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これからの小売業がめざすべきは、「個とのコミュニケーション」と「感情が動くしくみ」
最初に、世の中における購買行動の変化から話をしたいと思います。長らく、購買の中心には製品がありました。それが消費者志向へと移り、さらには社会的価値が着目され、今は消費者の自己実現が求められています。企業と消費者の関係も変化しました。これまでは、企業がマーケティングに基づき、消費者に情報を発信して訴求していました。消費者は受け身だったわけです。しかし今は、消費者が主役となり、企業や商品を位置づけしています。その位置づけで重要視されているのが、消費者の精神的側面です。消費者が自分の求めている世界観や面白い・楽しいといった自分の感情が揺さぶられる体験を通して、その企業や商品をどのように位置づけているかということになります。
なぜ、このような環境変化が起こったのでしょうか。ひも解くと、大きくふたつの要因が考えられます。ひとつは、物的な豊かさにより製品が飽和状態であること。日常生活に必要なものは手軽に安価で揃います。当然、そういった製品の購入に心が動くことはありません。
もうひとつは、SNSの普及です。これまでは、企業が消費者に対して情報を発信していました。しかし今は、YouTubeやInstagram、Facebookなどで、個人が自由に情報を発信できます。企業のバイアスがかからず、消費者が感じたままの情報が同じ消費者に届く。情報の発信・受信に対して、個の力が非常に強まっています。
こうした環境変化要因から、これからの小売業では特別な体験価値を創り出すこと、消費者間のコミュニケーション(C2C: Consumer to Consumer)との共生が非常に重要なテーマとなります。企業はこれらの変化に対応できるか否かによって、将来大きな差がつくでしょう。それはC2Cの経済圏を企業活動とは別物ととらえるか、はたまた競合として扱うのか、企業が消費者コミュニティをどうとらえるかのマインドセットによって企業と消費者のコミュニケーションの在り方、関係性に大きな変化を生むことになるからです。企業と消費者が一方向の縦の関係ではなく、双方向の並列な横の関係になり、一体的な経済圏をめざさなくてはいけません。いうならば「B with C2C」の世界の構築です。
また動きにくくなっている消費者の心を動かすためには、C2Cのコミュニケーションの中で情報が伝搬されるような、感情を揺さぶられる体験を創り出していく必要もあります。
図1:B with C2C
実はこのような戦略概念に基づき、昔からマーケティングを実践しているグローバル飲料メーカーがあります。その戦略は「Liquid & Linked」と呼ばれ、Liquidとは流すという意味で、情報やコンテンツのことを指します。Linkedはつながり、すなわち流す情報やコンテンツと消費者とのつながり、さらには消費者と消費者のつながりを意味します。つまりLiquid & Linkedとは、消費者自身が伝えたくなるようなコンテンツを作り、それが流れた時にバイラル(※1)できるような消費者同士のコミュニティへのリンクも張っておくという戦略です。
また同社はオリンピックの時のキャンペーンで、感動体験をシェアする取り組みを行っています。観客に商品を配り、感動したシーンとともに商品と一緒に写った写真を掲載してもらい、消費者同士がその感動体験を共有するという仕組みです。自身の感動した体験の中に商品が組み込まれ思い出の中に残すことで、ブランドロイヤリティを高めています。
この取り組みは商品を売っている訳ではないですが、ファンの購入意向は10倍になり実際の消費は倍以上になったとされています。
これ以外にも、「夢の国と称されるアミューズメントパーク」や「夢中になるという休息をコンセプトにしている高級ホテル」なども同じです。唯一無二の体験を通じて感動を提供し、その体験価値が共有され、消費者同士のコミュニケーションの中で話題となり、ファンが増え、企業と消費者の継続的な関係が構築されていくという仕組みです。
実は消費者は感動を味わいたいのではなく、感動を分かち合いたいのだと思っています。単に感動したいという事であれば一人で行くこともできますが、大抵の場合はだれかと一緒に行き、面白い、楽しいといったことを共有しあっています。さらには一緒にいた人だけではなく、SNSの中の友人や知らない誰かにもその体験を伝えることで、実際の体験以上の満足感が得られているのだと思います。
こうした心が揺さぶられるような体験価値とその体験を消費者同士のコミュニケーションの中で流通させていく環境を私たちは創りたいと考えています。
日常で一番接点の多い小売業界でこうした取り組みを実現させていくために、NTTデータでは『スローリテール』と『C2Cコマースプラットフォーム』という事業を進めています。
口コミを利用して不特定多数に広がることを仕掛けるマーケティング手法を指す
消費者の精神的な側面に注目した『スローリテール』
