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1.はじめにー変わりゆくお金の「形」
私たちの生活に欠かせないお金の「形」が、テクノロジーの進展により大きく変化し続けています。硬貨や紙幣といった現金という「形」に代わってのQRコードなどを利用するキャッシュレス決済は、もはや珍しいものではなくなりました。また、やり取りの「形」も変化しています。中央管理者を介さなければできなかったお金のやり取りが、ブロックチェーン技術を使って当事者間で実施できるようになりました。一方で、暗号資産は価値の乱高下が激しく、あくまで投機手段であり、日々の決済手段として使うことは難しいという見解が多数を占めているなど課題もあります。
本稿では、お金の「形」の変化に伴うお金の機能の変化やバンキングに与える影響を整理し、バンキングの未来の可能性を考察します。
2.デジタル前提の社会における新たなお金の機能とは
お金の持つ3つの機能である、持ち続けていれば富を蓄えられる「価値の保存機能」、お金を媒介してさまざまなモノを決済できる「価値の交換機能(決済機能)」、商品やサービスの値打ち、価値を決める物差しとしての「価値の尺度機能」(※1)は普遍的なものであり、一朝一夕に変わるものではありません。しかし、テクノロジーの進展により新たな機能を備える可能性があります。
情報の可視化・「価値」の精緻化の実現
お金というものがなかった時代、米や魚、塩など、自分の欲しいものと相手の持っているものを交換する物々交換が行われていました。しかし、その米と魚は価値が同じものとして交換してよいのか?という交換の妥当性が検証できません。また、自分の欲しいものと相手の交換したいものが合わないことや、入手後に魚が腐ったりして価値が減退してしまう課題などがありました。そのため、これらの課題を解決するために登場したお金は、一定の価値(一物一価)でスピード感をもって効率的に交換できることに重きが置かれています。一方、お金に込める「価値」・情報はおのずと価格という数字に限られてしまいます。
これまではデータ量的にも計算量的にもお金に込められる価値は限られていました。しかし、こうしたお金の限界が、デジタル化により解消されつつあります。デジタル決済の履歴は基本、すべてデータとして記録されているため、今後は自身のこれまでの購買履歴やお店の売れ筋、そして自身の購買力といったさまざまなデータが記録されるかもしれません。また、これらを活用し、モノの値段が瞬時に変化する一物多価の世界も将来実現する可能性があります。一方で、すべての価値を可視化する動きは、お金の特徴である匿名性に反しているともいえます。そのめ、政府や政治による国民を過度に監視しようとする動きを助長させる可能性があることも、触れておかなければなりません。
自らのwill=想いを込められる(目的や対象を限定できる)
人とのつながりや信頼関係、共感といったプライスレスなものを、(逆説的な言い方になりますが)デジタル化したお金に込めようという動きが出てきています。「ありがとう」などのメッセージや感謝のチップを付与できるコミュニティ通貨の登場や、YouTubeなどの配信を通じて行うデジタル投げ銭も、お金にwillを込める一つの形として挙げられます。
非中央集権型のやり取りで、当事者同士での直接取引が可能に
DeFi(分散型金融)は、いまだ投機的側面が強く課題も山積みではあるものの、特定の仲介者や管理主体を必要としない仕組みへの期待は大きくあります。たとえば、昨今のデジタル地域通貨のブームは、「地域経済の活性化をめざす」理念への共感がその一因です。「低金利の中、どこに預けても大した利子がつかないなら、地域や社会に貢献できるようお金を使いたい」、という意欲があり、儲けを第一とせず地域に貢献できるだけである程度満足する投資家に対して、リターンの一部を地域通貨で支払うことは十分考えられます。
3.起こりうる「お金の未来」と銀行ビジネスへの影響
近い未来、おそらく現金というのはどこか非日常感を思わせるものとなっているのではないでしょうか。シームレスな決済が浸透し、財布という言葉が死語になっている可能性もあります。メタバースのような仮想空間でモノを購入する障壁は今よりも格段に低くなると思われます。モノの価値づけが厳密にできるようになることで、その情報を利用し交換する両者の要求を一致させることが可能となり、交換金額の大きくないC2C取引は直接モノとモノを交換することが可能となるかもしれません。
こうした未来の世界が実現した場合、銀行のビジネス構造と求められる役割はどう変わっていくでしょうか。
「お金を安全に保管、管理する」役割では、現金を金庫やATMで守る従来のスタイルから、サイバー犯罪からインターネットバンキングを守るスタイルに変わっていくと考えられます。実際、銀行強盗の数は2001年のピーク時から20年で96%減少しており(※2)、サイバー犯罪の数は増加。デジタル世界では常に新規技術が出現し続けるため、銀行が「お金を安全に保管、管理する」役割を果たす難易度も上がっています。
