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狩猟型から農耕型へシフトするマーケティング戦略
一般的にBtoCという言葉が当たり前のように使われてきました。しかし、この言葉から想起されるのは、企業から生活者への単方向性や、企業が生活者を囲い込むといった企業論理ではないかと感じます。短期的な収益・利益の追求を超えて、企業と生活者が長期的に良好な関係を紡ぎながら、ともにブランドを育て長期的な収益を獲得していくトレンドを踏まえると、BtoCとは視点の異なる企業と生活者が共生していくBwithCという考え方が重要になると考えています。
リアル店舗のデジタル化や、そのデジタル化によって生成されたデータをマーケティングに活かす取り組みに携わっていると、BtoCからBwithCへ潮目が変化していることを切に感じます。潮流が変わりつつある背景には、以下のような抗えない事実があります。
ひとつは、急速な人口減少です。2100年には明治末期と同じ水準に至るとの予測もあり、急な下り坂の真っただ中にいることを認識しなくてはなりません。次に、世代交代です。現役世代である42~55歳のX世代の存在感は薄れ、26~41歳のY世代、25歳以下のZ世代、そして16歳以下のα世代とも呼ばれるポストZ世代が、これからの日本を支えていくことになります。最後に、市場に商品があふれ、どの商品も甲乙つけがたく機能的な差がつきにくい超成熟社会の到来があげられます。
図1:日本人口の将来予測
これらの事実から読み取れるのは、社会や世代が大きく変化するなか、作れば売れるという時代の終息が既に訪れているということです。このトレンドを踏まえ、従来の短期的な顧客獲得を目的とした狩猟型のマーケティングから、長期的に顧客との関係性を育む農耕型のマーケティングへのシフトが必要だと考えられています。
これからのマーケティングに求められるのは、商品や企業を本当に愛してくれる人、ファンと言ってもいい存在と一緒になり、企業として作りたい世界観をともに育んでいく極めてエモーショナルな感覚ではないかと考えています。このような背景を踏まえ、企業そして生活者が共生していく時代、BwithCの時代が到来していると考えています。
キーワードは「関係する生活者との共生」
ここで、BwithC時代の到来を感じさせる事例を二つ紹介します。
一つ目は、2021年5月にオープンした『無印良品 港南台バーズ店』の取り組みです。港南台は横浜市街地から10km程度に位置する1960年代に開発されたニュータウンです。
この港南台バーズ店は、図2の4つのコンセプトを掲げて店舗運営されています。
図2:無印良品 港南台バーズ店の4つのコンセプト
「まちづくり」では、高齢者の利便性を鑑みて出張販売などの新しい取り組みを、「くらしのサポート」では、災害など有事の際に、さまざまな情報を取得できる場となる活動を行っています。「食と農」では、魚や野菜など、地産地消の食材の購入が可能です。「資源循環」は無印良品全体の取り組みですが、港南台バーズ店でも積極的な姿勢を体感できます。
4つのコンセプトから読み解けるのは、港南台バーズ店は近隣住民や行政、生産者、地域の文化といった日常生活に溶け込み、ハブになっていこうという姿勢です。
二つ目は、山梨県道志村にあるキャンプ場『CAMP SPACE DOSHI 2.0』の取り組みです。このキャンプ場は、クラウドファンディングで資金を集めて、会員と一緒に開拓して作り上げられました。日本初の会員制サブスクリプション型を採用し、ソロなら月額3000円、ファミリーなら月額4000円で何日でも何回でもキャンプを楽しめます。会員制なので、SNSや現地で会員同士がつながり続けられるのが特徴です。
実際に現地に訪れてキャンパーに話を聞いたところ、首都圏に住んでいて、週末キャンプを楽しむという会員が多くいました。コロナ禍の今は、平日からキャンプをしながら仕事をするという会員も増えたといいます。
会員はいまでも、トイレを作ったりお酒が飲めるバーを作ったりと、設備の充実・キャンプ場の拡張を手伝っています。また、地元のお年寄りが森の暮らしをアドバイスしてくれる取り組みなどもあり、『CAMP SPACE DOSHI 2.0』を中心に、会員やクラウドファンディングの支援者、地元の住民や社会ともつながっているのです。道志村もほかの過疎地域と同じく人口減少の問題を抱えていますが、キャンプ場を通じて関係人口を増やす役割も担っているとも言えます。