『スローリテール』は新たな小売業の形態を指し示す概念の一つになります。これまでの小売業は、チェーンストアマネジメントが基本となり、効率性を重視し、合理的なオペレーションを追求することで、消費者が安全で安価な商品を便利に入手できるようにしてきました。勿論こうした取り組みは今後も必要になります。一方、モノを手に入れる満足とは別に「心が豊かになる」といったアプローチから生まれ、消費者の精神的な側面に注目しているのが『スローリテール』です。
図2:スローリテールとは
スローリテールでは、「人と人とのつながり」や「幸福感」といった自己実現の源泉を生み出すために、コミュニケーション接点となる店舗が必要だと考えています。スローリテールでめざすのは、消費者同士が感動を分かち合ったり、地域での新たな交流が生み出されたりすることで精神的にも満たされる小売りの在り方です。
具体的な施策を幾つかご紹介します。たとえば、日常生活を送るうえで重要な位置を占める「食」を通じて、生活の楽しさやつながりを育む場(店舗)をつくることを考えています。小売事業者がこだわりのある食材を揃え、それらを単に価格やスペック情報だけでなく、「なぜ私(小売事業者)はこれがいいと思っているか」という主観的な情報で価値を伝え、それらの食材を店内調理してグローサラント(※2)で提供して味わってもらう。さらにはそこで、消費者と一緒にそれらの食材を使った加工食品のアイデアを考え商品化したり、生産者とのつながりがつくれる接点を用意したりする、といったことも考えています。消費者や従業員、生産者がお互いに感謝の気持ちを贈りあい、店内の溜まり場で自然と気の合う人をみつけてコミュニケーションが生まれる仕組みもつくれたらいいなと思っています。
まだ形にはなっていない段階なのでこうした取り組みや考え方に賛同いただける小売事業者の方々と一緒につくっていきたいと思っています。
グロサリーストア(食料品店)とレストランを組み合わせた造語で、主に食品スーパーで取り扱っている食材を調理し、その場で食べられる飲食業態のこと
消費者同士のコミュニティと企業が共生する『C2Cコマースプラットフォーム』
『C2Cコマースプラットフォーム』は、消費者同士の情報コミュニケーションと企業が共生していくことをコンセプトとしたプラットフォームサービスです。消費者個人の情報発信が非常に強まるなか、「企業が消費者に対して情報発信、商品提供する仕組み(B2C)」と、「消費者同士がコミュニケーションを図り、その中で情報が流通していく仕組み(C2C)」にはある種の分断がおきています。この分断を解消し、B2C、C2Cのメリットを掛け合わせた形で新たな経済圏を創り出すことをめざしています。
NTTデータでは現在、C2Cコマースプラットフォームの対象領域としてファッション業界を考えています。C2Cコマースプラットフォームでは、インフルエンサーがオンライン上で自らのセレクトショップを立ち上げることができ、そこで販売する商品をファッションブランドが提供します。インフルエンサーはInstagram等のSNSで自分のコーディネートを紹介し、ファンに向けて商品の良さや着用感を訴求します。商品を気に入った消費者は『C2Cコマースプラットフォーム』から商品を購入できます。
図3:C2Cコマースプラットフォームイメージ
これまでもインフルエンサーはSNSで自身のコーディネートを発信し、ファンの獲得はできていましたが、それが直接マネタイズにつながっていませんでした。自身が紹介して販売できた商品に関しては、そのリターンをきちんと享受できる仕組みをつくることで、インフルエンサーのマネタイズを確立します。
C2Cコマースプラットフォームは、ファッションブランドへは店舗、ECに続く新たな顧客販売接点を提供します。そしてファッションブランドはC2Cコマースプラットフォームを利用することで、販売初期段階からインフルエンサーと協力し、通常価格段階での販売力を強化することが可能になります。結果としてセールやアウトレットへ回す売れ残りを減らし、利益を増やすことができるでしょう。
NTTデータは、B2C、C2Cそれぞれが持っている特性を掛け合わせ共生させることで新たな便益を生み出し、それを消費者、企業で分かち合えるような土壌を創っていきます。
User ExperienceからUser Experium(Experience + Premium:心を動かされる特別な体験)へ
『スローリテール』と『C2Cコマースプラットフォーム』は、小売業の未来を描くものです。NTTデータではこうした未来への予測、Foresightを起点として、お客さまの経営戦略やマーケティングからデジタルソリューションまで、End to Endで関わっていきます。それによって、お客さま企業はもちろん、小売業全体の社会的価値を高めていくことが目標です。
社会とは、自分自身や家族、友人、同僚、そのつながりの集合体です。社会的価値を高めるという事は、ひとりの個人の自己実現、豊かさを高めることと同義です。
これまでは、物的な豊かさが心理的な豊かさに直結していました。しかし、今は違います。豊かさの概念自体が変化し、感じ方も人それぞれです。そういった状況で、消費者同士の接点やコミュニケーションの起点を作り、感情が揺さぶられる体験へとつなげる。そういったしくみを小売業の皆さんと共に創り上げていきたいと思います。