法定通貨をCBDCのようにデジタル化することが、銀行の「お金の預金という運用手段を提供する」役割を揺さぶる可能性もあります。銀行口座からネット経由で引き出せるCBDCの場合、短時間のうちに預金が大量にCBDCにシフトし、デジタル取り付け騒ぎ(※3)が起きかねないと多くの有識者が指摘。こうしたリスクを防ぐために、CBDCには入金額の上限が設けられると見られています。
また、2023年4月に解禁された給与デジタル払いが、将来的に預金機能に影響を及ぼす可能性も見ていく必要があります。今後仮に残高上限が上がるなどの制度変更があった場合、給与の銀行振込手数料の減少など、少なからぬ影響が発生する可能性があるのです。中長期的には、給与口座獲得に競争原理が働き、魅力的な口座であることが求められるようになると考えられます。
「お金を貸し出す」資金調達の役割については、クラウドファンディングやトークンエコノミー(デジタル通貨による新しい経済圏)といった新たな資金調達手段が登場しています。トークンを使った資金調達は、昨今のWeb3の盛り上がりにより大手証券会社があらためて力を入れている印象です。一方で、そもそも銀行に資金調達機能が残るのか、という観点での検討も必要でしょう。今後お金の情報の可視化・精緻化により、貸し手と借り手で資金貸借に必要な情報の質と量が異なる「情報の非対称性」が減少すると考えられます。すると銀行を介して資金調達する必要性は弱まっていくでしょう。金融仲介機能は情報の精緻化だけではなく信用管理のためにも大きな意義があり、今すぐ直接金融だけになる世界は想像しがたいです。しかし、こうした世界観においては、銀行には預金仲介機能よりも市場仲介、マッチング機能が求められるようになると思われます。また、いくら精緻化が進んでも、完璧な解を一発で導き出すのは、テクノロジー的にも金融工学的にも難しいでしょう。そういった中でプライスの妥当性を見たり複数解を精査したりする機能も残ると考えられます。
「お金を決済する」役割は、昨今のデジタルアプリを通じた従来よりもはるかに速いスピードでの送金の実現により、特に存在感が弱まっているのは個人間送金における銀行口座です。SWIFT経由の国際送金についても、その高いコストが金融機関への嫌気に繋がっていると言われています。こうした状況を背景に、銀行口座間の個人送金を容易にする「ことら」(※4)のサービスが開始されました。現在、電子帳簿保存法や電子インボイス導入などで中小企業のDXが注目されています。お金のデジタル化で低コスト・即時の決済が可能となり、中小企業間をはじめとした商取引の円滑化や、企業の資金効率の改善も期待されています。
金融機関の経営不安が市中に伝わると、預金を引き出そうとする人が殺到すること
4.「お金の未来」から導く、未来の銀行の役割と1st STEP
以上から、これからのバンキングに求められるものを2つにまとめます。
一つ目は「金融サービスにおけるwill(想い)の体現」です。お金のデジタル化が進むことで、お金の情報を可視化したり、価値を精緻化したりすること、willを込めたりすることが可能となりました。こうした中、金融機関が最終的な数字の価値だけを拠り所にせず、数字以外の価値を仲介するニーズは高まると考えられます。「どこの銀行も同じ」という「ファン不在」の現状を変える。そのためにはデジタル化したお金の特性を生かし、より柔軟性をもって、自らもwillをベースにサービスを構築し、自身の価値観を示して差別化していくことが必要でしょう。ポジティブに捉えれば、独自のサービスを提供することでファンを創れる大きな事業機会があるともいえます。
二つ目は「リアル⇔デジタル時代の信頼構築」。お金に込められる情報が膨大になる中、銀行が預かる内容は、これまでのお金と同列ではありません。その情報や価値をまとめて預かるには、現金を預かる以上に強い信頼関係が必要となると考えられます。そしてその信頼関係の前提として、テクノロジー面でのコンプライアンス対応強化が求められます。お金に関しての顧客データの蓄積が進むため、AMLのような犯罪対策やセキュリティ面での保護が必要になるからです。これまでリアルの世界で監査・仲介・ルール策定を行い、信用を築いてきた銀行が果たせる役割は大きいでしょう。
ここまで見てきたことを踏まえ、銀行はどのような一歩を踏み出せばよいでしょうか?ここでは2つ提案します。一つ目は「社会から集めたお金を、社会が求める領域へ融通する」バンキングの根幹に立ち返り、お金がデジタル化した世界で顧客の困りごとに対してどのように向き合うか考え抜くことです。銀行には市場仲介、マッチングが求められるようになるだろうと先ほど触れた通り、テクノロジーがどれだけ進歩したとしても、目利きの必要性は残り続けます。日本の社会課題の解決に寄与することがこれまで以上に期待されるのは言うまでもありません。二つ目は徹底的なテクノロジー集団になることです。今後影響の大きいセキュリティ、認証分野でプロになり、金融業以外のプレーヤーも束ね、推進していく。そんな将来像に向けて、まずはその道の専門家とつながりを持ち、内部にも有識者人財を増やしていくことが考えられるでしょう。
NTTデータは、金融機関とのこれまでのLong-term Relationshipsを引き続き重要な価値観として、この二つのゴールに向けて、ともに取り組んでいきます。ITパートナーとして先進テクノロジーを提供することはもちろん、事業パートナーとして日本の社会課題解決を推進します。