図3:CAMP SPACE DOSHI 2.0
『無印良品 港南台バーズ店』『CAMP SPACE DOSHI 2.0』、この事例から共通して感じたのは、これから直面する急速な人口減少や世代交代などの抗えない事実を受容して、関係する生活者と共生する覚悟です。
双方向コミュニケーションをテクノロジーがサポート
一方、テクノロジーの進化に視点を移すと、マーケティングの世界においても、AIやセンサー、ロボティクス、VR/AR、ブロックチェーン、3Dプリンターなどとの融合が予見されていることは皆さまご認識のとおりです。
しかし、一方でこのような意見も聞かれます。以下は、実際に、NTTデータ内で議論した中における社員の声です。
- テクノロジーが前面に押し出されるが故に、人肌感がない気持ち悪さがある
- 効率性や利便性だけで本当に良いのか。テクノロジーは前面に出るというより人に寄り添う位置づけであるべきだ
- 山の8合目くらいまではテクノロジーに頼っても良いけれども、最後の2合は自分で登りたい
NTTデータでは、BwithCの時代のデジタルマーケティングは、企業と生活者の間にある双方向のコミュニケーションを推し進めること、そしてそのコミュニケーションの中にテクノロジーをうまく溶け込ませることが重要であると考えています。このような考えに基づき、NTTデータが取り組んでいる、4つの事例を紹介します。
生活者と企業の共生に向けたNTTデータの取り組み
図4:CATCH&GO®
最初の取り組みは、レジレスのウォークスルー店舗『CATCH&GO®』です。2021年8月、ダイエー様と連携してNTTデータ本社ビル内にオープンしました。利用者からは、「レジでの会計がストレスだったと気付かされた」「一度この便利さを覚えると、他の店舗でのレジ待ちが辛い。後戻りできなくなった」といった声が上がっており、従来店舗の常識が一気に変わる瞬間を体感しています。もちろん、仕組みや店舗を作るだけで終わりではありません。売り上げを向上させるために、商品の構成や棚割、コミュニケーションの在り方に至るまで、お客さまの心理にいかに寄り添えるかというチャレンジを続けています。
二つ目は『SNS上のセレクトショップ』、いわゆるインフルエンサーマーケティングに関連する取り組みです。コロナ禍でECでの買いものは増加しています。しかし、膨大な商品群から自分に合ったものを選ぶのは、それなりに大変な作業です。そこで、信頼するインフルエンサーのおすすめによって選択肢を絞り込む。こういった仕掛けによって、生活者の買い物を支援する取り組みです。
先ほど、「山の8合目くらいまではテクノロジーに頼ってもいいけれども、最後の2合は自分で登りたい」という意見を取り上げましたが、「8割まではインフルエンサーのキュレーション力を活用して、最後の2割は自分で決める」という体験を提供できると考えています。
三つ目の取り組みは、『ソーシャルリスニングの進化』。ソーシャルリスニングとは、SNSなどを活用して消費者インサイトを捉える手法です。NTTデータは2012年からTwitter社と戦略的パートナシップを組んでおり、Twitter社がサービスを開始した2006年以降、グローバルの全量ツイートデータをリアルタイムに受領して活用しています。ツイートからは、生活者が生み出し、拡散した情報、人が集まりそうな場所や新しい食べ方、流行りそうな遊びなど、企業人では想像もつかないような新しい活動がわかります。
産業構造の視点から考えると、従来のような大量生産された商品をさばく供給者ドリブンの産業から、生活者のニーズに基づいて最適な量・質の商品を生産する需要者ドリブンの産業に置き換わりつつあると言えます。供給者の視点で言えば、従来に増して需要者である生活者が発信する情報をマーケティングのみならず企画・生産・販売に至る企業プロセス全般に活かしていく視点が、非常に重要になってくると見ています。
図5:トレンドディスカバリーデータ提供サービス
