半ば諦めています。自身の望むタイミングで適切な情報が欲しい、また自らの望むものを伝えることで即座に応えて欲しい、そのような即応性や双方向性を望んでいます。また、デジタルの接点が主流になる中で、実は「人肌感」を欲している自分もいます。モノやサービスを売る/買うことをゴールと捉えるのではなく、逆にそこをスタートとしてその先の成功体験を大切にすることがライフタイムバリュー(※1)につながるという時代の潮流も感じます。

奥谷氏私もヒューマンタッチテクノロジーという言い方をよくしています。顧客を見ずにデジタルでできることを考えると、顧客不在のテクノロジー万歳主義的な体験提供になってしまう。顧客を見つめることで、双方向で人肌感のある体験をどう作っていくか、またその中にテクノロジーをうまく織り交ぜて考えていくかがマーケティングのみならず、経営戦略にも求められていくでしょう。

(※1)

ライフタイムバリュー(LTV:Life Time Value)とは「顧客生涯価値」を意味し、一人の顧客がある商品の購入やサービスの利用を開始してから終了するまでをひとつの「生涯」ととらえ、その生涯の間に企業にもたらす価値の総額を指します。

「つながっている価値」を基点に提供する要素を考えていく

内藤奥谷さんはこの度、顧客にとっての価値は何かを考えるための手法として、「エンゲージメント」という言葉を「企業と顧客がつながっている価値」であると定義した新たなフレームワーク「カスタマー・バリュー・ピラミッド」を提唱されていますよね。

奥谷氏カスタマー・バリュー・ピラミッドは、上から「つながっている価値」「体験価値」「機能価値」の3つの階層で表したものです。デジタル時代の優れた経営者やマーケターの取り組みを国内外問わず調査、考察する中で、顧客がつながり続けたいと思う価値を基点にユーザー体験を設計し、製品やサービスという機能を作っているという共通点があることがわかりました。アメリカのホーム・ワークアウト市場のベンチャー企業・ペロトンの例で説明します。ペロトンの創業者はかつてのアメリカにあった教会を中心とした地域コミュニティのようなつながり続ける場をフィットネスの世界に持ち込みたいと考えたそうです。創業のパーパスに基づき、顧客が「つながっている価値」を“Empowering People(人々を励まし続ける)”と定め、憧れのスターインストラクターが顧客を励まし続けるプログラムを考えました。そこから”To be the Best Version(常にベストバージョンの自分を維持できる)“という「体験価値」を最適に届けるためにサブスクリプション型の課金体系やレコメンデーションシステムを考案し、大型モニターのついたスマートバイクを自宅に届けて”On Demand Fitness“という「機能価値」を提供しています。

全ては“Empowering People”のために、「つながっている価値」「体験価値」「機能価値」が一貫性をもって設計されています。

図1:カスタマー・バリュー・ピラミッド

図1:カスタマー・バリュー・ピラミッド

内藤既存事業に長らく取り組んできた企業は、日常業務のルーチンを機能的に最適化していく流れがベースにある中で、Customer Experience(CX)、Employee Experience(EX)等の体験設計を再定義しようというアプローチが多いように感じています。所与の「機能価値」をベースにデジタルを活用した「体験価値」を考案するといった下から上がっていこうという発想に近い。その発想や行動は否定しないまでも、改めて、会社として実現したいこと、創業者が目指していたことに立ち戻り、「つながっている価値」を改めて見つめなおし、そこから落とし込んでいく活動と合流させていく必要性があるように感じます。

当社で「CATCH&GO」というレジを通すことなくキャッシュレス決済が可能なウォークスルー店舗を展開しています。この店舗が何を解決するのか。もちろん昨今の人材不足等の潮流から店舗の省人化に寄与するとか、今まで出店が難しかった立地への出店という発想もあります。しかし視点を変えれば、個人認証して来店するモデルであるため、顧客一人ひとりの行動情報を踏まえた食や健康をサポートするような、ある種の小売というビジネスモデルを超えたビジネスへと変えることもできるかもしれません。「つながっている価値」を念頭に何を解決したいのかと考えれば、その場で得られる体験の具体や、必要な機能がまた違った形で整理できるのではないかと考えました。

