- 目次
CASEの動向はそれぞれの領域において年単位で変化している
「自動車業界はCASEが変革のポイントであるとされていますが、各領域の動向は年単位で変化しています」——こう指摘するのは、クルマをはじめモビリティ業界を中心に15年以上のコンサルティング経験を持つローランド・ベルガー プリンシパル 山本和一氏。それぞれの現状について次のように整理する。
図1:自動車業界における事業革新の領域
Cの領域においては、Honda「internavi」やGM「OnStar」など、カーナビを起源とするサービスが現在まで進化してきた。また、ソフトウェアのアップデートをリモートで行うOTA(Over The Air)により、車両がソフトウェア化して機能が常にアップデートされていくこともコネクテッドの1つと捉えられている。
Aは、ADAS(先進運転支援システム)がわかりやすい。ADASの代表的な機能として、前走車を追随して運転をサポートするACC(オート・クルーズ・コントロール)がすでに普及している。さらに、自動運転もAにおいて注目されている領域だ。一般乗用車への普及にはまだまだ時間がかかる見通しだが、駐車場などの特定空間における自動運転サービスは2023年のCESでも展示されている。
Sの代表例は、すでに日本でも普及するカーシェアリングだろう。さらにUberをはじめとするライドヘイリングサービスもグローバル全体で広まっている。サブスク型ビジネスの拡大により、プライシングの方法が多様化しつつあることにも注目したい。車両本体は売り切りでも、一部の車内コンテンツやEV車両の電池などをサブスクで提供するという流れも考えられる。
そして、昨今話題になっているのがEVだ。国内では新車販売台数の1%程度にとどまるが、欧州では1-2割、北欧の一部では約8割がEVとなっている。日本国内だけを見ていては、グローバルの動きを見誤ってしまうため注意が必要だ。充電インフラなどの課題はあるものの、「カーボンニュートラルの実現に向けてEV化の進展は不可逆的なものです」と山本氏は説明する。EVは充電が必要でガソリン充填よりも時間がかかるため、残りの容量でどれだけ走れるか、いつどこで充電すべきかなどを管理する充電マネジメントサービスが重要となってくる。
クルマの「活用」のあり方を考えるために必要な観点
NTTデータ 製造IT事業本部 第一製造事業部 統括部長 布井真実子は、山本氏の話を受けて「クルマの未来にとって大切なのは、CASEがそれぞれ独立した変革ではなく相互に刺激をしあってスパイラルアップし、最終的には社会インフラを変えるほどの大きなゴールへ向かっていくことです」と語る。そのうえで、NTTデータが作成したホワイトペーパーの内容をもとにこれからの自動車業界について展望した。
図2:今後のモビリティ市場構造
上図左側の青い部分は、サプライチェーンおよびエンジニアリングチェーンを中心とした従来の製造業の構造を示している。しかし今後は、右側のピンクで示された部分のように、モビリティを“活用”する領域に力点が移っていく。
「モノコトシフトという言葉も出てきているように、製品そのものの良さだけではなくそこからどんな共感や体験が得られるかが重視される文化になりつつあります。こうした世の中の動向を考えても、モビリティサービス領域と我々が呼んでいる『活用』の領域を発展させていくことが大切です」(布井)
では、モビリティサービス領域のあり方を考えるうえでは、どのような視点を持つべきだろうか。山本氏は2つの方向性があるとする。
ローランド・ベルガー プリンシパル
山本 和一 氏
1つは、クルマを移動手段としてだけでなく、生活を豊かにするサポートするものとして捉えることだ。「日常生活における移動とは、目的を達成するために行うもの。クルマはその手段であると位置付けられますが、移動手段としてクルマを提供するだけでなく、目的地や、その目的地での体験を提案したり、提供したりできるでしょう」(山本氏)
もう1つの観点は、クルマを社会課題の解決につながるものとして捉えることだ。「免許を返納した方やその他運転できない方をどう包含するか、脱炭素含め環境に優しいクルマとは何かといった観点から、業界の未来を想像していくことが重要です」と山本氏はいう。社会の変化を踏まえ、移動という社会インフラそのものが進化していくことが求められており、クルマというハードウェア単体で考えるのではなく、さまざまな業界と連携することの重要性が増してきているといえる。