こういった背景を踏まえてNTTデータは、『トレンドディスカバリーデータ提供サービス』を開始しています。Twitterの全量データから新規事象・特異事象を幅広く抽出し、急上昇の動きから新規トレンドの兆しを発見し、企業に提供します。企業はそのデータを活用して、製品開発や受発注のコントロール、商品のレコメンドが可能になります。既に、流通小売業のお客さまと共創し、プライベートブランドの新製品開発へのTwitterデータ活用に取り組んでいます。
最後は『ポイントプログラムの未来』です。NTTデータは、次世代ポイント・会員管理ソリューション『CAFIS Explorer』を提供しています。SaaS(Software as a Service)により、ポイントプログラムやロイヤルティープログラムを下支えして、顧客エンゲージメントを高める仕組みです。
今後、エンゲージメントの高め方は多様化し、「商品を購入する」、「サービスを利用する」といった金銭取引に対するリワード(※)に留まらなくなると考えています。例えば、健康維持やエコロジー、地域貢献、寄付、口コミなどによるエンゲージメントも考えられるでしょう。まさに、「企業と生活者が共生する営み」そのものを相互に支援し合う姿です。
生活者と企業が共生する時代において、企業は生活者とどのように向き合えば良いでしょうか。それには、短期的な収益を求め、お得さで関係性を作る従来型のFSP(Frequent Shoppers Program)という考え方に留まらず、長期的な関係性を目指し、モノを売るだけでない根源的欲求を満たすサービスを提供する、そのサービスを通じてファンになってもらう等のエンゲージメント創出の側面をうまく融合させていくことが重要です。企業として社会や生活者にとってどのような存在でありたいかという、まさにパーパスドリブンで商品をデザインしサービスをアップデートしていく流れが今後より顕著になってくると考えています。
商品やサービスを購入したり、資金集めに寄付をしたりするたびに得られる何らかの価値。
BwithCを支えるOfferingを創出するうえで大切にしていること
図6:4D Value Cycle
NTTデータには、独自の価値提供モデル『4D Value Cycle』という考え方があります。Discover(目利き)、Design(企画)、Develop(つくり)、Drive(活用)を回し続けることで、お客さまへの価値提供をさらに深化させていくという考え方です。なかでも今後、特に重視していきたいのが、DriveとDiscoverです。私自身は「Drive to Discover」と表現しており、ご提供したしくみをお客さまに最大限ご活用いただき、より高次の課題を見出していく取り組みに力を入れていきたいと思っています。また、この活動を通じて、新しい「Next Offering Seeds」を見出していきたいと考えています。
しかし、Next Offering Seedsをスピーディーに創発し、世の中に提供するのは簡単ではなく、私たち自身苦労の連続です。その過程のなかでメンバー有志が作り上げた新規サービス創出メソッドが、『Business Design Sprint®』です。
どの企業においても、メンバーでアイデアを出し合ったが、「それ、いいね」で終わってしまったり、アイデアを具体化しようとしても、世のなかのツールやフレームワークだけではうまくいかなかったりした経験があると思います。『Business Design Sprint®』は、新規ビジネスの企画段階でビジネスプランを素早く具体化し、その良し悪しを見きわめるフレームワーク、ドリルを目指して作られました。
NTTデータでは、既に1,000名超のメンバーがこの『Business Design Sprint®』を活用しています。また、お客さまの新規ビジネス創出ツールとして利用頂いている事例も出てきています。
今回、『BwithCの時代』をテーマにいくつかの事例とテクノロジーの在り方を論じてきました。BwithCは、人口減少が進む超成熟社会において、生活者と共生する企業のキーになる概念です。私たちNTTデータは、共感を軸に生活者と企業の滑らかなコミュニケーションを支えていきます。
本記事は、2022年1月27日、28日に開催されたNTT DATA Innovation Conference 2022での講演をもとに構成しています。