奥谷氏こういう取り組みを機能価値に終わらせない視点は重要ですね。いかにカスタマー・バリュー・ピラミッドの「つながり続ける価値」に昇華させるか。例えばコミュニティビジネスであれば、そこでしか買えない地域の産品とパーソナライズな体験を組み合わせるなど、機能を超えた付加価値を考えることで、つながっている価値を実現するコミュニティビジネスに進化するのではないでしょうか。

内藤もう一つ、新たに示された「エンゲージメント4P」(マーケティングの4P(Product・Price・Place・Promotion)をベースに、顧客とのつながり=エンゲージメントの要素を加えてPlaceの意味を再定義した循環型マーケティング思考のフレームワーク)のバージョンアップのポイントについて教えてください。

奥谷氏従来はProduct、Price、Promotionのあとに販路を広げるという視点でPlaceが語られていました。2018年に示した(※2)エンゲージメント4Pは、デジタル時代に重要な顧客接点となるPlaceから顧客理解を深めつつ、ビジネスの原点であるお客様がつながり(Engagement)たいと思う企業価値を定義し、マーケティングの4Pの残りの3つであるProduct、Price、Promotionを顧客のニーズに合わせながらチューニングしていくというマーケティングの考え方です。従来はProductありきで、Price、Promotionを設定し、その後販路を広げるという視点で語られていたPlaceですが、デジタル時代にはより重要な顧客接点となります。Ver.2ではPlaceを重視しつつ、顧客とのつながりを「顧客価値」と読み替え、顧客価値と顧客接点をつなぐデータシステム(顧客理解)とCRMプログラム(顧客提案)をフレームワークに配置しました。私は、今はEC3.0の時代だと言っています。このECはEコマースではなく、まさにエンゲージメントコマース、つながりの商売だと考えています。

図2:循環型マーケティング思考 Engagement 4P Ver.2

図2:循環型マーケティング思考 Engagement 4P Ver.2

内藤本書でも登場するSnaq.meというおやつ体験BOXのサブスクリプションサービスも、2020年にはotsuma.meという晩酌サブスクリプションサービスを開始していますよね。従来型のマーケティング思考はそれこそ「Product is King」でしたが、つながり続ける関係性を顧客と築きあげられている企業は、つながりこそが最大の資産であり、そのつながりさえあればProductすら可変にできることを示しています。実に興味深いお話だと思います。

奥谷氏Productを生み出してきたメーカーがダイレクトに顧客とつながるD2Cという事業モデルにおいても、既存商習慣への影響を気にする企業も多いと思います。また既存事業とD2Cの事業の規模を見比べても既存事業の方が今は圧倒的に大きいことでしょう。ですが、私は「量の経営」と「質の経営」と言っていまして、つながりを軸においたビジネスは後者の「質の経営」に該当します。つまり、従来の「量の経営」は多くの売上を生み出しますが、薄い顧客接点と理解しかありません。D2Cのようなお客様とのつながりを直接構築しに行くビジネスである「質の経営」には、深い顧客理解と、エンゲージメントが生まれます。このように求めるものの異なる2つの経営軸を今のうちから構築しておくことを推奨しています。将来、この2つの経営モデルによる収益比率は大きく変わるかもしれません。コロナ禍で、リアルの場(Place)の意味や価値は大きく変わりました。お客様の買い物行動や価値観は変化しているのです。であれば、今のうちから両方の視点で取り組んでおかないと、気づいたときにはお客様は目の前からいなくなっているという事態を引き起こすと思っています。

内藤データシステム(顧客理解)とCRMプログラム(顧客提案)という側面で言うと、当社は企業のポイントプログラムを支援するCAFIS ExplorerというSaaSサービスを展開する中で、これからの時代におけるつながり続ける関係性は、単なる購買金額や購買頻度だけでは語れないと感じます。Snaq.meでは毎回届けられるおやつに対して「美味しかった」「自分には合っていなかった」等のフィードバックを返すことでポイントが付与され、徐々に自分にあった提案に近づいていきます。関係性が深まっていくこと自体を奨励するロイヤリティプログラムですよね。カスタマー・バリュー・ピラミッドで言う「つながり続ける価値」を念頭におき、エンゲージメント4Pの視点からビジネスモデルをアップデートしていくべく、従来のポイントプログラムとは視点の異なるロイヤリティプログラムをミックスしたような世界観をサポートしていきたいと考えています。