EVシフトの課題「最適充電への挑戦」にはIT・データ活用が必須
ここからはテーマを最近もっとも動きが大きいEVシフトに絞っていく。
EVシフトを加速するには、まず、「最適充電への挑戦」が大きな課題の1つとなる。EVはガソリン車と違いエネルギー補給に時間が掛かる。山本氏は「ガソリンは残りが少なくなるとガソリンスタンドに向かうが、充電の場合はスマートフォンのように残りの充電容量がどうであれとりあえず電源につなぐという行動になるはずです。そう考えると日本にはまだ充電インフラが足りていない状況です」と指摘する。しかし、EVは自宅でも充電可能なため、ガソリンスタンドのように豊富な充電環境を提供することで独立したビジネスを成り立たせることは難しい。
図3:今後のEVシフトのイメージ
すなわち「充電ビジネスは儲からない」とされているのである。こうした考え方に対し山本氏は「充電を単体のビジネスとして捉えるのではなく、情報ビジネスや広告ビジネスのほか、目的地に消費者を誘導する手段として充電ステーションを位置づけるなど、より広いエコシステムとしてビジネスを捉えていくことが必要です」と指摘する。
製造IT事業本部 第一製造事業部 統括部長
布井 真実子
布井は充電サービスについて、社会・環境貢献という視点から見た課題もあると指摘する。「EVシフトの目的は、エネルギー源をガソリンから再生可能エネルギーでつくった電気に変えることで、カーボン排出を抑制することです。ただし、再生可能エネルギーは天気などの自然エネルギーに影響を受けるので不安定、という問題があります」すなわち、EVおよび再生可能エネルギーが普及すると、エネルギーの需要と供給のボラティリティが高まる。電力インフラは、需要と供給量のピークに合わせて整備しなければならないため、整備・維持のためのコストが嵩み、かえって環境に悪影響を与えることもある。
しかしながら、再生可能エネルギーの元となる風力や太陽光自体のコントロールは難しいものの、予測することは可能だ。予測ができれば、需要の平準化やピークカットなど、需要側のコントロールをしていくことが可能になってくる。このような仕組みを作るためには、自動車メーカー、電力会社、送配電事業者、充電サービス事業者など、さまざまなプレイヤーの連携、および連携するためのプラットフォームが求められる。
リアルタイムでの供給予測や需要コントロールは複雑であり、ITやデータ活用の技術が欠かせない。NTTデータもデータを活用したカーボンニュートラル貢献をめざし、2022年4月には、スマートメータによる世帯電力データを活用したデータ活用サービス事業およびデータプラットフォーム事業を担う「株式会社GDBL」を設立。この電力データと、クルマから取得できるコネクテッドデータなどをかけあわせた最適充電を実現するための検討を始めている。
利用者・サービス提供者・社会全体がWin-Winになるよう「価値向上」をめざす
EVシフトにおけるもう1つの課題は、「価値向上への挑戦」だ。EVは高価なバッテリーやソフトウェア更新機能など高額傾向があるが、クルマの機能としてはガソリン車との違いが見えづらい。利用者のEVシフトモチベーションを促進するには、単なるクルマとは別の新たな価値が必要である。
「クルマの“活用”という領域とセットになると考えています。単なる移動手段と捉えるのでなく、情報収集デバイスや災害地の電源などとして位置付けて提供できれば、より多くの価値を発揮しうるのではないでしょうか」(山本氏)
このように、利用者がEVによって新たな価値を享受し、カーボンニュートラルの促進につながるようなサービスが提供されることが重要だ。そして、サービスはビジネスとして成立していなければ続けることができない。布井は「環境ビジネスはマネタイズが難しい世界と言われています。利用者、サービス提供者、社会全体という3者がWin-Winな状態にならなければ継続も発展もありません。NTTデータとしては、その突破口として異業種連携によるプラットフォームや、多様なデータを組み合わせての新たな価値向上など、ITの力を使った市場拡大への貢献をめざし、活動を続けていきます」と力を込めた。
本記事は、2023年1月24日、25日に開催された「NTT DATA Innovation Conference 2023」での講演をもとに構成しています。