奥谷氏本書で登場する登山地図アプリを展開するYAMAPでも「購買に比例するポイントプログラム」ではなく「行動に比例するロイヤリティプログラム」としてDOMOというロイヤリティプログラムを2021年からスタートしています。顧客の「山に行く」という行動そのものがリワード(※3)の対象となり、溜まったリワードを植林や登山道の整備資金に使うことができます。自身の登山行動が山の再生につながるというもので、人と山をつなぐという強い創業者の思想に基づきロイヤリティプログラムも設計されていると言えます。内藤さんがお話されたとおり、購買のみでつながる関係性以上のつながり方を模索していく動きはとても大切だと思います。

(※2)

2018年出版「世界最先端のマーケティング顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略」

(※3)

商品やサービスを購入するなどのアクションに対して顧客が得られるポイントや割引などの報酬

顧客中心主義を貫きやすいデータドリブン組織への変革を

内藤従前からの既存事業がある企業において、如何に顧客とつながり続ける価値を軸に事業を再構築するかという視点は、難しい経営課題であると感じています。奥谷さんは、カスタマー・バリュー・ピラミッドやエンゲージメント4Pを通じて、顧客とのデジタルでのつながりを基点としたビジネスモデルの再構築を謡われています。一方で「ビジネスモデルだけでは稼働しない」とも仰っていますね。

奥谷氏私が企業の経営陣の方々にDXの重要性をお話しする際には、「デジタル事業システム」という見取り図を使って、企業の現在地を確認しています。それにより「社会のため、顧客のために何を目指すのか」という北極星を定め、顧客中心主義で事業システムが形成されている状態を作り上げていく必要があるのです。顧客中心主義を否定する会社はないと思いますが、事業システムの考察が企業中心となってしまい、事業目的、顧客価値、顧客接点などの各要素の不整合に気づいていない企業が多いというのが実情です。デジタル事業システムの図に示した各要素が相互に強く結びついている状態を作る必要があります。また、多くの企業が悩まれているのが、事業組織のあり方ですね。デジタルを活用したビジネスを立ち上げる場合、多くはCMOが顧客とつながる仕組みを提案し、CIOがその思想を受けて構築を行うことで顧客を可視化し、その理解に基づいた効果的・効率的なマーケティング活動を行います。しかし、仕組みを作るだけで、魂を入れていないケース、顧客との真のつながりを志向しないサービスも多く散見されます。そのようなサービスは開始後に現場任せになってしまい、顧客を見ない経営陣に現場が疲弊するというシーンも散見します。私は、このような状況を回避するためにも運用段階において、事業現場やデータ&システムの運用、マーケター等を一体化させた「カスタマーサクセス室」という組織設置が重要だと思っています。

図3:デジタル事業システム

図3:デジタル事業システム

内藤私の組織でも、マーケティングを支援するデジタルサービスの提供にあたり、導入することはゴールではなく仕組みを最大限利用いただくためのスタートであると位置づけ、導入後のカスタマーサクセスにも力を入れて取り組んでいますので、大変共感するお話です。顧客中心主義で事業システムに一貫した整合性を持たせる取り組みを、いかにCxOの方々と作っていくかはNTTデータがやっていかねばならない取り組みだと認識しています。

奥谷氏NTTデータはCIOとの強い関係を構築されていると思いますが、「つながり続けたい」と思える価値を考え、CMOと対話を重ねるところから取り組みを強化し、仕組みを構築し運用する存在を目指してほしい、と思っています。

内藤最後に力強いエールのお言葉を頂きました。本日のお話を私たちの事業思想にも取り込んで、これからの未来における顧客と企業のつながりを支援し続けられる存在を目指して取り組んでいきたいと思います。

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